決意を胸に
ただのライフル銃二丁を持ちながら、名莉は来た道を駆け戻っていた。
引っ切り無しに聞こえてくる戦闘音に名莉は表情をきつく引き締めていた。
まだあそこでは、激しい戦いが続いている。
鳩子は自分たちの勝利は確定したと言っていた。ここに囮として残された兵士たちを助けられたと。確かにそれを勝利だといえば、勝利になる。
けれど名莉には、あそこでやり残したことがあるのだ。それをやり尽くさなければ、名莉自身の中でこの勝利を喜ぶことはできない。
木々の隙間から煙が至る所で上がっている基地が見えた。中央付近には、時臣の夜叉が悠然とそこに立ち続けている。名莉は一気に跳躍速度を上げた。
駐屯基地の中に入ると、至る所の地面が大きく抉れている箇所がある。
これはつまり、中央にいるはずの二人の攻撃がここにまで来ているということだ。
「鳩子、今の状況は?」
『夜叉と大城時臣を相手に、夜叉の二本中一本の刃は折ったけど……重蔵さんが押されてるかな。年寄りにはキツいって文句言ってる。ちなみにメイっちのことは伝えてないからね』
「どうして?」
『伝えたって「いらん」の一言で突っ撥ねられるだけだと思うし。サプライズで来る方が盛り上がるでしょ? でもさ……あのデカい奴を倒すための考えがあるの?』
「ない」
『やっぱりね。でも勝ちたいんでしょ?』
「うん。勝ちたい」
『だったら……やっちゃいますか。目安は二〇分。この時間はメイっちがずっと因子を放出し続けたとして、因子疲労を起こすまでの時間だから。勿論、放出量を抑えれば時間は長くなるけどね』
「了解。……鳩子、ありがとう」
『……まっ、止めても聞かないんだから、押すしかないでしょ』
鳩子の言葉に名莉の頬が思わず緩む。無茶なことだとは分かってる。けれどそれでも……自分を押してくれる仲間が居てくれる。それが凄く嬉しい。
だからこそ、自分も答えなければ。自分の背中を押してくれる仲間の気持ちに。
空気が震えていた。その震えに流されるように火の粉が名莉の方へと飛んできた。空気の中心には、刃を交える時臣と重蔵の姿があった。
鍔迫り合いとなっていた。二つの押し合う力が紺着状態になっている。死闘を繰り広げる二人の瞳には、尊厳な意志が宿っていた。
名莉は熱しられた吸いにくい空気を無理に肺に押し込め、意識を集中させる。
『狙いは夜叉の頭部裏。その中央。そこに一番、因子が収束してる核みたいな物がある。そこに攻撃を当てられれば、少量の因子でも夜叉の体勢を崩せると思うから』
鳩子からの情報を聞きながら、名莉は高く跳んだ。
跳んだ名莉を夜叉の空虚な視線が追ってきた。名莉は気にせず、宙で身を捻り夜叉の背後へと回る。落下しながら二丁のライフルから弾幕を張る。
出てくる弾に因子は含まれていない。そのため因子をその弾の外殻にコーティングして放つ。
夜叉の頭部を容赦なく名莉の銃弾が貫通して行く。鳩子に言われた通りの箇所に……全ての弾を打ち込んで行く。
二つの銃の引き金を引くタイミングを、微妙にずらし、そして照準も落下する自分の位置、角度を意識しながら変えて行く。
『お見事っ!』
鳩子からの賞賛の言葉が聞こえた瞬間、夜叉の頭部が弾け散る。黒い霧が辺りに立ち込める。けれどその霧は、皮肉にも地上での時臣と重蔵の剣戟の余波によって、上空に押し返されてしまっている。
地面に着地した名莉に、真上から空気の波が押し寄せてきた。名莉が瞬時に横へと跳躍する。名莉が跳躍したのと同時に、頭を失った夜叉の刃が地面に突き刺さった。
避けた名莉の姿が、夜叉の刃に反射して映る。
夜叉が地面に突き刺さった刃を引き抜くことなく、そのまま名莉へと刃を滑らせてきた。まるでプリンを裂くような軽やかな動きの刃を名莉が、間一髪で避ける。
しかし一度、刃との距離を開けてしまえば……簡単にその攻撃を避けることができる。やはり、因子が収束していた頭部を失っていることもあり、夜叉全体の動きが鈍くなっている。
けれど名莉が地面を滑る刃を避けている間に、先ほど飛び散らせた頭部が再生してしまう。時間にすれば三分行くか、行かないかの時間だ。
夜叉の再生能力の高さに名莉は奥歯を噛み締める。
「頭部が再生したけど、因子の収束箇所に変わりは?」
『ないよ。しかも……嬉しい誤算。あたしの予想だと再生はもっと短い時間で行われると思ってたんだけど……倍の時間は掛かってる。つまりその分、鳩子ちゃんの因子が動きやすい時間が長いってわけ』
「じゃあ、本人へ妨害も少しは取れるようになりそう?」
『勿論。一度似たようなタイプとは戦ってるからね。鳩子ちゃんだってそれなりに成長しますとも』
「鳩子のその言葉が聞けたから……私はもっと戦える」
したり顔を浮かべる鳩子を頭に想像しながら、名莉が銃を強く握り直し、再び頭部を再生させた夜叉の頭部へと跳躍する。
名莉に動きに合わせて、夜叉が地面に突き刺していた刃を抜き、下段から真上に跳んだ名莉へと斬り込んできた。
斜め下から鋭い刃が自分へと向かってくる。巨大な刃を銃撃で弾くことは難しい。いや、因子を多く含ませれば可能だが、迎撃に使う因子が惜しい。
名莉は仕方なく、空中で身を後転させて夜叉の刃を回避する。クルクルと身を回転させながら地面に急降下して、着地する。
着地したのと同時に、地上から夜叉の裏へと周り込むように移動する。
だが……
名莉の行く手を阻むように、夜叉が刃を走らせてきた。
地上から見る刃はまるで鋭い柱のようだ。名莉はその鋭い柱を夜叉の身体に沿って移動しながら、通り抜ける。
しかしその瞬間、名莉は自分の失態に気がついた。
夜叉が突き立てた刃の面で名莉を叩くように、自分の身体の方に飛ばしてきたのだ。夜叉の身体には強固な骨も、それを守る肉や皮もない。夜叉を形成しているのは、黒い霧状の刃だ。
そのため、叩き飛ばされた名莉はそのまま銃弾のように夜叉の身体を貫通する。
しかし貫通した名莉の身体のあらゆる所から、刃により斬り傷がついている。
でも、これで……夜叉の背後へと回れた。
名莉は頬から顎先に流れる血を腕で拭い、全身の痛みを無視した。止血することも無視してそのまま、跳躍する。
自分の血と汗でライフル銃を握る手が滑る。その滑りそうな感覚が名莉に唇を噛ませた。
外すわけにはいかない。
「撃ち抜いて見せる……」
名莉が静かな声で自分を鼓舞し、先ほどと同じように夜叉の頭を銃弾で爆ぜさせた。やはり頭を失った夜叉の動きは鈍くなる。名莉は実弾がなくなった二丁のライフルを投げ捨て、自分の愛銃を復元する。
だが夜叉にも先ほどとは違う動きがあった。
夜叉が空いている左手を自分の胸部に入れ、そこから新たな刃を取り出してきたのだ。
『自分で刀を造り出せる感じみたいね……ただ、身を削る分身術みたいだけど』
鳩子の言葉の通り、頭を再生した夜叉の身体はさっきよりも一回り小さくなっている。
「鳩子、私の攻撃であの刃を折ることは可能?」
『不可能ではないけど、頭と違って因子が収束してる場所がないから……難しいとは思う。それこそ力技で折るしかない』
つまり、刀を折って夜叉の身体を削ることは状況的に難しいということだ。
そうなるとやはり、今まで通りの作戦で頑張るしかない。
「本体への妨害はどのくらい進んでるの?」
『あと一分もすれば、因子経路の何本かに妨害干渉ができる感じかな。うざい因子の量で邪魔はされてるから、伸びる可能性もあるけどね』
鳩子の妨害が上手く行けば、押されている重蔵が時臣を押し返せる契機になるはずだ。そしてその道を作るのが、自分の役目だ。
夜叉が名莉へと二本の刀を横から交互に振るってきた。名莉は身を低く屈める。その瞬間、名莉の頭上すれすれを、迅速の刃が過ぎ去る。
名莉は視線を上に向け銃口を向けた。そして二つの刃の切れ間に夜叉へと銃弾を放つ。
火炎爆技 桜花千舞
二丁の銃から放たれた銃弾は夜叉の頭上よりも高く上がり、夜叉の頭上に舞い落ちる。そしてその花びらが一気に夜叉の頭上で次々に爆発していく。
爆発が夜叉の姿を飲み込んで行く。
『敵の因子経路妨害、成功』
鳩子からの情報が入ったのと同時に、時臣の太刀に異変が生じ、重蔵の刀が時臣の刀を弾き返す。そしてそのまま間髪入れずに重蔵が刀を切り返し、時臣へと一撃を与えた。
重蔵の刃が炎を刀身から吹き出しながら、深く重く時臣の身体に食い込む。肉を裂き焼き、骨を砕き、焦がす一撃だ。
けれど同時に、時臣も持っていた刀で重蔵の腸を突き刺していた。
「儂に反撃など……本当に大城は腹立つくらい生意気じゃのぉお!」
因子を含んだ声の衝撃で、時臣を後方へと弾き飛ばす。
「不躾な小細工に助けられている者に言われたくはない」
吹き飛ばされた時臣が瞬時に身を翻し、正眼に刀を構える。
「おお、それは自分の手中に優秀な兵士を抱え込めなかった嫉妬か? 時臣?」
「跳んだ戯言を!!」
時臣の怒りに呼応するように、身体から放出された因子の熱が一気に膨らみ、そしてその因子が時臣の持つ刀身に寄せ集められて行く。今まで名莉たちを苦しめていた夜叉もその姿をボロボロと崩し、他の因子の渦と動揺に時臣の刃へと吸収されていく。
名莉が急いで重蔵の横へと移動する。
すると名莉を見た重蔵が肩をすくめさせてきた。
「デカいのが消えてくれたのは良いが……ちとこれはヤバい奴じゃ」
『全然「ちと」じゃないでしょ! これはリアルにヤバいって! イギリスのエクスカリバーを凌駕する威力数値が予測として出てるんですけど!!』
鳩子の言葉に思わず名莉が目を見張った。そんなことがあり得るのだろうか?
「……仕方あるまい。ここは逃げるが勝ちそうだ。まだ全力疾走できる体力はあるか?」
重蔵の言葉に名莉が頷く。急いで二人が残った因子を身体に一気に流し込むが、そんな二人へと時臣からの強烈な斬撃が押し迫ってきた。
鬼神刀技 殺生・鬼斬
地獄にいる鬼を象る斬撃が、名莉たちを飲み込まんと大口を開けてきた。




