当主とポテチ
「いいだろう。その話に我々も乗らせてもらう」
「それは、良かった。頷いて頂けなかったらどうしようかと思いましたよ」
見るからに信用し難い男が目を細めて、笑ってきた。
どこまでも胡散臭い男だ。ガーブリエルとう宇摩豊という男のやり取りを聞きながら、キリウスは訝しげに表情を歪めた。
自分を一度は打ち負かし、ここに移動させた男。
キリウスからしてみれば、豊という男に対して、そんな認識しかない。そんな男と一時的とはいえ手を組むことに、猛烈な嫌悪感がある。
しかも……
「貴方方の大切な姫君は、きちんと連れ戻しますとも。彼女の存在は、各軍の幹部クラスが目を付けていますからね」
「勿論だ。ヴァレンティーネを下世話な群衆の手に渡していいものか。だがそれこそ、ここにいるキリウスがいれば、十分だ。貴様たちは、下世話な群衆を葬っていればいい」
「はは。それは、それは。まぁ、別に面倒な方をこちらが片付けてしまうのは、一向にかまいませんが……彼女とおそらく一緒にいるであろう、私の生徒に手を出されては困るんですよ。今回のようにね」
豊がそう言って、目を細めるキリウスを一瞥してきた。
「私の邪魔をするようなら、容赦はしない。排除する。もしそれが嫌なら、私の邪魔をしないようにしておけ」
無論、それは豊に対しての言葉でもあった。
この男さえいなければ、ヴァレンティーネが奴等の元に行く事もなかった。こんな手間も出ずに済んだのだ。
それを忌々しく思いながら、キリウスは考えた。
何故、自分は最初にこの男に敗北したのだろうか? キリウスが自分の力を自負している。勿論それは独りよがりなどではない。今までの経験を経て、行きついた結果論だ。
しかし、そのはずなのに……目の前で困ったように肩を竦めさせた男に負けてしまった。キリウスからしても、それはあり得ない事実であり、信じられない事実でもあった。いや、自分は他者に負けてはならない。
他者に負けることは、ヴァレンティーネを失うことにも関係してくる。自分が頑強であればあるほど、他者に彼女を奪われることはない。
そう思っていたからだ。いや、今まではそうだった。この男に会うまでは。そう思うと、腹の奥底から、宇摩豊という存在に噴怒してくる。そうだ。今のこの状況を作り出したのは、この男がきっかけだ。それにも関わらず、この男は素知らぬ顔で、自分たちと手を組みたいと申し入れてきた。
この場で剣を抜き、一気に顔面を貫くか。
「まだ私に殺気を放つのは待ってくれるかな? これでも私は由緒ある家の現当主だ。つまり、今後のことについて、公家の方々に奏上しにいかなければならないんだよ。遅かれ早かれ、この同盟関係は一時的に過ぎないのだから」
キリウスの顔を見ながら、豊がゆったりとした笑みを浮かべる。
一瞬の殺気を気づかれ、興を殺がれたキリウスは、眉間に皺を寄せた。
この口ぶりからすると、豊もフラウエンフェルト家の宿願を知っているのだろう。いや、だからこそ、手を組もうと言ってきたに違いない。
フラウエンフェルト家の宿願は、この世から自分たち以外の因子持ちを消し、世界へ復讐すること。因子持ちを消すという点では、目の前にいる豊も対象者だ。
そして自分たちの考えを知っているなら、言わずとも分かるだろう。
しかしそれにも関わらず、豊が自分たちに手を差し出して来たのは、世界に復讐するという点では一緒であり、お互いに役に立つと思ったからだろう。
少なくともガーブリエルはそうだ。
いまや、軍は愚かながら自分たちにも牙を向けてきた。そしてそんな者たちの排除に手間取っているわけにはいかない。
新型兵器の改良、量産をしなければならないからだ。しかし、無視をし続けるには、数が多すぎる。それを考えると、別の種類の敵とはいえ、手駒に着けて置くのが最善ということだ。
「でも、そちらもちゃんと体勢を整え直した方がいいと思うよ。なにせ、今回の件で、深刻な人事不足になっているとおもうからね」
キリウスは皮肉とも取れる豊の言葉に、軽く鼻を鳴らした。
「変わりならいる。そこに問題はない」
「はは、まさに頼もしい言葉だ。人事が足りてることに越したことはないからね」
キリウスの言葉に豊が満足そうな笑い声を上げた。
京都の嵐山、齋彬家。
「勝利様……非常に面倒なことになってません?」
ぽっちゃり体系の真里が、手にポテチのビニール袋を持ちながら訊ねてきた。はっきり言ってポテチを食べながら訊く事じゃない。
そんな気持ちを込め、勝利は一度咳払いをしてから口を開いた。
「仕方ないだろ。輝崎の家から援護の要請が来てしまったのだから。それに輝崎側には黒樹も付くと言っている」
「えー、でもこっち側についてるのって、その二家だけですよね。メンバー的には不満はないですけど、少ないですよね?」
「いや、むしろ大城と対立した時点で、人数で勝てるわけないでしょ」
真里の言葉にそう言ったのは、自分の湯呑で茶を啜っている大志だ。そしてその大志の言葉は正しい。輝崎、黒樹、齋彬の三家を合わせてやっと、五分五分といった感じだろう。けれど、対立側には、宇摩や御厨などの家もいる。こちらに雪村がついたとしても、数が不利なことに変わりはない。
「だからこそ、戦う事のない、平和的な作戦を考えるべきだと思ってる」
勝利が多少胸を張って言うと、何故か真里と大志から冷ややかな視線を送られてしまった。
「貴様等、なんだ? その目は?」
「えっ、ほら……勝利様だって一応、名家の当主でしょ? そんな逃げ腰でいいの?」
「俺もそう思う。そこは、どんな不利な状況でも戦うぞっていう姿勢は取ってもらわないと」
「なっ、いつもお前等、そういう危険なことは避けるべきとか言ってくるだろ!」
逃げ腰で、しかも二対一で負けた勝利は恥ずかしくなって、自然と勝利の口調が早くなる。
「うわっ、勝利様! 唾が飛んできた。マジやめてよ」
「はい俺、セーフ! ギリ避けた〜」
もうすでに恥ずかしがっている自分に、さらに追い打ちをかけてくる懐刀。敵は味方の中にいるという言葉を聞いたことがあるが、まさにこの二人のことを指していると、勝利は思う。
しかし現実は、敵ではなく一応味方の懐刀。
この舐めた懐刀を筆頭に、これから自分は起きるかもしれない、九卿家同士の戦いに備えなければならない。それを考えると、勝利は気分が一気に重くなった。
きっと輝崎や黒樹は、やる気満々だろう。むしろ、宇摩を止めるには戦うしかあるまい? ぐらいにしか思っていない。
しかし……しかしだ!
ここで勝利は声を上げて言いたい。出来るなら。今自分たちが本当にやるべきことは、宇摩と戦うことなのだろうか? と。宇摩は国防軍と戦う気だ。そうなったとき、自分たちがやるべきなのは、九卿家と戦うことではないはずだ。
戦いが起きるということは、それだけ混乱が起きる。その混乱によって起こる暴動や被害を抑えることの方が重要なはずだ。いや、残りの二家としても、起こりうる混乱を予想はしているだろう。けれどそれでも、その混乱の後に来る世界の変化を、阻止し塗り替えることを重んじているのかもしれない。
そう考えても、勝利はまだ頷くことはできなかった。
「でもさ、今回のことを九条様に言ったら、凄く喜ぶんだろうね」
「あー、確かに。それに付き合わされるのは困るわ。絶対激戦区の中心に行きたがるだろうし」
「うわっ」
うわっ。真里のげんなりとした声と同じく、勝利も一気にげんなりとした気分になった。それと同時に九条彰啓に今後の話をしに行くのを、止めたくなった。
だって、きっとウキウキして『戦う!』の一点張りだろう。
こうなったら、明日、明後日には真紘たちや重蔵が京都に来るはずだ。そしたら、彰啓の上手い宥め方を相談してから、彰啓に奏上すればいい。
「でも、本当に雪村はどうするんだろうね?」
「さぁ。大城たちと手を組むのも嫌だけど、負け戦もしたくないって感じじゃん?」
「でも、それ無理じゃない? だってさ、九卿家のほぼが二つに別れてる状態で、雪村だけ知らんぷりも無理でしょ? それこそ、公家の人だって黙ってないでしょ? きっと」
そう言いながら真里が唸る。
けれど真剣に唸る真里の手は、絶え間なくポテチを袋から取り、それを口の中へと運び入れている。そんな真里の姿を見ながら、だから太るのかと、勝利は納得した。
「御当主。ご来客です」
二人と顔を付き合わせていた勝利に、黄土色の着物を来た女中がやってきた。その表情は驚いているように見える。
「どうかしたか?」
「はい、そのご来客の方は、雪村家の御当主、雪村藤華様です」
女中の言葉に、勝利は真里や大志と目を見合って、驚愕した。まさかこのタイミングで雪村家の当主が来ると思っていなかったからだ。
しかも雪村家の当主が、他の九卿家を訪問することなど滅多にない。
「わかった。雪村の当主は客間か?」
「はい、そうです」
「では、すぐに向かう」
勝利はすぐに腰掛けていた座椅子から立ち上がり、客間へと向かった。
客間に入ると、そこには白、紺、金の配色の着物を来た藤華が座布団の上に綺麗に座り、その前には、抹茶ときんつばが用意されている。
「あっ、あれ真里が好きなきんつばだ」
真里がぼそりと呟く。おまえはこんな時でも食い物に目がいくのか。ちょっとド突きたい気持ちを抑え、勝利が藤華のいる客間へと入った。
「いきなり、来客した用事は何だ?」
藤華の前に座布団に座りながら、勝利が訊ねる。すると藤華が口を開く前に、藤華の後ろに居た懐刀が、加賀梅鉢の家紋の刺繍が入った上質な風呂敷に包まれた四角い物を差し出してきた。
「これは……?」
「ただの粗品です。皆さんでお召し上がりください」
「そうか。ではありがたく頂いておく」
雪村の懐刀にそう頷いて、女中に目配せをする。すると女中もテキパキとした仕草で、雪村からの贈物を部屋の外へと運び出した。
「今回、私たちがここに参ったのは、他でもありません。我々雪村も、輝崎、黒樹、齋彬と共に、宇摩に反駁するためです」
藤華のどこかゆったりとした、口調が妙な力強さで部屋に響く。そしてその言葉を脳裏で木霊させながら、勝利は次の言葉を慎重に考えた。




