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嵐の新メンバー

 保健室から戻り、クラスの前まで狼たちがやってくると、中が妙にざわついている。

 いったい、どうしてこんなに騒いでいるんだろう?

 さっきの事を話の肴にでもされているのだろうか?そう思いながら、狼たちがデンのメンバーと顔を見合わせてから、教室に入ると、教室の真ん中で、人が円を描くように群がっている。

 そして、その円の中心から、透き通るような高さの声が狼たちに向けられた。

「あー、やっとお待ちかねの人がやってきたみたい。君たちが鈍間(のろま)すぎて季凛、無駄な時間を過ごしちゃった!」

 とにっこりしながら、狼達に悪態をついてくる少女。

 狼は後ろにいるデンのメンバーに顔を向けて、小声で訊ねる。

「あの子、誰か知ってる?」

 すると、三人とも首を横に振り、『知らない』の意思表示を示してきた。

「えっ、じゃあ、なんであの子僕たちを待ってたみたいな事、言ってるの?」

「さぁ」

 短く答えたのは肩を上下させた根津だ。

「もしもし、せっかく季凛が微笑んで上げてるんだから、こっち向いてくれるかな?そこのアホ面くん」

「アホ面って、僕のことかよ!!」

「えー、当たり前じゃない。分かり切ったような事聞き返さないでくれる?」

 またもや、少女はにっこりと微笑みながら、毒を吐いてくる。

 なんで、自分がこんな初めて会った少女にこんな事を言われないといけないのか?こんな悪態を言われる筋合いはない。はっきり言って失礼すぎる。

「君さ初対面の人に少し失礼すぎるだろ。てか、君、誰?」

 狼が憤怒して批判の声を上げると、少女は両手の人差し指を、自分の頬につけながら

「私は今日からこのクラスに転校してきた、蜂須賀季凛です。それと同時にデンの活動に参加しようと思っているので、よろしくね」

 とたれ目の目を、パチンと瞑ってウィンクをしてきた。

 例えるなら、現役のアイドルが十分に務まる感じだ。見た目だけは。

「ちょっと待って!いきなり、来たばかりの子が、デンに入れるわけないでしょ!あんたの実力も分からないし、あたしたちにあんなふざけた態度を取っといて、よくそんなことが言えるわね」

 と狼の前に立って、デンの部長である根津が異論を返した。

 すると季凛は、顎に手をあて、豊かな胸を揺らしながら口を開いた。

「じゃあ、季凛の実力を見せればいいってこと?」

 その豊かな胸に圧倒されたのか、根津が一歩身を引いている。

「え、ええ。いいわ。あんたがあたしの認める実力があるなら、部にいれるのを検討してもいいわ。でも、あたしに負けたらここでの態度を謝ること。いい?」

「うふっ。別にいいよ。じゃあ、いつそれを見せればいい?」

「そうね・・・今日のお昼!それでいいかしら?」

「おっけー。多分季凛が、狼くんたちに謝ることにはならないと思うけどね」

 と言いながら、季凛は慢心の笑顔を向けている。

 その表情を見ながら、鳩子が小声で

「うわ~~、こりゃあ、また濃いキャラが来ちゃったもんだね~」

 と呟いている。

 確かに見た目と中身が相反しすぎて『濃いキャラ』であることは、間違いないだろうが、その言葉を鳩子が言えるのだろうか?言ってしまえば、鳩子も季凛とは違った『濃いキャラ』だ。まぁ、鳩子ならその事を自覚しているような気がする。狼はそんなことを考えながら前で、利かん気な根津が季凛を睨んでいる姿を見ていた。すると、鳩子の隣にいる名莉がぼそっと口を開いた。

「あの人、寂しそう・・・」

「えっ?あの人って、蜂須賀さん?」

「うん。・・・すごく寂しそう」

 そうかな?そう呟きながら、狼はニコニコと笑っている季凛を見る。だが、名莉が言うようには、見えない。むしろ、一人でも大丈夫。というような印象を受ける。初っ端から、初対面の自分たちに向かって、あんな事を言えるのだから、相当、肝が据わっていると思う。だが、それはそう見せているだけなのか?目を細めて狼が季凛を見ていると、季凛が狼の方に視線を合わせて、平然と

「あんまり、見ないでくれるかな?ウザいから」

「なっ!!ウザ、ウザいってなんだよー!?」

 前言撤回。

 絶対、名莉が言うように寂そうな人なんかじゃない。絶対にない!

 むしろ、色んなところで敵を作っているようなタイプだ。そうに違いない。

「あはっ!やっぱりウザーい」

 どんと頭をハンマーで殴られたような感覚に陥る。それは嘆きとかそういう類ではなく、怒りが頂点に達したためだ。

 だがだからといって、やっぱり女子に強く言うのは気が引ける。ましてや、今会ったばかり。そのため、狼はわなわなと両手を奇妙に動かしながら、怒りに耐えていた。

 そこに都合よく、遅れてきた科目担当の教師が入ってきた。そう思った。だが、入ってきたのは、ぴしっとしたリクルートスーツ姿の、蔵前左京と佐々倉誠。二人の姿だった。

 そんな二人は凛とした表情のまま、ホワイトボードの前に並んだ。

 左京はパンツスーツ姿で、誠は普通にスカートを着用している。

「この度、臨時教官として就任しました、蔵前左京です。皆様、よろしくお願いします」

「同じく臨時教官になりました、佐々倉誠です。以後よろしくお願いします」

 二人は短い挨拶を言ってから、礼儀正しく頭を下げた。

 そこに教室の扉から榊が入ってきた。

「この二人には俺がいないときの、代行教官をやってもらう。しかも、この二人はここのOGだ。しっかり分を弁えろよ」

 二人は榊にも頭を下げてから、教室の後ろに回り、その場で直立した。

 それでようやく、一限が開始された。

 最初の方は、新しいクラスメイト、新しい臨時教官の話でクラスがざわざわとしていたが、榊からの「だまれ!」という一喝を受け、いつも通り、静かに授業が行われた。



 そして昼休み。

 学校の屋上で青龍偃月刀を構えた根津と、朝と変わらない笑みを浮かべている季凛が対立していた。勝敗の審判は、公正を期して、左京と誠に立ち会いをお願いしたところ、二人は快く快諾してくれた。

「あんたもさっさと、BRVを出しなさいよ」

「もう、美咲ちゃんったら。そんな事言われなくても、すぐに出すから待っててよ」

 そして、季凛は腕を前に伸ばして

「セット・アップ」

 と言い、クロスボウ型のBRVを復元した。

「クロスボウね・・・。消音兵器っていうのは厄介だけど、目に見えていれば怖くはないわ」

 そう根津が呟きながら、季凛と見合う。

 そして

「では、両者共に準備が整ったということで、これより、一対一の試合を開始します。外野からの干渉は一切認めません。それでは・・・始め!!」

 左京の掛け声と共に、根津が季凛に肉薄する。

「あー、美咲ちゃんって、猪突猛進タイプかー。ふむふむ。威力はあるけど、行動が見抜かれやすくて、防御が取られやすい間抜けなタイプね」

「よく動く口ね。口動かすんだったら手を動かしなさいよ」

 根津は勢いよく、刃を振るい落とす。季凛はその刃が振り落される前に身を屈め、バネのような瞬発力で、刃からすり抜ける。そしてそれと同時に身を翻し、クロスボウから矢を投擲。

 それを連射。だが根津はそれを刃を回転させながら、薙ぎ払う。

 すると、投擲された矢は爆発し、噴煙を撒き散らす。

 その噴煙を横薙ぎし、根津が再び季凛へと疾走し、BRVを両手で構える。

 月刀技 十六夜(いざよい)

 根津はいつものように切り付けるでも、叩き切るわけでもなく、高速の突き技を季凛へと浴びせる。攻撃を受けた季凛は衣服が削がれ、鋭い切り傷からは血が流れる。

「へぇー、けっこう、スピードはあるんだぁ。でも、後ろの攻撃を防がなくてもいいの?」

 という悪戯っぽい事を、首を傾げて季凛が言う。

「後ろですって?」

 そう言った根津の後ろからは、先ほどのクロスボウから投擲されたのと、同じ矢が数本、根津に向かって飛んできていた。

「まさか、この子もあいつみたいな事ができるって言うの!?」

 根津が言うあいつとは、もちろんイレブンスのことだ。

 根津が後ろから来る、矢を薙ぎ払う構えを取る。だが・・・

 向かってくる矢に向け刃を向けるが、薙ぎ払うことができなかった。もちろんそれは、根津が攻撃を外したわけではない。後ろから飛んできていた矢が煙のようにふっと消えてしまったのだ。跡形もなく。

「そんな!」

 間近でその光景を見ていた根津から、驚愕の声が漏れる。そしてそんな根津の驚き顔をさも愉快そうに見ている季凛が口を開いた。

「残念でした。本物はこっちからだよ?」

 という季凛の言葉と共に、季凛のクロスボウから矢が投擲され、後ろに意識を飛ばしていた根津に向かって直撃する。

 矢は根津の肩に突き刺ささっている。根津から痛みからの声が狼たちの元に微かに聞こえてくる。狼が思わず一歩前に乗り出すと、その行動を誠が制した。

「動いてはなりません。まだ根津様負けたわけではありませんよ」

 狼が誠の言葉を聞き、根津の方に視線を戻す。少し季凛との距離を開け、立っている根津の制服は血が滲み赤く染まっている。

 だが、根津の表情は痛みに呑まれていない。むしろ、士気が上がり、根津のBRVが橙色の光を出しながら、光っている。

「なかなかやってくれるじゃない。さっきのって因子を凝縮させて作った幻影だったわけね?次はそんな手には乗らないわよ」

 そんな言葉を根津が口にしながら、自身に突き刺さった矢を抜き取る。

 そして、根津はBRVを構え直し、やや低姿勢のまま季凛に向かって疾駆する。

「ふーん。まっ、最初から隠すつもりなんてなかったけど、これならどう?」

 連弩投擲 (すだま)

 季凛から連発される矢が分身でもしたかのように、数が急激に増幅し、そしてその何十物もの矢が根津に向かって飛んでくる。

 季凛が矢を投擲し、矢の数が増えた速度はわずか数秒足らず。しかも奔りながらの根津からしてみたら、どこに本物があるのかなど、ほとんど区別がつかないだろう。

 だがしかし、根津の足は止まらない。一切、迷いがない。

 そして静かな声で根津が囁いた。

「我迷わず・・・」

 そして、根津は速度を落とさぬまま、季凛の元まで足り抜ける。時には青龍偃月刀で矢を迎撃し、幻影物にはそのまま突っ込む。

「すごい!ちゃんとネズミは分かってるんだ!どれが幻でどれが本物なのかが」

 狼が少し興奮した声を上げながら名莉を見ると、名莉は根津の方を見ながら、口元を上げながら頷いた。きっと名莉も自分と同じ気持ちなんだ。そう狼は感じた。馬鹿にされていた分、それを見返してやれるというのは、とても気分がすっとするものだ。

 狼は根津を通して、そんな気分を味わっていた。

 そして、見る見る内に季凛へと距離を詰めた根津は、青龍偃月刀の長い柄の部分を季凛の横腹へと食い込ませ、そのまま後方に吹き飛ばした。

「く、はぁっ」

 という苦渋の声を漏らしながら、季凛は吹き飛ばされそのまま屋上の床へと倒れた。

 倒れた季凛は、意識はあるものの、その場から立ち上がれずにいる。

 それを見ていた審判の左京が、声を張りながら

「この勝負、根津様の勝利と見做します」

 と試合の終了を告げた。

 狼たちはそのまま、根津の元に駆け寄る。

「さっきの戦い、すごかったね」

 狼が素直に賞賛すると、根津は痛めた肩に手を当てながら、少し頬を赤く染めて照れている。

 そして、妙に口を引き締めたかと思うと、ぼそっと呟くように根津が

「・・・ありがとう」

 と声を漏らした。

 狼は根津に笑顔を向けてから、倒れている季凛へと視線を向けた。季凛はもう倒れ込んではいなかったが、悔しいのか顔を下に向けたまま座り込んでいる。

 狼はそんな季凛へと足を進め、季凛の前に立った。

「あのさ、負けちゃったけど、蜂須賀さんもすごかったと思うよ。僕の言葉じゃ気休めにもならないと思うけど・・・」

 狼がそう言うと、季凛がばっと下に向けていた顔を上げ、涙で潤んだ瞳で狼を直視してきた。

 狼はその表情に一瞬戸惑う。

 こういう時、なんて言葉を掛ければいいんだろう?

 そう狼が困惑していると、さきに季凛が口を開いた。

「ねぇ、本当に季凛はすごかった?」

「え、あ、うん」

 戸惑いながら答える。

「じゃあ、デンに入れてくれる?」

「え、あ、うん」

 またまた戸惑いながら答える。

「・・・・・・・あっ!」

 一瞬の間を置いて、季凛に上手く誘導されたことに狼は気づき、思わず声を漏らす。

 すると、今まで涙を滲ませていた季凛がにっこり、スマイルになる。

「ねぇ、みんなぁー、今の聞いた?狼くんが季凛をデンに入れてくれるって!」

 そんな溌剌とした季凛の言葉に、根津や名莉たちが目をぱちくりとさせている。

「ち、違うよ。さっき答えちゃったのは、咄嗟というか。別に入部を認めたわけじゃ・・・」

 狼が慌てて弁解をすると、季凛が再び目を潤ませ

「狼くんのバカ、さっき、狼くんが『みんなを僕が説得してあげるから、任せて』って、男気溢れる感じで言ってくれたのにー。狼くんの嘘つき!」

 そんなことを叫びながら、季凛が狼の腰に腕を回し抱きついてきた。

「え、僕そんなこと一言も言ってないだろ。というか抱きつかれても困るんだけど」

 季凛が並べた嘘八百に、狼が反論する。すると、狼に抱きつきながら顔を埋めていた季凛が、再び顔を狼の方に向け、ぽろぽろと泣き始めた。

「え、え、ちょっと!」

 狼が狼狽えながら、なんとか季凛を宥めようとするが、季凛は狼に抱きつきながら、泣き続けている。

 狼が助けを求めるように、後ろにいる名莉たちを見るが、名莉は無表情、根津と鳩子がジト目で狼を見ている。

 うっ、なんだろう?この妙に突き放されたような視線は。

 しかもそれに蛇足するように、左京が一言。

「黒樹様、男性がそのように女性を泣かせるのはいかがな物でしょうか?男性ならもっと器を広く持ち、女性の全てを受け入れるべきです」

 という、とんでもない事を言っている。

 いったい、何を受け入れろというのか。

 狼にはさっぱりわけが分からない。

「やっぱ、男子はボインちゃんに弱いからねぇ~。狼もやっばり男子なのかぁ。へーそうかい、そうかい。じゃあ、その子のことは、狼に任せよっか」

 と鳩子が妙に不機嫌そうな棒読みで、根津に発案している。

 すると根津も眉と口角を少し引き攣らせながら

「そうね、それじゃあ、あたしたちは違う場所でお昼でも食べましょ。そんな色摩をほっといて」

 それに名莉も頷き、根津たちは勢いよく屋上の扉を開き、そして勢いよく扉を閉めて行ってしまった。そして、その三人に続くように左京と誠も「お先に失礼します」と言って、屋上からいなくなってしまった。

 狼は顔を青ざめながら、それを見届けていると、いつの間にか離れた季凛が、涙など一つも浮かべていない顔で微笑み、そして

「狼くんって、本当に間抜けだよね」

 とさらりと毒を吐いてきた。

 狼はその言葉に言い返す言葉もなく、その場に項垂れるしかなかった。


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