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リミッター

「ふんっ」

 重蔵が身を翻した。自分たちへと押し迫る斬撃に防御の構えを取る。

 名莉もそれに合わせて、因子の質を上げて行く。

 どくん。胸が鳴った。目の前からくる脅威に戦いているのか? いや、違う。けれど因子を自分の中から振り絞ぼろうとすればするほど、鼓動が速くなる。まるで自分の物ではないかのように。こんな所で動揺している場合ではない。

「ぐぉおおおおおおお」

 重蔵の刃と斬撃が触れ合う。重蔵からくぐもった叫びが上がる。斬撃の熱線が名莉たちの周囲にある全てを、斬り刻み、熱で焦がす。

 どくん、どくん。と胸が鳴り続ける。息が上手く吸えない。ただ名莉の胸中で何かが叫び、荒れ狂っていた。

 解放しなければ、いけない。そうしなければ……死んでしまうのだから。

 名莉が声なき言葉を叫び、そして自分の持っていた銃口を自分の首下辺りになすり付ける。

『名莉! 何してんのっ!?』

 鳩子が荒げた声で叫ぶ。

 名莉はその声をどこか遠くで聞きながら、迷うことなく引き金を引いた。

 甲高い銃の声。身体を貫く銃弾が名莉の身体を抉る。けれどその銃弾が名莉の身体からリミッターを外す。

「ごめん、なさい……」

 名莉が静かに涙を流し、小さく囁いた。

 堰を壊した名莉は、時臣の斬撃を受け止める重蔵の背中を見ながら、もう片方の銃口を構えた。引き金を引く。

 銃口から細い一条の光が真っ直ぐに時臣の放った攻撃へと衝突した。二つの熱が食い合うように膨張した。もうそれは術者の手を離れた破壊し合う二つの猛者。だがその猛者たちの均衡が崩れる。どちらに軍配の旗が上がったのか……?

 名莉はそれらを確認するよりも早く、思考の闇の中へと吸い込まれた。




 静かにそして、ゆっくりと狼が目を開いた。

 身体が石のように動かない。どんなに意図的に指を動かそうとしても、まったく動かない。

 するとそんな狼の様子を見ていた藤華が、辟易とした溜息を吐いた。

「また……意識が固まらせてしまいましたね?」

 藤華がすっと立ち上がり、狼の額を指で弾く。すると狼の身体が抗えぬまま後ろに倒れる。

「もう一度言いますが……意識を集中させれば因子を練り込むことは簡単です。ですがそれでは戦場において、それができますか? できないでしょう。戦場で目を瞑って惚けているなど……殺してくださいと言っているような物ですから」

「……おっしゃる通りです」

「私の言葉が理解できるというのに、何故意識が固まるという状況になるのでしょう?」

 冷たい藤華の視線が狼を突き刺してくる。狼は口籠もるしかない。

 言われていることは理解できる。けれど、一つのことに意識を集中させてしまうと、どうしても別のことがおざなりになってしまう。

 しかしそれでは駄目なのだ。

 自分がここにいる間にも、皆が戦っている。皆がそれぞれの場所で戦っている。だから自分も逃げる訳にはいかない。出来ない、と弱音を吐いてるわけにもいかない。

 けれど、戦いとはまた別の重圧が狼を襲ってくる。上手く出来ない焦りがどんどん膨れて行く。

 目を閉じて、深呼吸をして、狼は自分の気持ちを落ち着かせるように努める。

 けれど狼は溜まらず、目を見開いた。

「すみません……」

 狼が謝る。すると藤華が目を細めさせてきた。

「本当は休憩している暇などありませんが、仕方ありません。一度休憩です。色々と外の様子も変わってきたようですし」

 藤華からの思ってもいなかった言葉に、狼が思わず顔をあげた。

 しかし藤華との視線は合わなかった。もうすでに藤華は立ち上がっており、この部屋の外野方を見ている。

 状況が変わった、と藤華は言っていた。どのように変わったのだろう? 外の状況は勝利がキリウスと戦っているという状況しか入っていなかった。数回地面の揺れを感じたが戦況がどうなったかは分からない。

 狼の元に何も情報が入っていないのだ。自分の知らない所で大きく動く変化に、嫌な想像ばかりしてしまう。皆を信じていないわけではない。

 けれど思考というものは厄介で、悪い方への考え出すと流れは激流かの如く、身体中を駆け回ってしまうものだ。

 しかしそんな狼の思考を見抜いたのか、藤華が徐に口を開いた。

「勝利さんたちが勝ったようですね」

「本当ですか? よかった。じゃあ、他の人たちのことも分かりますか?」

「分かりません。私は情報操作士ではありませんから。情報を貰えなければ分かるのは精々この屋敷の付近のことだけです」

「そう、ですか……」

 一縷の喜びの中に残念な気持ちが入り混じる。けれど贅沢を言っているわけにはいかない。

 藤華が分からないと言っている以上、他の情報はこちらに入るまで待つしかない。諦めて狼がふと息を吐き出した瞬間、狼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『京都での鍛錬は順調に行ってるのかな?』

「條逢先輩!? どうして貴方が?」

 狼の言葉に藤華が振り返り、目を細めさせる。

『はは。驚くことはないんじゃないかな? 情報操作士が因子を介して誰かと話すことができるのは知ってるだろ?』

「僕が言いたいのはそういうことじゃないです」

『敵である俺がどうして黒樹君に話しかけたかってこと?』

 分かっているなら、聞かないで欲しい。

 狼はそう思うが、慶吾相手にそんなことを思ったところで意味はない。狼の前に来た藤華は視線だけで、狼に訴えかけてくる。

 聞けることを、全て聞き出せと。狼はゆっくり頷いた。

「僕に話しかけてきた理由は?」

『せっかちだね。まぁ、いいや。俺が君と話そうと思ったのはさ……君が知りたがってることを一つ教えてあげようと思ったのと、少し助言をしようと思って。だから、今俺に訊きたいことは?』

 慶吾からの唐突な言葉で狼に動揺が走る。こちらの行動を見透かしたかのように慶吾が一つの質問に答えると言ってきた。

 きっと慶吾のことだ。一つと言った以上……これ以上のことは言わないだろう。訊ねる質問は慎重に考えなければいけない。

 勿論、狼が真っ先に思い浮かべる質問は小世美のことだ。

 鳩子が憶測したとおり、小世美を殺したのは豊なのか? その質問が喉元まで出かかる。けれど狼はそれを腹の奥へと飲み込んだ。

 小世美のことは、豊に直接訊くべきことだ。慶吾に対する質問はもっと慎重に考えた方が良い。息を吸って慎重に質問を考える。

「……貴方は誰の味方ですか?」

 狼が慶吾にそう訊ねた。

 目の前にいた藤華が驚きと怪訝さの混じった表情で狼をみてきた。しかし狼はそれを無視して、慶吾からの返答を待つ。

 慶吾にしては、ひどく答えるのに時間を要している。藤華と同様で狼がこんな質問をしてくるとは思っていなかったのだろう。

 きっと慶吾も狼が豊のことを訊ねると思っていたに違いない。

 そしてそんな狼の考えを慶吾が苦笑混じりに肯定してきた。

『まいったね。まさか黒樹君がそんな質問をしてくると思ってなかったよ。でも……自分が言った事には責任を持たないとね。答えるよ。……正直、俺は誰の味方で、誰の敵とか考えてないよ。うーん、そうだね。少し俺の中で齟齬がある言い方なんだけど、気分? いやそれも違うな。自分? どうも違う』

 本当に答えを決めていなかったのだろう。

 慶吾にしてはかなり歯切れの悪い答えだ。むしろ慶吾の中で狼からの質問ということを忘れ、自問を自らに突きつけている感じだ。

 だが、いつもあっさりと自分たちの言葉を返してくる慶吾の意表を突けたのは、少しだけ気分が良いような気もした。

 けれどちょっとした愉悦に浸る狼の手の甲を、藤華が思い切りつねってきた。

 役立たずと言いたいのだろう。

 地味な痛さに狼が声を上げないように堪えていると、慶吾が口を開いてきた。

『味方はいないけど、敵ならいるかな』

「條逢先輩にですか?」

 意外な慶吾からの答えに狼は、赤く腫れた手を擦りながら訊ね返す。

『いるよ。勿論ね。ただそれを答えたら二つ目の質問に答えることになるから。秘密にしておくよ。じゃあ、質問タイムはこのくらいにして……助言のほうに移るけど、今度はちゃんと守った方が良いよ。大切なものをね。知られたくない噂ほど早く広まるものだから』

 今度は守った方が良いとは、どういうことなのか?

 妙に言葉が濁されていて、あまり助言として機能していない。けれど……わざわざ慶吾がこれを言ってくるということは、何かがあるということだ。

「條逢先輩はやっぱり知ってるんですね。小世美のことを」

『知ってるよ。俺もあの瞬間を見ていたからね』

 あっさりと白状した慶吾に、狼の吐く息に怒りが込められる。やはり慶吾はずっと見ていたのだ。今までのことを全て。なんて悪質な傍観者だろう。

 自然と握り拳をつくる手に力が入る。もしこの場に慶吾がいたとしたら、狼は感情を抑えることなく、掴み掛かっていたはずだ。

『黒樹君、君に俺を責めることはできないよ』

「……どういうことですか?」

 一つ一つの言葉を慎重に吐き出しながら、狼は慶吾に訊ねる。

『だってそうだろ? 黒樹君が助けられない子をどうやって俺が助けるのかな? 仮に俺が彼女を助ける意志があったとしても、あの状況で助ける事は不可能だよ。信用できないかもしれないけど、あの時の事態は俺も予測してなかったことだからね。つまり、人間が起こす突発性には滅法、弱いんだよ。俺たち情報操作士は。俺が出来るのはシステムを掌握すること、攻撃予測をすること、情報を操作することだけだから。勿論、情報やシステムを武器に、相手の精神を縛って、行動の自由を奪うことはできるけど……それをするには事前準備が必要だからね』

 慶吾の言葉に狼の怒りがだんだん鎮まっていく。いや鎮めるしかなかった。慶吾の言葉を鵜呑みにするのは癪だが、彼の言ってる事は正論だ。

 どんなに慶吾があの事態を見ていようと、その場にいない慶吾に小世美の死を防ぐ術はない。もし彼を責めるとなると、同じくあの状況を見ていた鳩子を責めることにもなってしまう。

 狼は眉間に皺を寄せながら、歯を食いしばって頭を振った。

 もう小世美の死で、誰かに怒りをぶつけることはしたくない。

「……確かに頭にきましたけど、條逢先輩を責めることはしませんよ。それより、さっきの助言をもっと知りたいです」

『大丈夫。すぐに分かるよ。それに……俺は黒樹君が同じ後悔は繰り返さないって信じてるよ』

 どんな根拠で? とも思うが狼は口にはしなかった。慶吾の言葉に理由を求めても飄々とした言葉で返されるのがオチだ。

 狼が思わず溜息を吐く。すると少しだけ自分の感情が落ち着いた。するとそんな狼に再び慶吾が口を開いた。

『あっ、あと黒樹君には俺から頼み事をしとこうかな』

「頼み事?」

『そう。是非黒樹君にやってもらいたいことなんだけど……あの人と戦う時はちゃんと自分の臨界点を踏破しといてよ。きっとあの人を前に向かせるには、それしか方法がないからさ』

 あの人とは豊のことだろう。

 勿論、狼だって豊と戦うために強くなる覚悟はしている。だからこそ、藤華から修行をつけてもらっているのだから。

 でも何故、そんな分かりきっていることを、慶吾は敢えて頼み事として言ってきたのだろう? しかもその頼み事は、まるで自分たちを応援しているようにも聞こえる。

『頼んだよ』

 狼が疑問を口にするよりも早く、慶吾が穏やかな口調でそう言ってきた。そのため、狼は言葉を掛けるタイミングを失い、慶吾との会話はそれっきりになってしまった。

 改めて狼は深い、深い、溜息を吐き出す。

「本当に……」

 苦手な人だ。狼はついさっきの慶吾とのやり取りを思い返しながら、つくづくそう思った。

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