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きっかけを掴むとき

「行くわよ……」

 ルシカの言葉が終わる頃には、もう既にルシカからの拳打がフィデリオへと向かってきていた。ルシカは体内の因子の熱を急上昇させ、その熱と共に強烈な拳打を繰り出してくる。そんなルシカの勢いを封殺するように、フィデリオは体内で練っていた因子を風系統のエネルギーとして放出する。

 勢いのあるルシカの拳打をフィデリオが起した風によって、空気抵抗を受け勢いが減衰。それでもルシカは拳打を引っ込めることなく、フィデリオへの攻撃を止める気はないらしい。フィデリオはルシカの攻撃を自分の身体を横にずらしながら避けながら、剣でルシカに刺突を繰り出す。

 ルシカも機敏な動きでフィデリオによる刺突を回避すると、ニヤリとした笑みをフィデリオに向けてきた。まるで自分の成長を見せつけてくる子供の様な笑みだ。

 前にルシカと模擬戦をやったのは、半年くらい前だ。

 その時のルシカはフィデリオの動きに追い付く事に必死な様子だったのだが、今の彼女には少なからず余裕の表情がある。これを踏まえて考えてもルシカが半年でしっかり成長しているということがわかる。

 もしかしたら、今の模擬戦をフィデリオに挑んできたのも、そんな自分の成長を見せる意味合いがあったのかもしれない。

 ルシカも半年でちゃんと成長してる。俺だって……

 連続拳打に足技をフィデリオへと繰り出すルシカ。それを後ろに跳躍しながらフィデリオが躱す。攻撃を避けながらフィデリオは、自分の殻を破ることについて考えた。考えなければ自分は真紘やルシカのように成長は出来ない。フィデリオはルシカを見る。攻撃を継続的に間隙なく与えてくるルシカの動きを。

 ルシカの動きは体術を得意とすることだけあって、無駄がなくしなやかな動きがある。惜しくも今回のWVAの選手には選ばれなかったものの、彼女自身の実力は高い。

 この動きは確固たる実力のある彼女だからこそ、生まれる物だろう。その動きにはフィデリオがWVAでいてきた他国の体術を得意とする選手に通じるものがあると感じた。

 フィデリオはそんなルシカの動きを観察してから、自分の顎先を狙うルシカの蹴り技を避けてから、一気に加速し、ルシカの後ろを取る。

 取ってから斬り込む。

 剣身にはフィデリオの因子が充満されているが、その因子を他のエネルギーに変換はしていない、無形エネルギーのままだ。無形エネルギーとは言っても、熱量を有したエネルギーにはかわりない。

 他者の因子や物体と接触したりすれば爆発を起こし相手にダメージを与える。

 まさに今がその状態だ。ルシカの身体には因子が絶え間なく流れ、飽和状態となっている。そのため外部からフィデリオの因子を受ければ、ルシカの身体事態が爆発を引き起こす媒介となり、熾烈な爆発と炎に包みこまれる。

 しかし、そんな爆発を受けたからと言ってルシカが倒れるわけではない。

「やっぱり、この程度だと意味はないね」

 瞬時に傷口を塞いでいるルシカを見て、フィデリオは肩を少し上下させた。接種型の特徴として身体の回復力は異常に高い。そのため生半可の攻撃では接種型タイプの相手に傷を負わせるのは困難だ。

「それが分かってるんだったら、もっと本気で掛かってくれないと困るんだけど?」

 フィデリオの言葉にルシカが目を眇めさせてきた。彼女はすでにフィデリオからある一定の距離を取り、身構えている。

「うん、わかった。それじゃあ……」

 身構えているルシカに頷いてから、フィデリオは再び加速しながら跳躍した。跳躍しながらフィデリオは体内の因子を練り込み、自身のBRVに流し込む。

 次なる攻撃を仕掛けるための下準備をする。

「どんな技を出す気なのか知らないけど、今回はあたしだって成長してる。だから受けきってみせる」

 フィデリオの眼下には、決意を固めた瞳をしたルシカが見える。

 決意を固め、絶対に自分の技を受け切ろうというルシカの後ろにフィデリオは一つの幻影が見えた気がした。その幻影は幻影のはずなのに、すごくしっかり、鮮明にフィデリオの目には映った。

 フィデリオの目に映った幻影。それは真紘と戦っていたときの自分だ。

 必死に真紘に食いかかろうとしていた自分だ。

 フィデリオはそんな自分の幻影に対して、大きく剣を振り上げる。

「はぁあああああああ」

 声を張り上げ、ルシカの後ろに見えた自分の幻影を打ち消すようにフィデリオは剣を振り下ろす。

 聖剣四技 黒い(シュヴァルツドンナー)

 フィデリオの斬劇から黒い稲妻が地上へと落雷するように振り落とされた。地上へと振り下ろされた瞬間、ルシカの微かな甲高い悲鳴が聞こえたが、その声もフィデリオが放った稲妻の音に掻き消されてしまう。

 そしてフィデリオの攻撃が辺りに拡散し、攻撃の威力も拡散と同時に霧消する。グランドの地面には意識はあるものの、仰向けになって倒れているルシカの姿があった。

「ルシカ、悪いけど俺の勝ちだ」

 倒れているルシカへと近づきフィデリオがそう言うと、ルシカは一瞬悔しそうに表情を浮かべたかと思うと、次の瞬間には諦めたように息を吐きだしてきた。

「あーあ、またあたしの負けかぁ~。今回はもっと粘れると思ったんだけどな」

 冗談めいた口調で話すルシカをフィデリオが手を貸し、立ち上がらせる。するとそこに試合を見ていて貰ったヤーナが近づいてきた。

「ルシカ、大丈夫?」

「ええ、まぁね。さすがに最後のは……少し堪えたけどね」

「そっか。なら良かった。でも、ルシカも前より強くなってると思う」

「だと良いけど。実は自分的にも少し強くなったと思ってたんだけど、こんなあっさりと倒されるとさすがに自信損失しそうだけど」

 ヤーナにそう言いながら、ルシカが目を細めてフィデリオを見てきた。フィデリオは自分へと目を細めてきたルシカに苦笑を返す。するとそのときルシカとフィデリオの模擬戦を見ていた周りの生徒が拍手をして、フィデリオとルシカに褒め言葉を投げてきた。

 ルシカはそんな周りからの言葉を受け、素直に嬉しそうな表情を浮かべている。そんなルシカの隣でフィデリオも手を振って、周りの生徒に返事をするが……正直、ルシカのように喜ぶことができなかった。きっと前までだったら、今のルシカのように少なからず喜んでいたはずだ。けれど今そう出来ないのは、自分の目標が未達成だからだろう。

 最近のフィデリオの目標は、自分の殻を破って目標を達成すること。それが出来なければ、周りからどんなに褒められようとも喜ぶことはできない。

「ねぇ、フィデリオ、ヤーナ。この後って抗議ある?」

 フィデリオとヤーナに訊ねてきたのは、未だに嬉々とした表情を浮かべているルシカだ。

「いや、ないよ」

「私もないかな」

「本当? 良かった。じゃあ少し遅くなっちゃったけどこれからお昼食べない?」

「うん、そうだね」

 ルシカの言葉にヤーナが笑みを浮かべながら頷く。

「フィデリオは?」

「んー、せっかくだけど……俺は遠慮しとく」

「どうして? お腹空いてないの?」

「空いてないわけじゃないんだけど、ちょっとお昼より先に電話したい所があって。だから、お昼は二人で食べてて良いから」

 少し表情を曇らせてきたルシカにそう言うとフィデリオは、少し小走りでトレーニング室を出た。

 そしてトレーニング室から出たフィデリオは、校舎の中央にある中庭へとやってきた。中庭には少数人の生徒が中庭にあるベンチに座りながら、雑談をしている。そこでフィデリオは誰も座っていないベンチへと腰掛け、日本にいるセツナへと電話をした。

 何度かの呼び出し音の後に、セツナが電話に出た。

『もしもし、フィデリオ?』

 モニターに映し出されたセツナは、いつも後ろで束ねている髪を降ろされていて、肩にはタオルを掛けている。

「ごめん、今大丈夫?」

『うん、大丈夫。今お風呂から上がって涼んでたところだったから』

 セツナが彼女らしい明るい笑顔を向けながらそう答えてきた。

「そうだったんだ。なら良かった。あのさ、実はちょっと教えて欲しいんだけど……セツナはマヒロの連絡先とか知ってる?」

『うん。知ってるよ。何かマヒロに用事?』

「ちょっとね。出来ればマヒロの連絡先を教えて欲しいんだけど、いいかな?」

『うん、わかった。マヒロには私から言っておくね』

「ありがとう、セツナ」

『どういたしまして。じゃあ、マヒロの連絡先を送るから電話は切るね』

 フィデリオがセツナの言葉に頷くとセツナが電話を切り、少し経ってからセツナから真紘の連絡先が乗ったメッセージが送られてきた。

 フィデリオはすぐに送られてきた真紘の連絡先に電話をかける。もしかしたら電話に気づかずでないかもしれないと思っていたのだが、存外、真紘はすぐに電話に出た。

「もしもし、マヒロ。俺、フィデリオだけど、少し話せるかな?」

 モニターに映し出された真紘にそう訊ねると、真紘がゆっくり頷いてきた。

『ついさっき、ヘルツベルトからハーゲンに俺の連絡先を教えて良いかの連絡があって、待ってたんだ。ヘルツベルトが、きっとすぐにハーゲンから連絡があると思うって言っていたからな。それで? 俺に何か用事か?』

「まぁね。実は、マヒロに訊きたい事があるんだ」

『わかった。俺が答えられるものであれば答えよう』

「俺がマヒロに訊きたいのは、どうやって自分の殻を破ったのか、なんだ。俺がマヒロに負けた時にセツナが言ってたんだ。あの時、マヒロが自分の殻を破ったから試合に勝ったんじゃないかって。それを聞いて、俺も今よりもっと強くなるには、自分の殻を破らないといけないって思ったんだ。はっきり言って、こんな事他人に訊くべきじゃないと俺は思ってる。けど、それでも何故か俺はマヒロに訊いてみたくなったんだ。だから答えてくれるなら答えてほしい」

 フィデリオは真剣な表情で頷いてきた真紘に、自分の気持ちを見栄や偽りなどなく率直に伝える。すると真紘が少し考える様に瞑目してから、口を開いた。

『殻を破ったか……確かにそうだな。俺はハーゲンと戦う前に自分の殻を破った。破ったおかげで俺は己を知り、そして大切な物を得たと思う。けどそれは、俺一人では破れなかったものだ。はっきり言うが、俺に殻を破るためのきっかけを作ったのは、ハーゲンだ』

「殻を破るきっかけが、俺?」

 予想もしていなかった真紘の言葉に真紘がゆっくりと頷いてきた。

『ああ、そうだ。俺はハーゲンと試合前に一度戦ったな?』

「うん、戦った」

『あの時の俺は、自分でも不甲斐ないと思うほど取り乱していた。そしてあの姿こそが、輝崎という家の当主として立ち振舞っていた輝崎真紘の内側にあった、本当の輝崎真紘だったんだ。そう、俺は今まで当主としての輝崎真紘を練磨、つまり強くしていただけで内側の、本当に強くしなければならない部分をおざなりにしていた。だからこそ、内側の根幹(こんかん)を押し潰してでも貫いてきた意地をハーゲンに否定された気がして、俺はあの時取り乱していた。そしてその意地をハーゲンと戦ったすぐ後で、黒樹が真正面から否定してきたんだ。俺の考え方は間違っていると。それは黒樹だけではない。俺の周りにいて、俺を見てくれていた者たちにも言われた。だからこそ、俺は自分の殻を破ることが出来たんだ。だからもし、ハーゲンが自分の殻を破りたくても破れないのであれば、きっかけを待つしかない。そういうきっかけは自分が追わずとも、来るものだ。むしろ追ってくるものじゃない。そのきっかけは来る時に来て、その時にちゃんとそのきっかけを掴めれば、絶対に殻は破れる。だがな、ハーゲン。きっかけは良い事から生まれるとは限らない。悪い事から生まれる場合だってある。悪い事から起きるきっかけは辛辣(しんらつ)な物もあると覚えていて欲しい。事実、俺はハーゲンや黒樹に貰ったきっかけの前にあった物はそうだったからな』

 真紘はそう言うと、少し苦い顔を浮かべた。そんな真紘の表情から事実として辛辣なきっかけが彼の身に起きたという事が示唆されている気がした。

「わかった。胸に留めておくよ。ダンケ、マヒロ」

『いや、こんな話で良いのなら礼には及ばない。ではまたな』

 そこで真紘との電話を切った。

 そしてフィデリオはそのまま中庭のベンチに座りながら、自分の殻を破るためにやってくるのであろうきっかけについて考えた。

 自分の殻を破るためのきっかけ。それが一体どこからやってくるのかは分からない。真紘が言う様に辛辣な出来事から来るかもしれない。もしそうなったら自分はしっかりとそのきっかけを掴むことが出来るのだろうか? 

「でも、もうすぐやってきそうな気がする……」

 自分の殻を破るためのきっかけが。フィデリオは中庭に吹いてきた小さな嵐のような風に吹かれながらそう思った。

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