メタファーとシミリ
慶吾の情報端末からモニターに映し出される、イレブンスたちの様子を見ていた豊は楽しそうな笑みを口元に浮かべていた。
「随分、派手な事になってるね」
「あはは。少しやんちゃな気もするけどね。まぁ、このくらいは大目に見ようじゃないか。それで、行方君と九条君の治療は進んでいるのかな?」
「進んでるんじゃない。一応。先に治療を開始した行方先輩の方は六割で、九条会長はまだ治療を始めたばかりだからね」
肩を竦めてきた慶吾に豊は、満足そうに呟く。
「それは良かった。行方君も行方首相の一人息子で九条君に至っては、公家のお嬢さんだからね。大切に扱わないと」
「口で言う割に大切に扱ってるようには、まったく見えないけどね。これは俺の見方が間違ってる?」
「そうだね……私が彼らを戦わせたのは、九条君は勿論だけど、彼等が戦うことを望んだからだよ。つまり、私は雑に彼らを扱っているというよりは、彼らの意見を尊重しただけということさ」
「それはそれは」
軽い様子で慶吾が豊の言葉を受け流す。いつものやり取りだ。そして豊もそんな慶吾の様子を気にする事はない。豊自身、今の会話に何の意味も含ませていないからだ。
けれど、豊にとって周や綾芽を大切に扱っているという点は嘘偽りなどない。それは彼等の後ろに日本の代名詞とも思える人物がついているからというものでもない。豊は常に生徒を大切にしている。彼等は自分の同士。そして自分たちのお姫様を助け出すために奔走しているトゥレイターの者にさえ、同じ感情を抱いている。
「慶吾、私は思うんだけどね、彼等は打つべき相手を間違えていると思わないかい?」
豊がモニターに目を向けたまま、慶吾に訊ねる。すると後ろにいる慶吾が溜息にも似た息を吐くのが聞こえた。きっとわざとオーバーに息を吐いたのだろう。
「それを言っても仕方ないんじゃない? 貴方が思う敵と彼等が思う敵は違うんだから」
「……そうか。悲しいね。同士にも関わらず意志疎通が取れないというものは。本当に歯痒くてたまらないよ。本当に歯が痒くなってしまいそうだ」
わざとらしく豊は歯を見せる様に「い」という口の動きをした。けれどそれに対する慶吾からの言葉はない。沈黙が続く。
けれどその沈黙を慶吾が破ってきた。
「それにしても意外だったな。貴方が世間という漠然とした物に忿怒を感じてしまうほど、友人想いだったとはね」
少し首を後ろに回して慶吾を見る。すると慶吾が物腰柔らかそうな笑みを浮かべていた。自分の息子ながらその笑みはすごく完璧な笑みだ。けれど完璧が故に軽薄に見える。そしてそんな軽薄で物腰柔らかい慶吾の笑みを見ながら、豊は短く息を吐いて肩を竦めさせた。
「君は私をどんな風に思ってるんだい? まさか、素敵な青春時代を共に過ごした友人に何の情も沸かない、史上最低な男とでも見えたかな? ふむ。もし君にそう見えてしまったら、私からしたら大いに心外だよ。私は君を息子という枠を超えて、一種の友としても見てるんだからね」
「んー、友達か。さすがに実の親からそう言われると思ってなかったけど……まぁそうだね。友とまではいかないけど、池で魚の釣り方を教えてくれるおじさんくらいには思ってるよ」
「ははは、君は釣りなんてしたことなかったはずだがね?」
「俺たちの親密さをメタファー的に表現すると、だよ」
「なるほど。いいね。私もそういうメタファー的表現は好きな方だ」
「やっぱり、親子だから感性は似るんだろうね」
慶吾の言葉に豊は声を上げて短く笑った。
「まさにそうだね。けど君は私に似なかった点もある」
「それは?」
親指を立てる豊に、慶吾が笑みを浮かべながら小さく首を傾げてきた。
「他人と心と心で手を繋いだことがないという点だよ。残念ながら君は、他人に対して深く興味を持つことができないからね。君のお母さんと同じく」
豊と慶吾の母親である條逢可奈子は、お互いの家が取り決めた政略結婚だ。二人の間に子はあれど愛は存在しない。あったのは、お互いに自分の遺伝子を受け継ぐ子供はどんな物なのか? という好奇心しかなかった。しかしそんな好奇心から設けた子供とはいえ、豊は慶吾に満足している。慶吾の情報操作士としての類稀なる素質に加え、人に深い興味を示さない割りに感性は豊かという矛盾点が気に入っていた。
「心と心で手を繋ぐか……んー、そうだね……考えてみればないね。それははっきり言える。むしろ、俺が手を出しても、皆が手を叩き落としてくるんだよ。何でだろうね?」
「それは君が高い位置から見下ろすように、手を下げるからじゃないのかな?」
「まさか。俺はそんな高い位置に自分が立っていると思ったことはないよ。高い所に昇った記憶がないからね」
「勿論だとも。君は昇るまでもなく、元々高い位置にいたんだから、昇った記憶がないのは当然だ」
「なるほど。でも貴方は高い位置から低い位置に行くことも可能だし、低い位置から高い位置に行く事も可能なわけだ」
豊は間を置く事なく頷いた。
「実に素晴らしいと思わないかい? 私のコピー能力と言う物は」
オーバーに両手を広げながら豊が慶吾の方を向くと、慶吾があっさりと頷いてきた。
「だろうね。まぁ、相手の因子量、質、技巧、体術……全てをコピーしてそれを使いこなせるなんて、化物としか思えないね」
「ははっ。化物とは失礼な」
「だってそうだろ? キリウス・フラウエンフェルトにしたって、彼は最強が故に自分を超えることができず、貴方に敗北した。きっと自分を過信してたんだろうね。自分よりも強い者はいないって。だから貴方の登場に驚愕して、動揺した。そこをずる賢い狐のような貴方は突いた」
まるで推理小説の中に出てくる探偵役の様に、慶吾があっさりとした声で説明する。そしてその説明は続く。
「だからこそ、完成作品のキリウス・フラウエンフェルトより未完成である黒樹君の方が、貴方としては強敵だと思うけど? はっきり言って元からキリウスと同等の因子量、質を持っているのは黒樹君だけだからね。けど黒樹君は因子面においては完璧でも技巧レベルは完璧じゃない。未完成だ。そして未完成だからこそ完成したら、どうなるのかが分からないんだ。その完成速度もね」
慶吾がそう言いながら目を細めて笑う。
「まさに、そうだ。私が一番恐れるとしたら完璧な完成品ではなく、杜撰な未完成品なんだよ。けど私は黒樹君と戦う気なんて毛頭ないよ。彼は私の大切な友人、晴人と春香の一人息子なんだからね」
「うん、本当に美しい友情だ」
「そうだろう。けどそんな私の友人の命は、世間に踏みにじられてしまったんだよ。彼は、晴人は日米共同の演習訓練の擁護人として、合同訓練の間、戦艦に待機させられていたんだよ。その時、因子を持っていたのは晴人一人。あとは因子を持たない一般の軍人だ。そしてその演習時に、数十人規模のトゥレイターがその戦艦に奇襲を仕掛けたんだ。因子持ちの戦闘員を使ってね。勿論、晴人は強い。例え人数がいようとも勝てないはずがないんだ。けどね、そのトゥレイターの内の一人が戦艦に火をつけて船を炎上させたんだ。晴人は、一生懸命に敵と戦いながら、船に乗っていた一般軍人を船の外に逃がした。一人も死なせることなく。ただ自分が逃げるまでの時間は残せなかったけどね。その戦艦には日米合わせて、二百人は乗っていたからね。もし彼らが自発的に船から海に飛び降りていてくれたら、晴人が死ぬことはなかっただろう。けれど彼等はそうしなかった。まるで晴人の力量を見定めるかのように船に残っていたんだ。しかも、その船を襲ったトゥレイターを裏で引いていたのは、晴人が助けた軍の上部の連中ときた。ああ、本当につまらない話だね。それに加え、助けてもらった者たちが口を揃えて言ったのは、『よくも一隻の船を駄目にしてくれたな。どうしてくれるんだ? ……死んだ? だからなんだ? アストライヤーならテロリストと戦って、死んでしまったとしても、それは国から優遇されている以上仕方ないことだろ。つまらない事を言うな』の一点張りだ。それも初老を迎えた軍の上層部たちが、自分たちよりも高い階級にいるアストライヤーを疎ましく思っての行動だ。しかも晴人が、人一人が死んだというのに、ニュースで報じられたのは、『軍の演習中に戦艦がシステムトラブルによりエンジンが炎上。幸い死亡者、0』という報道だよ? つまり報道陣たちもグルになって、偽りの情報を流したんだ。そのニュースを見た時、私は痛烈に思ったよ。ああ、こんな俗物に染まったつまらない物のために、生きるべき晴人が死んでしまったと。そしてそんな世の中を壊したいとね。悪いね。話が長くなってしまった。けど、私は今のこの気持ちを口から吐き出さずにはいられない。考えてみて欲しいんだけど、我々は因子を持っていたとしても、人だ。簡単な傷を応急処置できてしまったとしても、特殊な技を使えたとしても人だ。自分たちが他者より丈夫であり、戦えたとしても人だ。人ならばやはり、生への執着があり、死への畏怖がある。それなのに、俗物たちは我々がそれを持っていることは考えないんだ。彼らにとって、我々は自発的に動く戦闘ロボットとしか見ていないんだよ。だから、自分の命に相当する優遇を与えられているだけの我々を妬むんだ。そして私はそんな俗物を生み出し、その俗物のいいなりになる世間を絶対に許しはしない。そして彼らが晴人の死によって私に教えた通り、私も広く世間に教授しようと思っているんだ。徹底的に。世の中は不平等だ、だから君たちは力あるものに管理されて生きなければならないと。つまり管理者は我々、因子を持つ者が世界を動かし持っていない者たちは、我々が決めた世界の流れに従わなければならないということだよ」
「そして貴方はその思想の創造主?」
豊の話を黙って聞いていた慶吾が愉快そうに笑いながら、訊ねてきた。
「いやいや、私は創造主何かにならなくて結構。縁の下の力持ち的なポジションでいいんだ。そして今はそのシステムの基盤を完成させようとしている最中なんだ。けど、やんちゃな彼等は、コソコソと動くからね。少しだけ、こらしめないといけない」
肩を竦めてモニターへと視線を戻した、豊かに慶吾が小さい声で呟く。
「貴方はもうすでに立派な創造主を演じる役者だよ」




