タイミング
すると自分のティーガ―から降りてきた柾三郎にセマが目を丸く見開いて驚いたような顔をする。どうやら、瞬たちと一緒に乗ってきた柾三郎の存在をセマは気づいていなかったらしい。
「おま、おまえー! どうやってあたしのティーガ―に乗り込んだ?」
犬歯を剥き出しにして、柾三郎を警戒するセマ。けれど柾三郎はまったく気にする素振りもなく、鼻を鳴らした。
「どうやって? その質問は愚だ。俺は久保たちと共に普通に乗り込んだだけだ。気づかなかったのは貴様に修行が足らん所為だ」
「そんなわけねぇーだろ! 普通に乗りこんで気づかないなんて、おまえどんだけ、影が薄いんだよ!!」
「そうか。信じられぬというなら今から消えて見せよう」
柾三郎がそう言った瞬間。柾三郎の姿が忽然とこの場から消え失せた。柾三郎が気配を消せることが分かっている真紘でさえ、目の前にいたはずの柾三郎の居所が分からなくなってしまう。今となっては昔だが、さすが元九卿家だったことはある。
小椙家は先々代のときに九卿家から外されてしまっているが、元は烏山がいる座についていた家系だ。
そのため公家との繋がりも強く、同じく九卿家落ちした如月家とは権威に雲泥の差があるのだろう。
真紘が内心でそんな事を過らせていると、柾三郎がふと気配を放ち、存在を主張させた。するとセマが、悔しがることすら忘れ口をポカンと開いている。
驚くセマの姿に柾三郎は、微かに口角をつり上がらせ、満更でもなさそうだ。
「さすが小椙先輩だな。まったく気配が読めなかった」
正義が消えた柾三郎に感嘆するのを見ながら、真紘は瞬やみゆきの方へと視線を移した。
「これで分かったと思いますが、小椙先輩は自分や他者の気配を消すことが可能です。その力を使って、潜水艦の場所まで向かってもらいます。潜水艦の場所は既に棗が補足していますし、核攻撃を防げたあとの対処は、ここにいる俺たちで対応します」
「えっ、何? この『心強いでしょ?』の押し売り感。正直、まったく心に響かないんですけど!?」
瞬からそんな反論がきたが、今はその反論を受付ている暇はない。真紘は瞬からの反論を聞き流しながら、希沙樹たちへと視線を向けた。
「希沙樹、攻撃を食い止めた瞬間、奴等が逃亡できないようにしてくれ。正義と陽向は俺と共に、向こうからの攻撃に対処だ」
「おっ、了解!」
「当然だ」
自分の言葉に正義と陽向が頷く。
「真紘、敵がやっと俺たちに気づいたみたいだよ?」
軍の動きに気づいた棗が、嘲笑を浮かべながら真紘にそう告げてきた。棗の言葉で瞬とみゆきの顔が一気に強張った。
「セット・アップ」
真紘がイザナミを復元し、それに続いて陽向や希沙樹、涼子もBRVを復元する。
その瞬間、勢いよく三隻の大型潜水艦が浮上し、そこから一気に対地ミサイルが発射された。空気を裂く甲高い音と共に、発煙しながらこちらに向かってくる無数の通常弾道ミサイル。
形状からして……巡航ミサイル、トマホークだろう。
「ははっ。ミサイルって人に向けて放つもんじゃ、なくね?」
「本当よね? 映画や漫画の世界だけだと思ってたわ」
白目気味の瞬とみゆきがそんなことを呟く中、こちらに向かってくるミサイルへと真紘たちが跳躍する。
「はぁあ!」
イザナミを上段から下段へ一気に刃を払い、風の斬撃を生む。斬撃が無数のミサイルに直撃し、空中で強烈な爆発と爆炎が夜空を赤く染め上げる。
爆風で海面が激しく揺れ、浮上した潜水艦を大きく揺らす。けれどそんな揺れなど気にすることないように、潜水艦からのミサイルが次々と向かってくる。
「小賢しいっ!!」
陽向が叫び、トンファーで向かってきたミサイルを海の底へと弾き返す。海面にミサイルが落ちた瞬間、派手な水柱が立つ。その水柱が希沙樹の放った冷気によって、一瞬で凝固し陽向たちの足場となる。
陽向たちが、巨大な氷柱を蹴り浮上する潜水艦へと肉薄する。
「棗、先輩たちの準備を」
『了解ッ!』
『えっ、輝崎……そんなミサイルがめっちゃ飛び交ってる中に行けと? かなり無謀すぎません?』
『やばい。死ぬかも』
『愚図るな! 死にたくなかったらさっさと行け!』
棗の通信から悲痛な言葉を呟く、瞬とみゆきに涼子からの叱責が飛ぶ。そしてその瞬間……。
「きゃあああああああ」
「ぎゃあああああああ」
みゆきと瞬の悲鳴がまるでBGMのように、真紘の鼓膜を揺らしてきた。
『高速……』
ぼそりと呟かれるターシャの言葉。
その言葉が意味するのは、先に海上へと足を進めていた真紘たちを弾丸のような速度で通り過ぎるみゆきと瞬を見れば、一目瞭然だ。
「いけるな」
言葉通り高速で核弾道ミサイルを有している、潜水艦の真上へと飛行する二人を見ながら、思わず真紘がそう呟き、巡航ミサイルを切り払って行く。
潮と硝煙の臭いが辺りに充満し、真紘の鼻を刺激してくる。
しかも真紘たちの動きを鈍くさせようと、照明弾が何発も上げられ、視界が白色に染められていく。
強烈な光で視界が明滅する。その隙を突くかのようにミサイルが猛スピードで目の前へとやってくる。しかしミサイルは真紘に衝突する前に氷の防壁に行く手を阻まれた。ミサイルと衝突した障壁は白い霧を上げながら、細かい氷塊へと破砕されていく。
「鉄の塊如きで真紘に傷をつけようなんて……馬鹿げてるわ」
希沙樹が目を細めながら、肩に乗った長い髪を払う。
「すまない。希沙樹の手を煩わせたな」
真紘の言葉に希沙樹が、一瞬目を細めて笑みを浮かべてきた。透明なクッションのように足場に凝縮した風を蹴り、空中でミサイルを迎撃する真紘。
その真紘の下にいた潜水艦から、黒々しい煙が上がった。
眼下を見れば、そこには潜水艦の尖端が木の枝の様に折れ、そこから煙と炎が上がっている。その近くには、右腕を潜水艦へと突き出している正義の姿があった。
『ミサイル発射まであと三分を切った。潜水艦上空には気配を消した二人が空中待機中。今から艦、エンジンシステムに潜入して、艦を強制浮上させる。潜水艦が完全に浮上するまで一分半ってところだね。真紘たちはそれまで敵ミサイルの迎撃を継続で』
棗の通信を耳に、真紘たちは目の前のミサイルを対処する。瞬やみゆきへのサポートは棗に一任するしかない。
正義が破壊した潜水艦から、次々と国防軍の海軍兵士が海へと脱出していく。エンジン部分へと火の手が回った潜水艦の炎上は止まらない。
海へと漏れだしたガソリンに火が引火し、海の上に火柱が轟々と燃え盛っている状態だ。
『陸から敵の増兵あり。攻撃ヘリ六機に九〇式戦車が五機。陸からの発砲も視野に注意しといて』
棗の通信の直後に、キャタピラーで走る九〇式戦車と豪快なプロペラ音を響かせるヘリが、港にいるセマや涼子たちへと攻撃を開始していた。
地面にヘリからの短機関銃が一気に掃射されている。無数の銃弾が地面を飛び跳ねる。しかし残念ながら、真紘たちの距離からでは港の詳細な様子が見て取れない。
照明弾による視界の妨害は、未だに継続されている。因子で視力を強化しても光に対応することはできない。人間の視覚に光彩を調整する能力はないからだ。
聴覚もミサイルの発射音や破裂音などでほとんどが支配されてしまっている。
けれど、陸地に残っているのは零部隊に所属する涼子や、トゥレイターのナンバーズに柾三郎に棗だ。軍の堅牢な兵器にも屈することはないだろう。そのため、真紘は意識を目の前の潜水艦へと向け、イザナミに因子を流す。
『潜水艦の強制浮上完了。ミサイル発射まで一分半』
「わかった。もうすでに攻撃を無効化させる準備は整っているか?」
『準備的にはね。あとはミサイルの速度にちゃんと反応できるかだね。あの人、かなりガチガチに緊張しちゃってるみたいだから』
ミサイルの速度は、秒速六000メートル。その速さだと瞬の因子が発動する前に、ミサイルが上空へと飛んで行ってしまい、逆に早すぎても瞬の因子の効果が消えてしまう。
まさにタイミングの問題だ。
「棗、狙うタイミングは出ているな? それからそちらにいる者の能力でミサイルを減速させることは可能か?」
『残念だけど無理かな。彼女の因子は一〇〇キロ弱の範囲だから。ミサイルが発射される所までは届かない』
「そうか」
真紘が短く返事する。
その間にも、真紘の周りには数多のミサイルが飛来し爆発がひっきりなしに続いており、その数に比例して四方八方で爆発が生じている。そのため、空気がかなり薄い。真紘は出来るだけ空気を自分たちの周りに、集中させる。そうすることで酸欠に陥ることは防げる。
真紘は休むことなく、ミサイルを迎撃していく。
『敵ミサイル、残り五〇』
棗がミサイルの残存数を告げてきた。軍も出し惜しみをすることなく、残りのミサイルを一気に放ってきた。真紘の斬撃がミサイルを余すことなく斬り落としていく。爆発の熱で額に汗が浮かぶ。少しずつ精神が削ぎ落される。
しかしここで精神をすり減らしていては駄目だ。まだ目的は完遂されていない。爆発が他の爆発と重なり、巨大になる。その爆風に真紘の身体が煽られ、海へと突き落とされてしまう。
「真紘っ!」
希沙樹が叫び、すぐさま真紘を海から引き揚げるように、真紘の落ちた海面を凍らせる。真紘は希沙樹の造る氷の上に片足を突きながら、海面へと上がり、再び跳躍した。
そこに陽向と正義が近づいてきた。
「輝崎、ここでの迎撃戦は終盤だ。あとは俺たちに任せろ」
「もう時間はないけど、真紘は先輩たちのアシストに行ってくれよ」
「陽向、正義……ああ、わかった。ここは任せたぞ」
真紘が陽向と正義に頷き、ミサイルと硝煙をかき分け瞬たちがいる場所へと疾走する。
幾つも風の足場を作り、そこを跳躍していく。
『ミサイル発射まで十五秒』
棗によるカウントダウンが始まる。それを聞きながら真紘が瞬たちの場所へと目指す。視界には先の海面には、大きな潜水艦の姿が見える。気配が消えているため瞬たちの姿を捉えることはできないが、向こうに行き意識を凝らして見れば、何とかわかるはずだ。
『加速移動……』
真紘の耳に淡々としたターシャの声が聞こえる。そして声が聞こえた瞬間には、もう真紘の跳躍速度は、通常の五〇倍以上となっていた。真紘がいる地点は、まだ彼女の能力が届く範囲だったのだろう。
ターシャの力で速度が上がり、それによる視野狭窄で左右の景色はほとんど見えない。しかしそのおかげで棗によるカウントダウンが六秒あまった所で、潜水艦の真上に着くことができた。
あとはすぐに瞬たちが見つかるかどうかだ。
「ミサイルの発射口の近くにはいると思うが……」
呟きながら、辺りを見回す。けれどいくら探しても瞬たちの姿は見当たらない。
『四、三、二、一……』
棗の言葉が切れた瞬間に、海面から地響きのような音と共に、辺りが白い煙で一色染められる。
「しまった!」
呟いた時にはもう遅い。真紘はミサイルから吹き出した煙に巻かれ、後ろへと吹き飛ばされてしまっていた。




