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浮かばない言葉

 真紘は、黒樹家の一室で勝利からの報せを聞いて驚愕していた。

 まさか雪村がこちらに踏み込んでくるとは思いもしなかった。だがこれは朗報に他ならない。重蔵にもこの朗報を伝えると、すぐにでも京都に向かうと言ってきた。

「真紘様、一条様からの御伝言で三日後にならば、御拝聴できるということです」

「そうか。わかった。一条様の元には三日後に必ず向かう。だが、その間国防軍と宇摩の行動を注意深く看取(かんしゅ)する必要がある。俺たちは、明日にでも京都入りする」

「畏まりました。準備の方はもう既に、整っております」

 左京の言葉に真紘は頷いた。

「それと、誠。誠は黒樹たちの行動を少しの間、見てやって欲しい。できれば、雪村が京に居る間に黒樹を連れて行きたいが、まだあの様子では無理だろう」

 勝利から雪村の当主である藤華が狼の鍛錬に付き合う承諾を得たという旨を聞いた。かなり良案だとは思う。因子の密度を練ることに関して、雪村に敵う家はないだろう。元々、雪村は因子の量が少ない。そのため、因子の質を高めることに粉骨砕身(ふんこつさいしん)してきた家系だ。

 雪村が放つ微量の因子に無防備に触れようものなら、命はないだろう。それこそ、ピンボールくらいの大きさの因子だとしても、その破壊力は計り知れないものだ。

 しかし狼は因子の密度を上げることは、不得手にしている。それは狼が持つ因子の量が多く、あまり因子の密度を上げずとも、対処できていたからだ。

 けれどもし、これから狼が戦う道を選んだとすれば、全てを量だけでカバーすることは不可能になってくる。当然だ。向こうには大城がいて、キリウス・フラウエンフェルトがいるのだから。

 だったら、今よりも密度を上げられるようにすれば、少ない因子量だけで大城やキリウスに太刀打ちができることになる。

 戦うことを辞さない真紘からしてみれば、狼という戦力が欲しいというのは、正直なところだ。そこに友人への配慮などは入っていない。

 黒樹が戦うことを選ぶかが、問題だが。

 狼は元々、戦いに対して消極的な方だ。決してそれを間違っているとは思っていない。真紘だって、戦わずに済むならそっちの方が良いと思っている。だが現状はすでに話合いで和睦できる段階は、とうに過ぎてしまっている。

 戦う以外の道を模索する時間すらない。

「黒樹様に何か声を掛けたりなどは、なさらないのですか?」

 真紘にそう訊ねてきたのは、少し眉を顰めさせている誠だ。

「掛けたいが、掛ける言葉が思い浮かばない」

「真紘様らしからぬ言葉ですね」

 真紘の言葉に虚を突かれた誠に変わって、左京があっさりとした声でそう言ってきた。真紘は左京の容赦ない言葉に乾いた笑みしか浮かべられない。

「俺にだって、言葉が浮かばないときくらいはある。それこそ、家族を失う悲しみは、俺たちだって知っているはずだ。そうだろう?」

「……真紘様のおっしゃることは分かります。確かに家族を失うのは辛い。ですが、今の黒樹様の気持ちに同調するだけが、全てではないでしょう?」

「ああ、そうだな」

 左京の言っていることは分かる。確かに悲しみを同調したところで、そこに意味はない。ならば、友人として狼を奮励させる言葉でもかけろと言うのか?

 それも違うだろう。

 自分が以前、狼にやられたときのように叱咤するのか? しかしあの時とまるで状況が違う。狼は決して、悪いことなどしてはいないのだから。

 それでも、煮え切らないじれったさを感じてしまうのは、それこそ自分たちの身勝手でしかない。狼の力を欲している自分たちの身勝手さ。

 だからどうしても、友人へと掛ける言葉に白々しさを感じてしまうのだろう。

「俺もほとほと、不甲斐ないな」

 真紘の呟きに、左京がぴくりと片目を動かした。しかし口を開く事はなかった。自分の呟きをどう捉えたのかは、わからない。

 けれど真紘はどう思われようとかまわないと思った。どんな捉え方をされたとしても、不甲斐ない事実に変わりはないのだから。




「海はどんな時も海だね」

 間抜けにも聞こえる言葉を隣にいる操生が呟いてきた。

 出流たちは、シーラがキリウスたちについての情報収集が完了するのを待つ間、意識を取り戻した元南米・北米地区の8thのアレクが海に向かって、雄叫びを上げているのを見ていた。

 シーラの情報収集とアレクの気が晴れなければ、出流たちは動くことができない。

 情報がなければ、どこに向かうかの指針が定まらないし、アレクの気がすまなければ移動手段がない。

 灰汁の強いメンバーが残ったもんだ

 夜の海に向かって、叫ぶアレクを見ながら、イレブンスは沁々そう思った。

「でも、出流は話さなくていいのかな?」

「誰と?」

「勿論、誠くんだよ。佐々倉出流に戻るって言っても、まずはその佐々倉の人間である誠くんと話す必要があるんじゃないかな?」

「そんなこと言ったら、俺以外の奴らにも言えないか?」

「残念ながら、私は許される相手が不在だよ」

 操生がそう言いながら、わざとらしい悲しんだ表情を浮かべてきた。

「卑怯だろ。むしろ、今更なんて言うんだ? 頭を下げて『佐々倉に戻して下さい』っていうのか?」

 誠に頼み込む自分を頭の中で思い浮かべて、出流は身体を身震いさせた。

 なんか、間抜けな絵柄すぎる。それこそ飽きる事なく海に叫び続けるアレクと同じで。

「そうだよ。だって、そうじゃないと出流は死んだままだよ。戸籍上」

「うっ、確かに……」

 そうだ。自分は四年前に死んだ扱いされてるんだった。

「だよね。そしたらこれから大変だよ? 風邪を引いたときとか」

「俺は引かない」

「怪我をしたときとか」

「怪我しない」

「ローンを組むときとか」

「ローン、組まない」

「結婚するときとか」

「…………事実婚で」

 最後の質問は少し間をあけて、出流が答えると操生が肩を落としながら、溜息を吐いてきた。

「はぁ。私は出流とピンクの婚姻届に名前を書いて、市役所に出すのが夢だったんだけどね」

 妙に細かい設定のある夢を口にする操生。そして何度も何度も繰り返される溜息。

「分かった。分かった! ちゃんと話す! 話すからその溜息やめろ!」

 出流が観念して叫ぶ。すると操生がにっこりと笑みを浮かべて、顔を上げてきた。

「そうそう。最初からそう言えば良かったんだよ。これから、どうなるか分からないんだから、ちゃんと話さないといけない人とは、話せそうな時に話すのが一番」

 操生の言葉を聞きながら、出流は一息吐いた。確かに、操生の言う通りだ。どんな理由であれ、出流は勝手にいなくなり、トゥレイターに入り、佐々倉の家に迷惑をかけたのは、紛れもない事実だ。

 それこそ、ナンバーズに入ってから知った事実とはいえ、養父はトゥレイターの奇襲によって命を落としている。

「許されると思うか?」

 ぽつりとした声音で、出流が操生に訊ねた。

「どうだろうね? 私は誠くんじゃないからね。そこは分からないよ」

「だよな」

 短く答えたイレブンスに海からの風がやってきて、髪を揺らした。冷たい風だ。細波の音が連続して出流の耳に聞こえる。

 そして目の前の海は、空に浮かぶ月を綺麗に水面へと反射している。

「平手打ちはされるかもな」

「誠くんに?」

「ああ」

 頷きながら、イレブンスは小さく笑った。もし、今自分が佐々倉に戻ることを言えば、きっと誠は怒る。最初は静かに怒っていても、最後は怒りを爆発させてくるに違いない。

 けれど、許さずにいることはないだろう。

「あいつは、お人好しだからな」

「そうだね……誠くんはかなりのお人好しだ」

 操生が頷きながら、少しだけ参ったといわんばかりの表情を浮かべてきた。

「そんな顔してるけど……おまえも大概お人好しだぞ?」

 出流が操生の額を小突き、片目を上げながら苦笑を浮かべた。

「よし、じゃあ話すならさっさと話に行ってくる」

 笑みを浮かび返してきた操生にそう言って、出流は踵を返した。



 一人でおそらくは、左京や真紘といる誠の元へと向かう。操生には、ああ言ったが、正直話が纏まるかは、自信がない。

 それでも、出流が話そうと思ったのは、このまま聞かず言わずの状態になるのは、やはり良くはないと思ったからだ。

 今の自分たちが家族という枠組みに当てはめていいのだろうか?

 答えは簡単に出てきそうなのに、出てこない。

 そこに出流は、溜息を吐きたくなった。

 けれど一つだけ、言える事がある。いや言わなければいけないことがある。ずっと言うべきだったのに、言わなかったこと。

 どうせ、怒られるならそれを言った後に怒られよう。

 そう考えて、出流は静かにほくそ笑む。

 身体に因子を流して、走っているためすぐに狼の家には着いた。

 そして、家の中へと入り、誠の姿を探す。

 するとすぐに、一部屋の襖の向こうから真紘や左京と話す誠の声が聞こえた。

 真紘だけだったらまだしも、左京も中にいる。そこから誠を連れ出さなくてはいけない。それを考えると、目の前の襖を開けることを躊躇してしまいそうになる。

 けれど、覚悟を決めてここに立ったのだから、行くしかない。

 ここで引き返したら、それこそカッコ悪いしな。

 出流が襖を勢いよく開ける。

 するといきなり、開けられた襖の奥の部屋にいた三人が驚いたように、目を見開いてきた。そして真っ先に左京が何か口を開こうとするのが、分かった。

 けれど出流は左京が口を開く前に、誠を肩に担ぎ足早に部屋を出た。

 肩に担がれている誠は、驚いた様子で「いきなり何だ? 離せ」などと抗議してくるが、出流はそれを無視。

 そして一気に人気のない海岸沿いの道まで疾駆すると、そこで誠を降ろした。

「何故、こんな所に連れてきた?」

「話があったからだ」

「話があるなら、あそこでも良かったはずだ。おかげで……」

 誠が不満げに靴を履いていない、ストッキングだけの足下を一瞥してきた。

 しかしもう外に連れてきてしまったのだから、今更、靴を取りに行くということは不毛だろう。

「まぁ、文句は後で聞くから、先にこっちの話を聞いてもらう」

 誠の目を見て、出流はそう切り出した。すると誠が真面目な表情で頷いてきた。

「わかった。聞こう」

「俺はトゥレイターを抜ける。そして俺は…………『佐々倉出流』に戻りたいと思ってる」

 そう言うと、誠が微かに息を飲んだのがわかった。

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