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脱退

 イレブンスは、東京にいるナンバーズにここでの状況を報せつつ、家の中でⅩの応急処置に当たっている7thが外に出てくるのを待っていた。

 Ⅹは一命を取り留めているものの、まだ回復には時間が掛かると7thは言っていた。そしてその傷は、イレブンスの一撃によるものだ。複雑な心境ではある。けれど今はその気持ちを、深く掘り起こしている場合ではない。考えなければいけないことは、他にある。

 突然消えたキリウスの居場所がまだ分かっていない。ヴァレンティーネが情報操作士である7thやセカンドに行方を調べさせていたが、手掛かりが掴めていない。

 顔をしかめている7thは、もしかしたら新型兵器の影響という示唆も考えられると言っていた。イレブンスもその可能性は高いと踏んでいた。あの兵器を使えば、情報操作士の因子も通用しない。だから、あの兵器を使えば、どんな情報操作士からでも姿を晦ますことは可能だろう。

「出流……欧州地区のボスを移動させたのが、理事長なのかい?」

「ああ。確証はないけどな。キリウスと戦ってた俺たちはそう思ってる。むしろ、あのタイミングで、瞬間移動能力を使える奴なんて、そうはいないだろ」

「確かに。言われてみれば私も瞬間移動能力を使える人物は、E―8と理事長くらいしか考えられないし。仮に他の人物がいたとしても、あまりにもタイミングが良すぎるからね」

 操生が顔をしかめたまま、肩を竦ませた。操生の言う通り、あまりにもタイミングが良すぎる。二人がかりとはいえ、イレブンスは真紘と共にキリウスを追い詰めていた。

 Ⅹによる予想外の行動はあったものの、あのまま戦っていればキリウスの動きを止められていたかもしれない。けれどその淡い希望は、不躾な闖入(ちんにゅう)によって打ち砕かれてしまった。

 いや、それだけではない。最悪なことに、トゥレイターの幹部たちが企てたnil計画が成功に近づきつつあるのだ。

 nil計画での障壁は、狼の妹である小世美の存在だ。だからこそ、キリウスたちは小世美を殺そうとしていたのだから。

 それが思わぬ形で叶ってしまった。小世美がどんな形で死んだのかわからない。詳細を知る者はいても、それを話せる者がいないのだ。

 詳細を知っているのは、狼と狼に情報を伝えていた情報操作士だけだ。けれどその二人は、頑なに口を開かない。

 誰も無理に聞きだそうとはしない。イレブンスだってそうだ。無理にその二人から小世美の死の詳細を聞こうと思っていない。聞いた所で今の状況に変化があるとは思えない。

 イレブンスたちが狼たちを助けようと思ったのは、人が持つ一般的な倫理観からだ。言ってしまえば、操生以外のメンバーは小世美に対して、特別な思い入れはない。だからこそ、一人の少女の死に、同情の念は起きても、それ以上の強い念は沸き上がってこないのだ。

 だがそれでも、大切な人を失った気持ちはわかる。イレブンスだって、トゥレイターに入ったきっかけは、友人の死だ。あの死があったからこそ、反逆者の道を選んだ。それこそ、なりふり構わず、自分が強くなることだけを考えた。

 アストライヤーという組織は、自分の友人の命を奪った敵として認識し、その敵を討つことだけしか考えていなかった。そこに何の意味も、価値もないことも考えず。

 それくらい、大切な人の死というのは重い。

 イレブンスが重くなった感情を吐き捨てるように、息を吐く。するとそこにⅩの応急処置をしていた7thが、出てきた。

「E―10への処置は終わったわよ。あとは8th同様に意識の回復を待つだけ」

「そうか。なら良かった……」

 Ⅹの回復に安堵の息を吐くイレブンスに、7thが肩をすくめてから、顔をしかめさせた。

「でも良い事ばかりじゃないわ。日本の国防軍が大胆な行動を起こしてきたの」

「大胆な行動? どんなだ?」

 7thに訊ねたのは、眉を顰めさせているオースティンだ。

「日本の国防軍が、今回のこの島で起きたことを国際的に発表したの。そこで因子持ちに対する批難と共に敵対意志を表明してる」

「つまり予測してた通りに動いてきたわけか。品がねぇ」

 オースティンがげんなりした様子で頭をかいている。

「それで、各国の反応はどうなんだ?」

 イレブンスが7thに訊ねる。すると7thが溜息を吐いた。

「まさに茶番劇よ。日本の発表を合図として、各国の軍もそれに便乗する表明を次々に出してる。大小はあるにしてもね……」

「軍人同士、同じ不満があったんだろうね。でも軍人は良いとしても政治家は、ある意味、二つに板挟み状態で困ってるんじゃないかい?」

「いいえ。そうでもないわよ。政治内閣も因子持ちを推す与党と、軍部を推す野党で別れてるから。それこそ、自分たちに美味しい密を吸わせてくれる方を支持するんでしょう」

「まさに権威同士がぶつかる大混戦っていうわけだね。そして私たちのたち位置は、かなり厳しいってことも確かだ」

 操生の言葉にしばしの沈黙が起きる。それは薄々感じていたことだ。イレブンスたちは元々、アストライヤーと敵対する者たちの集まりだ。しかしその概念が希薄になりつつある。いや、元々トゥレイターにいる者たちは、アストライヤーという象徴に(かこつ)けて、自分たちの怒りや不満をぶつけていただけなのかもしれない。少なくとも自分はそうだ。

 それは前に欧州に行ったときに、薄々気づいていた。

 ただそれを認めるのが、嫌だっただけで。けれど今はちゃんと自分の中にあった、小さいのに厄介な弱さを認められている。

 アストライヤーの中には、狼たちのように自分たちを受け入れる者もいるだろう。しかし受け入れられない者だっている。当然だ。トゥレイターは今まで自分たちの敵だったのだから。

 とはいっても、軍の手駒になる気もない。自分たちがアストライヤーたちに対する敵意が薄れた以上、軍との持ちつ持たれつの関係を続ける意味はないからだ。

 それに今だったら、壊せるかもしれない。

 沈黙の中、イレブンスは静かにそう思った。前にテンスが言っていた。自分の枷になる土台はいらないと。確かにそうだ。その通りだ。

 そう思ったイレブンスが沈黙を破る。

「俺はもうトゥレイターでいることに固執しない」

 イレブンスの言葉に、一瞬その場にいたメンバーが目を丸くさせる。

「つまりそれは……トゥレイターをやめるということか?」

 唖然とした表情でそう訊ねてきたのは、マイアだ。イレブンスはマイアの言葉を肯定するように頷き返した。

「ああ。俺がトゥレイターで居続ける意味がなくなった。いや、本当はもっと前になくなってたのかもしれないけどな。むしろ、散々組織に楯突いといて、居続けた自分に驚きだ」

 イレブンスが、出流がそう言って苦笑を零す。すると、隣で操生が大袈裟な溜息を吐いた。

「本当に出流らしい決断だね。まぁ、そういう所も好きなんだけどね。まったくこんなことになるなら、私も早めに辞任届を用意しておくべきだったよ。むしろ、トゥレイターって辞めるとき、書類って必要なのかな?」

「書類なんて必要ないでしょう。知らぬ間に消えてるのもいるんだから」

 操生の言葉に7thが、あっさりとした表情で答える。

「でもナンバーズで、忽然と消える人も見た事ないけどね」

「確かに聞いたことないけどね。仕方ないでしょう」

「他の連中に何か言われたら、そこにいる品のねぇバカに唆されたってことにすればいいだろ」

「アホか。辞める、辞めないは自己責任だ。俺の所為にするな」

 操生や7thにほくそ笑んだオースティンに、イレブンスが目を細めさせる。するとオースティンが鼻で笑ってきた。

「最初の発端はおまえだろ? ちゃんと自分のケツくらい拭けよな。そうだな……俺たちが辞任するかわりに、おまえの首をキリウスへの手土産にするっていうのもアリだな」

「……ああ、そうだな。かなりの名案だ。オースティンごときの首じゃ、手土産にもならないからな」

 オースティンからの皮肉を皮肉で返すと、オースティンがギロリと出流を睨みつけてきた。出流がそんなオースティンからの視線を無視していると……Ⅹと8thに付き添っていたヴァレンティーネとリーザがやってきた。

「皆さん、私決めました! 私トゥレイターのボスやめます! 私もただのヴァレンティーネ・フラウエンフェルトとして、戦います」

「私もやめるー! だから北米・南米地区のナンバーズも私と一緒にトゥレイターをやめてね」

 決意を固めたどや顔で、フラウエンフェルト姉妹が出流たちにそんな宣言をしてきた。しかもリーザに至っては、パワハラまがいの事まで言っている。

 そんな二人を見ながら、皆がぽかんとしてると……そこでマイアが口を開いた。

「私は混乱しています。本当にこの決断が正しいのか。でも、これだけははっきり言えます。私はティーネ様たちと一緒にいたい。だから私もティーネ様たちと共に戦います」

 マイアに向かってヴァレンティーネが笑顔で頷く。そしてマイアに近づいた彼女は、マイアを優しく抱きしめた。

「マイアが一緒に戦ってくれるなら、私にとっても心強いわ」

「感動的な場面を持って行かれたわね」

 出流に向かって、隣にいた7th、シーラが肩を竦めながら苦笑を浮かべてきた。

「確かに。さっきの俺の決意表明が霞むくらいにな」

「まっ。仕方ないでしょうね。それに……今はこの節目が悲しい結末に向かわないことを祈るべきじゃない? これからもっと大変になるでしょうし」

 シーラの言葉はもっともだ。これからもっと大変になる。それこそ、今の出流たちには、便利な後ろ立ても、補給拠点もない。敵ばかりが増えただけかもしれない。

 けれどそれでも出流の中に、困窮の感情などはまったくない。

 むしろ、その変わりに自分の足で立ち上がれたという気持ちしか生まれなかった。

 もうすでに各々のことをやり始めているメンバーを見て、出流は静かに笑みを零す。

 自分たちはトゥレイターではなくなった。けれど強い波から抗う、反逆者であることに変わりないと思う。

 だからこそ……自分の感情に翻弄され動けなくなっている狼に、出流はこう思う。

 悔しいなら、悲しいなら、立ち止まるな、立ち上がれ、と。

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