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持ち場の交代

 走りながら出流は苦い顔をしていた。

 豊たちとの距離が開き過ぎている。けれど豊たちに先に行かれてしまえば、宇治駐屯基地はそれこそ跡形もなく……消し去られるだろう。

 自分たちに国防軍の兵士を助ける義理はない。別に自分は無条件に人を助ける正義に味方ではない。そんな出来た人間ではない。

 けれど出流は立ち止まりたくなかった。もう何も出来ない自分ではないことを示したかった。

 それをしなければ、本当の意味で自分が過去を乗り切れたと言えない気がした。

 叫び泣き、見ているしか出来なかった自分はもういない。

 そうだ……。

 自分が本当に許せなかったのは、自分が一番反逆したかった相手は、何もできなかった自分自身だ。自分が弱いばかりに本当の敵が透過していた。

 だからこそ、自分は見える敵に飛びついた。

 疾走させた足が夜の闇の中を迷うことなく、進んで行く。

『標的座標、目標地点から約一キロの地点。こちら五キロ地点、そっちはあたしたちより二キロ先行してる』

 つまり、あと二キロ先に豊たちがいる。向こうに追いつくのが先か。あちらが目標地点に着くのが先か。

 いや、絶対に追いついてみせる。

「おい、もっと速度上げるぞ。車に乗りながら余裕ぶっこいてる奴に一泡吹かせてやるんだ」

 出流が根津にそう言うと、根津が目顔で同意してきた。

 自分の身体に流す因子の熱を上げる。

 人間が車に追いつこうとしているなんて……少し考えてみれば確かに人間をやめている。

 化物と叫ばれても、強ち間違ってはいない気がする。

 どうして自分たちにこんな力生まれたのか分からない。けれど……自分はそれを持ち、戦いを知り、人の醜さを知り、自分の弱さを知った。そして強くなれるということも知った。

 もしかすると、ゲッシュ因子という因子の根本は強さへの欲求なのかもしれない。

 それを考えると、少し笑えてくる。

 もしその考えがあっているとしたら、自分たち因子持ちは常に欲求不満状態ということだ。

 人間には三大欲求が本能的に存在するが、因子持ちはそこに強さへの欲求も備わっているのだろう。強さへの欲求は底なしだ。

 けれどそれを追い求めることは、悪いことではないだろう。

 そう、正義の味方のような力の使い道をすれば。

「見えてきた。あの車がそうかしら?」

 根津がふと声を出し、正面を見据えている。

 その視線の先には、黒色の一台の車があった。

『ビンゴ』

 鳩子の言葉が根津の言葉を肯定する。

「あっちが何もしてこないなら、こっちから奴らの出鼻を挫く花火を上げてやる」

 そう言って、出流がSRー25Mの狙撃銃を復元する。

 けれど、狙撃銃から弾が発射されることはなかった。銃弾が飛ぶよりも早く鮮やかな炎が二台の車を飲み込んだ。

「なんだ?」

 唐突に出現した炎に出流が訝しむ。炎が掻き乱した空気の中に、微かに因子の残滓が残っているのがわかった。

 つまり豊へと立ち憚ったのは、因子持ちだ。

 そしてこの因子の感じには覚えがあった。

「この因子……セツナだわ」

「セツナって、あの明蘭にいた外人か」

「ええ。でもどうして……?」

 根津とそんな会話をしている間に、勢いよく吹き荒れていた炎が闇夜に飛散し、消滅する。そして炎に巻かれていた車は、何事もなかったかのように存在している。

「セツナ!」

 根津が金髪の少女、セツナに向かって叫び、出流と共に彼女へと近づいた。

「ミサキ! どうしてここに? それに、トゥレイターの人も」

「まぁ、色々あってね。セツナこそどうしてここにいるの?」

「知りたかったの。今の自分たちの状況を。いきなり明蘭が軍に教われたと思ったら、日本やドイツ……世界の国々で軍とアストライヤーが衝突し始めた理由を。だから、無茶だって分かってたけど……トゥレイターのカズマさんに頼んで連れてきてもらったの」

「トゥレイターのカズマさんって?」

 根津がセツナの言葉に首を傾げると、そこに……

「いや〜、ホンマに驚いたで。いきなり『私、行きます』とか言って、こっちの車から飛び下りるんやから」

 苦笑いを浮かべる和馬……テンスがやってきた。彼も出流たちがナンバーズであることを抜けたときに、一緒に抜けている。

「まさか、こんなに早くナンバーズを辞めてから会うとは思わなかったな。けど……長話をしている場合でもなさそうだな」

 出流が和馬にそう言って、セツナの炎を受けても無傷だった車から降りてきた豊と、綾芽を睨みつけた。

「やれやれ。ウチの生徒は少し好奇心旺盛で困ったものだね」

 わざとらしく、豊が手で頭を抑え、首を横に振っている。そしてそんな豊とは反対側に降りた綾芽は、口許に嬉々とした笑みを浮かべて、瞬時に因子の熱を上げ始めた。

「愚弟よ、まさか我らの生まれ故郷で会遇できるとは妾は嬉しいぞ。再び妾と拳を交わせえ」

「先手必勝っ!」

 セツナがそう叫び、上段に構えていたサーベルを臨戦態勢に入っていた綾芽へと揮う。真正面から鋭利なサーベル剣の刃を見ようと、綾芽に動じる様子はない。

 いとも容易くサーベル剣の刃を右手で鷲掴みにし、そのままセツナの腹に前蹴りを喰らわせる。セツナの口から血が吐かれる。

 けれどセツナはサーベルの剣を離しはしなかった。

「くっ……私だって、この半年間で成長してないわけじゃない!」

 セツナがそう言った瞬間、サーベル剣型のBRVに流れる因子が炎へと

変わった。炎は刃を掴んでいた綾芽の手を燃やしながら、その勢いを増す。

「あたしも助太刀させてもらうわよ!」

 根津が綾芽の後ろへと回り込み、追撃に回る。

「生徒同士の乱闘騒ぎか……はは。これがバレたら保護者会で怒られそうだ」

「安心しろよ。俺たちがおまえを倒して、涙の記者会見を受けさせてやるから」

「後で見返せるように録画しとき! まっ、牢獄入ったら録画テレビなんて見られへんけどな」

 出流と和馬で左右から豊を挟撃しにかかる。手に持ったSRー25Mの引き金を出流が引く。その瞬間、豊の周りの空間が一気に歪み、そこから無数の銃弾が豊へと襲撃する。

 銃弾が無慚に豊の身体を蜂の巣状態に穴をあける。

 けれど豊の身体からは血流がない。その代わりに身体からは白い水蒸気のような物が噴出し、その場にいたはずの豊の姿が消える。

「逃がさへんで! 関西は俺の縄張りさかいなぁっ!」

 紙七変化奥義 金剛棍棒

 紙をありとあらゆる物に変える和馬の因子が、巨大な荘厳の金棒を作り上げ、和馬がその棍棒を後ろへと移動した豊へと跳躍し、真上からの一撃をくわえる。

 棍棒が振り下ろされた瞬間、地面が破裂した。アスファルトの表面が内部の土から剥ぎ取られ地面が盛り上がる。空中に砂塵が舞い、視界も見えにくい。

 しかし奴は一歩も動かず、頭上に上げた片手だけで和馬の棍棒を受け止めていた。

 だがそんな豊の足へと出流の放った弓矢が飛んで行く。

「おや、こんな所に良い盾が……いや棍棒だったね」

 軽口を叩きながら、豊が受け止めていた棍棒ごと和馬の身体を自分の足下に振り落とす。

 放たれた矢は迷うことなく、豊の足下に落とされた和馬の身体を貫かんとする。

 けれど矢が和馬を貫くことはなかった。

「おまえのやりそうな手口は、予想済みなんだよ」

 空間変奏 エニグマ

 出流の矢が和馬の前から消え……鏃の方向を変えた矢が豊の横腹を貫通する。

 その瞬間、豊の身体から血が溢れ出る。

「ほう……」

 感心の声を上げたのは、セツナと根津と戦っている綾芽からだ。

 けれどその瞬間、出流の身体にも豊と同じ場所から血が溢れていた。

「なっ」

 出流から短い驚愕の声が漏れる。痛みが全身に駆け回る。しかし出流の思考回路は何故、豊を貫いたはずの自分の技が、自分に返ってきたのか? というものに収束されていた。

「有り難く思ってくれたまえ。私がこんなに色々な技を見せるなんて滅多にないんだからね」

「どこの高飛車キャラだよ? やめとけ。全然似合ってないぞ」

「はは。そうだね。やっぱり私は一枚目や二枚目よりも三枚目が実にハマっているらしい。ちなみにさっきの技の名前はシンクロだよ。私と君をシンクロさせたんだ。いや〜、使い道ないかなぁと思っていたんだけど、こんな所で役に立ったよ。やっぱり人生は何があるかわからないね。君もそう思うだろ?」

「人の頭の上でピーチクパーチク……うっさいねん!」

 口を動かす豊に和馬が槍へと変えたBRVから、高速な刺突を豊へと繰り出す。豊はその刺突をまるでダンスを踊るかのように、軽やかな動きで見切っている。

 あの動きは明蘭の地下で戦った設楽聡の動きだ。

 豊はそれを完璧にコピーしてしまっている。

「わいの攻撃をこんなチンケなダンスで躱そうなんて……我なに舐めとんじゃー!」

 怒りの声を張り上げ和馬がさらに刺突の速度を上げる。けれど聡の動きを知っている出流からすれば、いくら和馬が脅威的な速さで刺突を与えようと、それは無為なことだと分かる。

 地下で聡に対応できたのは、聡と同じ接種型に加え……体術の達人である雨生がいたからこそだ。だからこそ聡の動きを完璧にコピーしている豊を一対一では、まず対応できない。

 ならば数で押す。それしかあの動きを打開することはできない。

 出流が豊へと一気に肉薄する。リズムを取りながら小生意気にターンを決める豊と目が合った。目が合った豊は余裕のこもった笑みを浮かべている。

「和馬! 上に跳べ!」

 豊を睨みながら、出流が叫ぶ。すると瞬時に反応した和馬が真上へと跳躍し……出流がステップを踏む豊の足を足で払う。

 払えたといっても、豊の体勢が崩れたのは時間にして刹那。けれどその刹那的な時間でさえ、攻撃の機会となる。

 そこを和馬が確実に捉える。

 紙七変化奥義 断頭刃

 豊の首へと鋭い処刑刃が勢いよく振り下ろさす。

 タイミングは完璧だった。けれどその刃が豊の首を断つことはなかった。出流によって払われた瞬間、身を回転させ上から振ってくる刃を足裏で受け止めたからだ。

 刃が豊の足裏に衝突した余波が出流を後ろへと退かせる。そしてその間に豊は足裏で刃を和馬の方へと蹴り返すと、足を後ろへと降ろしそのまま立ち上がる。

 しかしそんな豊に新たな刺客が後方からやってきた。

「佐々倉出流。ここは俺が持つ。貴様は自分の向かうべき持ち場に行け」

 その言葉と共に、イザナミを構えた真紘がセマの愛機であるティーガ―から、出流たちの元へと飛び下りてきた。


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