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このままじゃ終れない

「逃がすかっ!」

 真紘が今にも綾芽を連れて瞬間移動をしようとしている豊へと斬撃を放つ。

「ははは。今は少し体勢を整えるのと……私が一件片付けねばならない物を見つけてしまった。でも安心したまえ。私は下手に逃げも隠れもしない。時間を改めてくれさえすれば、また相手にするよ。それじゃ」

 放った斬撃が半透明になった豊の首元へと衝突する。けれど斬撃はそのまま豊の首元をすり抜けて行ってしまった。

「遅かったか」

 歯を喰いしばり真紘が苦虫を噛んだ表情を浮かべる。

 できればこれ以上、事態が深刻化する前に決着(ケリ)をつけたかったのが本音だ。

 だがそんな真紘の傍らで、ぺたんと両足を地面につけ虚脱しきった様子でセツナが座り込んできた。

 いや、セツナだけではない。豊と戦っていた根津たちも俯いたまま座り込んでいる。

 座り込む二人を見ながら、真紘は自分の肩がずっしりと重くなった。

 疲弊している。

 セツナや根津だけでなく真紘自身、疲れ切っていた。思えば連戦が続いていた。自分と根津は勿論、セツナも学園を奇襲された体力及び精神的疲れが残っていたはずだ。

 敵を逃がしてしまったことに悔いはあるが、これも勿怪の幸いだったのかもしれない。

 気持ちばかりが先走りしていた所で、ついてくる足がなければ転んでしまうだけなのだから。

 イザナミを消し、一息吐いていた真紘の元に二件の報せが届いた。

 一件目はキリウスを撃破し拘束したという報せだ。二件は棗からだ。舞鶴湾で生存者一人、発見という内容だ。

 まだ残っていたのか。

 真紘はすぐさま宇治に向かうため、生き残った国防軍兵士の回収は希沙樹と零部隊に任せていた。そして希沙樹たちからは、国防軍兵士の生き残りは全て回収したと連絡は受けている。

 念のため、棗と黒樹の懐刀である帯刀にも確認しに行って貰ったのだが、まだ生存者がいたらしい。

 回収した国防軍兵士の話は後でしっかり聴くとして……。

「動きがわからないのは、駐屯基地の状況か……」

 真紘がこちらに来たとき、重蔵もヘリに乗っていた。そしてセマがこちらに戻ってきたということは、無事に重蔵を基地へと送り届けたに違いない。

 しかし……

「なんか、すごく嫌な因子の気配がする」

 目を訝しげに細めた真紘にそう言ってきたのは、傍らで地面に座り込むセツナだった。セツナは空気に混じる嫌な気配に、腕をきつく抱えている。

「ねぇ、真紘。この因子の気配って……」

 表情を曇らせる根津に、真紘が頷いた。

「ああ。この感じは大城の気配で間違いない。しかも因子の気配の大きさで言うと……大城時臣のもので、まず間違いない」

 真紘がきっぱりとした声で言い切ると、根津が愕然とした表情を浮かべてきた。

「……じゃあ、あたしも早く向かわない……っと」

 手に持っていた清龍偃月刀を地面に突き立て、それを支えに根津が立ち上がる。

「根津。貴様の気持ちは分かるが、今は休息を取れ」

「ちょっと、真紘。何言ってるのよ? 今、休息を取ってる場合じゃないでしょ?」

 根津が怪訝そうな表情で真紘を批難してきた。その視線を受け止めながら、真紘が根津の元へと近づいた。

「なによ?」

「行きたいというなら、根津に訊く。貴様は今から駐屯基地に向かって、自分が大城の首を取れる絶対的な自信はあるか?」

「それは……」

 真紘の問いに根津が悔しげに言葉を詰まらせる。

「自信がないのなら行くな。正直、今の根津がそちらに向かった所で足手纏いになる可能性が高い。なら名莉たちを信じて待つしかないんだ」

 すると根津が黙ったまま、清龍偃月刀を消した。まだ完全に納得したわけではなさそうだが、自分の現状をしっかり考えてのことだろう。

 そんな根津を見て、真紘はふと少し前の根津を思い返した。

 少し前の根津は、よく陽向と衝突しながら自分の意地と感情で突っ走っていた。けれど今ではその姿も影を薄めつつある。

 きっと狼と関わり、デンとして活動してる中で根津も成長しているのだ。

 真紘は級友の成長を感じつつ、内側に溜まった自分の疲れを呼気と共に吐き出した。




 名莉は息を呑んで、そのときを待っていた。

 斜め前で大太刀を構える重蔵は夜叉の前に立つ、時臣と見合っている。どちらかが少しでも動こうものなら、瞬く間に戦闘の火が業火の如く吹き荒れるのは間違いない。

 名莉も因子の熱を上げながら、火蓋が切られる瞬間ただじっと待っていた。

 動くのは時臣か、それとも重蔵か? けれど結果はどちらでもなかった。

 動いたのは、時臣が顕現させた夜叉の刀だ。

 名莉たちの頭上に容赦なく巨大な刃の穂先が突き落としてきた。大きな轟音を響かせ、辺りに砂煙が一気に立ちこめる。

 銃を構えた名莉が周囲に立ち込める砂煙を払うように弾幕を張った。

 銃弾は一直線に夜叉の眼球を打ち抜く。夜叉が言葉にもならない吠え声を上げている。吠え声を上げる夜叉は、眼球からは黒い煙を立たせ、名莉へと鋭い刺突をしてきた。

 夜叉の刺突は刃の大きさ故に、攻撃範囲が広い。しかもその軌道は確実で名莉は反撃できず、回避に意識を集中させている。

 夜叉の攻撃を回避している名莉から手前にいる重蔵は、夜叉が動き出したのと同時に時臣と衝突していた。二人の戦いは因子で強化している視力ですら、追えないレベルとなっている。

 ただその激しさは自分の身体をビリビリと叩く空気の震えで十分に伝わってくる。

 戦いは拮抗している。しかしこの戦いがどういう結末になるのか、名莉には分からない。

 時臣の体力が底を尽くか、重蔵の因子が先に底を尽くか。

 もし重蔵が先に底を尽けば、重蔵は愚か自分たちにも死がやってくるだろう。大城時臣という人物が、自分に刃を向けてきた者を生かしておくはずがない。

 でも私は死ねない。

 生きなければならない。小世美のためにも。

 ならこの状況をどうにかしてでも一転させなければ。それをするにはまず、自分が倒さなければならない敵を倒すこと。

 あの因子で作り出された夜叉を倒すことだ。

 けれどそんな名莉の気持ちを余所に、鳩子が一つの事実を告げてきた。

『メイっち。あたしたちの勝利は近いよ』

「それって……」

 どういうことだろう?

 鳩子なら今の状況がどういう状況か分かっているはずだ。重蔵も時臣と剣戟戦を続けているし。自分だって時臣の技を打ち破っていない。それなのに何故、鳩子は自分たちの勝利が近いなどと言ったのだろう?

 名莉が鳩子の言葉に困惑していると、鳩子からの溜息声が聞こえてきた。

『正直、今のメイっちだと大城時臣の技を打ち破ることはできない。だってその技は雄飛の技の複合、強化版だよ? 夜叉を相手にする前にも結構技を放ってたし』

 名莉の言葉を先読みしたように鳩子が言葉を続ける。その現実に名莉は胸が締め付けられる気分になった。

『メイっちが隠れ負けず嫌いってことは、知ってるけど……今のあたしたちは総合的に勝てればいいの。あたしたちの目的は何? 大城時臣を倒すこと? 違うでしょ?』

 鳩子の冷静な言葉が名莉の頭を殴ってきた。

 ああ、そうだ。

 自分たちの目的は、大城時臣を倒すことじゃない。自分たちのやろうとしていたことは……

『季凛からの連絡によると、もうすでに一ヶ所に固まってた兵士たちの殆どが、この基地から撤退してる。むしろ、もう少しで全員が避難地点に到着するみたいだよ』

「……わかった。重蔵様には?」

『もう伝えたに決まってるじゃん。後は逃げるだけですって』

 夜叉の鋭い横薙ぎの一閃が名莉へと襲いかかってくる。名莉はそれを高く跳躍して躱す。跳躍した身体は重い。

 けれど戦う内に麻痺していた意識ははっきりし、気持ちは軽かった。

 真上に跳んだ名莉はそのまま夜叉の刃に着地し、再び後ろへと跳躍する。

 向かった先には気絶している操生の元だ。

 気絶している操生は呼吸が荒いが、止血は一応済んでいる様子だ。しかしそのとき、自体が一転した。背後で巨大な爆発が起きたのだ。

 操生を庇うように抱き、身を小さくする。強い爆風が名莉の背中を殴打してくる。

 さきほどの爆発は重蔵と時臣の技によるものだったらしい。

『メイっち! 黒樹の当主が今の内に逃げろだってさ。急いで!』

 鳩子の言葉が聞こえるのと同時に、名莉の足は動いていた。気絶する操生を抱え、基地の外へと。

「鳩子、季凛がいる場所を教えて」

『南西に三キロ先。そこの森の中』

「わかった。鳩子の方は?」

『あたしは大丈夫。自分の取るべき行動はちゃんと取ってるから』

 名莉は跳躍を繰り返し、全力疾走で季凛がいる場所へと向かう。

 進む間にも激しい衝突音が耳に届き、こびりつく。

 気持ちが焦り、喉が異様に乾く。喉のひっかかりが気持ち悪い。それでも名莉は足を止めず、季凛がいる場所へと向かった。

「季凛!」

 名莉が目の前に見えてきた人物の名前を叫ぶ。

 すると季凛が驚いた様子で名莉へと振り返ってきた。

「あはっ。驚き。鳩子ちゃんよりも先にメイちゃんが来るなんて。……その様子だとかなり切迫した状況みたいだね」

「お願い、季凛。杜若教官を見てて。私は……」

 名莉は季凛の背後にいる国防軍の兵士たちに気づいた。兵士たちに武装している者はいない。その代わり、季凛の足元にライフルや機関銃、などの銃が積まれている。

 季凛が武装を解除させたのだろう。

「あはっ。この人たちは季凛が少しだけクロスボウを見せながらお願いしたら、一糸乱れぬ動きでここまで来てくれたよ。さすが軍人だよねぇ」

 にっこりと笑う季凛を見て、季凛と国防軍の兵士の間に何があったのかなんとなく、想像がつく。正直、いきなり自分たちの元にやってきた季凛の言葉をすぐに言うことを利くはずがないからだ。

 ただそのおかげで、自分たちの目的は達成できた。

 あとは……

「それでメイちゃんが言いかけてた言葉の続きは?」

「私は……もう一度向こうに戻る」

 兵士たちを一瞥した名莉が季凛にそう告げて、足元に落ちていたライフル銃、二丁を手にした。

「あはっ。メイちゃん本気?」

「本気。鳩子も言ってたけど、私は負けず嫌いだから……このままじゃ終われない」

 詰まらない意地だと思われてもいい。

 呆れた考えだと言われてもいい。けれど、このまま重蔵を置いて逃げるという選択肢を取りたくない。

「あはっ。メイちゃん……かっこいいじゃん。後で武勇伝を聞かせてよね?」

「うん、わかった……ありがとう」

 名莉が横目で季凛に微笑んでから、激しい戦いを続けている重蔵たちの元に向かった。

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