歪んだ想いの塊
筒状の大きな試験管内に入れられているのは、どんな動植物よりも醜い姿をした怪物だ。怪物は試験管内を満たす透明な液体に入れられている。
「Ka―4シリーズ?」
怪物を見て呟いたのは目を訝しげに細めるフィフスだ。けれどそんな目を細めるフィフスの問いにⅪが首を横に振った。
「いいえ、この化物ちゃんたちはKa―4シリーズじゃないわ。きっとこの怪物たちはトゥレイターがKa―4シリーズを造るプロットになったもの。プロットと言ってもアストライヤー側の研究者たちが改良を施していると思うけどね」
「一体、どうしてこんな物が……?」
自分たちの目の前に広がる怪物たちを見ながら操生が首を傾げる。傾げてから操生はある事を思った。
「もしかして……」
出流がトゥレイターに入るきっかけになった怪物ではないか、という推察だ。そしてその持論を持ちながら、操生はまじまじと怪物を凝視する。
試験管内にいる怪物たちは、皆標本のように一定の姿で固まったまま、動かない。きっと死んでいるということはないだろう。しかし生物に必要な呼吸をしているとは思えない。
生きているのに死んでいる。息すらしていない怪物たちを見ながら操生は、そういう感想を抱かずにはいられない。
「どんな使用目的でこれを造ったのか分からないけど……決して世界平和のために造られた物じゃないってことは分かるな」
「そうだね。こんな不気味な怪物たちが世界平和の為に働く姿なんて想像できないよ」
フィフスの言葉に操生が答えると、操生の斜め後ろにいるⅪが頬に手を当てながら首を傾げた。
「でもどうして、私たち、こんな所にわざわざ落とされたのかしら?」
「確かに。きっと俺たちをここに来させたのは向こうの意志だろうからな。けど……」
少し次の言葉を選ぶかのようにフィフスが言葉を渋る。
「けど、何かな?」
言葉の続きを気になった操生が訊ねると、フィフスが操生たちの方を向いて口を開いた。
「俺たちと戦う意思はない」
「それは、この名前も知らない怪物たちが眠ったままだから?」
「まぁ、そうだな。もし俺たちとこの怪物たちを戦わせる気持ちがあるんだとしたら、こんな風に液体の中で眠ってないだろう?」
「そうね。でもそれじゃあ、やっぱり理解不能になってくるわ。向こうがわざわざ私たちにこの怪物たちを見せてきた理由が。まさか自慢のため、ってわけじゃないでしょう?」
Ⅺの問いにフィフスが苦笑を零した。
「さすがに、それは……な」
戦うわけでもなくて、ましてや自慢でもない。なら、自分たちにこれを見せることにどんな意味が込められているのだろう? 自分たちに突き付けられた意味を探し出そうと、操生は考える。
多分、自分たちをここに来させたのは豊の息子である條逢慶吾だろう。証拠という証拠はないにしろ、操生はそれに断定に近い確信を持っていた。
そのため……
「條逢君、君には申し訳ないんだけど……私たちが君からのダイニングメッセージは受け取れそうにないよ。私たちは推理が得意な小学生ではないんだ。もし君に私への良心があるなら、答えを教えて欲しいんだけど?」
誰もいない空間に、そう語りかける。
慶吾なら今ここにいる自分たちを見ている様な気がしたからだ。そしてその考えは当たっていた。
「いいですよ。別に答えの出し惜しみをしたいわけじゃないので」
自分たちを別の場所から見ている慶吾の顔が、何もない空間にまるで映画の投影機で映し出された映像で、慶吾の姿が映し出された。
「あら、ミステリアス系の可愛い子ちゃんじゃない」
映し出された慶吾を見て、Ⅺが呑気な事を呟いた。するとそれを聞いた慶吾本人は、初めて見る人に多大なインパクトを与えるⅪに、にっこりとした笑顔。
さすがミステリアス系男子、何事にも動じないね。
二人の姿を見ながら操生は内心でそう思った。
「初めまして。トゥレイターのナンバーズの皆さん。條逢慶吾です。では早速、貴方たち三人にここを見て頂いたのは、言ってしまえばたまたまです。別に特別な理由があったわけじゃありません。ただ誰かに見て欲しかったんですよ。この歪んだ想いの塊を。そしてそう俺が思った時に目についたのが貴方方だったんです」
「歪んだ想いの塊……まるでファンタジー小説に出てきそうなフレーズだね」
「それほどでも。でもこれが答えなんです。誰の歪んだ想いなのかは、少し考えれば察しできると思いますけど?」
どこか掴めない雰囲気を醸し出す少年が、口元に微笑を浮かべる。操生はそれを見て、肩を竦めた。
「理事長の事だね」
「ご名答ですよ。杜若教官」
「この怪物たちが理事長の想いの塊だとしたら、相当悪趣味な想いだね。息子としてそう思わないかい?」
操生が慶吾にそう訊ねると、慶吾は首を横へと振った。
「別に悪趣味とは思いませんね。別に形そのものに対しての感想とか希望はなくて、ただ、自分の強い怒りを何かの形に具現化したという所に、感心しますけど」
「それで? その具現化した怒りで何をしようとしているか……そっちは教えて貰えるのか?」
「ええ、別にそれは構いませんよ。隠したって意味ないですから」
フィフスの問いに慶吾が頷く。
「随分、私たちに対するサービス精神が旺盛だね。何か企んでいたりするのかな?」
「まさか。そんな貴方方が危惧するような企みなんてしてないですよ」
「わかった。なら聞かせてもらうよ。宇摩理事長がこんな不細工な怪物を造って何をしようとしているのかな?」
「あの人がやろうとしてることは、そこで眠っているシヴァでまず、国防軍の壊滅を狙ってます。まぁ、後に世界的な軍事機関を破壊しようとしてるんですけどね そしてそれをする為に、まず押さえるべきは自分たちと同じ因子を持った人を仲間にするか、自分の目的が達成されるまで、因子を持った人たちを押さえつける事を考えたんですよ。軍事機関を潰すのにそれほど時間はかからないでしょうけど、因子持ちを相手にすると、骨が折れますからね。けどあの人は因子持ちの人を殺すことは考えていない。だからそこにいる欧州地区のナンバーズの人も生きてるわけです。でも根本的に殺すことより生かして押さえこむ方が難しいんですよ。だからそれを円滑に補助してもらおうと、トゥレイターの姫君を奪取したということです。だから、こちら側が彼女に危害を加えることないので、ご安心を」
慶吾がモニター越しに、目を閉じ軽く頭を下げてきた。まるで、貴族がするような会釈にも見える。そして操生たちは、慶吾の言葉に驚愕していた。
何か企んでいるとは思っていたが、まさか世界的規模の軍事機関の破壊だったとは知らなかった。そしてそれを何のためにするのか? 操生の中で新たな疑問が生まれる。
しかし、その疑問を考え込むよりも先に身体はBRVを復元していた。
復元したBRVを揮い、試験管内で寝たままのシヴァと呼ばれる怪物兵器を破壊する。試験管のガラスが砕け、中の液体が勢いよく噴き出す。
「素敵な光景ですね。こんな光景を見ていると本当にどっちが悪でどっちが正義なのかが分からなくなりそうですよ」
目の前でシヴァを破壊されているのにも関わらず、慶吾の顔に動揺も焦りもない。ただ平然と笑っている。
「少なくとも今の俺たちは正義だな」
「そうね」
フィフスとⅪも操生と同様にシヴァの破壊を始める。だが三人で壊していっても、まったくその数に切りがない。破壊した試験管の後ろにはまた別の試験管があり、やはりそこには眠ったままのシヴァがいる。
「じゃあ逆に質問なんですけど、その正義感は一体どこから来てるんですか? 一般的な良心? 道徳観? どこからですか?」
シヴァの破壊を続ける操生たちに、慶吾が穏やかな口調で訊ねてきた。
操生は訊ねてきた慶吾を横目で見ながら口を開く。
「答えはどちらもかな。はっきり言って私たち、トゥレイターは軍事機関と関わることが多い。そして関わる事が多いからこそ、呆れ返る程自分の欲のことしか考えていない連中を見飽きるくらい見てきたよ。だからはっきり言って、そいつらが死のうが、生きようがどっちでも良いけど、それでも中にはちゃんとした信念を持った人もいるし、軍人の家族だっている。そんな人たちを考えず、はい、消えてくれなんて、あまりにも残酷じゃないかな? それに、その所為でもう悲しんでいる人を私は知ってる。だからこそ、私はここにある生物兵器を見過ごすわけにはいかないんだよ」
「なるほど。そして悲しんでいるっていう人は佐々倉出流君ですね? 確かにあれは不運だったと思いますよ。彼がシヴァを見たとき、あの時は丁度これが完成する前の段階の試験テストで、こことは別の山奥にある研究施設で動物を使った試験を行おうとしていた所に、何らかの事情でそこにいた少年たちが襲われたと。そしてその内の一人が彼で、彼は因子を持っていたため敵と認識されず、無傷で生還。大体はこんな感じですかね」
やはり出流が見た怪物はトゥレイターに入る前のイレブンスを襲った怪物で正しかった。そしてそれを知り、操生は苦虫を噛むように唇を噛む。
きっと一番この怪物たちを破壊したいのは出流のはずだ。
そう思うと、操生はさらにきつく唇を噛んだ。もどかしい。
けれどここにイレブンスはいない。この事実をイレブンスに伝えようと思っても通信が上手く入らないようになっている。だからといって、この怪物たちを見過ごすことも出来ない。
「ミサオ、今は何も考えず、自分のやるべきことだけやりましょう」
表情を険しくしていた操生にⅪがウィンクをしながら声をかけてきた。
「大丈夫よ。J―イレブンスちゃんだってミサオが頑張ってた事くらい分かってくれるわよ」
まんまと自分の気持ちが見透かされていることに、操生は目を丸くする。するとⅪと共にフィフスまでもクスリと笑ってきた。
「さすが元バディ。考えるてることが何となく想像しやすい所、似てるな」
「うふっ。良いんじゃない似た者同士って。素敵よ?」
二人からそんな風に茶化され、さすがの操生でも少し照れくさくなった。人にこういう事を言うのは平気でもいざ、自分が言われると少し照れる。
けれどそのおかげで少し肩の力が抜けた気がする。
そのため、操生は表情を緩めて
「当然だろう」
と答えた。
「良い感じに気分が緩んだ所で、この怪物たちの機能が停止している間に一気に方を付ける」
「了解よ」
「わかった。じゃあこのまま自分の怪物兵器を壊させてもらうよ?」
慶吾に向けそう言ったのだが、もう既に慶吾の姿が映し出されていたモニターは消えている。けれど別に構わないと思った。モニターがあろうとなかろうと、慶吾が自分たちを見ていることには変わらないのだから。




