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手だてと兆し

 強風が吹き、障子がカタカタと揺れた。

 その音に狼の意識が反応する。すると狼の額に微かな火花と共に痛烈な痛みが襲ってきた。

「うわっ」

 額を手で押さえ、痛みで畳みの上に転がる。額にジンジンとした痛みが走って、狼は暫くそのまま悶絶した。

「私に咎はありません。そうでしょう?」

 やっとの思いで顔を上げた狼に藤華が目を細めながら訊ねてきた。狼は小さく「そうですね」と答えるしかできない。

 なにせ、狼が集中を欠いてしまったのだから。

 質を高めるとは、それこそ量を外に放出するよりも集中力を必要とする。しかし戦っている最中に因子のことだけに意識を集中させることは難しい。

 そのため、因子の質を高める集中状態を身体に覚えさせることを始めているのだ。

 藤華いわく、狼の因子の質練度は五〇%以下。

「よくも、これで抜け抜けと生き長らえていましたね。その太太(ふてぶて)しさに感服します。さすがは親子という所でしょうか?」

「はは……」

 季凛以上の独舌の藤華に狼は乾いた笑いしか出てこない。

「それに加え強くなったと、勘違い……。笑止です。貴方の因子の輝きは見るに耐えません」

「すみません」

 狼が頭を下げて謝った。

「貴方の謝罪に中身などありませんね? さて、何に対して謝ったのでしょう? 言ってみなさい」

「えっ、えーっと……その、つまり」

「意味はないのでしょう? 格好ばかりの謝罪などいりません。以後、空言葉は禁じます」

 矢継ぎ早に藤華からたたみこまれ、狼はもう頷くしかできない。

 こんなことを思ってしまう自分はいけないのかもしれないが……今の自分にとって藤華はまさに妖艶な美しさの仮面を被った鬼にしか見えない。

 そんな狼の耳に再び、障子を揺らす風の音が聞こえた。

「風……強いですね」

 呟くようにふとそう言ってしまった。一瞬、無駄口を叩くなと怒られると身構えたが、前に正座して座る藤華は目を細めさせただけだ。

「ただの風だと思いますか?」

「え?」

「まぁ、無理はないでしょう。勝利さんの防壁は微塵の因子さえも通さぬ壁なのですから」

「ちょっと待って下さい……それって、つまり外で勝利さんたちが戦ってるってことですか!?」

 狼狽した狼が訊ねると、藤華は隠す素振りもなく頷いてきた。

「ええ、戦っております。キリウス・フラウエンフェルトという異邦人と」

「そんな……」

 キリウスの強さを狼は身に沁みるほど痛感している。自分は勿論のこと、真紘や出流の二人掛かりでも倒せなかった相手だ。

 そのキリウスが今、この場所に来て勝利と戦っている。その事実に狼は激しく動揺した。

「動揺している場合ではありません。さぁ、精神集中させてください」

「なっ、こんな状況で貴方は何をっ!」

 バチンッ、という微量の因子が弾ける音が再び狼の額で高鳴った。先ほどと同じ痛みが狼を襲う。額を片手で反射的に押さえるものの、先ほどのように畳を転がったりはしない。

「私は言いましたよ? 貴方は戦わなくていいと」

 勿論、藤華の言葉は聞いた。そして一度は渋々ながら頷き納得した。けれど、いざ近くで戦われていると言われたら、意識を集中させることはひどく困難だ。

 そんな狼を見兼ねて、藤華が辟易とした溜息を吐いてきた。

「貴方に私の言葉はちゃんと届いているのでしょうか? 自惚れも侮りも不必要です。勝利さんの防壁は破られませんし、貴方が行ったところで何の助けにもならず、むしろ足手纏いでしょう。そんな状況から脱却するために、貴方は私の鍛錬を受けたのではないですか? 真紘さんたちは貴方の鍛錬に私を付けさせたのではないですか?」

 藤華の言葉に狼は言葉を押し黙らせる。

「黒島での事は聞いてます。貴方は一度、武器を捨てようとしたそうですね?」

「……はい、捨てようとしました。本気で。僕が大切な子を守れなかったから。でも、そんな僕を皆が必要として、立ち上がらせてくれたから……僕は今ここにいるんだと思います」

「要因はどうあれ、手放そうとして手放せないということは、自分が本当に必要としているからです」

 藤華の言葉に、狼ははっとして目を丸くする。

 自分にとって武器を取ることが必要なんて、まるで思ってもいなかった。むしろ、自分にとって武器を取ることは、必要ないことだと思っていた。

 それにも関わらず、狼は藤華の言葉を反発することなく、すんなり受け入れられている。

「ですが、必要といっても未熟者が武器を取ることは、強さではなくただの暴虐(ぼうぎゃく)です。見誤ってはいけません」

 藤華の言葉に狼は深く頷いた。

「つまり、今の貴方の未熟さではそれになってしまう可能性が高い。だからこそ、貴方は戦うよりも先に鍛えなければならないのです。どこまでやれるかですが……時間を掛けてる暇もありません。訓練を再開します」

 凛としている藤華の言葉に異論なく狼は訓練を再開させる。

 まさに藤華の言う通りだ。今の自分に無駄にしていい時間なんてない。自分を強くするために、皆が頑張ってくれているのだから。自分もそれに全力で応えなければいけない。

 狼は感情を静寂な空間に溶け込ませるように平静させ、意識を集中する。自分の中に流れる因子のことだけを考える。

 いつもはそれを外へと多く流すことばかり意識していた。

 その意識を別のことに集中させる。例えていうなら、宝石の原石を研磨し神々しい輝きを放つ純正な宝石にする感覚だ。

 瞑目し因子の放つ光を心に思い浮かべる。暗闇の意識の中にうっすらと浮かび上がる蒼い光。

 それこそが、狼が持つ自分の因子の光だ。

 こんな風に自分の因子と向き合うことなんて、今までしてこなかった。初めて自分の因子をマジマジと見る。けれどこれは訓練の序盤にすぎない。

 狼はやっと自分の中にある因子を見つめただけだ。あとはこれをどう磨き上げていくか。そこが重要だ。

 静かな呼気を繰り返す。

 訓練を始める際に藤華から言われた。

 自分の因子を感じたのなら、すぐに磨くことを考えず、自分の因子をよく観察しなさいと。因子の質が高ければ高いほど、輝きは強い精彩さを宿しているらしい。

 意識の闇にうっすらと光る輝きは、靄がかかったようにぼやけている。これが今の自分の因子の輝きだと思うと、確かに見るに耐えない。

 けれど焦りは禁物。この光を炎として、この炎を強くさせなければならない。ゆっくりと、ゆっくりと……。



 そんな狼を見ながら、藤華は揺れる障子の向こうを見透かすように視線を投げた。藤華の洗礼された因子は、情報操作士とまではいかずとも、外の様子を感受することができる。

 外では勝利がキリウスと戦っている。攻防の優劣でいうとやや勝利が押しているという感じだろう。もしこれでキリウスが剣技の達人となれば、また話は変わってくるだろうが、今のところは任せておいて問題はないだろう。

 問題があるとすれば、もう一つの方だ。国防軍による核攻撃。この情報は公家の御所内に向かわせた臣下の情報操作士によって、伝達された情報だ。

 真紘がヘリで舞鶴に向かっていることも知っている。真紘からの要請もあった。しかしその要請を承諾することはできなかった。何故なら、その時点で藤華のBRVにある情報操作士が、不埒な小細工をしてきていたからだ。

 BRⅤを使わずとも、無形弾でミサイルを葬るということもできるが……、藤華はその選択を取らなかった。

 迅速に自分のBRVにアクセスし因子経路を遮断してきた情報操作士が、藤華の力量を知らないはずがない。なら藤華を動かせぬよう、策を講じてくるはずだ。

 勝利にキリウスを出向かせたように。

 ミサイル発射まで三〇分を切っている。いくらヘリを飛ばそうとも空中での何らかの阻害行動を取られれば、舞鶴に着く前にミサイルが発射され、京都市乃至(ないし)、日本国土のどこかでミサイルを爆発させる可能性だって十分に考えられる。

 深読みとまではいかないだろう。物事を追って考えれば、自分たちを障壁となっている情報操作士の素行も見えてくる。そのくらいの眼力は当主として、持ち合わせている。

 簡単に処理できる状況など、その者は望んではいないのだ。

 厄介。という言葉では到底片付けられない。だがそれも鬼才が故なのか、それとも血筋故なのかは判断できない。

 才能と血筋が合致すれば、世界が歪曲して見えてしまいがちだ。その歪曲された世界を他者が理解することは不可能であり、諦観するしかない。

「……良い機会かもしれませんね」

 小さい声で呟く。

 集中している狼に、藤華の言葉は耳に入っていない様子だ。そのため、藤華は狼を気にすることなく、思考の中へと意識を運んだ。

 今回のような国防軍の度を超えた奇襲を、完全に防ぐことができなければ、豊たちに立ち向かうことなど、できはしない。

 勝利に負ける余地がないと言ったが、それは今迄の力分析によるものだ。戦いにおいて、力だけが勝利に繋がることはない。力だけに頼らない様々な戦法が練られ、その策で足元をすくわれることだって、多くあるのだ。

 それらにどう味方が対処するか、その力量を見定める。

 今の自分の役割は、目の前にいる狼をどこまで成長させるかに重点が置かれている。この結果で他の家に、自分の力量を誇示することにもなる。

 そのため、抜かりは許されない。

 藤華の視線が再び狼へと戻された。狼は目を閉じ集中しきっている。自分の因子を感じ取っているのだろう。

 才能はやはりあるということですか。

 狼を見ながら藤華はそう感じた。ただ意識を集中させれば、誰にでも自分の因子の輝きを感じ取れるわけではない。それこそ、因子の質が希薄の者であれば、その輝きを見つけ出すことは不可能だろう。それを考えれば、狼のこの状態は幸先が良い方だ。

 そんな藤華に因子経由で通信が入った。

『こちらで、状況を打開する一つの手立てが見つかった』

 真紘からの通信だ。

「そうですか。向こうの情報操作士に妨害される可能性は?」

『今のところはない。ただ完璧に上手くいくかは少し危ぶまれる所ではあるが。何としてでもやりきる所存だ』

「然様ですか。ではこちらでは御武運を祈ることにします。良い報せ……期待しております」

『ああ。こちらもな』

 真紘がそう言って、通信を切る。

 再び静寂になった思考で藤華は、真紘の見つけた打開策とは何なのだろうか? 口ぶりからして、やや不安要素もある感じだったが、やり切ると言っていた。その言葉に輝崎の当主としての見栄などはないだろう。

 お手並み拝見と行きましょうか。

 胸中でそう呟き、藤華は狼が徐々に体内の因子の質が徐々に上がって行く兆しを見ていた。

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