カモノハシ
「それにしても、びっくりしたな」
「本当よね。・・・まさかこの二人が瀕死になってるんだもんね」
鳩子が腕を組みながら、唸るように言葉を吐く。
「誰にやられたのかしら?」
「・・・わからない」
根津が口にした疑問と同じことを狼も考えていた。
左京や誠と別れた狼たちだったが、左京たちが向かった方向から聞こえてきた物凄い爆音を聞きつけて駆け付けたのだ。
狼たちが駆け付けたときには、周囲の木々は無残に折れ倒れ、地面は茶色の部分が盛り上がり剥き出しになり、荒れ果てている。
その荒れ果てた場所に二人が見るも無残に倒れていたのだ。狼たちは急いで二人を救護班の場所まで運び、二人の容体を確認する。
すると、二人ともかなりの重傷を負っていたが、幸い命に別状はないとのことだった。
一先ずは、それを聞き狼たちは胸を撫で下ろした。
本当に二人を倒れた姿を見つけたときは、その場に居合わせた全員が愕然とした。
周囲の状況からかなりの激戦だったとは思う。
しかも名莉や希沙樹が左京や誠が負けたことに対して、かなりの驚きを見せていた。つまり、ちょっとやそっとのことでは、あの二人が負けるわけがない。そう思っていたのだろう。
狼自身も二人を見た瞬間、直感的にこの二人は強いと感じた。
その二人が負けたのだ。
「でも、左京さんや誠さんを蹴散らした奴が、まだこの島にいるとしたら、BRVを持ってない真紘たちが危ないんじゃ・・・・」
ふと脳裏に浮かんだ最悪の状況を、ぽろりと狼が口にする。
それを聞いた他のメンバーは、はっとしたように固まり、希沙樹は蒼白。マルガとアクレシアは心配そうに眉を潜めている。
「こうなったら、なんとしでも、一刻も早く真紘を捜し出すわ」
さっきの蒼白した表情から一転し、希沙樹は瞳に熱い情熱を燃やしている。
その希沙樹の言葉で捜索は再開された。アクレシアとマルガはこの時、教官への事情を説明するために、狼たちとは別行動を取ることになった。
二人とも少々渋ってはいたが、なんとか承諾してくれた。
狼たちは周りを気にしながら注意深く辺りを、捜索する。先導を仕切る希沙樹の表情はまさに真剣そのものだ。
本当、真紘のことになると盲目なんだな。
狼は決意に燃えている希沙樹を見て感心してしまう。
よく、恋する乙女に敵う者なし。と誰かが言っていたような気がするが、まさしくその通りだと思う。
普段から鈍感だとか、朴念仁とか言われる狼だが、さすがにこんな姿を見れば、希沙樹の気持ちに気づかないはずがない。
「では、次はどうやって探す?」
腕を組みながら立っている陽向が訊ねる。
「そうね・・・今回は二手になるのはやめておきましょう。あの二人を蹴散らした者がまだ、潜んでいるかもしれないし。少数で動くのは危険だわ」
「確かにな。でも、こう手がかりになるような物がなければ、探しようがないぞ?」
陽向の言っていることは正しい。
こんな似たような木がゴロゴロとある密林の中で、目印になるような物は存在しない。しかも真紘たちが今、どんな動きをしているのかも想像できないため、動きたくても動けない状態だ。でも早くしないと、日が暮れてしまう。
「なんかいい方法ないかな?」
ぼそりと狼が呟いた。
その時、狼の鼻の上に水が落ちてきた。
えっ、雨?
はっとして空を仰ぐと、少し怪しい空色にはなっているが、まだ雨が降ってるかんじではない。
では、さっきの上から落ちてきた水は何だ?
そう狼が疑問に思っていると
「ねぇー、木の上になんかいない?」
鳩子から声が上がった。
鳩子は斜め上の方を指差している。そして鳩子が指差している方に全員の視線が集まった。
視線の先には、何故こんなところに、こんなのが?と思ってしまう生き物が太い木の枝にだらんと手足をぶら下げ、涎を垂らしながら眠っている。
「なんで、こんなところにカモノハシ?」
狼が間抜けな格好で寝ているカモノハシを首を傾げながら見ていると、寝ていたカモノハシがいきなり目をカッと見開き、狼の方に視線を向けてきた。
そして狼に視線を向けながら、カモノハシは自分の身体を起こし、狼に向かってダイブしてくる。
「狼!受け止めてっ!」
「えっ、え、え―――っ」
予想外なカモノハシの行動と、鳩子の声に困惑しながら狼は腕を広げ、自分に向かって落ちてくるカモノハシを受け止める。
「よしっ!」
狼は未だに困惑はしているものの、しっかりとカモノハシを受け止めた。
受け止めたカモノハシは予想していたよりも軽く、毛がチクチクする。
「受け止めたのはいいけど、このカモノハシどうするの?」
「うわー、カモノハシって可愛いー」
「確かに。なんか癒されるわね」
「可愛い」
「なんでこんな奴が、木の上なんかに?」
「へぇー、何か珍しいな。俺も生で見るのは初めてたぜ」
「熱帯雨林にも生息してるみたいだから、いてもおかしくはないかも」
「カモノハシなんて、どうでもいいから。早く真紘を・・・」
最初に疑問を口にした狼の言葉は、完全にスルーされ、この場にいる全員が勝手なことをべらべらと話している。
名莉、鳩子、根津に関しては、狼にカモノハシを持たせながら、頭を撫でたりして黄色の声を上げている。
その横の陽向、正義、棗はカモノハシの生態について、話している。
希沙樹はというと、カモノハシを少し気にしつつ、焦りながら辺りを見渡している。
「ちょっと、みんな、僕の話聞いているーーー?」
狼がそう叫ぶと、各々話していた者が狼の方に視線を向ける。
そして
「えっ、狼、なんか言ってた?」
「カモノハシに夢中で気づかなかったわよ」
「どうかしたの?」
「誰が貴様の話など聞くかっ。たわけ!」
「悪い、悪い。つい珍しくてな。もう一度言ってくれるか?」
「まったく、関知してなかった」
「あなたの話なんて、今はどうでもいいのよ」
とみんなの散々な言いように、狼はカモノハシを離し、頭を掻き毟るように抱えて、地面に両膝と両肘をついた。
すごい悔しい。
なんなんだ、この妙な敗北感。
それもこれも、みんな・・・
こいつの所為だ!!
狼は恨みの籠った目で、狼の前でグワッと口ばしを開けているカモノハシを見る。
すると、カモノハシは再び狼に近づき、柔らかい口ばしで狼の顔面を叩いてきた。
「痛っ!いきなり、なにするんだよ?」
手で顔を押さえながら、カモノハシに抗議する。
「グワッ、クワァァァァー」
という鳴き声を上げながら、短い手でお腹を叩いている。
「なんか、馬鹿っぽい・・・」
思わず狼がそう呟くと、それを聞いていた陽向が爆笑し始めた。
「ははははっ。その間抜けな動き。くくく、貴様にはお似合いじゃないか。実に良い」
「なっ、全然良くないし、お似合いでもないっ」
腹を抱えて笑っている陽向に反論する。
だが笑っている陽向には届いていない。
「別にいいじゃん。ねぇ、このカモノハシ、デンのメンバーにしない?」
鳩子が溌剌とした声でとんでもない事を提案している。
「そんなの、反対に決まってるだろ」
「えー、ネズミちゃんやメイっちはあたしに賛成でしょ?」
「うん」
「そうね、あたしも鳩子に賛成」
「はい、三対一でメンバー入り決定!」
「嘘だろ・・・」
女子は動物に弱い。だから、動物をよく飼いたがるものだ。
そういえば、小世美もそうだった。
以前、島から出て本土に買い物行ったとき、そこで子猫を見つけ、「飼いたい」と言い出した事があった。だがそのときは父の高雄が反対したため、飼えなかったのだ。
まだ猫くらいなら、狼だって反対はしない。
けれど、今回の場合は猫ではなく、鳥というわけでもない。カモノハシなのだ。
でも女子メンバーは学園で飼う気満々。狼は一人、ため息を吐きだした。
こういう時、つくづく男子が一人だけというのは不利だと感じてしまう。
「やっぱり、男子メンバー欲しいよなぁ・・・」
「何か言った?」
目ざとく鳩子が聞き返してくるが、自分の意見が通るはずもない。
「いや、なんでもない」
「あ、そう?なら、気を取り直してこの子の名前を決めないとねぇ。何がいいかな?」
と意気揚々に鳩子が飛び跳ねている。
「なんか、おまえら楽しそうだな」
正義がニィと歯を見せながら、他人事のように笑っている。
「笑い事じゃないよ!」
「まぁまぁ、黒樹も落ち着けよ。そのカモノハシ、おまえに懐いてるみたいだしさ」
「えっ?」
正義の言葉に、短い声を漏らし視線を下に下げると・・・狼の膝首の辺りでカモノハシが顔を摺り寄せている。
さすがにこの光景には狼も、胸をキュンとさせてしまったが、いやいや、ここで折れたらいけない、という自分でも意味がわからない抑止力が働く。
だがしかし。
自分の足元ですり寄ってくるカモノハシを見て、愛らしく思わないと言えば、嘘になる。
なんか、すっごいキュートモードに入ってないか?このカモノハシ。
まるで、頑固オヤジに媚を売る子猫のように・・・。
狼の気持ちがグラグラと揺れていた、丁度その時、カモノハシがすり寄るのを止め、狼の足の上に仰向けになって寝始めた。
さっきまでの愛らしい姿から、一気に憎たらしい姿に見えてくる。
両足に全体重を乗っけられているため、地味に足先が圧迫され、血が流れが悪くなっているのが分かる。はっきりいって、退いて欲しい。
「まったく、あなた達と一緒だと変な事に巻き込まれるわね」
と狼の代わりかのように、希沙樹が嘆息を吐いた。
「一つ、言っておくと、もうすぐ豪雨が降るみたいだよ」
棗がサングラスの型のBRVを見ながら、言葉を吐いた。
「まじかよ?豪雨なんて降ったら、テントも張れないぞ?」
肩に担いでいるリュックを手で叩きながら、正義が驚嘆な声を上げる。
「それは本当か?」
「ああ」
陽向の問いに、正義が答える。
まったく予期していなかった問題の発生に、陽向が苦渋の表情を浮かべている。正義は、「ん~~」という唸り声を上げながら、頭を悩ませている。
すると、カモノハシのお腹をしゃがみ込んで、触っていた名莉が口を開いた。
「あっちに洞窟みたいなのがある」
「本当?」
狼が訊くと、名莉がこくんと頷いた。
「あるね。八十メートルくらい先に。それにしてもメイっち、こんな木がいっぱい生えてるのによく見えたね」
ヘッドホン型のBRVを付けながら、鳩子が感心している。
鳩子のBRVは聴覚から捉えた様々な情報が鳩子の脳内で映像としてリプレイされ、それを情報端末に出力する形式の物だ。
鳩子の情報端末には洞窟までの距離や方向が記されている。
「じゃあ、一先ずそこに向かいましょう」
「そうね」
根津と希沙樹がお互いの顔を見合って頷きあっている。
「このカモノハシはどうする?」
不意に狼が自分の足に乗っているカモノハシを指差しながら、訊ねるとまたもや
「狼が連れて行くに決まってるでしょ」
えっ、決まってる?
「当たり前のこと訊かないの」
当たり前?
「狼、お願い」
お願い・・・って。
「自分でそんなことも考えられないのか?腑抜けめ」
別に腑抜けじゃないだろ!
「黒樹たちの仲間なんだから、黒樹が連れてってやれよ」
正義まで!!
「はい、スルー」
人をスルーするなー。
「勝手になさい」
もはや、興味ないよ。
と適当なあしらい方をされ、狼はがくっと頭を下に落とした。
狼の目線の先には、腹を仰向けにしたカモノハシ。
なんで自分がこんな扱い方をされなければならないのか。狼はもう抗議する気にもなれず、みんなに言われたとおり、カモノハシを持ち上げ洞窟まで運ぶこととなった。
狼に運ばれているカモノハシは、動かされてもまったく起きる気配を見せず、ぐっすりと眠っている。
カモノハシって呑気で、いいな。
とそんな事を狼はしみじみ感じていた。
狼たちが洞窟まで辿り着き、テントを張り始めるとザーッと音を立てながら雨が降ってきた。
「うわーっ、本当に降ってきたよ」
雨を見ながら、狼が一人呟いていると、肩を思いっきり後ろから掴まれた。
「ちょっと、陽向、僕になんか用?」
「ああ、あるとも。貴様に一つ確認しなければならないことがある」
「何さ?」
「貴様・・・もしや、昨日と同じメンバーで寝るんじゃないだろうな?」
「えっ、あ、そのつもりだったけ・・・ど・・・」
「き、き、貴様ぁあああ。よくも抜け抜けとそんなことをっ」
「なんで、いきなりこんな怒ってるんだよ?」
何故かいきなり憤怒している陽向を見て、狼が狼狽する。だがそんな狼に陽向は目尻を引き上げ、ジリジリと近寄ってくる。
狼が一歩ずつ後ろに下がっていると、足裏にぶにゅっとした柔らかい感触が伝わる。
「グワァァァァァァ」
という声を上げながら、狼の足元にいたカモノハシが飛び上がった。そしてそのままカモノハシはくるっと身を翻しながら、自身の尻尾で狼の頭を叩き落とした。
カモノハシの尻尾に叩かれ、頭にヒリヒリとした痛みが走っている。狼が頭を手で擦っていると、意識から外していた陽向のトンファーが狼の横腹に直撃した。
あまりの痛みに狼はお腹を押さえながら、悶える。
狼に一発を喰らわせてすっきりしたのか、陽向は踵を返し、正義の方に戻って行く。
目に涙を浮かべながら、狼は陽向の意味がわからない行動を嘆くしかなかった。




