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ゲシュペンスト

 フィデリオはドイツの国際防衛連盟の隊員と共に、ドイツ東部にあるブランデンブルク州の州都であるポツダムへと来ていた。ポツダムは商業オフィスが立ち並ぶフランクフルトや首都であるベルリンに比べると、落ち着いた雰囲気のある所だ。

 そんな落ち着いた雰囲気のポツダムの街をBMWのi8で通り抜け、ポツダムの郊外へと向かっていた。最初にフィデリオに国際防衛連盟と共にポツダムに向かうように指示したのは、父であるゲオルクだ。

 ゲオルクは今、オランダで起きたテロについての話し合いでアムステルダムに行ってしまっているのだが、そんなゲオルクから、ドイツで不穏な情報を掴んだという連絡が入ったのだ。

 その不穏な噂とは、ドイツという国にとって目を背けてはいけない問題に関連する噂だった。

「まさか今のネオナチとトゥレイターが裏で繋がっていたなんて……」

 ハンドルを握り締め、フィデリオは怪訝そうな顔で眉を顰めた。

 しかもゲオルクからの話によると、そのネオナチのメンバーが近々ドイツでのテロ活動を企てているという。国際防衛連盟の隊員たちからの話だと、もしかするとアムステルダムで使用された兵器を使ってくる可能性を示唆しているということだ。けれどもしそれが実際に起きてしまったら、オランダのようにドイツでも大きな被害が出ることは変わりない。狙われるとしたら、ベルリン、フランクフルト、ミュンヘン、ドレスデンや学生が多いハイデルベルクなどが対象だろうという予想も出ている。

 こんなにもテロの標的にされる都市の候補が多いと、警戒範囲が広範囲となり、国際防衛連盟だけでは警戒しきれないのも現状だ。

 そのため、軍や警察に各都市の警戒要請をしなくてはならないが、ネオナチの中に因子持ちがいるとなれば、一般的な軍人や民間警察では対処しきれない。

 だからこそ、テロリストが動き出す前にテロリストが潜んでいるという情報が入ったポツダム郊外へと向かっているのだ。

 ドイツの大統領からも、近隣の諸国から猛烈な批判や言及を回避するため、総力を上げて今回のテロを未然に防ぐことを強く所望されている。

 だからこそ、国際防衛連盟も躍起となってテロ活動の撲滅を宣言しているのだ。そしてその意見には、フィデリオ自身も賛成だ。

 誰かの命を脅かすようなテロ行為を絶対に許してはいけない。

 自分は父の様なアストライヤーを目指していて、この前は国の旗を背負う代表として各国のアストライヤー候補とも戦ったのだ。そんな自分が国内で起こる嫌な影を知り、動かないわけにはいかない。

「父さんたちがいなくても、この作戦……やり切ってみせる」

 決意を口にしたフィデリオの情報端末にデトレスからの通信が入った。

 音声モードをオンにして、デトレスからの通信にでる。

『フィデリオ、そっちは目的ポイントに到着しそうか?』

「うん。あと一〇分って所かな。デトレスの方は?」

『俺たちの方は、もう目的ポイントに到着して様子を窺ってる。けど……』

「けど?」

 言葉を詰まらせたデトレスにフィデリオは思わず眉を顰めさせた。デトレスが言葉を詰まらせたのだから、何か問題が起きたと考えた方が良いだろう。

『実はな……ネオナチの奴等が潜んでいる建物内にドイツ軍の上層部、アーベル・バスラー少佐の姿を確認した』

「つまり、軍がテロに関与してるってことか?」

『軍の全体が関与しているかまでは判断できないけど、その可能性はある』

 やはり厄介な事が起きていた。一瞬溜息を吐きながら頭を押さえたくなったが、その気持ちを腹の底へとしまった。今頭を抱えたからといって事態が変化するわけでもない。それに頭を抱えたいのはフィデリオだけではないはずだ。

 道の両側にある住宅街を抜け、橋を渡り、ポツダムの郊外にある目的地から少し離れた場所で車から降り、辺りに怪しい人物がいないかを注視しながら目的地まで向かう。注視しながら目的地まで到着すると、そこにはドイツではよく見られるハーフ・ティンバー構造をした屋敷が見えた。屋敷の大きさを考えると昔、貴族だった者の家だろう。

 そして先に来ているデトレスたちが隠れているのはフィデリオたちの反対側である、屋敷の北側に潜んでいるらしい。

 フィデリオと一緒に来た隊員たちと共に屋敷周りの木の陰に隠れ、様子を窺う。屋敷内の周りにはフィデリオたちが隠れているような木々が鬱蒼としており、小さな森林のようになっている。時折、野鳥が鳴きながら飛んでいくのが見えた。ルカや国際防衛連盟の情報操作士によると、屋敷内からは複数名の因子の気配を感知したという情報がある。そしてその気配を感じる因子の印象として、戦闘レベル的にはそんなに高くはないという事だ。

 そのため、先に来ているデトレスたちからの合図で中に一気に攻め入るという手筈になっているのだが、未だその合図が来る気配はない。少しだけそれに対するじれったさはある。けれど最初にそう決まったのだからそれに従うしかない。

 よく父であるゲオルクにも「冷静に物事を判断して、動け」と言われているが、フィデリオとしてはそれが一番苦手な事だ。WVAの大会の後、昔馴染みのデトレスと共にゲオルクから厳しい説教を受けたのだが……そのときのゲオルクは、フィデリオと戦った真紘を称賛していた。

 真紘の戦い方こそ、ゲオルクが求めているものらしく、あの冷静さがあれば真紘に勝てていたはずだとまで言われたくらいだ。

 冷静さか……自分の中でも父や真紘くらいに気持ちをコントロールしながら戦えたらとは思うが、フィデリオは近くに住んでいたセツナの父、フランツの影響もあってか、気持ちをコントロールしながらの戦い方をあまり好んではいない。

 自分の父親であるゲオルクが厳格な人物で子に厳しく接するのとは反対に、フランツは快活な人物で子を褒めて成長させるタイプの人だった。

 フィデリオは小さい頃からアストライヤーとしての素質があったため、父のゲオルクと共に隣に住むフランツもよく練習に付き合ってくれていたのだ。

 ゲオルクはフィデリオが何か新しい事が出来る様になったとしても、決して褒めることはしなかった。むしろダメだしをしてきたくらいだ。けれどそれとは対照的にフランツはセツナと共にフィデリオの事を凄いと言って褒めてくれた。やはり褒められれば幼い頃のフィデリオは嬉しくなり、もっともっと凄い物を見せよう、もっと褒めてもらおうという考えが生まれ、最終的には今の気持ちを高ぶらせれば、高ぶらせるほど攻撃の威力が上がるという戦闘スタイルになってしまったのだ。

 勿論父の事は尊敬しているし、今となってはちゃんと気持ちをコントロール出来ればとも思うが、身体に沁み込んでしまった戦い方を今更変えることは難しい。

 だからこそ、WVAで負けた時にゲオルクが怒りながら呆れていたのもその為だろう。

「俺もまだまだだな……」

 小さく自分への自己嫌悪を漏らしていると、デトレスたちからの合図が入った。そのためフィデリオは瞬時に気持ちを切り替え、ネオナチが潜む屋敷内へとBRVを復元しながら突入する。

 勢いよく正面玄関の扉を開け、エントラスへと足を踏み入れる。エントラスには高級な絨毯が引かれており、吹き抜けとなったエントラスの天井からぶら下がっている豪華なシャンデリアがオレンジ色の光を放ち、淡く部屋を照らしている。

 屋敷内にはルカが言っていた通り、微かな因子の気配はする。しかし、人がいるという気配はない。フィデリオはすぐさま、屋敷中を駆け回る。

 大きな縦テーブルが置かれたリビングルームに入った所でフィデリオはライフル銃を持ったスキンヘッドの男たちを発見した。男たちは勢いよくやってきたフィデリオに驚きながらも手にしていたライフル銃をフィデリオへと向け、乱雑に銃撃をしてきた。

 だが銃火が見えた瞬間、フィデリオはスキンヘッドの男たちの後ろへと周り、首後ろを手で強く強打し気絶させる。そこへ別の所から入ってきたデトレスたちがやってきた。

「デトレス……何かおかしい」

「ああ、俺もそう思ってた所だ」

 眉を顰めさせたデトレスがフィデリオの意見に同意してきた。

「さっきは確かに因子の気配がしたんだ。けど、さっき気絶させたのは因子を持ってない人たちだ」

「なるほどな。けど俺が感じた違和感はおまえとは違う。俺が出くわした奴は強くはないが因子を持ってた。けど、そいつらはまるで記憶喪失にでもなったみたいに、自分たちが何故ここにいるのか分かってなかった」

「記憶喪失? 演技とかの類じゃないくて?」

 フィデリオが目を細めると、デトレスが肩を竦めながら首を振った。

「どうもそれが、演技っぽくないんだよ。まぁ念のため尋問はするけど」

「そっか。後、さっきデトレスが見たバスラー少佐は?」

「それが……少佐の姿が見えないんだ。確かにこの屋敷内に入ったはずだけどな。おまえも見なかっただろ?」

 フィデリオは静かに頷いた。

 少佐クラスの人物なら顔も知っているし、人一人を見落とすなんてこともない。

『二階にも少佐の姿はなし』

 謎を深める様にフィデリオとデトレスの情報端末にルカからのそんな報せが入った。

「つまり、この屋敷から少佐の姿が消えてるってことか」

「そんなのアリかよ? ゲシュペンスト(幽霊)でもあるまいし……」

 顎先に手を当てながらフィデリオはそう言うと、デトレスが少し戸惑った様子で頭を手でかき回した。そんな二人の元に国際防衛連盟の隊員たちがやってきて、屋敷周りも確認したが怪しい人物はいなかったという報告をしてきた。フィデリオはそれを聞いて益々謎が深まった様な気がした。

「とりあえず、この事を連盟の方に報告して……標的にされる予想の都市、及び近隣の町の警備を強化するしかないな」

 悔しそうに溜息を吐いているデトレスがそう言ってきた。

 このままここを立ち去るというのはフィデリオとしても気が引けるが、空き屋敷でずっと立ちすくして、考えているわけにもいかない。そのためフィデリオもデトレスの意見に賛同するしかなかった。


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