表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
250/493

傷跡

 一気に水が人々を飲み込んでいく。

「ヤーナ!」

 フィデリオが名前を呼ぶ。するとヤーナが頷いた。

 その瞬間押し寄せてきた水がすぐに外アルスター湖へと戻って行く。けれど一度大量の水に浸かった内アルスター湖の水が溶け始め、氷上にいた人々が悲鳴を上げながら溺れている。

 気絶していた洗脳された人たちも突然の事態に意識を取り戻し、そのまま困惑と混乱に陥っている。

「皆さん、落ち着いて下さい。もう救助の連絡はしてあります。泳げる方は、近くにいる老人の方、子供、泳げない方の手助けをして上げて下さい」

 両手に老人と子供を抱えているルカがそう呼びかけると、まだ冷静さを保てている人たちがそれに応えて、救助優先者の手助けをしている。

 フィデリオはその様子を横目に、フィデリオは溶け残った氷の上にいるナインスへと跳躍する。フィデリオの目の前にいるのは、ナインスのみだ。

「フィリックをどこへやった!?」

 ナインスに剣を振りかざしながらフィデリオが叫ぶ。するとナインスはフィデリオの言葉に答えず、凝縮された水が無数の鋭い鏃のようになって、跳躍して宙にいるフィデリオを襲って来た。

 フィデリオはそれを高速移動で躱して行くが……湖がある以上ナインスの攻撃は無限とも言える。しかもその攻撃は目にも止まらぬ速さで向かってくる。そのため、鋭い水の鏃がフィデリオの肩や太腿を貫き、鋭い痛みがフィデリオを襲う。

「ッ」

 痛みで一瞬フィデリオの顔に苦悶の表情が浮かんだ。フィデリオはそんな痛みを振り払うように因子の熱を一気に上昇させる。

 フィデリオの足に突き刺さった水が沸騰したお湯のように泡立ち、そのまま気化して消える。そしてその熱を剣へと注ぎ込み、斜め下にいるナインスへと技を放つ。

 聖剣四技 青い不死鳥(ブラウ フィーニクス)

 フィデリオの剣から不死鳥の形をした青い炎がナインスを包み込む。けれどフィデリオの攻撃はそれだけでは終わらない。その青い不死鳥に重ねるように、風と電気を纏わせた斬撃も放つ。

 フィデリオから放たれた二つの攻撃は、ナインスが立っていた一体を、爆発と炎が覆う。敵であるナインスにダメージを与えた感覚はある。いや、与えたというよりは……

「攻撃を避けようとしなかった?」

 眉間に眉を寄せながら思わず呟く。

 爆発が収まると周囲には、白い霧が立ち込めた。そしてそんな白い霧の中に一人の人影が浮かび上がり、フィデリオはナインスの方へと落下しながら身構える。

「確かに、このくらいの実力だったらⅨが仲間に引き入れようとするものわかる。けど……あたしはアンタみたいな奴は御免ね」

 口許に苦笑を浮かべたナインスはフィデリオの攻撃を受けて、身体の至る所を負傷して赤い血が流れている。だがそれでもナインスの浮かべる表情は余裕のものだ。きっと強がりなどではない。何か手を隠し持っている。

 もしかしたら、自分の攻撃を避けずに受けたのもその策があるからかもしれない。

 フィデリオは直感的にそう思った。

 そしてその直感はやはり正しかった。ナインスが徐に氷上の上から水面に足を進ませる。するとナインスはまるで地面の上を歩くような、自然の動きで水面を歩き始め、どこからともなく、得体の知れない何かが大きく動くような轟音が鳴っている。

 何をしようとしている?

 地殻変動でも起きているように湖に残っていた氷が大幅に隆起し、その上にフィデリオが着地する。

「ルカ、敵が新たな動きを見せてる。そっちの状況は?」

 フィデリオが少し離れた通信を入れると、ルカからの通信がすぐに帰って来た。

『丁度半分くらいの人が陸の方まで来てるよ。けど、俺が要請した国際連盟防衛の救援部隊がここに来れるまであと五分はかかる』

 端的に自分の状況を伝えて来たルカの声がやや強張っている。きっとナインスの因子がさっきよりも格段に増幅しているのを感じ取っているのだろう。

 だからこそ、フィデリオがルカに続けて訊ねる。

「今の敵の因子はルカが予測したところ……どのくらいの規模の攻撃を放ってくると思う?」

 ルカがフィデリオの質問に答えるまで、少しの間があった。

『多分、さっきフィデリオの攻撃を受けたのと同時にフィデリオの因子を吸収して、それを増幅させてる。自分の因子も加重させてね。だからこの内アルスター湖と外アルスター湖を合わせた面積の規模を吹き飛ばすくらいの攻撃は放ってくる可能性があるね』

 二つの面積を合わせたくらいだと、184ha(ヘクタール)の広さがある。そんな膨大な広さを持つ湖を吹き飛ばす程の技をルカが言うように、放たれてしまえばヤーナがいたとしても、時間を巻き戻していられない。第一にヤーナの永却回帰能力の干渉範囲が先ほどルカが言った規模の大きさの攻撃に対処しきれない。184haという規模はあまりにも広大すぎる。

 そんな規模の時間を巻き戻すとなれば、ヤーナの方が先に過度な因子疲労になり命に影響が出て来てしまうだろう。

 だから、ヤーナの能力を頼っていられない。

 俺がなんとかしないと。

 フィデリオは真っ直ぐに自身の因子の増幅を続けているナインスへと隆起した氷の先端を蹴り、突貫した。そして速度を上げたまま、自分へと突っ込もうとしているフィデリオにナインスが冷笑を浮かべてきた。

 ナインスが冷笑を浮かべた瞬間、ナインスの左右から水の触手が伸び、勢いよくフィデリオの腹を強打してきた。フィデリオは触手の強打から身を庇うように剣身で受け止めるが、全ての勢いを殺せたわけではない。そのため、フィデリオは数メートル吹き飛ばされた。

「ちぃ」

 自分へと追撃を加えようと伸びる二本の触手に舌打ちをし、フィデリオは向かってくる触手を剣で斬りさく。切り裂いた触手は溶けたバターのように簡単に細かく斬ることが可能だが、そこに手応えがない。細断された触手は、すぐに元の形に戻り、フィデリオへと襲ってくる。

 そんなとき、フィデリオの頭上にヘリコプターのプロペラ音が聞こえて来た。

「フィデリオ!」

 自分の名前を叫んで来たのは、ヘリの扉の端に掴まりながら立っているデトレスとその後ろにはアデーレだ。

「水ならあたしの得意分野。フィデリオとっとと本体を叩いちゃいな」

 アデーレがそう言って、別の水源から作り出した巨大な猛禽類である鷹を操り、フィデリオへと襲いかかる触手を牽制しに入る。

「わかった」

「ルカ、俺がそっちの救助に入る。おまえは逃げた奴らの追跡を開始しろ」

 アデーレの横にいるデトレスがルカにそう伝達し、勢いよくヘリから飛び降り、未だ水中に取り残されている人たち数人を、一気に抱え救出を開始した。

 フィデリオはナインスが操る触手とアデーレが操る鷹の横をすり抜け、再びナインスへと接近する。真上からナインスへと斬り込む。

 フィデリオの剣を暇もなく水の盾が間に割り込みフィデリオの切り込みを防ぐ。だがここでフィデリオも引いてはいられない。

 剣で水の盾を押しながら、剣身に込める因子の質と量を高めて行く。感覚的にいえば縮んでいる風船に空気を入れている感覚だ。風船に空気を入れる様に剣身に込められていく、因子はどんどん質、量共に増えていく。そんな因子が込められた剣に接触している盾は、どんどん微振動から大きな振動を表面に浮かべ、何かの合図があったかのように破裂した。

 フィデリオとナインスに破裂した水が二人の顔や身体に勢いよくかかる。その瞬間、フィデリオとナインスが一斉に動く。フィデリオが剣の穂先をナインスへと刺突せんと向け、ナインスが小型ナイフをフィデリオに向け投擲してきた。

 首を狙ったフィデリオの刺突の攻撃がナインスの頬を掠め、ナインスが投擲してきたナイフを歯で受け止める。

 フィデリオがナイフを吐き捨て、次なる攻撃に移ろうとしたその時、周りからの叫び声が聞こえてきた。

 叫んだ人たちは遠くを見ながら顔を青ざめ、水中から市民の人たちを救出し終えたデトレスが鉄鞭を構え、正五角形の形をした巨大な水の塊へと突っ込んでいく。

 だがデトレスがそこに辿り着く前に、その正五角形の塊から高圧の水圧爆弾が投下され、街の建物や道などに大きな穴を開け、道に止まっている頑丈な車でさえプレスされたかのように薄くぺしゃんこにされてしまっている。

 そんな水圧爆弾が滞りなく街や湖の至る所に投下され続ける。

「ほら、早くあたしを倒さないと、この街が穴ぼこだらけの瓦礫街になっちゃうけど?」

「こんなことやって何の意味がある?」

 フィデリオがナインスに斬り掛かりながら、言葉を投げる。

「そうね……もしかしたら、この行為に大した意味はないかもしれない。けどあたしは満足してる。こんな偽善の皮を被ったこの国に傷跡を残せるんだもの」

「どうして……どうしてそこまで母国を嫌う?」

 フィデリオの剣をサバイバルナイフで受け止めたナインスが呆れたように息を吐いた。

「ゲーリング家は、ナチス政権のトップクラスにいながら、国民からの評判は良かった。ヘルマン・ゲーリングが処刑された後でもそれは変わらない。それを考えれば恨む必要なんてないって考えるでしょ? けどね、それはあたしが因子を持って生まれたことによって、変わった。一番最初に変わったのはあたしの両親。あの人たちは、あたしを色んな意味で縛りつけてきた。きっとそれは周りにいる奴等があたしに因子があるのを知って、変に怯えるてるような過剰反応をしてきたから。子供の頃なんかは軽い気持ちで陰口を叩く奴等もいたし。反ナチス運動をしている奴等が過激な罵声を浴びせてきたしね。その所為であたしの親はそのストレスの元であるあたしの自由を奪って、どうして人として生まれて来なかったのかをずっと泣きながら訴えてきた。あたしがちょっとでも自分たちが決めたスケジュール通りに動かないと、罵声を浴びせて殴り、周りの奴等も悪名高いナチス政権幹部の血筋に飛んでもない子が生まれたって。煙たい視線をずっとあたしに送ってきた。そんなときよ。いつものように近所の子供に家の事で冷やかされて、カッとなったあたしがその子供を突き飛ばしたら、その子供の親が血相を変えてやってきて、あたしにこう言ったの。『人殺しのナチスがあたしの子供を道に突き飛ばして殺そうとした』ってね。それで逆にあたしがその親に殴られて、親の元に帰ってきたら、話を聞きつけた両親からも叩かれて、屋根裏部屋に閉じ込められる……そんな生活を送ってきたあたしが、自分を嫌う人間がいる国をどう愛せと?」

 ナインスが言葉を紡ぎ終わるのと同時に、背後にある正五角形の塊が先ほどの位置よりも高度な場所へと浮かび上がり、そこからさらに大量の水圧爆弾を投下している。

 しかもその水圧爆弾が大量に救助された人たちの頭上へと向かって落下していく。先行して予測していた爆弾の落下地点にいたルシカとデトレスがそれらを迎え撃ち、ヤーナも落下する物体の時間を巻き戻して防いでいるが、全ての水圧爆弾に対応しきれているわけではない。防ぎ切れなかった攻撃がハンブルクの街を襲い、その中でも数多くの犠牲者が出てしまっている。

 そしてそんな光景の中で、フィデリオの視線が一つの事実を見てしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ