月夜の決意
私はあの者に負けてしまった。
救護班のテントの中で外から聞こえる雨音を耳にし、目を覚ました左京は、包帯を巻かれた自分の姿を見て、苦虫を噛まずにはいられなかった。
確かに、あのトゥレイターの男は強かった。今にして思えば、奈落の技が通用しなかった時点で、力の差は歴然としていた。だがしかし、輝崎の家に使える左京にとって、あの場から戦いもせず、逃げ出すという選択肢はどうしても取れなかった。
それは自分自身の自尊心からきているのか?それとも蔵前の家の者としての使命からか。
きっと、どちらもだ。
隣のベッドで未だ眠っている誠も、自分と同じだろう。
左京は上半身を起こし、掛かっている掛布を包帯が巻かれていない手で強く握る。
「なんて情けないことだ・・・」
悔しい。
あの男に負けたことが。自分の刀が破られたことが。
惨めだ。
こんなところで動けず、寝かされていることが。
不甲斐ない。
何があっても、守り抜くと忠誠を誓った、真紘の捜索をできないことが。
どんなに自分を罵り、罵倒しても何かが起こることはない。現状が変わるわけでもない。左京は短い嘆息を吐き、ベッドに顔を埋める。
すると、隣で寝ていた誠も目を覚ましたのか、短い呻き声を上げた。
左京も顔を起こし、誠の方に目を向ける。
「佐々倉、起きたのか?」
「あ、ああ。左京、貴様はいつから目覚めていたんだ?」
「私もさっき目を覚ましたばかりだ」
誠はその間にも周りの者達の動きを観察する。
そして周りが上を下への大騒ぎしている姿を見ると、未だに発見されていない事を理解した誠は弱々しい声音で呟く。
「そうか。・・・・・・・・情けないな」
「私も先程、同じことを思った。やはり貴様も同じことを考えたか」
自分と同じことを呟いた誠に苦笑を漏らし、それから目を細めて視線を落とす、そして再度誠へと視線を戻した。
「佐々倉・・・私達はとんだ失態を犯したな」
「そうだな。相手を侮りすぎていた。いや、自惚れすぎたのかもしれん」
誠は左京と同じ体勢になり、顔を顰めている。
「これは、あくまで予想だが、あの男の強さは初代のアストライヤーに匹敵すると思うのだが、どう思う?」
左京が険しい表情を浮かべながら、誠に訊ねる。
「確かにな。私も実際に戦ってみてそう思った。だから、今の我々では太刀打ちができないということも同時に理解してしまった。しかしだからと言って、あんな無法者を野放しにしておくわけにもいかない。そうだろう?」
「無論だ。あの者は、いつか必ず真紘様にとっての脅威になるだろう。なら、それを一刻も早く排除しなければならない。真紘様に、あの時のようなお顔をさせてはいけない」
そうだ。自分たちが出来ることはただ一つ。少しでも真紘の負担を軽減させることのみだ。真紘が自分を殺してまで守り抜いてきた、輝崎の誇りを穢されないように努力するのであれば、自分たちもそれにお供するのみ。
左京は決意を宿した眼差しでただ前を見据えている。そしてその姿を見ていた誠へと眼を移動させ、宣言する。
「佐々倉、私たちはもっと強くなろう」
「当然だ」
誠は左京と同じように決意を持った眼で、芯の通った声で答える。誠の返事に満足した左京は少し口角を上げてから、まだ覚束ない足でテントの入口まで歩く。そして先ほどの言葉を考える。
そうだ、どんな敵が現れようと、もう二度とこんな蹉跌を踏むことがないように、強くなる。
気がつけば外から聞こえていた雨音はもうしない。そしてそのかわりに、厚い雨雲から月の光が辺りを照らしていた。




