友人だからこそ
二手目は一手目の攻撃よりもさらに火力が強く、あっという間に、残りの軍艦二隻を火の海へと変えてしまった。名莉はそれをもうただ呆然としているしかない。
いや、燃え盛る軍艦よりも、少し離れた所に立つ狼を見て、呆然としていた。狼の手には、イザナギ。そしてもう片方の腕に目を閉じたまま動かない、小世美を抱いていた。
分かりたくないのに、分かってしまう。受け入れたくないのに、受け入れてしまっている。そんな矛盾が名莉の中を、一気に駆け回り犇めき合う。
砂浜には、狼の攻撃で起きた衝撃波と、熱風で吹き飛ばされ、呻き声を上げながら蹲っている兵士たちの姿がある。その側には、身体がドロドロに溶解しているKaー4シリーズが手足をバタバタと動かしながら、もがいている。
そして、そんな兵士たちの方へと、狼がゆっくりと視線を向ける。振り返った狼の顔を見て、名莉ははっとした。砂浜にいる兵士たちを見る狼の表情は、最初に狼がイザナギを持った時のようだ。いや、あの時よりもひどいかもしれない。
狼の表情はとても冷たい。砂浜で這いつくばっている兵士たちを見て、怒るわけでも、冷笑するわけでもない。ただ淡々とした表情で見ているだけだ。
名莉は狼に駆け寄ることができなかった。もし理由がわからず、狼が今のように豹変していたのなら、近づけたかもしれない。
何かあったのか? と。
けれど、そんなことを問う必要がない。その問いに意味はない。狼が豹変した理由は、名莉の眼下に突きつけられているのだから。
狼の腕に抱かれ、腹から血を流し、目を閉じている小世美。その顔に生気はない。こんなとき、淡い期待を抱くことの出来ない自分が憎らしい。
『待って、よ。どういうこと?』
通信を切っていなかった、端末から根津の動揺する声が漏れた。そして狼が動く。イザナギを構え、自分の近くにいる兵士の元へと。
足を負傷し、砂浜にうつ伏せのまま、自分に迫る狼を見て兵士が短い悲鳴を上げる。けれど狼がその足を止める様子はない。
「狼、駄目!」
やっと言葉を出した名莉が、イザナギを構える狼へと奔る。けれど、もうすでに狼は兵士の前に立っている。そして、イザナギを真下へと突き立てた。
突き立てられた刃は、悲鳴を上げた兵士の顔……その真横に突き刺さっている。
「違う……こんなこと……でもっ!」
歯を食いしばる狼から晦渋の言葉が漏れる。名莉はそんな狼の肩に手を置こうとしたが、できなかった。
もし、今の狼に拒絶されたら……そんな言葉が名莉の中に浮かんでしまったからだ。しかしそんな名莉の横をすり抜けて、不快そうに表情を歪めたオースティンがやってきた。
「随分と好き勝手なことしてくれんじゃねーか? 自分が何しでかしたか、分かってんのか?」
「…………」
オースティンの言葉に狼は、硬く口を閉ざし沈黙している。すると苛立ったオースティンが狼をがなり立てた。
「おまえは敵諸共、俺たちを殺そうとしたんだ! てめぇがちゃんと自分の女を守れなかったって理由で! ふざけんなよ!? ああ、腹立つ! 今すぐ俺がおまえをその女の元に届けたいくらいだぜ」
オースティンの言葉を聞いた狼の口が微かに動く。けれど狼は言葉を紡ぐことはしなかった。名莉はそんな狼を見て、ひどく胸が痛む。絶望し切った顔で、その口で、何を言おうとしたのか? そう考えた瞬間、名莉の胸の痛みがさらに増す。
「はっ、品がねぇ。こんな死人に無駄弾を使うことねぇーな。それだったら、まだ辺りに倒れてる兵士たちに使った方がマシだ」
そう言って、オースティンが狼から離れ、リーザや7thの元に歩いて行く。
「狼……」
名莉が狼の名前を呼ぶ。すると狼が微かに名莉へと視線を合わせたが、すぐに俯いてしまった。
「そちらでも、変わった動きがあればすぐに連絡してくれ」
『了解。そっちの状況は……落ち着いてからにしといた方が良いね』
「ああ、すまない」
端末越しに映る棗が軽く肩を竦めさせてから、通信を切ってきた。棗との連絡が終わり、真紘は、狼の家の中へと入った。
家の中にいるのは、名莉、根津、鳩子、季凛、誠、左京しかいない。高雄と春香は、島民の避難先にしていた、黒樹の本家に連絡を入れて、今後の方針を話し合うと言って、出て行ってしまっている。
イレブンスたちの方も、別の場所にいる仲間に連絡を入れている。そして狼は……一人で外に出て行ってしまった。
国防軍も真紘やイレブンスが、名莉たちの元に駆けつけた時には、撤退行動を始めていて、今はもう島には残っていない。
「左京、誠、いいか?」
真紘が部屋を見回して、左京と誠を呼ぶ。すると二人は頷いて、真紘と共に部屋を後にした。
「真紘様、向こうの状況は確認取れましたか?」
左京の言葉に真紘が頷いた。
「向こうの状況は、ここよりも状況は良いらしく、復旧作業もすぐに終わるらしい。宇摩の姿も明蘭にあったらしい。だが、棗の話だとその情報も信憑性には乏しいと言っていた」
「それは何故ですか?」
「いくら棗がずっと宇摩の様子を監視していたとしても、宇摩側には條逢もいる。それに宇摩がどんな能力を持っているかは、未知数だ」
「なるほど。つまり情報操作士の目欺く方法が無くもないということですね」
「しかし、それでは……豊様のなすがままになってしまいます」
左京と真紘の言葉を聞いていた誠が、眉を顰めさせる。
「誠の言いたいことは、分かる。だからこそ、俺たちも早急に策を練らねばならない。まずは、このまま京都に行って、齋彬家に向かう」
「承知しました。すぐに準備を致します」
左京が迷いなく頷いてきた。しかし隣の誠は少し渋るように、名莉たちがいる部屋の方を一瞥した。
「誠の気持ちは分かる。だが今は、悲しんでいる者を慰めている暇はない。辛いとは思うが腹を決めてくれ」
「……承知しました」
「このことは、俺から名莉たちに伝えて置く。二人は齋彬の家に連絡を」
二人にそう指示を出し、真紘は再び部屋へと入った。
部屋の中では、行き場のない気持ちに困惑している様子の名莉たちが、俯いて座っている。
「少し話をしたい。いいか?」
真紘がそう話を切り出すと、根津と季凛が頷き返して来た。
「話って?」
「ああ。俺と左京たちはこれから京都に向かおうと思ってる。今後の策を考えるためにな。それで、貴様たちはどうする?」
「あたしたちは……どうしようかしらね? 正直……動ける気がしないのよ。狼もあんなんだし」
根津が視線を真紘から外し、静かに嘆いてきた。根津のその姿からは、本当にどうしていいかわ分からない、そんな戸惑いの気持ちが露わになっていた。すると、部屋の手前に座っていた季凛が、すくっと立ち上がり真紘の手を掴んだ。
「真紘君、ちょっといい?」
季凛に頷き、そのまま家の外へと出る。すると季凛が真紘の腕を放して、真紘へと抱きついてきた。
抱きついてきた季凛は、きつく真紘に抱きつきながら肩を震わせている。
「あはっ。ごめんね……こんなの、全然キャラじゃないのに……季凛。自分でもこんなにショック受けると思わなかった。意外すぎてよくわかんない……」
真紘の胸辺りが、季凛の涙で湿る。真紘はそんな季凛の肩に静かに手を置いた。
「友人の死を悲しむことは、意外なことじゃない。当然のことだ」
「……どうかな? だって季凛は元々トゥレイターにいて……小世美ちゃんとより一緒にいた人が死んでも、こうならなかった。それなのに、何で? 前に助けてもらったから? 季凛は、あたしは綺麗事なんて大っ嫌いなの。友達が死にました、だからはい、泣きますなんて絶対に起きないと思った。だって、数か月しか小世美ちゃんとはいなかったんだよ? それなのに、それなのに……」
季凛が切れ切れの嗚咽を漏らす。真紘に背中に回っている手に力が入る。
「それだけ、蜂須賀や皆の中で、黒樹小世美の存在が大きいということだ。それこそ、俺だって悲しんでないわけじゃない。ちゃんと悲しみはある」
そうだ。真紘の中にだってちゃんと悲しみはある。それこそ、静かなのに、長くとどまっているような痛みで。
「けれど俺は悲しんでいても、動くことはできる。いや、黒樹小世美も俺たちが悲しみ、止まっていることを、望んではいないだろう」
「詭弁っぽい……でも、真紘君は本気でそう思ってるんだろうね。むしろ、本当に小世美ちゃんっぽいから、なんかむかつくかも」
口ではそう言いながらも、季凛が顔を上げ、笑みを浮かべてきた。まだ目元に涙は溜まっている。けれど、もう肩は震えてはいない。
季凛が真紘から離れ、背中を向ける。
「あーあ、なんか少しだけ楽になったかも。あはっ、何か微妙に悔しい」
「そこに悔しさを憶える必要あるか?」
片眉を上げながら、真紘が苦笑を零す。
「季凛、人に弱み見られるのも嫌いだから……でも、真紘君にだったら良いかなって、思ったんだよね」
そう言って、季凛が首だけ真紘の方に向いて、静かな微笑みを浮かべてきた。
「そうか。なら良かった」
真紘が微笑んで返すと、今度は季凛が溜息を吐いてきた。
「そこで顔を赤くしてくれるとかだったら、良かったのに。あはっ。だから、真紘君、彼女できないんだよ?」
「そう言われると、何とも返事がしにくいな」
「ふーん。じゃあ、真紘君……さっきの季凛の笑った顔見てどう思った?」
「そうだな……綺麗だと思ったぞ」
真紘が少し考え、自分の思ったことを口にした。すると、季凛が少し目を見開いてから、少し照れたように、腕を伸ばした。
「あはっ。やっぱ真紘君の必殺乙女殺しの二つ名は伊達じゃないね」
「いや、俺はそんな二つ名を認めたつもりはないぞ?」
季凛の言葉にしっくり来ない真紘が、小首を傾げる。けれど季凛は自分の言葉に頷いてはくれなかった。
「でも、季凛より部屋に残ってるメンツの方が、重傷だよ? それこそ、狼君なんて生気抜けてるし」
「そうだな……だが、俺は黒樹に立ち上がって欲しいと思ってる。いや、黒樹だったら、ちゃんと立ち上がってくれると俺は信じている」
「あはっ。狼君のことすごく信頼してるけど、まさかそっち気があるとかないよね?」
「さすがに、それはないな。黒樹は大切な一友人だ」
季凛に苦笑を浮かべながら真紘は、空を仰いだ。赤から深い紺色が混ざり合ったような色をしている。そんな空を見ながら、真紘は狼が立ち上がってくれることを切に願った。




