脱出計画
「きっかけになんて、なるかしら? だってもう軍は明蘭を攻撃してるんでしょう? だったら、それこそもう、きっかけならあるじゃない?」
根津が真紘に小首を傾げさせる。
狼も真紘の言葉を聞きながら、まったく同じことを思っていた。明蘭が軍の奇襲にあったことは、夜に聞いたばかりだ。
そしてその軍を豊が壊滅させたがっていることも。だったらもう、理由ならある。現実的に明蘭は軍の攻撃をあっているのだから。それを考えると、狼たちの身に何かが起きようと、起きまいと、関係ないような気がする。
根津はそう言いたいのだろう。
だがそんな狼と根津に真紘が「いや……」と切り出してから、口を開いた。
「棗からの情報なんだが、軍が国に上げた被害報告書のなかに、宇摩及び大城たちとの交戦は触れられていなかった。つまり、明蘭への奇襲はなかったものになっている」
「なっ、そんなことできるのか?」
狼は真紘の言葉に唖然とした。
「ああ、できるぞ。軍には表立った出撃理由があったからな」
「なるほど。俺たちをいいように使ったってわけか」
真紘の言葉にピンと来たように、イレブンスが呆れたように溜息を吐いた。
「そうだ。軍の目的は明蘭に潜伏しているテロリストの殲滅。つまり、貴様たちを攻撃するための攻撃として、国への報告書に上げている。さすがに学園という立場の明蘭を攻撃するなど、口が裂けても言えないからな」
「世論からのバッシングを回避するのと、アストライヤーを管轄している公家に対する配慮か。ったく、見え見えの魂胆だな」
「ああ、そうだ。それと一つ厄介な問題がある。トゥレイター内部に宇摩と内通している者がいる可能性が出てきた」
真紘がそう切り出すと、一気にナンバーズたちの顔が険しくなる。
「その話なら、私も耳にしたことがある、別に詳しく調べたわけじゃないから何とも言えないけど……E―8が日本のアストライヤーと繋がっているっていう噂はあったわね。彼の本名はホレス・ギーレン。能力は幻術だけど、この前のドイツの事件で瞬間移動能力もあることが判明しているわ」
表情を曇らせた7thの言葉に、イレブンスがはっとした表情を浮かべてきた。
「間違いないな。俺が明蘭で宇摩豊と戦ったとき、アイツは瞬間移動をしてた。そして俺に言ったんだ、自分の同志の能力だって。そして俺の同志ともいえるって言ってきたしな」
「それを考えると、まだ彼の他にもいそうね……トゥレイター内でUmaと通じてるのが。そしてそこから、私たちの行動が筒抜けにされてると」
「人の裏切りまでは、情報操作士でも見抜けないからね。困ったよ。私の能力だったら心の言葉を聞けるけど、心を聞くほど彼に興味ないからね。残念だけど」
操生がそう言って、息を吐いた。
するとその時、春香が手を叩いた。
「まぁ、今はとりあえずトゥレイターにいる豊君関係者のことは、ほっときましょう。もう過ぎたこと言っても、仕方ないし。それだったら、今後のことを話しあわないと」
春香が話を元の本題に戻すと、そのとき静かに名莉が手を上げた。
「はい、名莉ちゃん!」
教師が生徒を指名するように、名莉を指す春香。すると指名された名莉が口を開いた。
「きっと、国防軍は小世美を手に掛けるまで島から出て行かないと思う。それだったら、私たちがこの島から出ればいい」
「ふむ。確かに」
名莉の言葉に春香が首を頷かせる。
「そうすれば、小世美のいない島に軍が留まる理由もないから、この島からは出て行くし、私たちも別の対処を考えられると思う」
まさに名莉の意見は、良案だった。
狼たちは、ずっと軍を撤退することばかりを考えていたが、何もそれに固執する必要はない。
そしてそんな良案を出した、名莉に春香が迷惑なことに抱きつき、頬ずりをしている。
「母さん、メイに迷惑だろ!」
狼が名莉に抱きつく春香を窘める。だがそんな狼に名莉が微かに首を横に振ってきた。
「迷惑じゃない。こういうことされた事ないから……嬉しい」
名莉がそう言って、微かに照れたように顔を赤らめさせる。そしてその顔は凄く嬉しそうだ。
「やだ~。名莉ちゃん、良い子~」
母さんが調子に乗った。
名莉が嬉しがっているのだから、これ以上止めようとは思わないが……少しは場の空気を読んで欲しいとは思う。
「じゃあ、名莉ちゃんの意見でオッケー?」
やっと名莉を解放した春香が、狼たちを見回して訊ねてきた。それにこの場にいた全員が頷く。
「でも、どうやって逃げ出す? この島はもう囲まれてるんだろ?」
「この島の外周に広範囲の赤外線レーダーを張り巡らせて、監視されてるしね」
狼の言葉に続いて、鳩子が端末に軍の赤外線レーダーの範囲が記載されている映像を映し出してきた。
その情報を見ながら、真紘や根津が唸る。
「結構、周到に張り巡らせてる感じね」
「そうだな。大酉……軍のレーダーに僅かな隙間もないか?」
「イエス」
「あはっ。まさに追い詰めた獲物は逃がさない的な?」
季凛の言葉に狼やデンメンバーが絶句する。春香すら少し頭を片手で押さえている。
「和臣君たちが明蘭にコヨちゃんの命を狙いに行くっていう情報は、掴んでたから……こっちに来させたんだけど……予想に反して和臣君たちがすぐにここにやって来ちゃったし、軍の奴等もその和臣君たちに吸い寄せられるように、ここに来ちゃったのよね。ああ、私の完全なる判断ミスだったわ」
「そう気を落とすのは、まだ早いぞ?」
顔に後悔の色を浮かべた春香に、イレブンスがほくそ笑む。いや、イレブンスだけではなく、操生も鼻歌混じりに笑みを浮かべ、他のナンバーズも涼しい顔をしていた。
「出流、なにか良い案でもあるのか?」
狼がイレブンスにそう訊ねると、イレブンスがリーザの隣で唸る8thを指で差してきた。
すると、春香が納得したように「ああ!」と言って、両手を合わせる。
「そうね。そうよね。彼の能力があれば……難なく逃げられるわ」
「どういうこと?」
狼が春香に小首を傾げる。
「あいつの能力は、自分の手で触れた物を大小させる能力だ。つまり……あいつの能力で小さくなれば、こいつが持ち歩いてる本物の戦闘機やら潜水艦に乗り込んで、逃げられる。軍のレーダーが隙間なく、張り巡らされてると言っても……さすがに手の平サイズになった乗り物をキャッチすることはできないだろ」
イレブンスが狼にそう説明した瞬間、8thが盛大な溜息を吐く。
「……なんか、脱出の要である人が乗り気じゃないんだけど?」
狼が不安な視線を8thに向ける。すると少しやさぐれた8thと目が合う。
なんか、目を合わせちゃいけない人と、目が合った気がする。
8thと目が合ったことを後悔する狼。そんな狼に8thが口を開いてきた。
「ウルフボーイ……」
「えっ、ウルフボーイって僕のこと?」
思わず自分のことを指差して、狼が周りにいたデンメンバーやイレブンスたちに訊き返す。すると肩を揺らしながら笑う、イレブンスとデンメンバーが頷き返してきた。
「人の呼び名で笑うなよ!!」
何が悲しくて、自分はこんな変な呼び方をされないといけないのか? そう憤る狼の視界に頭を下に向け、肩を揺らして笑う春香の姿が見えた。
「こんな名前を付けた張本人が笑うな!」
息子の呼び名をネタに笑う母親に、我慢できず怒鳴る。もう一層、役所に行って名前の変更が可能か訊きに行きたいくらいだ。
そして出来るなら、こんなネタにされる名前を改名したい。
「私に怒っても駄目よ……だって……その名前つけたの、テレビで狼の生態っていうドキュメンタリーを見てた、高雄が付けたんだから」
「え……それって、つまり……かなり適当に名前を付けられたってことかよ! ああ、だから小学生のとき、父さんに名前のこと訊いたらはぐらかされたんだ」
してやられた感が否めない狼は、両手で頭を抱えた。
だがそんな狼の左肩を鳩子が、右肩をイレブンスが叩いてきた。
「でも、狼は狼って感じだから気にすることないって。ほら、あたしも名前に鳩がついてるし」
「そうそう。名前に狼なんて強そうじゃん。なかなか付けてもらえないぞ? そんな名前」
「鳩子、出流……完全に他人事で言ってるだろ?」
狼が恨めしげに目を細め、イレブンスと鳩子を見る。
「なんだよ? もっと最悪な名前はあるだろ? どうするんだよ? 平和でピースとか、騎士でナイトとか、王でキングとかだったら? それを考えればマシだろ?」
「例えのレベルが違うだろ! むしろ僕はそんな名前を付けられたら一生偽名でやり通す!」
狼がそう叫んだ瞬間、部屋の扉が開いた。そこには首を回しながら欠伸をする高雄が立っていた。
「狼、さっきから何ぎゃんぎゃん騒いでるんだ? 犬じゃあるまいし」
高雄の言葉にプツンと頭の糸が切れた狼は、勢いよく高雄の腹に蹴りを入れた。
「あらあら、高雄……起きたばかりでまた寝ちゃったわね」
廊下で目を回す高雄を見て、春香が手で合掌を作っている。
するとそこに、慌てた様子の誠がやってきた。
「真紘様! 大変です。島のどこにも左京の姿がありません!」
「誠? いや、左京ならここにいるが……」
慌てる誠の気迫に驚きながら、真紘がそう言うと……今度は誠が目を丸くさせる。そしてそれから誠がゆっくりと、狼やイレブンスの方へと振り向く。
しまった。
目を座らせて怒る誠の顔を見て、狼はさっきまでの怒りが一気に冷却される。話し合いに意識が持ってかれ、すっかり左京を探しに行った誠の事を忘れてしまっていた。
「誠さん、すみません。うっかりしてました」
恐る恐る狼が誠に謝罪する。すると誠の怒りが少し和らいだ。良かった。そう狼が胸を撫で下ろすのも、束の間。すぐに誠の怒りが再燃した。しかしその怒りの矛先は狼にではない。矛先は狼の横で、声を押し殺して笑っているイレブンスに向けられていた。
「出流……何がそんなにおかしい?」
未だに目が座ったままの誠がイレブンスに訊ねる。するとそんな誠に臆する様子のないイレブンスが、笑いながら答える。
「いや、仲間の狼にも忘れられる存在感……」
すると今度は誠の堪忍袋の緒が切れる音がした。
「出流、もう他に言うことはないな?」
誠がそう言って、手元に刀型のBRVを取り出し、この場の話し合いは、半強制的に終わりなった。




