ヒロインの役割
放たれた弓矢と斬撃がキリウスへと飛翔する。それをキリウスが忌々しい視線で見つめ、剣を構えた。
「次から次へと……邪魔をしてくれるっ!!」
キリウスが叫び、因子が破裂した。その余波が弓矢と斬撃の行く手を阻む。だが……完全に押されはしない。
「ああ、邪魔するに決まってんだろ。特に嫌いな奴の事はな!」
行く手をキリウスの因子の余波に動きを抑制されていた二つの攻撃が、歪む空間に消えていく。次に現れたのは、キリウスの背後。
キリウスが眉を潜めさせながら身を翻す。その二つの大きな爆発が起きた。二つの爆発がキリウスの姿を飲み込む。
「やった……」
「いや」
思わず呟いた狼の言葉を真紘が否定する。そして続けて口を開いた。
「黒樹、黒樹は彼女たちを連れて、この場から離れろ!」
「わかった!」
狼が頷いた瞬間、別の場所から大きな爆発と共に、炎が上がった。その爆発は目の前に広がる海面が微震するほどだ。
「この揺れって、向こうからか?」
「ああ。向こうでも攻撃が開始されたらしいな。けど、アイツを相手にするよりは良いだろう?」
イレブンスが目を細めて、爆発に飲まれたにも関わらず、汚れ一つなく、そこからこちらに向かってくるキリウスを見た。
キリウスの剣がイレブンスへと揮われる。イレブンスが咄嗟に後ろへと跳ぶ。その間に真紘がキリウスへと斬り掛かる。
だがその真紘の斬り込みすら、キリウスが受け止める。空気が揺れた。イレブンスが間隙なく、弓矢を連射する。真紘と剣戟するキリウスの肩を貫く。
ここにきて初めて、キリウスがダメージを受ける。けれど、キリウスの表情は変わらない。次の瞬間、キリウスの因子が空中に散漫し、その因子が二人をそれぞれ後ろへと吹き飛ばす。
イレブンスが後ろ立っていた家屋へと吹き飛ばされ、真紘が海の方へと吹き飛ばされる。
大神刀技 大黒天
二人を相手にしていたキリウスへと、狼が放つ。二人がキリウスを相手にしていたとき、狼もすぐに攻撃を放てる準備をしていた。
キリウスは狼の攻撃を受け止めようとせず、剣で軌道を逸らす。その軌道の方向は海へと投げ出された真紘の方だ。
「真紘!」
やられた。狼が真紘の名前を叫ぶ。
「やらせるか!」
叫んだのは、家屋へと吹き飛ばされたイレブンスだ。イレブンスが真紘の方へと飛んで行く大黒天へと弓矢を放つ。
大黒天とイレブンスの放った弓矢が接触し、一瞬大きな光が辺りを包む。轟音が遅れてやってきた。爆発の余波で、一気に防波堤が瓦解し、粉砕される。地面がめくれ上がる。波が高く上がる。熱が辺りの空気の温度さえも上昇させる。
「はぁあ!」
目の前の壮絶な爆発など目に入っていないように、真紘が刀を構え、キリウスへと斬り掛かる。再びキリウスが剣で受け止める。そこから二人が激しく、斬り合う。真紘がキリウスの足を払い蹴る。キリウスが地面に手を付いて、身体を後転させ体勢を整える。
真紘がそのキリウスに容赦なく刺突を繰り出す。
イレブンスが弦を強く引き、キリウスへと的をしぼっている。狼はそれを横目に小世美とヴァレンティーネの元へと疾駆していた。
小世美たちは、キリウスに致命傷を追わされていた8thの元にいて、治療をしていた。
「オオちゃん、8thの治療はなんとか出来たみたい」
額に汗を浮かべながら、小世美がほっとした表情を浮かべてきた。
「本当に? 良かった……」
狼も小世美の言葉に心から安堵した声を漏らす。けれどその喜びを噛み締めている余裕はなかった。
「小世美、ヴァレンティーネさん……真紘とイレブンスがあの人を引き止めてくれる間に、ここから離れよう」
小世美が狼の言葉に頷く。けれどヴァレンティーネは首を横に振った。
「いいえ。私は行けないわ。ロウとコヨミだけで逃げて」
「でも、ここは危険です」
「大丈夫よ。今のお兄様にとって、一番の目的は私を連れ戻すためだもの。もし、ここで私が貴方たちと一緒に逃げたら、イズルたちが戦っている意味が台無しになっちゃうもの」
ヴァレンティーネの言葉に狼はぐうの音も出ない。確かに彼女の言う通りだ。きっとここでヴァレンティーネが狼たちと移動したら、キリウスはイレブンスたちに構わず、彼女を追ってくる可能性も捨てきれない。
しかしだからと言って、ヴァレンティーネをここに残していいのか? そんな自問が浮かぶ。すると、小世美が口を開いた。
「オオちゃん、行こう」
「小世美……」
小世美の意外な言葉に狼は虚を突かれた。まさか、小世美がこんな形で自分を促してくるとは思わなかったからだ。
「オオちゃんが渋る気持ちもわかる。けど、今はヴァレンティーネさんの気持ちも分かるんだ。だって、あそこでまーくんたちと戦っているのは、ヴァレンティーネさんの大切なお兄さんだから。家族だから、放っておくなんてできないよ」
「……わかった。ヴァレンティーネさん、真紘たちに何かあったらすぐに連絡してください。僕も小世美を安全な場所に連れて行ったら、すぐに戻ってきますから」
「ありがとう。ロウ」
ヴァレンティーネが優しく微笑んできた。狼がヴァレンティーネに頷き返して、小世美を腕に抱え、その場を離脱する。
狼の背後では、キリウスと戦っている二人の戦い音が、絶え間なく続く。爆竹音のような小規模な物から、地面を揺らすほどの大きな爆砕音まで。
その音に切れ間がないのだから、戦いの激しさがわかる。真紘もイレブンスも強い。けれど、ナンバーズの一人である8thが、不意打ちとはいえ、いとも簡単に倒されてしまったのだ。
そんな相手との戦いがきつくないはずがない。
狼は疾駆する足を速める。とりあえず、鳩子に今の状況を報告する。
『了解。今のところ狼たちの家付近には、敵の攻撃はなし。こっちは国防軍が用意した強化兵を相手に交戦してる』
「わかった。ありがとう」
鳩子との通信を一度切り、小世美へと向き直る。
「小世美、今から家に行こう」
もうすぐすれば、家が見えてくるはずだ。そう思っていた矢先……銃撃が何の前触れもなく、狼たちを襲撃してきた。小世美を庇いながら銃弾を避ける。それでも、速射は止まらない。銃弾は地面や路地に立っている電柱に当たり、界隈に弾け飛ぶ。
狼は片手に持っていたイザナギで弾け飛んでくる銃弾を、荒く払い往なす。やがて驟雨のように撃たれていた銃撃がやんだ。銃弾が飛んできた方向には、黒い特殊スーツを来た男が立っている。
「誰だ!?」
狼がガトリングガンを手にする男に誰何した。銃口から広い煙を出すガトリングガンを手にしていた男が口を開いた。
「場所を瞬時に移動するというのは、実に奇妙な気分だ」
男が狼の言葉を無視して、そう呟く。
狼はそんな男に敵意をむき出しにする。突如この男が現れたことは、もはやどうでもいい。一つ言えることは、この男も敵だということだ。
「オオちゃん……なんか、怖いよ?」
「小世美、大丈夫だから。怖がる必要なんてないんだ」
「違う。そういう意味じゃなくて……」
か細い小世美の言葉を聞く前に、狼が小世美を物陰に降ろし、男へと疾走する。狼は男へと疾走しながら、胸には憤怒が沸き立っていた。
何故、自分たちが名前も知らない奴らから狙われなければならない? しかもその理由はどれも、これも身勝手な理由だ。
誰も彼も自分たちの勝手な理由で、小世美を狙う。狼はそれが許せない。
『狼! 何? 誰と戦ってるの?』
鳩子の言葉に狼が眉を寄せる。
「何言ってるんだよ? 目の前に特殊スーツを来た男がいるんだ?」
『嘘? こっちには……もしかして!』
何か思い当たるところがあるのか、鳩子がはっとしたような声を漏らしてきた。
『もしかすると、その男、トゥレイターの新型兵器を持ってるよ!』
「トゥレイターの新型兵器?」
『そう。真紘が言ってた奴。ヴァレンティーネさんの因子を利用した新型兵器。その兵器は因子を全てキャンセラーすることができる。だからあたしのBRVにも引っかかるはずがないわけ』
つまり、その兵器を使われている間、因子を使った攻撃は無意味ということだ。そのため、狼はイザナギに因子を込めるのは止め、そのままイザナギで男に斬り掛かる。
すると男が笑みを浮かべ、腕でイザナギの刃を受け止める。男の腕には、特殊スーツの上からプロテクターのような物が巻かれている。
そのため、硬い感触が刀身越しに狼の手に伝わってきた。しかもその瞬間、狼の身体に勢いよく電流が流れる。
「うわぁっ!」
叫び、狼は地面に転がる。けれどすぐに体勢を整える。身体にはまださきほどの電流が残っているのか、ビリビリと痺れる。呼吸も荒い。けれど狼は、そのまま男へとイザナギで刺突する。
男は狼の刺突を身軽な動きで躱してきた。
「君たちは実に羨ましい限りだ。こんなスーツを着なくても、素晴らしい力を使うことができる。私もそういうふうに生まれたかったものだ」
「そんなの、僕が知るかっ!」
狼の刺突が男の右腕を突き刺す。
男の顔が痛みで歪む。しかしすぐに痛みを、歯を食いしばり、すかさず狼の腹を横蹴りしてきた。
腹に衝撃が来る。けれど身体に因子を流している。そのため痛みなどはあまりない。そのため、狼はすぐにイザナギを切り返し、男の背中へとイザナギを揮う。
背中にイザナギが斬り込む。男が絶叫した。男の絶叫を聞いた狼の手の力が微かに緩む。すると男が目を見開いて、狼へと振り返る。
男が振り向いた瞬間……勢いよく男が両手を狼の胸に押し当て、特殊スーツに装備されていた小型空気法で、狼を後ろへと吹き飛ばす。
男が狼とは逆方向に走って行く。
小世美を狙う気だ。
そう思った反射的にイザナギに因子を流す。
『駄目。狼! 攻撃を放っちゃっ!』
鳩子の声が耳に響く。けれど狼はその制止を聞けなかった。小世美を殺そうと動く敵を倒す事に夢中で、鳩子の言葉が耳に入ってなかったのだ。
狼が斬撃を放つ。
狼に斬撃を放たれた男がほくそ笑む。そして男は狼の攻撃を避けようとはしなかった。
斬撃が男を屠る。
男が斬撃によって切り裂かれた瞬間。何かのアラーム音が甲高く鳴き始め……辺りが大爆発に包み込まれる。
「小世美ー!」
少女の名前を叫び、狼が爆煙や炎を嗅ぎ分けて、小世美へと駆け寄った。狼の視界には真っ黒な煙と赤々しい炎しか見えない。炎が体中を撫で、痛みが狼を襲う。
けれど狼はまったく気にならなかった。
ただ、小世美だけを探していた。
そして、狼の視界に瓦礫の下に埋もれる白い手を見つけた。
一気に狼の血の気が引く。凍り付く。瓦礫をすぐに退かし、白い手を、小世美を助け出す。燃え盛る炎の中から抜け出す。
けれど、狼の腕の中にいる小世美はぐったりとしていて、動かない。
「小世美、小世美!」
狼が少女の名前を呼ぶ。けれど少女の胸辺りからは、血が溢れ出て止まる気配がない。
「あ、ああ……」
身を引き裂くような絶望が胸に這い上がってくる。
するとその時、小世美の手がピクリと動く。
「オオ……ちゃん……」
「小世美! 良かった! 今すぐ因子で」
狼の言葉に小世美が首を振る。その瞬間、小世美の口から血が流れる。
「駄目……だよ。オオ、ちゃん。そんな怖い……顔してたら……」
「ごめん、小世美! わかったから、今はっ!」
だが小世美は、しゃべるのを止めなかった。
「あの、ね。オオちゃん……私………ずっと、ずっと言えなくて……オオちゃんのこと、好きだって…………私の夢は、オオちゃんの、お嫁さんになることで…………だから、生まれ変わって、その時に……叶えてね……約束、だよ」
切れ切れに小世美が言葉を紡ぐ。そして優しく狼に微笑んできた。
「僕が小世美の夢、叶えるから。だから……小世美、そんな最後みたいな言い方するなよ」
狼が小世美にそう言った瞬間、小世美の手から、顔から力が抜ける。
そしてそのまま、小世美がぴくりとも動かなくなった。
「あ、あ、ああああああああああああああああああああ!」
狼が幾ら大きな声で叫ぼうとも、小世美が目覚めることはなかった。
その様子を、少し離れた場所の屋根で見ている男がいた。その手には、血のついた刀が持たれている。
「すまないね。私もこの手段は取りたくなかったよ。黒樹君」
申し訳なさそうに、豊が呟く。そして呟いてから……空気に漂う焦げた臭いと、因子の熱を感じ取って行った。
もうすぐでこれよりも、もっと凄い戦いが起きるだろう。世界を変えるとは、そういうことだ。世界を変えるために、一人の死を利用させてもらう。
彼女の死が火種となり、そして世界が動く。
「まさに、ヒロインだ」
豊は再び、地面に膝をつき小世美を抱きしめる狼を見て……豊はその場を後にした。




