コネクト
渡部宏史三等空尉は、狭山航空基地内で戦闘機に乗り込んでいた。基地内は幹部クラスの司令により皆が忙しなく駆け回っている。
上部から下った命令は、都内にある明蘭学園に潜んだテロリストの殲滅。だがその命令は果たして本当にテロリストの殲滅だけにあるのか? 渡部三等空尉の中には疑問が浮かび上がっていた。今回の標的地となっている明蘭学園は、表では有名進学校となっているが、実際は日本の次期アストライヤーを育成するための機関だ。そこに入り込んだテロリストということは、一般的なテロリストのはずがない。きっと特殊な力を有したテロリストだろう。
アメリカから始まり、各国の軍と共同してのテロリスト殲滅作戦だと言うが……どう考えても犠牲者が出てしまうのは逃れられないだろう。
渡部三等空尉も米国との軍事演習に参加したことはある。そこで渡部三等空尉は、アストライヤーと呼ばれる人間の強さ、恐ろしさを痛いほど噛みしめた。
今思い出しただけでも、身体に恐怖と怒りと悲しみが込み上げてくる。自分たちが軍事演習をしている時に、特殊な力を持ったテロリストであるトゥレイターの奇襲を受けた。米軍はすぐに米国のアストライヤーに援助を申し出た。そしてその援助の通り、彼等はすぐに駆けつけてくれた。そこに渡部三等空尉は安堵感を覚え、すぐにテロリストはアストライヤーによって駆逐されると信じていた。
けれどその考えは、まったくもって甘かった。
アストライヤーはすぐさまテロリストに対して、一斉攻撃を開始した。周りにいる軍人などお構いなしに。アストライヤーはトゥレイターとの攻防を続けていたが、何とかその場はテロリストたちを鎮圧することに成功していた。しかしその間に多くの軍人が死んだ。
死因はテロリストによる攻撃にもあるが、味方であるアストライヤーの攻撃による二次被害で死んだ仲間もいた。
アストライヤーという存在は、特殊な力を持ち、凶悪なテロリストたちとの戦場に赴いている。ここだけ聞けば、誰しもテレビの中で憧れたヒーローのように感じるだろう。
けれど命の危機がある戦場に赴いているのは、自分たち軍人だって同じだ。むしろアストライヤーが赴くよりも、戦場に出る回数が多いだろう。アストライヤーはちょっとした戦場に姿を現しはしない。けれどそんな戦場でも死の危険は付きまとうのだ。
人の命で何かを比べるのは不当な事だと言う事はわかる。けれど比べずにはいられない。
例えばテロリストとの戦いでアストライヤーの一人が死んでしまったとする。そしたら自分たちのような一般兵は、その数千倍が死んでしまうのだ。
しかもその中にはアストライヤーが放った攻撃による巻き添えもいる。
助けを求めた味方に殺されるなんて、そんな馬鹿げた事があっていいのか? そんな奴等に何故自分たちが頭を下げなくてはならないのか?
だがどんなに腹の内を煮えくり返らせていても、力でアストライヤーたちに敵うはずがない。アストライヤーと同種の力を保持するテロリストに敵うはずながない。
どうにもならないと分かっていても、そこに悔しさと怒りが生まれてくる。この悔しさと怒りは力持つ者には決して理解できないだろう。
むしろ言葉面だけで、理解しているなどと彼らに言われたら、それこそ渡部三等空尉は、怒り狂って発狂してしまうかもしれない。
自分たちも軍に入っている以上、戦場に行く以上、それなりの覚悟や自尊心を持っている。けれどそんな自分たちの覚悟や自尊心を力持つ者は土足で踏み潰してくるのだ。
「何故、逃げ切れていない? 早く逃げろと言ったはずだ」
「戦場の邪魔だ。後ろで隠れていろ」
戦場でアストライヤーたちに投げられた言葉が頭に蘇ってきて、渡部三等空尉は臍を噛んだ。特殊な力を持っていない自分たちが、彼らの様に早く逃げられるはずなどない。それに加え彼等は……自分たちなりに厳しい訓練を耐え、戦場に立っている自分たちを邪魔者扱いしてくる。
こんな扱いを受ければ、誰しも不平不満は溜まってくる。実際に仲間が死んでいるなら尚更だ。
『搭乗員は、次の合図を受け次第、機体をコネクトせよ』
「ラジャ」
通信司令室のオペレーターの言葉に応え、渡部三等空尉は軽く肩を上下させてから、指令室からの合図を受け、機体のエンジンを点火した。
エンジン音がどんどん大きくなる。渡部三等空尉は戦闘機を前の機体と一定の距離を開けながら、滑走路へと機体を移動させた。
先に滑走路へと辿りついた機体が、次々に上空に発進していく。
次に渡部三等空尉が発進する順番になったとき、昔から知っている上官、田口昭一二等空佐がプライベート回線を繋げてきた。
「渡部、蝋燭の火を灯せ……死ぬなよ」
「勿論です」
田口二等空佐に力強く頷き、渡部三等空尉は前の機体に続いて上空へと飛び立った。
どうにかしてこの状況から脱け出さないといけない。
イレブンスは目の前で繰り広げられるフィフスと聡の戦闘を見ながら、頭を悩ませていた。自分の身体はもう既に耳に聴こえてくる音楽に紛れこんだ聡の因子によって、半洗脳されてしまっている。
「今の現時点で私たちに被害が来てないから良いけど……もし敵の攻撃やフィフスの放った斬撃が飛んできたらどうしようか?」
頭を悩ませていたイレブンスに、操生が呑気な調子で危惧するべきことを言ってきた。イレブンスたちの思考とは別に踊り続ける身体が、踊り始めた場所から移動するという事もないだろうし、自分たちの意志に反応するという兆しもない。
「やばいな。早急に対処しないと……」
イレブンスが目を細めながらそう言った瞬間に、敵に避けられた斬撃がイレブンスの顔面スレスレを通り過ぎ、イレブンスの髪先が切れた。
危うく顔面にフィフスの攻撃を受けそうになったイレブンスが口許を引き攣らせていると、その様子に気づいたフィフスが、ジェスチャーで謝罪してきた。
やばい。真面目に考えないと……俺たちの身が危ない。
イレブンスはさっきのフィフスの攻撃でそう悟った。自分たちがこんな怪しいダンスを踊らされてる原因。それは、あの男の趣味趣向が丸出しになった、七〇年代の音楽だ。
この音楽がどこから流れているかさえ分かれば、フィフスに音楽機器を破壊してもらうことが可能なはずだ。けれどその音楽機器を探し出したくても、身体が思う様に動かず、首を動かして辺りを探し出すということもできない。イレブンスの絶対探知能力は生命反応や動いている物体なら感知できるだろうが、音楽を流しているだけの物を探し出せるかは微妙な所だ。操生に至っては、自分と同様に何かを探し出すことに特化していない。
むしろ、自分の身体が自由自在に動くフィフスが、この奇妙な音楽を流している元凶を見つけ出してくれれば、色々と勝手が良いはずなのに、戦っているフィフスにそれを気づいた様子はない。
アイツ、絶対楽しんでるな。
イレブンスは恨めしげな視線で聡と戦っているフィフスを見た。聡と戦っているフィフスは普通に自分たちの目的を忘れ、戦いを楽しんでいるような様子がある。
元々格闘系の家系だけあって、手ごたえのある敵に心を躍らせてしまっているのだろう。
こんな時に限って何で心、躍らせてんだよ? フィフスの奴は!!
イレブンスは内心であらん限り叫んだ。
「俺は……フィフスは、アホが多い東アジアの奴等の中でも、まともな奴だって信じてたのに……」
「仕方ないわよ。自分の興味関心があることになると、男っていうのは回りが見えなくなっちゃう物なの」
「そうだよ。出流だって自分の興味あることだとウキウキして、心躍らせてると思うよ?」
表情を曇らせるイレブンスに、Ⅺと操生がやれやれという感じで声を掛けてきた。
「今はそういう問題じゃないだろ……」
自分の言葉に首を傾げてきた操生たちにイレブンスは、溜息を吐く。
駄目だ。フィフスもこの二人もあまり当てには出来ない。何としてでも俺がこの音楽を流している元凶を探し出さないと。イレブンスはある種の使命感に駆られて、そう決意した。
そして出来るだけで、怪しそうな箇所を視線だけで捜索してみる。本体がある場所を特定し、視線をそこに向けてさえいれば、無形弾くらいは飛ばせる。
問題は音楽機器が自分たちの後ろにある場合だ。後ろを見る為にはダンスでターンをしている一瞬でしか見るチャンスがない。
「操生、Ⅺ……次にターンしたときに後ろの背景をよく覚えるんだ。この古い音楽を流している機械の位置を特定する」
「なるほど。わかったよ……多分さっきからの流れだとこのステップが終わって次の次くらいでターンが入るんじゃないかな? 曲がいきなり変化しなければだけど」
「よし。ならその時が確認するチャンスだ」
小刻みにステップを踏み、イレブンスたちが曲に合わせてターンを決める。するとそのターンしている瞬間、出来るだけ聴覚に意識を集中させて後ろを見た。しかし自分たちの背後に音楽が流れるような機器は見当たらなかった。
見落としたか?
「何か見えたか?」
「いや、私も頑張って見てたんだけどね……音楽が流れていそうな機械はなかったよ」
「私もよ。三人とも見えなかったって事は後ろにはないんじゃない?」
確かにⅪの言う通りかもしれない。一瞬とはいえ、ナンバーズレベルの三人が意識を集中させても見つけることが出来なかったのだ。なら後ろに自分たちが探している音楽機器はないということだ。
「ってことは、まだ俺たちが見てない場所にあるってことか……」
自分たちがあまり視線を向けられていない場所……イレブンスは少し考えてはっとした。
「上か?」
これまで自分たちが刻んだ踊りの中で、首を前に動かす事がなかった。自分の頭上なんて首をかなりの角度で曲げなければ見る事が出来ない場所だ。
「でもそれだと、今の踊っている曲だと真上を見ることは出来ないね。この曲の中に真上を見るようなステップが組み込まれていないみたいだから」
イレブンスの言葉を聞いた操生が困ったような顔つきをしてきた。




