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持つ者と持たぬ者

 保健室で制服のシャツを脱ぎ、近くにあった鏡で背中を確認する。すると青白くなっている部分や所々、出血もしている。

 あれだけ、勢いよく飛ばされて壁にぶつかれば、まぁこうなっても仕方ないだろう。あまりの激痛だったため、骨にひびでも入ったかもしれない、と不安に思ったが、痛みはさっきよりだいぶひいている。聞けば骨にひびは入っていないようだ。

 そこはよかったとして・・・

「それにしても、なんなんだよ?あの好戦的な生徒会長は?自分のことを皇とか言ってたけど、痛すぎるだろ!」

 喚くように、狼が声を上げると

 薬箱から塗り薬を用意していた、狼を除くデンのメンバー全員がため息を吐いた。

 そのため息の訳を求めるように、狼と隣で冷やす為のタオルを絞っているセツナたちは一斉に鳩子達に視線を送る。

「あの人は・・・」

 と鳩子が説明しようとした矢先、保健室のドアが開かれる音と共に真紘が入ってきた。

 すると鳩子は

「おっ、絶妙なタイミングで真紘くん登場だね~。あたしより真紘の方が詳しいから真紘に訊きなよ」

 と言って、来たばかりの真紘にバトンタッチしてしまった。

 真紘はそんな鳩子の話についていけず、首を傾げている。

「いったい何の話をしているんだ?」

「ああ、あの狂暴な生徒会長の話。うっ、やっぱり沁みるな~~」

塗り薬が傷に沁みこみ、ヒリヒリと痛む。そんな狼の言葉を聞き、狼の背中に塗り薬を塗っていた名莉が手を止め、狼の様子を窺う。そんな名莉に狼は『大丈夫だから』と言い苦笑を漏らした。それを見ていた真紘が申し訳なさそうに口を開いた。

「先ほどは、九条会長が暴走してしまい、すまなかったな。怪我の方が大丈夫そうか?」

「うん、なんとか。でも、あんな人を生徒会長にするなんて、ちょっと人選ミスしすぎだろ」

 狼がそう言うと、真紘は溜息をつきながら肩を竦めた。

「ゲッシュ因子を持つ者は、それなりの名家が多い。たとえば、俺や根津は武家、名莉や大酉は日本を代表する財閥、生徒会のメンバーである行方周副会長は現首相の御子息で、他のメンバーで、2年会計の小椙(こすぎ)(まさ)三郎(さぶろう)先輩は、忍者の家系だ。つまりそれなりに由緒のある家出の者が多くいる明蘭学園では、家の身分が重要視されることもあるからな」

「だから、あの人、忍者っぽい格好をしてたのか!僕はてっきり趣味に突っ走ちゃってる人かと思ったけど」

 狼は学生ホールの檀上にいた、忍者のような格好をした小椙柾三郎を思い浮かべ、その格好の意味をようやく理解した。でもだからといって、わざわざ忍者を意識しなくてもいいんじゃないか?とも狼は思ってしまう。まぁ、人のファッションセンスにとやかく言うつもりはないし、忍者好きの外国人には受けるかもしれないが、日本人である狼からしてみれば、あのファッションははっきり言って、『微妙』の一言だ。

 そして真紘は一息ついて、狼に訊ねてきた。

「黒樹、公家という人たちについての大まかな事くらいは知っているな?」

「え、まぁ、知ってるけど。・・・・もしかして!!」

 閃いたように声を上げた、狼に対し真紘が語り始める。

「そう九条会長は、歴とした公家の血筋の者だ。公家は一条、二条、三条、四条、五条、六条、七条、八条・・・そして九条の九つの家からなっている。今は公家の皇の座に鎮座しているのは一条の当主だが、その前は九条だったらしい。その九条家の者を一般の生徒と等しく扱うのは難しいだろう。それに力量も、今の明蘭学園の中でもトップに君臨している事は間違いない。そのために、あのような暴君が許されているんだ」

「そんな人だったなんて。公家の人たちのイメージって、なんかこう、もっと穏やかなイメージがあったのに。なんか、崩れたなぁ」

 背中の手当が終わり、シャツに手を通しながら狼は短い嘆息をつく。公家の出なんて、普通はもっとはんなりとして、上品な人たちの事を想像していた狼にとって、九条綾芽という人物はまさに強烈の一言だ。

 しかもそんな人物に目を付けられてしまったのだ。

 気分が辟易してしまう。

 見るからに肩を落としている狼に、さらに追い打ちをかけるような言葉が真紘の口から飛びだす。

「それと、黒樹。九条会長との試合日なのだが、一週間後になった」

「えっ、本当にやるの?」

「ああ。やるぞ。九条会長が一度決めたことは、撤回することはできない。唯一できるとしたら、会長の興が冷めた時だけだな。だが基本、戦闘事において冷めることは中々ない」

「嘘だろ・・・」

 一気に脱力して、項垂れる狼。

「まぁ、そう落ち込むな。まぁ事足りないと思うが俺も加戦するし、明日には黒樹のBRVも強化されるだろう。それなら、無残に敗北というのもないと思う」

「そうかな?真紘はともかく、僕が力になれるとは思えないけど」

「いや、そんなこともないだろう。・・・そう、自分を下に見るな。気持ちがそんなに後ろ向きだと、戦う前から気負けしてしまうぞ?」

 そう言いながら、真紘が目を眇めて苦笑している。

 すると横からセツナが口を開いた。

「でも、何かすごい気迫だったのは確かだったかも」

 さっきまでのことを思い出しているように、セツナが宙に目を泳がせている。そこに鳩子が説明を補足するように口を開いた。

「ここに来たばっかの人からしたら、あの人はきついよね・・・あの人が生徒会長になったときも凄かったらしいよぉ~。当時の生徒会長を全校生徒の前で惨敗させて、会長の座を奪ったんだって」

「えー、それってアリなの?」

 そう言ったのはマルガだ。

「あの人だったら、なんでもアリだよ」

 その鳩子の言葉に、腕を組みながら根津がうんうんと頷いている。それを狼を含めた新参者は理解できないように、苦渋の顔を浮かべている。

「まぁ、直に馴れるだろう。いや、ならざるおえないだろうな」

「たしかに・・・」

「あたしも気づいたらあのノリに馴れてたわね」

 というような言葉を真紘に続いて、鳩子や根津がよくわからないことを言っている。

 あの無茶苦茶なノリにどう馴れればいいというのか。

 狼には、まったく理解できない。

「とりあえず、伝えることは伝えた。俺はそろそろ授業に戻るとしよう」

 そう言って、真紘が保健室を出ようとしたとき、セツナから声が掛かった。

「あ、マヒロ!後で頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

「あ、ああ。別に構わないが、その、頼みとは?」

「えーっと、少し厚かましいとは思うんだけど、日本の剣術を教えてほしいの!」

 少し上半身を前に突き出し、目を輝かせて真紘を見る。

 期待を膨らませた目で顔を凝視され、真紘がふっと笑って

「そんなことなら、お安い御用だ。もちろん、俺程度の力量でよければだが・・・」

「全然、マヒロに教えて貰えたら、本当にありがたいもの」

「わかった。俺は放課後も学生ホールの近くにある剣道場で、訓練を行っているから、都合の良いときに来てくれれば、いつでも指南しよう」

「了解です。もしかしたら、毎日行くかも」

 敬礼ポーズをしながら、セツナが悪戯っぽく舌を出している。

 何故かマルガが、セツナの後ろでニヤリとした表情を作り、そのマルガの頭をアクレシアが軽く叩いている。

 狼と真紘には、マルガとアクレシアのやり取りの意味がわかなかったが、鳩子がそれを見て笑っているところを見ると、鳩子には理解できたらしい。

 名莉と根津は狼たち側なのか、二人で顔を見合いながら首を傾げていた。




 窓から差し込む光を全て遮断し、暗くなった会議室でトゥレイターという組織の幹部の者達がコの字型の机にどっしりと列座している。

 部屋にある大きなプロジェクタでは、狼がイレブンスやフォースに千光白夜を放っているシーンがリプレイされている。

 これは遠くから上空で待機していたナンバーズが撮影していた物だ。イザナギから放たれる白光は全てを呑みこむように奔流している。それはまさにここにいる者にとって脅威の象徴にしか思えない。

 そんな映像を映し出しているプロジェクタの前に立っている、千引(ちひき)元が表情を消しながら、横目でそれを凝視している。そしてそのプロジェクタの真正面に座っているガーブリエル・フラウエン・フェルトが手を前で組みながら口を開いた。

「やはり、遺憾だな。実に。こんな道具とそれを操れてしまう化け物共がいるせいで、世の中が混沌へと向かってしまうことが。皆もそう思わんかね?」

 その一言にトゥレイター幹部の者たちが一斉にどよめいた。

「その通りだ、ゲッシュ因子たる物を持つ者がいきなり現れ、正常者の地位を強奪しようとしている。実に低劣なことだ」

「ふん、そんな汚らわしい者の力に頼っている我々はなんと(びん)(ぜん)たることよ」

「いや愍然などではない。我々は飽く迄、あいつ等を道具として使ってやっているだけだ。いわば使用者ということになる」

まったくもって、そうだ。『トゥレイター』とは、アストライヤーに反逆する者では決してない。本来の意味はゲッシュ因子を持つ者全てに対する、反逆者という意味なのだ。それを数字付き(ナンバーズ)も含め、下の者は勘違いをしているにすぎない。だが今はそれでも良いだろう。時期に勘違いだと気づかされることになるのだから。

その言葉を聞きながら、一人の幹部が嘲笑を浮かべながら言う。

「随分利己的な考えをしたものだ。それで千引、次なる考えは考えてあるのか?」

 薄ら笑いを浮かべ、一人の幹部が千引を見る。千引は等閑な表情を浮かべてから口を開いた。

「もちろんだ。それにはまず、ある者の協力を要請した。その協力者はアストライヤー共に近い。必然的にその者から、情報を漏洩させればいい話だ」

「ほう、そんな便宜な者がいたとはな」

 その口調にはどこか、皮肉さが混じっていた。きっと千引一人に手柄を持っていかれたことを、快く思っていないからだろう。

 だがそんな醜い嫉妬を読み取ったところで、千引の顔は微動たりとも動かない。まるで気にしていないようだ。

 千引はガーブリエルに顔を向け、訊ねた。

「『nil(ニル)』計画はどのようになっておられますか?」

 その言葉を聞いた幹部たちが、一瞬で口を閉ざす。そしてそれから皆一同にガーブリエルの方に視線を集中させる。

 空気が一気に引き締まるのがわかった。

 そんな空気を真っ向に受けながら、ガーブリエルはゆっくりと口を開いた。

「その(くだん)については、案ずるな。準備は着々と進んでいる。なんの問題もない。あれはずっと前から用意周到に万全を期してきたのだ。今さら問題が生じることもない」

「それを聞けてなにより・・・では、次に例の少女についての案件を・・・」

 千引はタイミングを計ったように、次なる案件を口にした。

 ガーブリエルは少し眉間を動かしただけで、あとは目を瞑り千引の話を黙って聞いていた。

 今の自分たちにとって、一番の障害になる少女の話を。


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