妨害
話し合いが終わってから、狼たちは一時間ほど休憩することができた。その頃には、誠の怒りも治まり、左京の傷も回復していた。
「さてさて、メインのおとり役には活躍してもらわないとな」
高雄の前には、「あーあ」とかったるそうな声を上げるフォースと、不機嫌な顔を浮かべるシックススがいる。
セブンスはイレブンスたちから、仲間の訃報をきかされ、「地球上の美女を減らすなんて、許せねぇー」と言いながら、憤っている。
「黒樹和巳……いや、今はナンバーズのフォースと呼ぶべきか?」
「へいへい。私に何か御用でしょうか?」
いつまでも不遜な態度のフォースに、真紘が露骨な嫌悪感を顔に浮かべる。それから、すぐに顔を厳しく引き締めてきた。
その視線には、刃のような鋭さがある。
「先に言っておく。貴様の命は俺がもらう」
「これ何宣言? さすがのおじさんでも武器を持ってない場面で、真正面からこんな宣言されるの初体験なんですけど?」
「いいな? 覚えておけ」
フォースの言葉を真紘は無視して、そう言い切るとすぐにフォースの横を通り抜けて、海岸の方へと去って行く。
8thが持っていた潜水艦に乗員できるのは、最高で四人だ。そのため最初に潜水艦に乗り込むのは、小世美、狼、ヴァレンティーネ、8thの四人だ。
それ以外は、もう攻撃準備を始めている軍の足止めを行う手はずになっている。
「ウルフボーイ、準備は整ったか?」
「はい。僕たちの方は大丈夫です」
「よし、なら行くぞ。ああ、本当に溜息を吐きたくなるぜ。俺は物をBIGにするのは好きだが、SMALLにするのは、俺の主義に反するっていうのに」
主義に反することをするためか、8thのテンションはだだ下がりしている。そんな8thを見ると、本当にこの人に頼んで大丈夫なのか? と心配になる。しかしそんな心配をしても狼たちがここを脱出するためには、8thに頼る他ない。
「そんなに落ち込まないで下さい。ほら、もし鹿児島についたら、否が応でも僕たちを大きくしてもらいますから」
できるだけ、8thの気分を上げるような単語を選ぶが、それでも8thの気持ちは上がらない。
本格的に狼が不安になってきたときに、気分の落ちたままの8thが狼の足を促してきた。
狼は隣に居る小世美とヴァレンティーネに目配せし、黙ったまま8thの後について行く。
8thに引き連れられた狼たちがやってきたのは、反対側の海岸に比べると警備が薄い海岸だ。薄いと言っても、小型船などを出せばすぐに包囲されてしまう数だ。
そんな軍の戦艦を見ながら、狼たちは海の岸壁に身体を沿わせ、砂浜へと出る。もう足の先は海水が押し寄せている。
「大体、この辺だったか。さて小さくする前に説明しておくから、ちゃんと聞いておけよ? この下に俺が小さくしておいた潜水艦がある。おまえらを小さくしたら、俺が先に行って潜水艦を浮上させるから、それまでに海水に飲まれないようにしてくれよ?」
「わかりました」
狼と共に小世美たちが頷く。
すると8thが狼の肩に手を置こうとした瞬間。真正面の海の方から巨大な爆発音がとどろいた。
爆風が狼たちへと襲う。
軍からの攻撃? 一瞬、そう思ったが、そうではなかった。狼たちの眼前にいた二隻の戦艦が海の上で、大炎上しながら燃えている。
「なにが起こったんだ?」
狼たちが目の前で起きた予期せぬ事態に絶句する。けれど言葉を失う狼たちの中でヴァレンティーネだけは、違っていた。
炎上している船を見て、ヴァレンティーネが彼女らしくない険しい表情を浮かべている。
「ヴァレンティーネさん……?」
顔を険しくしているヴァレンティーネを、小世美が不安げな表情で見る。するとヴァレンティーネが小世美や狼たちへと向き直り、口を開いた。
「大変です。すぐに向こうの人たちに連絡してください。お兄様が来ました」
「おいおい、それって凄くBIGすぎないか? Jのボスの兄ってことは、Eのボス……キリウス・フラウエンフェルトが来たってことですか?」
8thの言葉には、明らかな動揺が走っていた。そしてその8thの言葉に、ヴァレンティーネが頷く。
「はい。間違いありません。なので早くこの事を皆さんに伝え……」
ヴァレンティーネの言葉が切れる。
彼女の前に立っていた8thの腹を海から飛んできた光弾が貫いたからだ。飛んできた光弾が腹に貫通した8thが、言葉もなくその場で倒れる。
「8thさん!」
倒れた8thを見た小世美が叫ぶ。けれどその小世美に声を掛ける余裕もなく、狼は砂浜を強く蹴った。
燃え盛る戦艦の甲板からこちらへと跳躍してくる、ヴァレンティーネと同じプラチナ髪を揺らす青年、キリウス・フラウエンフェルトの姿が見えたからだ。
狼は手にイザナギを復元する。キリウスとの距離はまだある。だがその距離は一瞬の内に埋められ、目の前に紅い瞳に、怒りを込めたキリウスがいた。
狼が目の前にキリウスを認識した瞬間、狼は吹き飛ばされ、岸壁に背中を埋もれさせていた。
口から血が溢れ、身体全身が痛みで叫ぶ。一瞬のことで自分が何をされたのかわからない。
頭が混乱する。
けれどその混乱する脳を振り払い、すぐに狼は岸壁からキリウスへと跳躍する。キリウスはもうすでに小世美とヴァレンティーネの前に立っていた。
ヴァレンティーネが小世美を庇うように、前に立ち両手を広げている。
そんなヴァレンティーネの前に、狼が着地しイザナギを構えた。
「ロウ!」
「……ヴァレンティーネさん、小世美を連れて逃げて下さい。僕が時間稼ぎしますから」
微かに後ろを振り返り、心配そうに自分を見るヴァレンティーネにそう言う。すると、狼の前で心底不快そうに表情を歪めるキリウスが、口を開いた。
「無駄だ。貴様のような屑に時間稼ぎなどできるはずがない。……ティーネ、安心しろ。すぐにこの不快な者たちを全て片付けてやる」
「お兄様! お願いです。この人たちを殺さないでください」
「それは駄目だ。今この者たちを放っておくことはできない。nil計画の中に、そこの少女を抹殺することは、確定事項だ。そこに変更はない」
「駄目です! 私はそれを許しません! この子のたちの命はお兄様たちが勝手に奪って良い物ではないんです。いいえ、お兄様やお父様に人の命を奪う権利はないんです。だから、私はそんなお兄様たちを否定します。拒絶します。反逆します!」
ヴァレンティーネの義絶の言葉に、キリウスが空笑いを浮かべる。
「ティーネ……やはり、おまえを家から出したのは間違いだった。ティーネ、他者の命のために慷嘆することはない。他者は利己的で傲慢で平気で裏切る。偽善の言葉で酔狂し、中身のない正義を唱え始める……そんな者たちの命に何の価値がある?」
「ふざけるなっ!」
キリウスの言葉に狼が噴怒する。そしてイザナギから天下一閃を放つ。だがキリウスは表情を変えず、片手で持っていた剣で斬撃をいともたやすく、往なしてきた。
そしてまたも一瞬にして、狼へとキリウスが放った刺突の斬撃が襲ってきた。キリウスの速度に対応できない。刺突が狼の鳩尾付近の腹に突き刺さり、後ろへと倒れ込む。傷口が熱で焼かれ、強烈な痛みを伴ってくる。
「ぐぅ」
痛みで短い呻き声が漏れる。早く立ち上がらないと。そう思うのに……身体が震えて、身体に力が入らない。
「案ずるな。痛みはすぐに消える。死ね」
冷酷なキリウスの言葉が耳に突き刺さる。
キリウスが狼に止めをさそうと、動く。
「やめてください!」
ヴァレンティーネが叫び、キリウスから狼を庇い守るように抱きしめ、キリウスを睨む。そのとき、狼の手を強く小世美が握り、意識が朦朧とする狼に話しかけてきた。
「オオちゃん、もう少しだけ頑張って。身体に因子を流すの」
真剣な表情で小世美がそう言う。狼は小世美に言われるがまま、身体に因子を流す。一気に身体全身に因子が流れる。感覚としては、通常の三、四倍の速さで因子が身体中を駆け回っているようだ。
そして因子の持つ力が増幅される。増幅された因子が負傷した傷口を修復していく。
見る見る内に傷口が塞がっていく狼を見て、キリウスが目を細めさせる。
大神刀技 辻斬り
空気を切り裂く、無数の斬撃が一気にキリウスへと斬りかかる。キリウスが一度、後ろへと跳躍して、その攻撃をかわす。
狼はそっとヴァレンティーネと小世美にお礼を言ってから、すぐに立ち上がる。そしてイザナギを天之尾羽張で強化し、一気にキリウスへと肉薄する。
右下段に構え、キリウスに斬り掛かる。キリウスが剣で受け止め弾く。狼は連続で斬り掛かる。狼から因子の熱が溢れ出る。キリウスの頭を狙って足蹴りする。
キリウスが右腕で蹴りを受け止めると、左手で狼の足を掴み……海面へと勢いよく放り投げた。
放り投げられた狼は空中で身を回転させながら、体勢を整える。だが落下は止まらない。空中では、足の踏み場がない。
狼はそっと後ろを見た。狼の背後では軍の戦艦から黒々とした煙が上がり、船体が海の中へと沈んでいく。
駄目だ。あの状態だと到底足場にできそうにない。どうする? 狼は焦る気持ちを抑えて考える。何か方法があるはずだ。背後で炎の熱を感じる。
どうにかして、上へ行かないと。
そう考えている狼へと、キリウスが再び接近してきた。
自分へと肉薄するキリウスを見て、狼はなりふり構わず、千光白夜を放つ。放った瞬間、狼ははっとした。
そうだ。これだ。
キリウスへと放った千光白夜は、容易くキリウスに躱されてしまっている。だが今はそんなことより、この状況を打開できればいい。
狼はすぐさま、イザナギを逆手に持ち……さっきよりも因子の量を増やした、千光白夜を海面へと放った。
その瞬間、一気に因子を砲撃として放つ千光白夜の反動によって、狼が宙へと押し戻される。
一瞬でキリウスの位置と逆転した狼は、深追いはせず、海岸の砂浜へと着地する。
砂浜に着地した狼の横を凄まじい熱を持った弓矢と、気を抜いていると身体が吹き飛ばされてしまいそうな、爆風を纏う斬撃が横を通り過ぎていく。
間違いない。
「出流! 真紘!」
砂浜より高くなった道路には、和弓と刀を構える二人の姿があった。




