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Bee&Wolf

 なんとか、榊より先に教室に戻れた狼は、荒げた息を整えながら席に着いた。それから、何故か自身の胸を強調させながら手を振ってくる季凛。そしてその季凛と狼を交互に見ながら、鋭く睨んでくるデンメンバー。

 何とも言えない威圧感の中、午後の授業を受けた狼はすっかり意気阻喪になりながら、部活小屋に向かった。もちろん、後ろからはデンのメンバーである三人と、飄々としながら歩いている季凛の姿がある。

 狼は溜息を突きながら、部活小屋の引き戸を開けるとバシャアという水が跳ねる音と共に、水飛沫が狼の顔面に降りかかってきた。

「うわっ!」

 狼が驚嘆の声を上げ、水飛沫が飛んできた方向に目を向ける。するとそこには大きめの銀色の盥でくるくると回転しながら、自由奔放に泳いでいるカモノハシの姿があった。

「おまえかっ!」

 思わず狼がカモノハシに向け、声を上げるとカモノハシはグワァァという鳴き声を上げて止まった。

 それにしても、何故カモノハシがここにいるのか?

 サバイバルの時について来てしまった、あのカモノハシはすっかり狼に懐いてしまい、狼の部屋で飼うことになったのだが、どんなに記憶を辿ってもカモノハシをここにつれてきた憶えは蝋にはない。では、いったい誰がつれてきたんだ?

 狼が首を傾げていると、後ろから思い切り耳を引っ張られた。

「いたたた、ちょっと、引っ張るなよ」

「ああ、はいはい。あんたが、いつまで経っても、あの子の説明をあたし達にしないからでしょうが。それで、どうなの?本当にあの子のこと部に入れるの?言っとくけど、あたしはまだ認めたわけじゃないわよ。勝負にもあたしが勝ったんだから」

 根津が冷ややかな目線で狼を射抜くように見ている。

 そんな根津に一歩後ずさりながら、狼が口を開いた。

「いや、べつに説明することなんてあるわけないだろ。お昼に言ってたのは、蜂須賀さんの口から出まかせで、僕が言ったわけじゃないんだから」

「ふーん。へぇー。その割にはあの子があんたと愉快なお昼を過ごしたって、言ってたけど?」

 愉快?狼は思わずその単語に首を傾げる。はっきり言って、あの時の会話で愉快な話なんて一つもしていない。したといえば、どうして季凛が自分たちを知っているのかという疑問と、狼がここに入学した経緯だけだ。あとは一方的に季凛から辛口コメントを言われた記憶しかない。そんな状況を季凛はどう愉快にして、根津たちに言ったのか?狼にはまるで想像が出来ない。そのため、狼が季凛の方向に顔を向けると、季凛が不適な笑みを返してきた。

 すると、狼の頭をスパーンとどこから取り出したのか分からないハリセンで鳩子が、狼の頭を叩いてきた。

「いたっ!ホントにさっきからなにするんだよ!?」

 と泣き目になりながら、鳩子を睨む。鳩子は目を瞑りながら

「誰かさんが、厭らしい目線で、ある子の大っきいメロンを見ているからです」

 と淡々とした口調で、意味分からない事を言ってきた。

「別にそんな物見てないだろ。厭らしい目もしてないし」

 狼がそう言うと、目を瞑っていた鳩子がうっすらと目を開いて狼を見てきた。名莉はカモノハシと向き合うように、しゃがみ込んで狼に背中を向けている。

 もはや、今の狼に味方はいない。

 理由もわからないまま、なんでこんなに怒られないといけないんだろ?

 そう思いながら、狼が肩を落としていると、今まで黙っていた季凛が口を開いた。

「うーん、やっぱり、『デン』って、グダグダすぎるよね。こんなんじゃ、部がある意味なし!みたいなね」

「ちょっと、言って良い事と悪い事があるんじゃないの?」

 季凛の言葉に怒りの声を上げようとした根津を、季凛がそれを手で制してから、話を続ける。

「はい、ストップ。そんなかっかしたって、なんにも解決にはなりませーん。なので、季凛がそんな窮地になっている『デン』のために、一つ良い提案をしてあげようか?」

「提案?・・・いいわ。あんたが言う提案を聞いてあげようじゃない」

「うふふ。季凛が考えた提案はねぇ、今度一年から三年の一軍生数名を、トゥレイターが所持してる研究施設に奇襲をかけさせに行かせるみたいよ。しかも、明後日くらいに。どう?すごい有力情報でしょ?」

「・・・確かに。あたしたちは一応、準一軍っていう名目で部を始めたわけだし。それなら、一軍について行くっていうのもアリね。それにしても何であんたがそんな事知ってるのよ?」

 根津は納得したように頷いてから、季凛の方に向いた。

「それは、今朝教室に向かう前に、理事長室で教官たちと理事長が話しているのを小耳にしちゃったからでーす。季凛にそんな大事な話を聞かれるなんて、けっこう間抜けな教官だよね。あはっ」

 季凛が上半身を跳ねさせながら、そう毒を吐いてから狼に微笑みかけた。狼はできるだけ季凛の豊かな胸を意識しないように、視線を上の方へと逸らして、一回咳払いをした。

 すると季凛は、すっと狼の前に出てきて、狼の手を両手で掴んできた。

 え?

 声にも出ないまま狼が驚いていると、季凛が上目使いをしながら

「あーあ、そうだよね、『ド』がつく程の間抜けな狼くんでも、男の子だもんねぇ。一度くらい女の子の胸・・・触ってみたいよね。仕方ない、ここは副部長に賄賂を贈る的な意味合いで、季凛の胸を一回タッチさせてあげるね」

 と言う意味の分からないことを言いながら、狼の手を自分の胸元まで運んで行く。狼が言葉にもならない声で、止めさせようとするが、季凛の両手は動きをとめない。

 そしてそのまま季凛の体温が伝わりそうで、伝わらない距離。柔らかい物が触れそうで触れない距離。そんな今までない距離感に、狼の思考回路は完全に停止していた。季凛はうっすらと笑みを浮かべている。

 ああ・・・

なんかもう、どうにでもなれ。

 そんな自棄気味の思考になっていた狼を、現実に引き戻させるように、狼と季凛の顔面に大量の水がかけられた。

 狼ははっとして、横に振り向くと、さっきまでカモノハシが入っていた盥を持った名莉が無表情のまま立っていた。

「メイ・・・?」

 狼が恐る恐る声をかける。

 だが、名莉からの返事はなくそのまま無造作に盥が床へと大きな音を立てて、落ちた。

 名莉の顔には、なんの感情も現れていない。そのはずなのに、名莉が静かに怒っているという事はわかった。その静かな怒りが狼の背筋に冷やりとし汗を流させた。

「もう、なんで季凛まで巻き添えにされなくちゃいけないの?」

 と言いながら季凛が頬を膨らませている。

 すると横にいた根津が小さい声で

「自業自得よ」

 と呟いた。根津は名莉とは違い、あからさまに不機嫌な顔をしている。

「ちっ、鳩子ちゃんともあろう者が、完全に油断してたわ」

 鳩子も根津と同じように、不機嫌な表情を造りながら舌打ちを鳴らしていた。はっきり言って、可愛らしい顔が完全崩壊し、柄が悪くなっている。

 こんな三人は、初めて見た。

 狼が今まで感じたことのない三人の怒りに、狼狽えていると、情報端末機がビービーという鈍い音を立て、半透明のモニターが映し出された。

「いきなり、なんだろう?・・・なんか、この音びっくりするから、やめてほしいよなぁ。あはは」

 乾いた笑いを浮かべながら、狼はなんとか三人の張りつめた空気を変えようと試みるが、三人は狼の顔すら見ずに、モニターに視線を向けている。

 今の三人に何を言っても、無為になるだけだ。

 そう感じた狼は気を重くさせたまま、自分もモニターへと視線を向けた。

 モニターには『先ほど放送した通り、明日はサマー・スノウ宣戦を行います。時間は朝の9時半より。場所は第二グラウンド。持ち物は各自のBRV、飲料水など。服装は動きやすい運動着が良い(冬用)。サマー・スノウ宣戦ではプレイヤー人数は、自由。各自でフォワードとバックスの配分を考えること。勝敗条件は、まずチーム毎に配られるフラッグを敵チームに奪取されるか、チームプレイヤーが全員撃退されたチームの負けとなる。そして終了の時刻まで勝ち残ったチームに、どんな褒美も与えるとする。以上でサマー・スノウ宣戦についての説明を終了です』という内容を表示していた。

 どうやら明日に控えたサマー・スノウ宣戦の概要説明だったらしい。未だにボヤけている部分もあるが、やることはわかった。要するに、チーム戦で相手チームと戦い、勝ち抜けという事だ。

「はぁ~」

 狼は思わずため息を吐いた。

 まったく、どれだけ戦い好きの学校なのか?少しくらい普通の学校らしい行事は出来ないものか?今の季節ならプール開きや夏祭り、花火大会など、色々楽しいイベントはあるはずだ。それなのに、何故この学校は、二言目には宣戦とか、サバイバルとか、勝敗とか、そういう危険な言葉が多いのか?

 まったく狼には理解できない。

 だが・・・

「もうこの季節かぁ・・・」

「最初は寒いけど、後から暑くなるから、だから何を着てくか迷うのよね」

「雪は好き」

 というような、会話をデンのメンバーがしている。

 「これって、毎年やるものなの?」

 と狼が三人に向け、訊ねる。だがデンのメンバーは狼を横目で一瞥し、狼の言葉を無視してきた。

季凛は狼と同じように、首を傾げながら「雪?」と呟いている。

 そんな二人を余所に三人は、サマー・スノウ宣戦について話している。これは完全に狼と季凛は蚊帳の外という状態だ。

 なんなんだよ、この疎外感?

 なんとも言えない孤独を感じ、だんだん狼の中で怒りが湧きあがってくる。

「もういいよ。どうして、みんながそんなに怒ってるのか分からないけど、みんながそういう態度なら僕は明日、蜂須賀さんと組む」

 と怒鳴りながら、隣にいた季凛の腕を掴み部活小屋から出て行く。

 すると後ろから、憤怒した根津の声がかかる。

「あっそ。だったら明日は敵同士よ。いくらあんたでも容赦しないからね。助けを求めたって助けてあげないんだからねっ!!」

「心配いらないよ!二人だけでもなんとかするからさっ」

 と売り言葉に買い言葉を言いながら、デンのメンバーを残し狼は部活小屋を後にした。



 そして次の日の早朝。

 狼は目の前に広がる光景に唖然としてしまった。

 目の前に広がる第二グランドには、太陽の光を浴びてキラキラと光る雪原が広がっていた。地面からは冷気。上空からは熱気。というアンバランスな感覚にしばし、狼は意識を持ってかれそうになる。

グランドにある雪は夏の太陽を浴びているのにも関わらず、見事にグランドを覆い尽くしている。そして、そのグランドにはいくつかの雪で造られたシェルターが配備され、サマー・スノウ宣戦の準備は整っていた。

 そんな光景を見て、狼はやっとサマー・スノウ宣戦の由来を理解した。

 つまり、これは季節というものを丸無視した、大規模な雪合戦。

 そしてその雪の上に、明蘭学園の全校生徒が夏に不釣り合いな冬用の運動着を着用して整列し、その前に、こんな雪原には不向きな和服姿の九条綾芽が現れ、凄まじい威圧と共に鬨の声を上げる。

「皆の者、これは大いなる合戦ぞ。これに勝利した物は褒美を。負けた物には屈辱を。そして我が身の武勇を、誇りを、存在を・・・ありのままに誇示せぇぇ!」

 それに続くように、大勢の鼓舞の声が次々と舞い上がる。

 そんな中で狼の後ろにいた季凛が小声で

「一緒に頑張ろうね!狼くん」

 と囁くように言ってきた。


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