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宣告

 狼たちが小世美のいる部屋から出ると、廊下に出流が立っていた。

「復活……できそうか?」

 出流が廊下の壁に寄りかかり、瞑っていた目を開いて狼に訊ねてきた。狼への労りというよりは、狼の意思確認をしているようだ。

 そのため、狼は出流の目を見て頷いた。

「うん、するよ」

「するか……」

 出流がそう言って、満足そうに微笑を浮かべてきた。その口調には、どこか懐かしさを滲ませているような、そんな感じがした。

 しかし狼がそれに首を傾げる前に、出流が口を開いてきた。

「先に京都に向かったバカ殿たちからの連絡によると、まだあっちでは特に目立つ変化はどちらにも見られないらしい」

「ってことは、もう真紘は公家の人に会いに行ったってこと?」

 狼の横に名莉がやってきて、出流に訊ねる。すると出流が肩をすくめさせた。

「多分な。詳しい報告はまだだ。嵐の前の静けさっていう奴かもしれないけどな……とりあえず、国防軍とアストライヤー側との衝突はない。とはいっても、絶対に衝突が起きないこともない」

「それは、どうして?」

「東京の支部にいた、トゥレイターの幹部たちが殺された。トゥレイター幹部のほとんどは、各国の軍上部の奴らだ。そいつらが殺されてるのに、それを無視するってことはないだろ」

「そう……」

 名莉が血腥い話に不快感を感じたように、目を細める。そんな名莉の肩に季凛が両手を添えて、口を開いた。

「あはっ。メイちゃんがそんな難しい顔をする必要ないよ? トゥレイターの幹部なんて根元が腐りきってる奴らがほとんどだから」

「おまえ、よくトゥレイターの幹部が屑だって知ってるな」

「まぁ、季凛も元はトゥレイターにいたしね。あそこにいれば奴らが屑だってことは、普通に分かるでしょ? あはっ。でもナンバーズに変人が多いとは思ってなかったけどね」

 季凛がにっこりと笑顔でそう言うと、出流が一瞬だけ渋面を作ったが、すぐに表情を柔和させた。

「まっ、良いけどな。もう俺はナンバーズじゃないからな」

「えっ! いつの間に?」

 まったくと言っていいほど、現状が掴めない狼が目を見開く。出流はすごくあっさりとした表情であっけらかんと言ってきたが、そんな様子で言う事なのだろうか?

 むしろ、出流がナンバーズを辞めて、他の人たちは納得したのだろうか?

 そんな疑問が狼の中で渦巻き、口をあんぐりさせる。

 それは狼より現状を知っていたデンメンバーも知らなかったらしく、根津や鳩子が顔を見合わせながら驚いている。

「急展開ってまさに、こういうことを言うのね……」

 狼の後ろにいた根津が出流の方を見ながら、ぼそりと呟く。

 するとそんな狼たちの反応に満足したのか、出流がニヤリと笑みを浮かべてきた。

「そんなに驚くことか?」

 口許に笑みを浮かべる出流が、片目を眇めて狼に訊ねてきた。

「いや、驚くだろ。確かに僕たちの助っ人しに来たって言ってたけど……まさかナンバーズを辞めたとは思ってなかったし。普通に今の今までナンバーで呼び合ってたじゃないか」

「まぁな。でもそれは昨日までの話だな」

「昨日までって……何で、また急に?」

 未だに表情から驚きが消えない狼が訊ねる。すると出流が表情を摯実なものに変わった。

「あそこにいる意味がなくなった。それが理由だ」

 出流の言葉は簡素なものだった。けれど簡素な言葉の中に様々な思いが込められているような気がした。そのため狼は、出流がトゥレイターをやめた理由を言及しないことにした。

 ここに彼がいるということが、狼たちが知るべき必要な答えなのだ。

「そっか。じゃあここにいるのは出流だけなのか?」

「いいや。俺だけじゃない」

「はぁい。私もいるよ。本当は出流と二人だけで残りたかったんだけどね……元ボスとマイアくんも残ってるよ」

 操生が少し残念そうな顔をして、溜息を吐いた。

「それはやっぱり、あたしたち待ちってことですか?」

 操生に根津が訊ねると、操生がにっこりと微笑んできた。自分たちを待って残ってくれていた操生たちに狼は申し訳なくなった。

「僕たちを待つために、他の人たちと別行動させてすみません」

「狼、気にする必要ないぞ。もともと俺たちは二手に別れて行動しようと思ってたんだ。昔流行ったピクミンみたいに、一連帯で動いてたらバカだろ?」

「ああ、何か懐かしいね。ピクミン。私も昔、やってみたかったよ」

 呑気な様子で笑いながら、操生が出流の言葉に返す。けれど明蘭に初等部から通うような名莉たちには、出流たちの言っていることが分からず、頭の上に疑問符を浮かべている。

 人がせっかく、真面目に謝ったのに、ピクミンって……。

 けれど頭の中で、一瞬シュールなキャラクターデザインのピクミンを想像して、狼は突っ込む気力も失せてしまった。

 その間に、出流と操生がピクミンの話で盛り上がる。

「いや、もうピクミンの話は置いといて……僕たちも京都に行くなら行こうよ」

 昔流行ったゲームの話で花を咲かせる、二人に痺れを切らした狼がそう切り出す。すると操が手をポンと叩いてきた。

「黒樹君の言う通りだね。実はもう京都に向かうためのヘリは用意してあったんだ」

「じゃあ、早く行かないと。きっと真紘たちも待ってるし」

 ようやく話が前に進み、狼がほっとしながら前を歩く出流と操生に付いて行く。そんな狼の背後で季凛がぼそっと呟いた。

「あはっ。ヘリでの移動は良いけど……多分、無免許操縦だよ?」

 はっ。

 思わず、季凛の言葉に狼は目を丸くして立ち止まる。そして季凛の方に向く。すると季凛が目を細めて狼を見てから、にっこりと満面の笑みを浮かべてきた。

「ちょっと、出流!」

「ん? どうかしたか、狼?」

「いや、どうかしたかじゃなくて……誰がヘリを操縦するんだ?」

「それなら、俺がする」

「じゃあ、ちなみに免許は?」

「そんなのあるわけないだろ。いちいちそんなの取るか。大丈夫だって。一通りの乗り物の操縦の仕方は教えられて、何度か操縦してるから」

 まったくもって、そういう問題じゃない。

「今更だろ。むしろ、おまえアレクに潜水艦の舵を取ってもらおうとしてたんだから」

 自分を訝しむ狼の視線を受けて、出流の瞳に不満が浮かぶ。

「京都に着くまえに、ヘリでの墜落事故に遭うとか……鳩子ちゃん嫌なんですけど」

「あはっ。季凛もヤダー」

「仮にヘリが墜落したとしても、おまえら因子持ってるんだから大丈夫だろ」

 鳩子と季凛に出流が、これまたあっさりと返す。

「そういう問題でもないだろ! なに、事故に遭ってもどうってことないって顔してるんだよ! むしろ、無免許での操縦が看過されてるのがそもそもおかしいだろ!」

 思わず狼がそう叫ぶ。

「じゃあ、狼……おまえだけ海泳いで行くか? かなり時間が掛かると思うけど」

 割と本気の表情で出流に訊ねられ、思わず狼が答えられず口籠もる。

「いくら、因子で身体能力をある程度上げられるって言っても……さすがにそれは嫌よ」

「私も、ちょっと無理……」

「僕だって嫌だよ!」

 微妙な表情を浮かべる根津と名莉に、狼が慌てて返事する。ここ黒島から京都に泳いで行くなんて、無謀すぎる。無茶な番組を企画するようなテレビ局の特番でも絶対にしないレベルだ。

「だったら、つべこべ言わずついて来るしかないだろ。こんな辺鄙な島じゃ、まともな滑走路でさえないんだからな」

「辺鄙な島で悪かったな……」

 少し恨めしげな視線で狼が睨むと、出流に軽く笑って誤魔化されてしまった。そしてそのまま狼たちが出流たちの後について、出流たちが用意したヘリのところに着く。するとそこには、優しく微笑むヴァレンティーネの姿とマイア、そして春香と高雄の姿があった。

「父さん、僕……」

 狼が高雄に何か声をかけようとした。けれどその前に高雄が狼の肩を叩いて、口を開いてきた。

「正直俺は、おまえはこいつらと行かないと思ってた。おまえは昔から後先の見当がつかないことは、絶対にやらないタイプだったからな。それに誰に似たんだか頑固だし。だからどんな奴にどんな言葉を掛けられても、おまえは動かないと思ってた。けど……それはとんだ親の勘違いだな。狼……俺はおまえが決めたなら、いつでも背中を押してやる。行って来い。それで自分が正しいと思ったことをやり通してこい」

「ああ、やってやるさ」

 高雄に狼が力強く頷く。

「ったく、いっちょまえに生意気なこと言いやがって。京都で藤華に扱き倒されてこい」

「狼に言っておくけど、藤華の扱きは生半可じゃないわよ?」

「今から行くってときに、そんな余計な事言うなよ!」

 京都に着いたら、九卿家の一つである雪村の当主から鍛錬を受けることは、ここに来る間に、操生から聞いていた。話によると狼に因子の量を多くすることで、攻撃の威力を上げていた形式を、量を少なくしても攻撃の威力を落とさない鍛錬をするらしい。量を少なくして威力を上げることもできるらしいが、それを狼に習得させるには時間が足りないらしい。

 そして鍛錬がどんなに厳しくても、狼は構わないと思った。いや、そのくらい厳しく鍛え直さなければ、これから武器を握ることはできない。狼はそう思っている。

「大丈夫だよ。僕なりに覚悟は決めてる」

 狼がそう言うと春香が穏やかに笑い、満足げな表情をしてきた。二人のそんな表情を見ていたら、少し照れ臭くなる。

「じゃあ、僕たち行くから」

「おう!」

「狼ったら照れちゃって~」

 むふふと笑う春香の言葉から逃げるように、ヘリに乗り込む。すると先に乗り込んでいたデンメンバーが狼を見て、微笑んできた。

「ちゃんと、挨拶が出来て良かったですね」

「家族とは、やはり仲が良いものなんだな」

 極めつけとして、ヴァレンティーネとマイアにそう言われ、狼はヘリが飛び発って、しばらくの間は口を開く事ができなかった。

「もしかしたら、飛んでる最中に何らかの攻撃があるかもしれない」

 そう出流がぼやいたときは、狼たちに緊張が張り詰めたが、とりあえずその危惧は杞憂に終わった。

 ヘリは順調に進み、京都へと接近する。

 それからヘリを京都市街から少し離れた嵐山付近で着陸した。ヘリから狼たちが降りると、そこには齋彬家当主の勝利がいて、その左右後ろには一度会ったことがある真里や大志がいる。

「九州からここまでは、長かっただろう? よく、来たな」

 勝利が狼たちに労いの言葉をかける。そんな勝利たちに狼たちが頭を下げていると、横から華やかな着物姿の綺麗な女性がやってきた。

「やっと来ましたか。待ちくたびれました」

 はんなりとした口調の女性を見ながら、狼はわずかに息を飲んだ。間違いない。雪村家当主、雪村藤華。その人だろう。着物は加賀梅鉢の家紋がついた礼装。それにさすが姉妹というべきか、自分の母親より品があるが、その顔には春香の面影がある。

「初めまして、黒樹狼です。これからお世話になります」

 深く頭を狼が藤華へと下げる。

「まぁ、ご丁寧に。もう既に御存知かと思いますが、私は雪村家当主、雪村藤華です。これから貴方には、色々と頑張って頂きますよ。ですが……貴方に一つ言わせて頂きます」

 頭を上げた狼に、藤華が華やかな紅色の唇で優美に微笑んできた。

「貴方は、これか起こる国防軍との衝突に際し、手出し無用。つまり戦わなくて結構です」

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