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ターニングポイント

「コイツから、尊敬してるなんて言われたら、それこそ何か裏があるんじゃないかって疑心暗鬼にかかりそうだ」

 苦笑しながらオースティンに皮肉を返す。

「あぁ? そんな床で寝てる奴が俺に偉そうなこと言ってんじゃねぇー」

「おまえ、人が動けないことを良い事に言いたいこと言いやがって……」

「はいはい。こんな所で睨み合ってても仕方ないから、先に進まない? Jー11は6thが肩貸せばいいでしょ?」

 睨み合うイレブンスとオースティンの間に7thが入り、先に進む事を即して来た。

 すると6thが寝そべっていたイレブンスの腕を掴み、立ち上がらせてきた。イレブンスも6thの肩に捕まりながら立ち上がる。

 まだまだ体の感覚は心もとない。

 そんな自分の状況に普段なら嫌気がさしそうだが、今は嫌気をさす気力も無い。6thに掴まりながら先を進む。足がもつれそうになるのを踏ん張って堪えて、足を前へと動かす。

 その時、後ろにいたはずのマイアが空いているイレブンスの横へとやってきて、身体を支えて来た。思っても居なかったマイアの行動にイレブンスは思わず目を見張る。

「意外か?」

 イレブンスの身体を支えながら歩きながらマイアが横目でイレブンスの顔を見て来た。

「少し、だけな。なんか、おまえって一匹狼っぽい所があると思ってたからな」

「オ〜イエス。俺もてっきりクールなガールだと思ってたぜ?」

 友好的な笑みを見せながら、イレブンスと同じ事を思った6thが肩を竦めさせる。するとマイアは顔を前に向かせながら、イレブンスの身体を支える手の力を微かに強めてきた。

「私は、前に貴様とした約束を果たしたいだけだ」

「約束?」

 マイアの言葉を聞いて、イレブンスがしばし考える。前にしたマイアとの約束とは何だったか? 思い返して見ようとするものの、深く物事を考えるほど頭が働かない。

 だから、イレブンスはほぼ反射的にマイアに聞き返していた。するとマイアが少し悲しげに表情を曇らせたのがわかった。何故彼女が表情を曇らせるのか、イレブンスにはわからない。分からないからこそ、イレブンスはそれとなくマイアとの距離を感じてしまう。

 しかしそれは仕方ないことなのかもしれない。

 イレブンスは内心でそう思った。誰だって他人のことを一から百まで理解することはできない。

「悪い。まだ約束の件は思い出せそうにない。けど、こうして貰えるのは助かる。ありがとな。Fー6も」

「……別に構わない。気にするな」

「人間、助けあいがもっとも大事!」

 マイアの返事した後で6thがニッコリとした友好的な笑みを浮かべて来た。

 反逆者の俺たちが助け合いか。笑えるな。

 笑っている6thの顔を見ながらイレブンスは口元に微かな笑みを浮かべた。微笑を浮かべながらふと、イレブンスは自分の考え方が前より変わっている事を感じた。

 ほんの前まで、同じ組織に入っている者でさえ、深い仲間意識を持っている感じはなかった。確かに今も自分のやりたい事のために、行動しているだけなのだからチームプレイとは到底言えないが、けれど今こうして他のメンバーがいることを心強く感じてしまっている。どんなに自分に憎まれ口を叩いてくるオースティンにさえだ。イレブンスはそんな自分がおかしくて笑いたくなってくる。しかし、それは決して悪い気分ではない。

 俺も変わったんだな。イレブンスは二人に支えられながら自分の変化を感じずにはいられなかった。

 人は変わる。それは誰にも止めようも無いことだ。人には色んなターニングポイントがある。良い物もあれば悪い物もあるだろう。どちらにせよ、人はそれを受け入れるしかない。

 そして今の自分が変化し再構成される分岐点をイレブンス自身気づかぬまま、過ぎ去っていたのだろう。今こんな時に気づいたということは、つまりそういうことだ。

 過ぎ去ってしまった分岐点がいつなのか、イレブンスは考えない。考えた所でその行為に意味はないと思うからだ。自分は変わった。ならそれでいい。

 良い事というのは悪い事より、記憶が薄い。悪い事の方が、灰汁が強い……言い方をかえれば、記憶が鮮明に残りやすい。だからこそ、自分は今でも大切な友人が失ったこと、ヴァレンティーネを連れ戻すことができなかった記憶を、まるで昨日の事のように思い出せるのだろう。皮肉なもんだ。

 もしかすると、さっきオースティンに助けられたことも常に思い出すことになるかもしれない。

 自分がオースティンに助けられるなんて、イレブンスからしてみれば最悪な出来事としか言いようがない。ターニングポイント。さっきの出来事が自分とオースティンのそれにならなないことを、イレブンスは切に願った。




「なかなか、アンタたちもしつこいわね」

 肩を上下させた涼子が憎々しげに操生の顔を見る。だがそれは操生からしてみても同じ意見だった。お互いに疲弊し疲れている。自分の正直な気持ちを言ってしまえば、「もう、やめようか」と言って、床へと座り込みたいくらいだ。けれどそれはできない。

 何故なら目の前には敵がいて、その先には出流がいるからだ。自分はそこに追い付かなければならない。どんなに体力的に疲弊していたとしても、向かわなければならない場所がある。

「生憎、私は自分の愛する者のためには、苦労を惜しまないタイプなんだ」

「若いわね~。それ言ってられるのも、あと五年が限度よ? これは人生の先輩からのアドバイスとして聞いておきな」

 操生は苦笑を浮かべる涼子の言葉に肩を竦めた。

「そうなんだよ。私はまだピチピチの乙女なんだよ。だから私は頑張るんだ。そして私にそんな事を言うって事は、自分が二十五くらいで限度がきちゃったのかな?」

「残念、あたしの限度はアンタくらいで終わったわよ」

「さっき子供がいるって言ってたね? つまり旦那さんへの愛情は私くらいで過ぎ去ったてことかな?」

「過ぎ去ったねぇ~、まぁそう言われればそうかもしれないし、違うといえば違う」

 因子疲労の症状を引き起こさないように、与太話を続ける。きっとそれは操生だけの考えではなく奇しくも涼子と同じ考えだ。

 だからこそ、二人はお互いの動きに注視しながらもどうでもいい事を話している。

 けれどこうやって、因子疲労を起こさないように体内に流れる因子を休息させられるのは、時間の問題だろう。

「実に曖昧な返事だね。旦那さんも可哀想に」

「可哀想も何も旦那じゃないからね。まぁ、そこは大人の事情ってやつだけど」

「それはすごくディープな事情がありそうだ。こんな時じゃなかったら是非、今後の注意すべき参考として拝聴したいよ」

 相手の動きに微かな変動があった。操生もそれに合わせてBRVを構える。

「これまた残念ね。あたしは自分の人生の安売りはしない主義」

「人生の安売り……なかなかの言葉じゃないか」

「勿論」

 言葉を交わしながら、二人はお互いへと肉薄し武器を衝突させていた。操生が持つ薙刀の刃と涼子が手にする手裏剣の尖った刃が衝突する。

 するとその瞬間、操生が後ろへと吹き飛ばされる。武器に目一杯の因子が注ぎこまれていたのだろう。そこに操生の因子を目一杯というわけではないが、含んでいたBRVが衝突し、因子の流れが薄かった方が空気バネのように弾き返されたのだ。

 弾き飛ばされた操生を追う様に涼子の手裏剣が飛翔してくる。体勢の崩れた操生を切り刻もうと向かってくる。自分へと向かってくる手裏剣を睨みながら床へと着地する。

 着地したのとほぼ同時に涼子のBRVが操生の持つ、薙刀と衝突してきた。主の手から離れ、薙刀と衝突しているのにも関わらず、手裏剣の勢いは止まらない。

 そして一つの手裏剣を相手にしている間に、もう一つの手裏剣が涼子の手から手裏剣が打たれる。

暗鬼手裏剣技 二双車

 遅れて打たれた手裏剣が炎塊となって、自分へと向かってきたかと思えば、操生へ火花を散らしていた手裏剣もまるで遠隔操作でも受けたかのように、炎を噴き出し始める。

 視界が炎へと包まれ、遅れて飛んでくる手裏剣が見えない。視界が塞がれてしまったのだ。しかも目の前では猛烈な業火の熱が操生を襲ってくる。

 仕方なく操生はさらに後ろへと跳躍し、二つの手裏剣から距離を取る。とめどなく身体中の毛穴から汗が吹き出し、汗が気持ち悪く操生の背筋を伝う。

 操生が後ろへと跳躍したことにより、前へと進みながらも床に落下した手裏剣が炎を上げながら、追撃の機を見定めるかのように回り続け、もう片方の手裏剣は室内の壁を削る様にして操生へと向かってくる。

「押されっぱなしというのも、気が引けるね……」

 静かに呟き、操生が因子を薙刀に流し込む。流し込みながら操生は黙考する。相手を倒すための方法を。助けは求められない。

 目に見える範囲にいるとしても、少し離れた所でⅪもフィフスも戦っている。当たり前のように聞こえてくる衝突音に銃声。それがもう当然過ぎて耳が異音だと認知しない。音が絶えることがない。そのくらいの戦いを二人とも繰り広げているのだ。

 けれどこのまま戦いを継続していても、体力と因子が消費されるだけだ。それをなんとかしないといけない。

 考えている間に壁を削っていた方の手裏剣が操生へとやってきて、操生はそれを跳ね返す。跳ね返された手裏剣は一定の距離の所で再び回転数を上げて、操生へと戻ってくる。

 そんな動きを見せてきた手裏剣を見ながら、操生はある事を考えた。ただこの作戦が成功させるには自分の残っている因子量次第だ。

 もしうまく行かなければ、最悪……二つの手裏剣に身体を真二つに切り裂かれる可能性がある。けれどやらなければ、このままだ。

 操生は意を決して足を前へと進ませる。

 足を進ませた操生に呼応するように、床を削っていた手裏剣も息を吹き返し操生へと向かってきた。操生はその向かってくる手裏剣に合わせて、身体を移動させ、もう片方の手裏剣にしたように涼子の方へと弾き返す。一つを弾き返せば、片割れの手裏剣が操生へとやってきて、それも弾き返す。

 この行動を繰り返す。

 まるでテニスプレイヤーが壁に向かってボールを打っているような感覚だ。しかし操生が弾き返しているのはテニスボールではない。飛んでくる速さと攻撃力を増してくる、敵の武器だ。しかも操生が弾き返す度に、手裏剣が纏っている炎が辺りに飛び散り、火の海という光景を作り出している。

 それでも操生は怯むことなく、その武器を弾き、前へと進んでいる。自分自身の因子の質を練り上げながら。

 涼子との距離が大分縮まった。そのことに相手が焦る様子もない。どんなに敵に近づかれても大丈夫という余裕があるのか?

 相手は動かない。まるで操生のやる事を見定め、そしてみきりをしようとしているかのようだ。

 弾き返す二つの手裏剣が涼子へと接触するかしないかの所で、操生へと戻ってくる。それを見た瞬間操生は前へ進むのをやめ、その場で立ち止まり薙刀から熱を含んだ因子の残滓を辺りへと撒き散らせる。

 向かってくる手裏剣が自分へと接触しそうなタイミングを見計らって、操生は薙刀を振り下ろす。

薙刀技 (ざん)()

操生の薙刀が向かってくる手裏剣を縦に一刀両断する。一刀両断された手裏剣は炎が鎮火し床へと落ちる、そしてもう片方の手裏剣を操生が斬華に続いて剣花による斬撃で涼子へと弾く。

 勢いよく自分へと向かってくる手裏剣を涼子が、さらりと避ける。

「避けても無駄だってことは貴女も分かってるだろ?」

 手裏剣を避けた涼子の後ろへと周り、操生は涼子の袖下から腕を通しそのまま羽交い締めにする。

「なっ」

「驚いている暇はないと思うよ? かなり勢いをつけてくれたからね」

 操生の言葉が言い終わる瞬間に、操生へと向かって戻ってきた手裏剣が羽交い締めされている涼子の身体を引き裂いた。


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