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それぞれの夜

「これで、どうだ!」

 ずぶ濡れになりながら、イレブンスは自分より大きな体格をしたワニを肩に担いで、ヴァレンティーネが待つ洞窟へと戻ってきた。

 外はすでに真っ暗で、大分夜遅くになっていた。

「わぁおー、これは大物ね」

 顔の前で両手を合わせながら、ヴァレンティーネが目を丸くしている。

 ヴァレンティーネの近くにいた猿は、イレブンスが持ってきたワニを見て、鳴き声を上げながら、少し尖った岩場の陰に隠れてしまった。

「でも、このワニさん、どうやって食べるの?」

「決まってんだろ、肉を切り落として、焼いて食うんだよ」

 イレブンスはそう言って、雨で湿った大量の木の枝を地面へとばら撒く。そしてばら撒いた枝に向けゲッシュ因子を圧縮させた、高熱エネルギーを放つ。

 高熱エネルギーを当てられた枝の水分は一気に蒸発し、さらに白い煙をあげて燃え始める。

「おまえは用意が出来るまで、こっち向くな」

 炎の準備を整え、次にイレブンスは担いでいたワニを地面に降ろし、服の中に持っていたサバイバルナイフで、手際よくワニの肉を捌いていく。

 さすがに目の前で動物を解体してるところを見るのは、きついよな。

 そう考え、ヴァレンティーネに視線を逸らすように促したが、ヴァレンティーネは興味津々に横に座り込んできた。

「おまえ・・・こういうの平気なのか?」

「こういうのって、ワニさんを切る事?んー、なんかちょっと残酷な気もするけど、これも自然界の食物連鎖。しっかりこの目で見ておかないと、ワニさんに失礼でしょう?」

「食物連鎖ねぇ・・・」

「ええ。・・・イズルこそ、こういうのには慣れてるの?」

「まぁ、日本から離れて色んなとこ行ってたからな。そのときに南米の方とかにも飛ばされて、ジャングルで過ごした時もあったんだよ。だから、馴れてるといえば、馴れてるな。まぁ、こんな他の連中と通信手段がなくなった事は、なかったけどな」

 そう言いながら、一切れサイズに切ったワニの肉を大きな葉で何層にも包み、それを何個か炎の中に投げ入れる。炎は一瞬ボゥっと火力を強めたが、すぐに静まる。

「これでお腹いっぱいになれそうね」

 ニコニコと笑みをイレブンスに向けながら、ヴァレンティーネが鼻歌を口ずさんでいる。

 どこまでも、めでたい奴。

 横目でヴァレンティーネを見ながら、イレブンスも含み笑いを浮かべた。

「まぁ、こんくらいの火で、もう少し焼けば食えんだろ。味気ないけどな。あと、上着だけ脱いでいいか?さすがに寒い」

「ええ、どうぞ」

 イレブンスはすぐに雨で濡れた上着を脱いで、岩に引っ掛ける。

「すぐに乾くといいわね。ワニさんのお肉も美味しそうだし。なんとか、なるものね」

「ああ、そうだろうな」

「うふふ。イズルたちに会って、どんどん新しい体験ができて嬉しいわ。あんなに大きい海も近くで見れたし、こんなジャングルの中も歩けたし、おサルさんにも会えたしわ。何もかもが新鮮で楽しいわね」

 冗談など抜きで、ヴァレンティーネは心底この状況を楽しんでいる。

 まるで新しい遊びを見つけてはしゃぐ子供の様に。

 普通の人ならば楽しむ余裕などなく、途方に暮れているだろう。しかも、目の前でワニを捌かれた日には、ヴァレンティーネのような、見るからに箱入りお嬢様なら卒倒してもおかしくない。

 それなのに、ヴァレンティーネは楽しそうに笑うのだ。

「おまえって、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

 炎を間に挟み、向かい側にちょこんと座っているヴァレンティーネに訊ねる。すると、ヴァレンティーネは少し顔を引き締め、目を細めながら語り始めた。

「母国にいる頃は、外に出たことがまるでなかったの。いつも見える外の世界は、窓のから見える範囲だけ。あとはずっと部屋で過ごしてたわ。自分の家なのに、自分の部屋以外で過ごした記憶がないのよ。おかしいわよね。・・・外に出るときといえば、定期健診のときね。それも自分の家の地下だったけど。だから、なんでも新鮮なのよね」

 そう言いながら、ヴァレンティーネは困ったように苦笑いしている。

 はっきり言って、ただの興味本位で訊いた事だったが、まさかこんな顔をさせるとは思っていなかった。そのため、イレブンスの中で罪悪感のような物が生まれてくる。

「悪い、変なことを訊いた」

「別にいいのよ。今はすごく楽しいもの。ほら、お肉も焼けたんじゃない?」

「あ、ああ」

 ヴァレンティーネに急かされ、炎の中からワニの肉を包んだ葉を取り出す。

 黒焦げに焦げた葉の表面を剥がし、中からしっかりと焼けたワニの肉が顔を見せる。

 その肉をイレブンスは、あぐらをかきながら頬張る。ワニの肉には臭味がなく食べやすい。調味料のない今の状況にとって、それは実に有り難い。

 向かい側に座りワニ肉をまじまじと見てから、口に運んでいるヴァレンティーネを見ながら、イレブンスは少しヴァレンティーネに対する考え方を変えた。

 呑気そうに見えて、こいつも色々あるんだろうな。人には踏み込まれたくない部分が。

 そう自分にだってあるように。

 誰にだって嫌な事の一つや二つあるものだ。その重さは各個人が決める事で、他人が決める物でもない。

「どうしたの?そんな険しそうな顔して」

 一人で思いに耽っていたイレブンスに、ヴァレンティーネがいつもの笑みを作って見ていた。

「別に、なんでもねぇーよ。さっさと食え」

「おかしなイズルね」

「おまえに言われたくない」

「あら、どうして?」

 イレブンスの返しにヴァレンティーネが不思議そうに、首を傾げている。そのヴァレンティーネの膝の上に岩場に隠れていた猿が飛び乗ってきた。

「おサルさんも、お肉食べる?」

 ワニの肉をヴァレンティーネが猿へと近づけると、猿は素早い動きで再び岩場の方に隠れ、ヴァレンティーネの方を窺っている。

「サルは肉なんて食わないだろ。フツーに考えて」

「でもそしたら、おサルさん、お腹が空いちゃうんじゃない?」

 眉を下げヴァレンティーネが心配そうに、岩陰に隠れている猿を見ている。

「大丈夫だろ。バナナをあんだけ平らげてんだし」

「でも、イズルへの攻撃に使っていたし・・・」

「それは、その馬鹿ザルの自業自得だろ。人間様を馬鹿にした天罰だよ」

「もう、そんなこと言って・・・」

 適当な言葉を並べているイレブンスを、呆れた様子でヴァレンティーネが顔を顰めている。

「はは」

 短い笑い声を上げて、イレブンスは肉を二切れ食べ終える。それからそのまま地面に片肘をついて、横たわった。

「イズル、寝るの?」

「ああ、もう夜だからな。おまえも寝ろよ」

 ヴァレンティーネからの返事はない。返事しないままヴァレンティーネは、何か考えているような素振りをしている。

 まぁ、いいか。

 欠伸を掻きながら、イレブンスは目を瞑った。

 燃えている火の暖かさは、冷え切っていた身体にとってまさに天国だ。その暖かさもあってか、イレブンスの意識がうっすらと揺らぐ。

 心地良い。

 火が燃えている音も、一定のリズムを刻んでいる。

 それも暖かさと共に、イレブンスを微睡の中へと運んでいく。

 イレブンスがもう少しで眠りに着こうとしていた、ちょうどその時。

 すっと隣にヴァレンティーネがやってくる、気配があった。

 目を開けて確認すると、やはりすぐ傍にヴァレンティーネがいて、横に寝そべっていた。

 思わず、イレブンスはバランスを崩しながら

「・・・何やってんだよ?」

「何って、寝ようとしてるのよ。なんか変な事やってた?」

「いや、むしろ今やってんだろ」

「変な事?」

 まったく、イレブンスの意図を読めていないヴァレンティーネは不思議そうに、目線をキョロキョロさせ自分に可笑しな所がないか、確認している。

「なんで、わざわざ横に来て寝る必要があるんだよ?」

 イレブンスが眉を潜めながら、そう言うとヴァレンティーネは納得したように胸の前で、手をポンと合わせた。

「ああ、だって、近くで寝た方が暖かくて良いかなと思って。いけなかった?」

 きょとんとした表情で、普通に訊いてくるヴァレンティーネに、イレブンスは溜息をつくしかない。もう、なんでもいいか。

「勝手にしろよ。俺は寝る」

「はい!」

 何故か明るく返事をしてきたヴァレンティーネの声を聞きながら、イレブンスはもう一度目を瞑り、今度は本当に眠りの中に入った。




 時間が戻り、真紘たちはというと・・・

 イレブンスたちとは違う洞窟で雨宿りをしていた。

 セツナが起こした火で身体を温めながら、二人と一匹は果物や川魚を食べて、腹を満たしていた。

「しかし、困ったな。これは・・・」

 真紘が苦悶の表情を浮かべながら唸った。

 その理由はただ一つ。

 さっき出くわした柴犬が真紘の膝に前足を乗せ、尻尾を振っているからだ。真紘は全身に鳥肌を立たせながら、耐え忍ぶ。

 それを川魚の骨に苦戦しているセツナが笑ってみている。

「本当に犬が苦手なのね。あ、小骨が歯に・・・」

 と呟きながらセツナが、口をもぞもぞと動かしている。小骨を取っているのだろう。

「うー、取れない」

 小骨取りに苦戦しているのか、セツナが渋い顔を作っている。

「気になるなら手を使えばどうだ?」

 真紘がアドバイスを言うと、セツナは「ああ!」という声を漏らし、後ろを向いて歯に挟まった小骨をいそいそと取り出している。

「取れた、取れた」

 小骨が取れてすっきりしたのか、セツナは爽快な声を上げた。

「それはよかった。それで頼みなんだが、この犬を少し・・・」

「遠ざければいい?」

「ああ、頼む」

 セツナが柴犬を後ろから掴み、真紘から引き剥がす。柴犬は高い鳴き声を出しながら、寂しげに真紘を見つめている。

 うう、なんでこんな切なそうな瞳で見られているんだ?

 真紘は柴犬から、視線を逸らし悶々と考えていると

「この子、女の子だわ!だから、マヒロに懐いていたのね」

 という笑い声を含んだ言葉がセツナから上がった。

「雌だったのか。そうか」

 だが、雌だからといって、犬には変わりない。それが自分とどんな関係があるのか。真紘にはさっぱり意味がわからない。

 真紘が一人悩んでいると

「ねぇ、一つ質問してもいい?」

 というセツナからの質問がふってきた。

「構わないが、なんだ?」

「マヒロはどうして、アストライヤーになりたいの?」

 目を輝かせたセツナがそんな質問をしてくる。

「唐突の質問だな。その答えは、単純な物だ。・・・俺は困っている人々を助けたい。それが理由だ。そういう考えに至ったのが、自分に特殊な力があるからなのかは、俺にも分からないが、昔からこの気持ちだけは変わらない。そのためなら、俺はどんな苦労にだって耐えられる」

「それはすごいわね。けど私が予想していた答えとは、少し違ったな~」

「そうなのか?ヘルツベルトはどのような物を想像していたんだ?」

 苦笑を浮かべながら、真紘が訊ね返すと、目を宙に泳がせながらセツナは言葉を紡いだ。

「てっきり私は初代アストライヤーであるお父さんに憧れてなりたいのかな?って思ったの」

「それも一理あるが、でもやはり俺は、困っている人の・・・誰かの役に立ちたいという気持ちが大きいな」

 セツナが考えていたとおり確かに父には憧れている。自分の父親はとても厳格な人で、笑った姿を見たことがないくらいだ。だから、幼い頃の自分にとって、父親はとても怖く見えた。もしかしたら、自分に期待をしていないのかも?とさえ思ったこともある。

 だが、今にして思えば、あの厳しさは自分を輝崎家の当主として、あるべき姿を自分に教えていたような気もする。

 今となっては、亡き父の真意を聞くことはもうできないが。

 真紘は少し寂しい気持ちになり、少し視線を下に下げた。

「どうかしたの?」

 いきなり、黙り込んだ真紘を見て、セツナが心配そうに眉を八の字にしている。

「別になんでもない。俺の事は気にしないでくれ。では、話を戻すがヘルツベルトの方こそどうして、明蘭に来たんだ?向こうでも似たような機関はあるのだろう?」

 真紘が話を切り替えしセツナに訊ねると、セツナは穏やかな表情で話始めた。

「私が明蘭に来た理由は運命を感じたからなの」

「運命?」

 真紘はセツナの言葉に疑問を持った声で問う。セツナは真紘に答えを返す替わりに話を続ける。

「父はドイツの代表だったわ。でも、それだけが理由ではなくて・・・・」

 話しているセツナが、何かを思い出すように一息置いてから再び口を動かす。

「私ね、向こうに憧れというか、好きな人がいるの。私と同い年の幼馴染なんだけど、今は向こうの代表生になるために頑張ってるみたい。でね、その人の影響で私もアストライヤーになりたいと思ったの。初めは向こうの学校に行こうかな?って思ってたんだけど、だんだん、実践に近い練習をしていく内に、アストライヤー制度を発足させた、本場で頑張ってみたいって思ったの。それに私のお母さんは日本の人だったから、日本の事は昔からよく話してもらってた。だからかなぁ、何か日本に来ることが私の運命みたいに感じちゃったのって」

「そうか。ヘルツベルトはすごいな。」

 素直に感心してしまう。それと同時にセツナが眩しく思えた。

 だがそれにくらべ自分はどうだ?視野が狭過ぎるのではないか。もっと自分もセツナのように色々な事に目を向けるべきではないのか?今の自分にとって困ってる者を助けるという気持ちと、比肩するくらい、輝崎の当主としての誇りを持っている。その誇りの方に重心を置いてしまっているのでは?

 だからこそ、アストライヤーの名家で名を連ねる輝崎家の当主である自分が、アストライヤーになることは、自分の進むべき道だと感じているのではないか?それに気を取られすぎて、別の道を見落としてはいないだろうか?

 そんな疑問が真紘の脳裏を過ぎ去ったが、真紘は頭をふって、その考えを払拭した。

 何も成し得ていないまま、別の道を考えるなど浅はかな考えだ。そうして自分の気持ちに整理をつける。

「マヒロ、どうかしたの?体調でも悪くなった?」

 真紘の顔を覗き込む形でセツナは呼びかける。真紘はセツナの声にハッと意識を戻す。そしてセツナの顔が至近距離にあったためなのか、少し顔を赤らめ、顔を背ける。

「いっ、いや不調な所はない。だが、疲れてはいるかもしれないな。もう暗いことだしもう就寝しよう」

 真紘はセツナの返事を聞くよりも早く身体を横にする。するとセツナも柴犬と共に横になり真紘に「おやすみなさい」と告げた。


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