共闘戦
サードがホレスに向かって跳ぶ。まるで鎖に繋がれた獣の鎖が外れたように。しかしそんなサードのことなど、恐れていないかのようにホレスは口許に笑みを浮かべ、飛びかかって来たサードの後ろへと移動する。
無理だ。今の彼女ではホレスに勝てない。フィデリオはホレスに攻撃を連続的に行うも、すんなりと躱されてしまっているサードを見ながら、フィデリオはそう判断した。
多分、ホレスとサードから感じる因子の気配からして、サードに残っている因子は少ない。それに裏切られたというショックも隠しきれていないように見える。きっと戦闘の実力もサードよりホレスの方が上だろう。
だがそんなサードに対して、ホレスはまだ十二分に自分の余力を温存している感じだ。
しかも……ホレス兄さんには、あの腕輪もある。
トゥレイターが対アストライヤー用として開発した兵器。因子の存在をキラーしてしまう物。
「あれを何とかしないと、ホレス兄さんには勝てない」
フィデリオはサードがホレスと戦っている間に、湖の壁際に少し傾斜しているボードを見つけて、そこにナインスの遺体をそっと置く。
「嘘みたいだ……」
ほんのついさっきだ。フィデリオが彼女と話したのは。だから、何故こんなに胸が痛むのか? フィデリオにはわからない。わからないけれど、一つ言える事は、彼女に心からこの国を好きだと思って欲しかった。ここでの彼女の思い出が嫌な物で終わって欲しくなかった。
いや、違う。いや、違うというのも違う。自分の気持ちが変に撹拌して上手く言い表せない。自分の胸中に胸を締め付けるものがあって、それが喉元につっかえている感覚があるだけだ。
彼女の命がこんな無慚に終わっていいわけがない。もっと別の未来があったはずだ。それでも、フィデリオは何も出来なかった。あんなに近くにいたのに、ホレスによるただの銃撃すら防げなかった。
「俺は……」
いつも肝心な所では何もできない子供のままだ。
こんな自分では、誰も認めてはくれない。そんなの当たり前だ。アストライヤーとは、戦争を回避し、国の命運を切り開く者。だからこそ、確固たる強さをアストライヤーには求められている。フィデリオはこれまで試合に勝つことが確固たる強さを示すことだと思っていた。けれどそれは表面上にあるものであって、言葉の含蓄にあるものではない、それをフィデリオは今更になってわかった。
真紘が言っていた殻を破るというのは、確かに簡単な事ではない。殻を破る方法を本能的に分かっていたとしても、それが模糊したままでは意味はないのだ。
だからこそ、自分はまだ殻が破れておらず、自分の良しとしない結果が生まれているのではないのか? フィデリオは拳を握りしめ、サードとホレスがいる方へと視線を向けた。
サードがホレスに押され、苦い顔をしている。向かう敵に対して攻撃が放てず、困惑している、そんな顔だ。一方でホレスは苦渋の顔を浮かべているサードに失笑している。
これが……エトヴィンさんたちから見る俺たちなんだ。
フィデリオは二人を見て、実感し愕然とした。フィデリオが今まで戦っていたのは、自分と同じように因子を持つ者たちとがほとんどだった。だから、自分が因子を駆使して攻撃を放とうと、その攻撃に対して驚きはあるものの、恐怖心は薄弱としていた。
そんな中にいた自分が、自分たちに対して強固な恐怖心を根底に持っている人たちと分かり合えるはずなどない。そんな人たちに自分たちは、安全だと口だけで言ったとしても何の効力を持つわけがないのだ。
フィデリオは息を吸い、思考の中から自分の眼前で起きていることに目を向ける。フィデリオは一度ナインスの方を一瞥し、静かにホレスとサードに向かって跳躍した。
手には復元し直したツヴァイヘンダー型の剣を持っている。けれどその剣身に因子を込めることはしない。剣身に因子を込めて、ホレスに向かって行った所で、向こうの腕についている腕輪がある以上、因子での攻撃は無意味だ。
そのためフィデリオは自身の身体に因子を流し、身体能力を引き上げることにしか因子を使っていない。摂取型の人とでは比ではないが、それでも引き上げていないよりはマシだ。
フィデリオはホレスに肉薄する。するとホレスがニヤリと笑った。ホレスの持つ剣とフィデリオが持つ剣が衝突する。その瞬間、フィデリオは簡単に跳ね跳ぶゴムボールのように、水面に跳ね飛ばされる。
勢いよく吹き飛ばされたフィデリオは水面に叩きつけられる直前に、自分と水面の間に風のクッションを作り出し、水面に叩きつけられるのを回避したが……やはり自由に因子を使える者と因子を使えない者とではまるで話にならない。
「ちょっと、あたしの邪魔しないでよ!」
体勢を整え、風で作ったクッションを足場に跳躍したフィデリオに向かってサードがヒステリックに叫んできた。そんなサードにフィデリオが目を細める。
「邪魔はしてない。俺がやるべき事をやってるだけだ。それより、貴女には一つ訊きたい。フィリックをどこに連れてった?」
「知らないわ。この男があたしの知らない場所に子供を隠しちゃったんだもの。訊くならあたしじゃなくて、この男に訊いて」
フィデリオはサードの言葉に小さく溜息を吐いた。今、頭に血が昇っているサードに何を訊ねても期待する返事は返って来ない。いやむしろ、本当にサードはフィリックの居場所を知らないのかもしれない。
だったら、サードにホレスを殺させるわけにはいかない。ホレスは幻影を得意として使ってくる。けれどフィデリオは先ほどからのホレスの動きを見ていて、ホレスには瞬間移動能力もあるのではないかと分析した。ホレスがサードの後ろに回ったときに、身体を動かして移動するという動作がなかった。つまり身体を動かさず、能力を使って移動したという線で考えた方が妥当だ。
そしてもし自分が考えた推測が正しければ、ホレスがフィリックをここから離れた場所に捕まえてある可能性だって出てくる。
フィデリオがホレスの能力について考えていると、これまで避難経路の確保をし、人々を誘導していたルカから通信が入った。
『フィデリオ、こっちの状況として街の人たちの非難が大方済んだ。それから、もう敵は俺たちの前に姿を現したから、敵の追跡事態は中断したけど、フィリックの居場所特定は今も行ってる。幾つかの予測地点があって、デトレス、アデーレ、ルシカがそっちに向かっているけど、三人の向かった場所にフィリックがいる確証はない。至る所にこっちを撹乱させるための下準備が丁寧に用意されてるから』
最後の言葉には、手間を増やしたホレスに対する皮肉が入っていた。きっとルカが言っていた撹乱するための下準備とは、ホレスが使う幻影による物だろう。幼いフィリックの因子は情報操作士としても探しづらいだろう。フィリックはまだ因子を意図的に体内から体外に放出することはできないからだ。
「了解。それでルカに訊きたいんだけど、情報操作士は機械兵器にも対応出来るだろ? それで今、ホレス兄さん……敵が対アストライヤー型兵器を腕につけてる。それをどうにか出来たりは?」
フィデリオがルカにホレスがつけている腕輪のことを伝えると、ルカは首を横に動かしてきた。
『俺たち情報操作士も基本的には、特殊な因子を空気中に放散して、データの収集、解析、コンピューターのシステムへの介入、乗っ取り、破壊、ジャミングなんかをするんだけど、今回敵が付けてる兵器は、俺たちが使う因子という存在を断つ物だ。だから、情報操作士によるジャミング破壊は正直、難しい。だから、その兵器をどうにかする方法は、力づくっていう原始的な方法しかない』
「力づくか……かなり厳しいだろうけど、やる以外の選択肢はないからね。わかった、できる限りやってみる。また別の情報が入り次第、教えてほしい」
『それは勿論。あと、ちょっとこっちでも揉めてたから、事の一部始終を見てなかったんだけど、仲間割れしてるんだろ?』
「……まぁね」
『今は仲間割れの理由はともかく、敵と言っても今は打つべき相手が一致してるんだったら、一時的に手を組むのは一つの手だと思うよ? 俺が交渉してみる』
苦い口調のフィデリオに、何かを察したのかルカがサードとホレスの仲間割れには言及してこなかった。その事に安堵しながらも、ルカの提案にフィデリオは思わず目を丸くさせる。けれどそんなルカの言葉にフィデリオは返事する暇がなかった。
ホレスの斬撃がフィデリオへと飛んできたからだ。フィデリオがその斬撃を剣で斬り払う。フィデリオがホレスの斬撃を剣で払った瞬間、目の前にホレスが居て手から無形エネルギーを転換させた衝撃波を放ってきた。強い衝撃波がフィデリオを襲ってくる。
体勢が崩れて落下するフィデリオにホレスがサーベルを構えながら追ってきた。自分へと容赦なく攻撃を加えようとしているホレスの顔には何の表情も浮かんでいない。
落下する自分へと振り下ろされた剣を剣で受け止める。結果は先ほどと同じ物だ。ホレスの剣身に込められている因子が持つエネルギーに吹き飛ばされる。どこかで打開策を見つけない限り、本当にこのままではどうにもならない。その歯痒さがフィデリオの表情を険しくさせる。
そんな表情を険しくさせたフィデリオの元にサードが近づいて来る。その顔にはやや不快さが表れている。
「いきなり交渉を持ちかけてきた情報操作士の言いなりになって、ナインスが嫌いだったドイツ人と手を組むのは、嫌だけど……あの男の良い様にされるのは、もっと嫌。だから、いいわ。一時アンタとあたしは休戦して、あの男を何とかしましょう」
そう言って、サードがフィデリオに手を差し出してきた。フィデリオはそんなサードの手を掴む。
「わかった」
「先に言っておくけど、アタシは作戦なんて考えないから。苦手なのよ。そういうの。だからアンタが決めてよね」
先手を打ってきたサードに作戦立案の責任を丸投げされ、フィデリオは少し頭が痛くなってきた。どちらかといえば、フィデリオ自身、緻密な作戦を練り込んで行うタイプではないからだ。けれどやるしかないのだろう。ホレスに向かって行くサードの姿を見ただけでも、作戦を立てられる素質は、きっと自分よりもない。
「作戦っていう作戦が立てられるかは怪しいけど、やってみるよ。いや、やってやるさ」
サードにそう言って、フィデリオはホレスに向かって攻撃を開始し始めた。




