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アストライヤー〜これは、僕らの世界と正義の物語〜  作者: 星野アキト
第12章〜Queen of the night aria〜
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二人の夢

 左京の身体が勢いよく後方に吹き飛ばされる。傷口は深い。背中から地面に倒れた左京は、短い呻き声をあげながら、ゆっくりと立ち上がる。

 身体を起こしただけでも、傷口が刺激されかなりの激痛が左京を襲う。

「今、どんな気分だ? 左京」

 ゆっくりとした足取りで右京が上半身を起こす左京へと近づいて来る。

「そんなもの、最悪に決まっているだろう? 分かりきっていることを聞くな」

「そうか。だがまだ会話できくらいの気力は残っているらしいな」

 左京はそんな右京の言葉を聞きながら、立ち上がる。身体がよろめいて情けない立ち上がり方だ。けれど左京は表情を引き締め、右京へと刀を向けるように構えた。

 分かり切っていたことだが、右京は自分を倒しに来たのではない。自分を殺しにきたのだ。ならば、そんな相手のことをあれこれ考えているより、自分もまずは敵を倒すという意識で臨むべきだ。

「右京、私は少々……貴様に負い目を感じすぎていたようだ。その甘さは捨てなければならないな」

「今さらだろう」

 右京の言葉に左京が目を細める。

 そして次の瞬間、左京が強く地面を蹴り右京へと斬りかかった。右京が左京の剣戟を受け止める。それを皮切りに左京と右京の剣戟が開始される。

 勢いは左京も右京も変わらない。切り返しのタイミングでさえ同じだ。これは同じ流派で習っていたからというわけでもないだろう。別に右京の気持ちが読めるわけでもない。

 ただ身体に染み付いている呼吸のタイミングが同じだけだ。

 右京の刃が左京の左腕を切りつけ、左京の刃が右京の右側の横腹をきりつける。お互い、技は放たない。左京もさっきの攻撃を受けて理解したからだ。

 右京は自分の攻撃をカウンターしたわけでも、攻撃を打ち破ったのではない。左京が右京の因子を中和させたように、右京もまた同じことをしただけだ。左京が放った奈落に含まれる因子を自分の因子と中和させ、自分の因子にする。そして油断していた自分の隙をついて、攻撃を放ってきたのだろう。

 そしてその手は二度目が通用しないということを、右京は理解している。

 左京と右京は言葉を交すこともないまま、刀を揮い合う。右京の鋭い刃が左京の首筋を掠める。だが掠めた程度だ。気にする必要はない。

「はっ!」

 左京が声を張り、上段から勢いよく刀を振り下ろす。右京が受け止める。その瞬間に右京が刀を左手だけで持ち、空いた右手で左京の鳩尾を勢いよく殴ってきた。

 空気が止まる。思考も一瞬だけ止まる。けれど左京は右京から視線を逸らさず、すぐに後ろへ跳躍し、背後にあった家の塀の上に着地する。

 肩を揺らしながら呼吸する。右京は塀に着地した左京を見てはいるが、追撃を仕掛けてくる気配はない。だが、左京が動けばすぐに動く準備はしている。そういう気配が右京にはあった。

 自分が攻撃を放っても無駄なことはわかっている。

 けれど、それで右京の注意を払うことはできるはずだ。

 示現流刀技 女郎蜘蛛

 左京の放った斬撃が空中で細かい糸のように分散し、細い糸のようになった左京の斬撃が右京へと絡みつく。

 そして絡みついた糸が、右京の身体を切り刻む。右京の顔が苦悶の表情に歪む。左京はそんな右京へと一気に肉薄した。

 左京が右京へとあと一歩というところに近づいた瞬間、女郎蜘蛛の斬撃が力を失い、細かく切れ、撒きついていた右京の身体から(ほど)ける。

 中和された。

 けれど、別に構わない。少しずつでも確実に相手にダメージを与えられているのなら。斬撃の糸が解かれた瞬間、実刀で左京が右京に追撃を加える。

 右京の腸あたりを突き刺す。そんな左京の首を右京が片手で掴みかかってきた。指が首の肉に食い込むほどの握力で首を掴まれ、息ができない。

 左京に突き刺された痛みもあって、かなり手に力が入っている。左京は右京の腹に突き刺していた刃を素早く抜き、その刃で自分の首を絞めている右京の腕を切りつけた。

 左京が右京の腕を切りつけると、右京の手が左京の首を放した。その瞬間に左京は息を整えるよりも先に右京から距離を取った。

 自分から距離を取った左京を恨めしげに睨みつけている。

「悪あがきなどせず、すぐにあの脳なしの父親の元に行けばいいものを……」

「悪いな。それは無理な話だ。私は蔵前の当主として、真紘様に仕える懐刀として、やるべきことがまだたくさん残っているからな」

「くだらないな」

「その言葉そっくりそのまま、貴様に返してやろう。確かに父が右京にしていたことも許し難い事実だ。だがそれを父が死んだ今なおひきずり、なんの罪もない少女を殺そうとしている貴様にぴったりな言葉だと思わないか?」

 息を切らしながら精一杯の皮肉を右京に言い放つ。

「馬鹿をいうな。俺はもう父親という奴に恨みなど引きずってなどいない。奴を倒したときにもう終わったからな」

「では何故、未だに恨みをもっているかのように話す? 貴様は前に生きるためにトゥレイターにいると言った。だが父がなき今、貴様の命を脅かすものはいない。ならば、トゥレイターにいる必要もないだろう?」

 左京が目を細めて訊ねる。すると右京が憎々しげに表情を歪めて答えてきた。

「おまえに指図される筋合いはない。それに蔵前という家ももう無くなる。俺がおまえを殺すからな」

 言葉が終わる前に、右京が左京へと疾駆してきた。刀を構え、勢いよく左京へと斬りかかってきた。左京が右京の剣戟を受け止める。刃の重みが伝わってきた。

 そして右京の表情には激しい怒りが宿っていた。そんな右京の表情を見て、逆に左京は先ほどよりも冷静になることができた。

 冷静な視線で怒り狂う右京を見て、左京は目をはっとさせた。

 右京が蔵前の家からされていた仕打ちを知って、愕然とした。そしてそんな仕打ちをされている右京を助けられなかったことを悔やんだ。

 それにも関わらず、左京は右京に対して武器を取った。右京のしたことが許せず、敵対意志を見せた。それは蔵前の当主として、当然の行動だ。けれど双子の姉という立場で考えたら? 右京の置かれた立場をじっくり考えたら?

 なぜ私は今まで、右京の気持ちを蔑ろにしていたんだ?

 右京のことを大切に思っていたのに。それなのに、まったく右京の気持ちを(かえり)みることなどしなかった。これでは右京が、自分を殺したいほど憎んでも仕様がない。

 もし、自分が右京の立場にたち、一番気づいて欲しい人に気づいてもらえなかったら、こんなに苦しく、悲しく、辛いことはない。

「右京……すまなかった」

 左京が刀を下ろし、そう言葉を口にした。

 その瞬間、右京の下段から突き上げるように払われた刃が左京の身体に深く切り込まれる。右京に勢いよく斬り込まれた左京が後ろへと倒れる。

 右京が目を瞬かせる。思ってもいなかった左京の言葉に、態度に、右京が心底驚いてる。

そして、背中から地面に倒れた左京に右京が、驚愕の色を浮かべた顔で覗きこんできた。

 その手には、まだ刀が握られている。

「なにを、言っている? 今さら俺がおまえからの詫びの言葉など欲していない」

「……ああ、そんなこと分かっている。だが……仕方ない。勝手に口から出たんだ」

 口を開いた瞬間、肺から喉を通って勢いよく血が口から溢れ出てきた。

「だが、これだけは分かってほしい。私だって貴様に腹が立ったんだ。ずっと心配していた双子の片われが、さも当然かのように、敵として現れたことに……本当に私たちはお互い様だな。お互いが辛い時になにもしなかったのだから」

 左京が自分とそして右京に対して自虐的な笑みを浮かべる。左京の言葉を聞いたあとも右京は固く口を閉ざしている。

 正直、今の右京が黙りながらなにを考えているかわからない。でも左京はこういう時だからこそ言いたいことを言ってしまおうと思った。

「右京、一つ確認したい」

「…………なんだ?」

 怪訝そうな表情で右京が訊ね返してきた。

「小さい頃、私と貴様で話していた夢の話だ。ほら、言っていただろう? 一緒に剣術の道場を開きたいと。その夢のことは憶えているか?」

 だんだんと身体の力が抜けていく。瞼もうっすらと閉じそうだ。それでも左京は口を動かした。右京に自分の言いたい事を言うために。

「ああ、憶えている。だがあれは子供の他愛もない話だ。そんなことを何故、今確認する?」

「私にとっては、子供の他愛もない話ではない。あれは私の大切な将来の夢だ。その気持ちはまったく変わらない。だから、右京……もうお互い下手な意地の張り合いはよそう。仲直りだ。右京、貴様の居場所ならちゃんとある……」

 そう言い終えながら、左京の意識はゆっくりと遠のいた。




 狼はシックスス追って港へと向かっていた。その途中で空気を揺らすほどの攻撃の轟きが聞こえた。聞こえた方向は、シックススが飛んで行く方向とは少しずれている場所からだ。

 父さんたちが戦っている音か?

 高雄と戦っているのはフォースだ。フォースとは前に一度戦ったことがある。戦ったといってもまだ因子が制御できず、イザナギに意識を乗っ取られた時にだけだ。

 だから実際のフォースの実力をわかっているわけではないが、単純に強いということは分かる。

 きっと今の狼では太刀打ちできないほどの強さだ。

 そんなフォースに対して、狼は高雄の強さがどれほどのものなのか、まったく知らない。初代のアストライヤーということは知っているが、その初代がどのくらいなのかもわからない。

 だからこそ、不安になる。

 高雄の元へと行こうとも思う。けれどそれをしたら、高雄は物凄く怒るだろう。それこそ拳骨どころでは済まないくらいに。

 それが狼には目に見えてわかるからこそ、狼は高雄の方へと向かう事ができなかった。自分が今やるべきことは少しでも敵を倒すことだ。そしてそれは今、上空を飛んでいるシックススを倒すことだ。

 狼がそんなことを考えていると前方にシックススを睨み、刀を構えている誠の姿を発見した。

「誠さん!」

 誠の元に走り寄って、狼が声を掛ける。すると誠が狼に気づいた様子で軽く微笑んできた。

「港の方に居たんですよね? 軍艦の動きはどんな様子でしたか?」

「国防軍の軍艦は、もうこの島の近くには来ていますが……なにか様子を窺っている様子です。なので、まだ当分、上陸される心配はないでしょう」

「わかりました。なら今のところの問題は……」

「あの上空にいる竜ですね」

 狼に続いて誠が上空にいる竜を仰ぎ見ながら、そう頷いてきた。


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