ミラーハウスの真髄
イレブンスたちが足を踏み入れた保管庫内には、リーザの楽しそうな歓喜の声が上がっていた。リーザと一緒に居るイレブンスたちは、げんなりとした表情を浮かべていた。
「まさか、理事長にこんなお茶目な日曜大工趣味があると思わなかったよ」
「いや、絶対アイツが造ったわけじゃないだろ……」
操生の言葉にイレブンスが答えながら、前でリーザに腕を掴まれ、一番被害にあっているオースティンを見た。これまでイレブンスたちがハマった仕掛けは、動く壁や抜ける床は勿論体験したのだが、その他にも、不意にドアノブを触った瞬間に、身体が痺れるほどの電撃が走ったり、部屋を移動した瞬間に、上から明らかに悪臭が漂う泥水が頭上から降ってきたりするのだ。
普通の銃弾が飛び交う場面より、命の危険はないのだが……ある意味精神的なダメージを確実に与えてくる仕掛けではある。
しかもオースティンの腕を掴んでいるリーザは楽しそうに、その仕掛けに突っ込んで行く。しかしその罠に突っ込んで行く張本人は強運なのか、その罠にはハマらず近くにいるオースティンに全て降り掛かっている。
ここに来る前は、オースティンに天誅が下れば良いと思っていたが、ここまで罠にかかって、溜息混じりに「ここに8thがいれば……」と呟いているのを聞けば、さすがに不憫に思えてくる。
だがもしそれで下手に手を出して、自分も同じ目にあうのは御免だ。
「オースティン……もう自棄になってるね」
「仕方ない。さすがにあの悪臭水を全身に浴びるように被れば、自棄になりたくもなるだろ」
「そうだね。結果的に私たちは助けられてるわけだけど……これが無事に済んだら、ご飯でも奢るかい?」
「ああ……あいつにその気力が残ってればな」
そんな事を話しながらイレブンスは、前にも一度入ったことのあるミラーハウスのようになった部屋に入った。その部屋に入った瞬間、リーザが「わぁーお」という声を上げて、楽しそうにミラーハウスの道を歩いている。
その姿を見ながら、イレブンスは前にヴァレンティーネとここに来た時の事を思い出していた。あの時、イレブンスはヴァレンティーネの事を守ろうと決めたのだ。
俺はまだ自分で決めたことすら、やり通せていない。そのことにやはり、悔しさが込み上げてきて、手で強く握り拳を作る。
「そんなに気を張らなくても大丈夫だと思うよ」
不意の言葉にイレブンスが操生の方をふりむく。すると操生が優しく微笑んできた。
「出流のことなら、何でもお見通しだからね」
「凄い千里眼だな。敵わないよ」
イレブンスが操生にそう言って、苦笑を零した。ああ、こんな自分のことを見てくれている存在がいる。そう思うと素直に嬉しくなった。
「操生の言う通りだな。俺はきっとずっと気を張ってた。自分でも無自覚にな」
「まるで、背中の肩こりみたいだね」
「真剣な言葉を微妙な言葉で例えるなよ……」
地味に納得してしまった気持ちを隠し、イレブンスが操生に目を細める。すると操生が少し茶目っ気のある笑みを浮かべてきた。
「そんな事言って、きっと内心納得してた様に見えたけどね」
「してない」
「出流が素直じゃないことは、よく知ってるけど……まぁ、一応そういうことにしとこうか」
「一応かよ」
イレブンスの言葉に操生が澄まし顔で、頷いてきた。
「ねぇー! これってどんな仕掛けだと思う?」
前にいたリーザがイレブンスたちに向かってそう呼びかけてきた。イレブンスと操生が少し顔を見合わせて首を傾げながら、リーザたちの元に駆け寄る。
「ほら、見て。私が映ってるのに、微妙に違うんだよー。面白くない?」
リーザが指差している鏡の方をイレブンスが見ると、そこにはリーザやオースティン、自分たちの姿が映し出されている。だがその姿はただ鏡に映っているだけではなかった。
鏡に映し出された自分たちが、自分たちに向かって不適な笑みを浮かべている。
そう今自分たちが浮かべている表情など丸無視で、鏡の中の自分が鏡の外の自分に向かって不気味に微笑んでいるのだ。
「こんな品のねー笑いを、俺が浮かべると思ってんのかよ? 品がねぇー」
鏡の中の自分を見ながらオースティンが不満げな表情を浮かべ、鏡の自分に向かって銃口を突きつける。
すると銃口を突きつけられた、鏡の中のオースティンもそれに合わせて、オースティンへと銃口を突きつけてきた。
「まずいね。ここに入ったときから……ああ、いるな。とは思ってたんだけど。もしかしたらこの鏡だらけの部屋に集まってきちゃったかな?」
「本当か? あの宇摩の奴が仕掛けた罠とかじゃなくて?」
元々神主の娘である操生が言うと真実味がある。けれどイレブンスは目の前に映るのが本物の霊的類いだとどうしても信じがたい。
「まだ疑いの段階だけどね。でもこの保管庫にいるってことは確かだよ。でも困ったね。ここにお祓いするための道具はないし……」
操生が顎先に手を当てながら、どうしたものかと考え始めている。そんな操生を横目にイレブンスは鏡の中にいる自分の姿を象った霊の姿を見た。
鏡の中にいるから、本来の姿ではなく自分たちの姿を象っているのかは分からないが、よく見ればこっちを見ている自分の顔が微かに青白く見える。
これではまるで自分たちが死んでしまったかのようだ。
「微妙に悪趣味だな。でも、もし操生が言う様にこいつ等が霊的な類だとしても、俺たちを襲うことって出来るのか?」
イレブンスがそう言った瞬間、銃口をつきつけていた鏡の中のオースティンが銃の銃爪を引く。するとその瞬間、鏡が勢いよく弾ける。
「なっ、おいオースティン! おまえ、鏡相手に銃を撃ったのか?」
「そんなことするか! 向こうが先制して撃ってきやがったんだよ!」
イレブンスたちが勢いよく飛んできた鏡の破片と、連射で飛んできた銃弾を避けながら、怪訝そうに眉を潜ませる。
それからイレブンスたちが、思考を巡らせる間もなく、鏡の中のオースティンと共に、向こうのイレブンスがAK104型アサルトライフル銃を手に復元し、弾を放ってきた。
空間変奏 小糠雨
イレブンスたちの周りの空間が歪み、そこから無数の銃弾が飛び出してきた。
「技まで使えるのかよ……」
イレブンスたちもBRVを復元し、自分の技を撃ち落としていく。すると隣にいた操生の左腕に銃弾が命中し、操生が小さく呻き声を漏らしている。
それを見てイレブンスが奥歯を噛み、前の鏡にいる自分に向け銃弾を放つ。放たれた銃弾は何の障壁に阻まれることのないまま、自分の姿が映し出されている鏡を割る。
すると歪んでいた空間が元に戻ったが、その代わりに後方からイレブンスに凶弾が向かってきた。間一髪のところでその銃弾を避けるが、あともう少し反応が遅れていたら、確実に背中の脊髄を撃ち抜かれていただろう。
「ここにある鏡を全て割ってくのが一番早くすみそうだね」
「ああ、確実にな」
操生とオースティンが会話していると、鏡の中のリーザが不敵な笑みを浮かべ、徐に手で拳を作った。そしてその作った拳を床へと叩きつける。
すると保管庫全体が大きく揺れた。一気に何枚もの鏡が割れ、床に鏡の破片が散乱している。そしてその揺れは、思わずイレブンスたちも床に手をついてしまう程の揺れだ。
そしてイレブンスたちが床に手を突いた瞬間に、鏡の中のイレブンスたちが一斉に攻撃を向けてきた。イレブンスとオースティンの銃弾が音速の速さの銃弾を連射してきた。
銃弾が床の破片を跳ねさせ、微細な破片がイレブンスの頬を切る。その瞬間、真正面からM82の銃口から電気を纏った射撃が向かってきた。
「本物より、向こうの方が連係取れてるってどういうことだよ?」
イレブンスが皮肉を込めて、愚痴を零す。
「初めは霊的な類かと思ってたけど、どうやら違うみたいだね。動きが機械みたいに合理的だよ」
「霊的な類じゃないとしたら、やっぱこれもここの仕掛けってことか?」
「その線は大いにありえるね。もしかするとこの仕掛けには、理事長の手が加わってるのかもしれないよ」
操生の言葉にイレブンスは黙ったまま頷いた。
仕掛けと言っても、姿を真似るだけでなく、自分たちの技を一度も見ずに真似て攻撃してくるなんて、どんなプログラムを作成しようと無理なはずだ。
けれど元々自動認識プログラムを組み込んであるシステムに、豊の因子を何らかの方法で組み合わせれば、完全に不可能ということもない。
自分たちが鏡を覗いた瞬間に、赤外線のシステムで姿形を認識し、その後、豊の因子によって自分たちの因子の情報をコピーしているのだとしたら、今の目の前にいる自分に酷似する敵を作り出すこともできそうだ。
「なんか、面白くなってきた~! じゃあ私も私にお返ししてあげよーっと」
リーザがわざとらしく腕を大きく振り、鏡の中に映る自分に向けて拳を突き出す。その瞬間、突き出された拳の覇気によって幾重にも重なっていた鏡の列が一気に破壊され、そのまま保管庫の壁にまで穴を開けている。
「これこそ、まさにわぁーお! だね。やっぱり本物の威力の遥かに上をいってるみたいだ」
感心している操生の余所で、破壊された鏡の場所とは別の鏡に、偽物リーザが映り込む。そしてその偽物が再び、拳を握り締めた時に、操生の薙刀が勢いよくその鏡を破壊する。
その操生に偽物オースティンが銃撃を放ち、それをイレブンスが銃弾で撃ち落としつつ、鏡を破壊していく。
「こっちはモグラたたきをしてるわけじゃねぇーんだよ」
オースティンがそういって、手にブローニングM2の機関銃を復元し、一気に火花を上げながら辺りにある鏡を一掃していく。
そんなオースティンへと真上にあった鏡に映る操生から機関銃を手に、次々と鏡を破壊していくオースティンへと斬撃が放たれる。
オースティンがそれを見て舌打ちし、それを跳躍して回避する。オースティンが避けた斬撃がリーザへと向かって行くが、リーザがそれを小さい虫を払うかのように指で弾き飛ばすように、軌道を逸らしている。
リーザのその姿を見てイレブンスは思わず舌を巻いた。




