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東京からの救世主

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

 涼子が片目を眇めながら真紘に視線を向けてきた。

「條逢慶吾の目を掻い潜り、核攻撃を防ぐには棗の案に乗る以外では無理だろう」

 頼みの綱だった勝利はキリウスを相手にし、藤華にも妨害処置を施されている。そんな絶望的な状況の淵で、棗が真紘でも思いつかなかった考えを発案してきたのだ。

 棗の発案したものが上手くいけば、この事態を安全に終息することができる。

 しかし……、一緒にヘリに乗る涼子と同じように真紘の中にも不安がある。きっとそれは発案してきた棗も同じだろう。

 なにせ、その人物は実戦経験というものが圧倒的に少なく、力量面からしても確固たるものがないからだ。

「それで? その作戦に欠かせないキーマンは、いつ到着するのかしら?」

「予定では俺たちと同時刻か、俺たちより少し後にやってくるはずだ」

 真紘の言葉に涼子が目を丸めさせた。

「ちょっと、改良されたF―22あたりのジェット戦闘機でも使うつもり? キーマンがいるのは東京でしょ?」

「いや、ジェット機ではないがそれと同じ速度で向かわせるそうだ。すまない。俺もそこについてはあまり聞いていない」

「まっ、いいでしょう。作戦の要が時間に間に合わないっていう最悪事態を回避できれば」

 涼子が溜息を吐いて、座席の背もたれに背をつけて座り直す。真紘たちを乗せたヘリも直に舞鶴港に到着する予定だ。もうすでに舞鶴市の住民は特別避難勧告を発令し、海岸から五〇キロ以上は、立ち入り禁止としている。

「ここまで大事なことをされちゃ……防いだ後も処理に追われることになるわね。はぁ、最悪にも程がある」

 涼子がうんざりとした表情で、米神を手の指で押さえている。

「国防軍もこのレベルの攻撃をしなければ、宇摩たちに勝てないと見込んでいるんだろう。核なら米国や中国などの大陸から幾らでも用意できるだろうからな」

「そんなことしたら、自分たちの国が荒廃して終わるわね。どこぞの映画じゃあるまいし、砂漠みたいな土地をうろつき回る人生なんて御免だわ」

「……確かにな」

 真紘が涼子に苦笑を零してから、再び真剣な表情に戻した。

「良い機会だ。一つ訊きたい」

「手短にね」

「良いだろう。……貴様たちは宇摩のやろうとしていることが最善だと思うか?」

 すると涼子がゆっくりと視線を真紘へと向いてきた。

「良いと思ってる……なんて言うと思った? 正直、あたしはどっちが良いのかなんて、考える事を放棄してるしね。だってどっちもどっちじゃない」

「そう考えるなら、何故宇摩たちに付いている?」

「決まってるでしょう? あたしはアンタたちみたいに単身で動ける身でもないからよ。これでも手の焼ける息子がいてね。丁度年齢はアンタと同じ。因子も持ってる。けど力がない。戦う素質〇。だからアンタたちみたいに自分で立ち向かう力が無いわけ。だったら、親として子供が暮らしやすほうに加担するに決まってるでしょ」

 そう話す涼子の表情は、ここにはいない息子を思ってか凄く穏やかなものだった。

「そうか。ならもう野暮なことは聞かないことにする」

 真紘がそう言って会話を打ち切ると、涼子が片眉をあげて苦笑を浮かべてきた。そんな涼子に真紘が怪訝そうに眉を顰めさせる。

 自分は苦笑されるようなことでも言っただろうか?

「アンタさ、言おう言おうと思ってたけど……年齢詐欺ってるでしょ? その歳にしては、腹が据わりすぎじゃない?」

「いや、そんなことはない。普通だ」

「アンタ普通って意味わかってないわね。まぁ、いいけど。これも輝崎忠紘の英才教育の結果でしょうし」

「父を知ってるのか?」

「まぁね。何度か稽古で打ち合いもしてるから。それなりにね」

 意外な涼子と忠紘の繋がりに、真紘が面を喰らった表情をしていると、涼子がしたり顔で笑ってきた。

「なんなら、アンタの父親たち世代のやらかしエピソードを語ってあげても良いけど?」

「やらかし……」

 威厳な自分の父親とかけ離れた言葉を、真紘が神妙そうに呟く。まったくと言っていいほど、笑わなかった父親が涼子の言うような事をしていたのだろうか?

 少し考えてみるが、やはり上手く想像はできない。

 けれど……父である忠紘にもそんな人間染みた過去があるなら、できれば本人から聞きたかったと真紘は思った。

 そのとき、操縦者が着陸するという言葉を真紘たちへとかけてきた。そのため、真紘は気持ちを引き締め直す。

 涼子が操縦席に何か話しかけ、真紘へと視線を戻してきた。

「やらかし話はまた今度。着陸する時間も惜しいからこのまま飛び下りるわよ?」

「ああ、わかった」

 真紘が頷き涼子がヘリの扉を開ける。その瞬間外からの空気がヘリの中に流れ込み、ヘリが微かに揺れた。風が髪や服をはためかせてくる。

 真紘と涼子はそんな風に抵抗するように、ヘリから真下に見える舞鶴港へと飛び下りた。

 下からの空気が身体全身を打ってくる。けれどその感覚はすぐに収まり、真紘たちは地面へと着地した。

 真紘たちが乗っていたヘリの後ろには希沙樹たちが乗るヘリもおり、真紘たちと同じようにヘリから地面に着地している。

 界隈の様子を見る限り、まだ東京からは誰も到着していないようだ。そして海上を見ても、国防軍の潜水艦が浮かび上がっている様子もない。

「真紘、あと三分後に彼を乗せたヘリが到着するそうよ」

 そう言ったのは、真紘の元にやってきた希沙樹だ。

「ヘリ?」

「ええ。棗の話だとトゥレイターのナンバーズが改造した攻撃ヘリだそうよ」

「トゥレイターのナンバーズ? それ、本当?」

 希沙樹の言葉に反応したのは、辟易とした表情を見せる涼子だ。

「ええ。そうみたいです。……多分、あれかと」

 頷く希沙樹が、北東の空を指差す。そこにはセピア色の空を飛ぶティーガ―が見えた。

 そんなヘリの扉が勢いよく開かれ、そこからヘリからの雑音にも負けない怒声が上がった。

「いいから、さっさと飛び降りろよ!! この屑!!」

「あっ、少々お待ちを。今気を貯めますんで」

「ざっけんな! 良いから早く降りるんだよっ!」

 そう言って、ヘリから明蘭の制服を来た男子生徒が蹴り落とされる。

 それに続いて羽衣のような半透明の布で空へと跳び出す、明蘭二軍女子寮、寮長の前原みゆきが飛び出してきた。

 ヘリから蹴り落とされたのは、明蘭二軍の二年生。稲葉瞬の姿だった。

「まさか、あの人の能力がこんな所で使えるとは思ってもいなかったでしょうね。條逢慶吾も」

 希沙樹が無様に地面に落ちて、身体の痛みに悶える瞬を見て溜息を吐く。そんな希沙樹の隣では、陽向が眉間に深い皺を作り、正義もどうフォローを入れようか迷っている様子だ。

「ヤバい。ウチの息子レベルで使えないかも」

 涼子が隠すことなく、不安を口にする。

 けれどそんな涼子の言葉を気にすることなく、棗が真紘へと口を開いた。

「東京からここに来るまでに、因子をBRVに込めさせてるから一回はBRVを使えるはずだよ。ミサイルが発射されるまで、あと一〇分。それまでに、あの人を潜水艦の真上まで連れてって、ミサイルが発射されたのと同時にBRVを使用すると」

「成功確率は?」

「今のところ、八十五パーセントかな。残りの十五パーセントは、潜水艦からの迎撃で死ぬ確率」

「そうか……」

「ちょっと待て!! 潜水艦からの迎撃って何!? 輝崎も『そうか』で頷くなよ!!」

 棗と真紘の会話に割り込んできたのは、この作戦の要である瞬だ。

「先輩、状況が状況で、今は貴方の能力が必要不可欠です。この作戦に成功しなければとんでもない事態に陥るということはわかるはずです」

「いやいやいや、わかる、うん、わかるけど! 何でこんなシリアス場面が俺の出番なんだよ? こんなの失敗したら、真っ先に死ぬの俺じゃん! こんなのまこっちゃんと一回デートできるって言われても、割に合わねぇーよ」

 瞬が真紘の肩を掴んで喚き散らす。そんな瞬に真紘が真剣な表情で頷いた。

「……分かりました。もし成功したら誠にそう言っておきます」

「いや、だから俺の話聞いてた?」

「ちょっと待って。もしかして稲葉のこと潜水艦の真上に連れてくのってあたし?」

 みゆきが顔を引き攣らせながら、真紘に訊ねる。

「致し方ありません。ヘリなどの目立つものでは、真っ先に迎撃されますから」

「えっ、でも……十五パーセントは迎撃されるんでしょ? それじゃあ、ヘリで稲葉だけ行かせても同じじゃない?」

 この状況から逃げ出そうと、みゆきがそんな提案をする。けれどそんなみゆきを茶褐色の肌にクリクリとした目が印象的な少女が後ろから足蹴りした。

「ばぁか! こんな馬鹿を乗せたばかりに、あたしのティーガ―が迎撃ミサイルの標的にされるのなんて御免に決まってんだろ! ここまで乗せてきてやったんだから、有り難く思え! なぁ、ターシャ?」

 少女が後ろに振り返る。するとターシャがぼーっとした表情でコクンと頷いてきた。ターシャは夏の時に一度見た事がある。東アジア地区のナンバーズの少女だ。ターシャの頷きを見た少女がドヤ顔で転んだみゆきを見る。

「くぅぅ~、何であたしがこんな目にぃ~~」

 みゆきが地面を手で叩きながら悔しがる。するとそんなみゆきから少女が真紘へと視線を移してきた。

「ここまで連れてきた報酬は貰えるんだろうな?」

「ああ、良いだろう。だがそれはこれからの事が成功してからだ」

「うわっ、あたしは日本人のその言葉は信用しないことにしてんでよ! 成功してからじゃなく、今すぐ寄こせ!」

「幼児の様に駄々をこねるな。状況を考えろ」

 真紘が一喝すると、少女が地団駄を踏んで悔しがる。

「セマ、落ち着いて」

 ターシャが地団駄を踏む少女を諌めるが、セマと呼ばれた少女は歯ぎしりをして聞こえていない。

 真紘はそんなセマたちに溜息を吐いてから、みゆきの地面に手を付いて四つん這い姿になっているみゆきへと手を差し出した。

「いきなり難役を押し付けて申し訳ないんですが、先輩たちの手に掛かっています。それにもう一人、先輩たちをサポートしてもらう人物を頼みました」

「輝崎君……」

 みゆきが真紘の手を取りながら、目を輝かせる。そんなみゆきに真紘が微笑み、そして悠々とティーガ―から降りる、柾三郎に視線を向けた。


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