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世間知らずの獣女

 巨大な爆発の爆風によって、イレブンスは宙へと吹き飛ばされていた。けれどその中でも弓を連続的に引いていた。爆発の中心にいる綾芽へと向け。

 イレブンスが放つ矢は綾芽を貫通する。両肩、両足、そして腹。

 綾芽へと容赦なくイレブンスは矢を射る。

 爆発音の騒音の所為で、辺りは一種の無音に包まれていた。矢が風を切る音もなければ、矢が体に突き刺さった綾芽からの苦悶の叫びなどもない。むしろ、綾芽は叫び声なども上げておらず、笑っているかもしれない、とイレブンスは思った。

 元々接種型である者は、己の身体事態が武器であり盾であるため、肉体が強固となっている。イレブンスは綾芽による反撃を注意しながら、体内で因子を練る。

 次に綾芽が反撃をしようとした瞬間にイレブンスも追撃を加える下準備をしておく。

 爆発が部屋中に衝撃と熱を加え、そこから新たな誘爆を起こしている。そんな中、熱を帯びた空気に変化が起きた。

 熱風が鋭いナイフで引き裂かれたような感覚。それは爆発の中心からイレブンスへと真っ直ぐに向かってくる。

 綾芽からの反撃。

 そう判断したイレブンスは準備していた因子の熱を弓で構え、弦を引いた。

 空間変奏 曳火(えいか)

 弓から放たれた矢がまるで空中で砲撃のように炸裂し、その炸裂した爆発から灼熱の熱線が綾芽へと襲いかかる。けれどこの攻撃を与えたからといってぼさっとはしていられない。

 相手が動けなくならなければ、到底倒したとは言いがたい。

 イレブンスは自信の攻撃が炸裂した方へと足を疾駆させる。銃弾の銃爪を引き続けるのと同じように、弓を連続して引き続ける。

 先ほどから綾芽の高笑いがイレブンスの耳にこびり付き離れない。どんなに爆発の騒音に外部からの音が支配されようとも、あの女の高笑いはイレブンスの聴覚内部にこびり付いて、騒音に消されることはない。

 今でも耳の奥であの高笑いが聞こえてくる。

 だからこそ、どんなに綾芽に連続攻撃を放っても、手を休めることはできない。あの笑い声を聞いていると自分の攻撃が全て無駄な物に思えてくる。

 しかし綾芽が不死身というわけではない。前に自分が完敗させられてしまったキリウスと同じ強さというわけでもないし、イレブンスからしても難関ではあるが決して勝てない相手とも思わない。

 それにも関わらず自分は綾芽に対して妙な不気味さというか、恐怖心を抱いているように感じる。それは何故なのか? やはり自分の攻撃が相手に効いてないような気になるからか? いや、違う。確実に自分の攻撃は綾芽へと当たり、その身体に損傷を負わせている。

 さっきも思ったとおり、不死身を相手にしているわけではないのだ。

 思考している間に先ほどよりもイレブンスは綾芽に近い場所で止まり、そこから攻撃を行っている。

そんなイレブンスの表情は、あからさまに曇っていた。

「愚弟よ、貴様は妾の身体が血に染まっても、なんらの感傷も受けぬであろう? けれど、妾たちに流れる血は同じ。そして己が駆使する因子もまた同じ。そして同じ因子は共鳴し、半身であれど……お互いに何の情も沸かぬ妾たちの神経を静かな刺激で撫でまわしてくるのだ。貴様たちは同等で同類の存在であると。それを貴様も感じているのであろう? だからこそ、斯様な表情(かお)をしているのであろう?」

 綾芽がイレブンスにそんな言葉を掛けながら、突貫してきた。

 突貫してきた綾芽から勢いのある足刀がイレブンスへと叩きつけられる。痛みを感じる暇もないままイレブンスは後ろへと勢いよく飛ばされ、数十メートル先にある壁へと叩きつけられた。

 そして壁に背中を強打しながら、床へと倒れ込む。

 足刀による衝撃と背中を強打したときの衝撃で圧迫された肺が、肺の中にあった空気を外に吐き出す様にイレブンスは激しくせき込む。その中に微かな血の味が混じる。

 イレブンスは立ち上がり、口元の血を腕で拭い、前方を見る。前方では黒い影を操る柾三郎とマイアが戦っている。そしてその二人より、自分に近い前方には身体の至るところから血を流し、目を細め、妖艶に笑う綾芽がいる。

 綾芽は着物を着崩れさせながら手をだらりとさせている様子からは、戦意を損失したようにも見える。けれど綾芽の瞳には、戦いへの深淵(しんえん)が見て取れた。

 そんな綾芽を見てイレブンスは心の内に張っていた糸が切れるように、静かな失笑を浮かべた。

 イレブンスの失笑を見て、綾芽が目を細める。けれどイレブンスは綾芽に対して笑ったのではない。自分に対して笑ったのだ。

 綾芽は自分の先の事など考えはしていない。綾芽はただ自分の本能に生き、それをひたすら楽しんでいる。だからこそ、笑い、拳を揮い、悦楽を感じるのだ。それを考えたとき、今の自分はどうだ?

 どんなときでも、先にある何かを考え、眼前の物を見ていない。だからこそ、足元に現れた障害に躓かされる。そんな当然の事をイレブンスは綾芽から気づかされた。

「余力を残して戦おうってのが、そもそもの間違いだよな?」

 失笑を浮かべたまま、独り言のように言葉を吐き捨てた。そして静かに深呼吸をする。深呼吸をして意識を集中させる。雑念を払い、ただ目の前の相手に一矢を放つことだけを考える。

 イレブンスはこちらへと向かってくる綾芽を凝視しながら弓の弦を強く、強く、強く引き絞る。弓幹の先が反ってしまう様な勢いで弦を引き絞る。弦を引き絞るイレブンスに呼応するかのようにだんだんと因子の熱が上がって行く。

 周りの空気が熱くなり、歪む。

 空間変奏 (あし)()

 イレブンスの限から引き絞られた山吹色の矢が眩い光を放ちながら、綾芽へと物凄い飛翔速度で飛んでいく。綾芽は自分へと飛んでくる矢を手刀で斬り払おうとするが、矢が斬り払われることはない。むしろ、斬り払おうとした綾芽の腕を、鋭利な刃物で斬り付けたかのように切り刻み、それでも尚、勢いを殺さずに綾芽の胴を貫通する。

 葦矢が綾芽の身体を貫通した際に、体内で因子の熱が爆発する。綾芽の口から勢いよく血が吐き出される。体内のどこかの器官が破裂したのだろう。

 そんな綾芽を見て、イレブンスの背中がぞくりと粟立つ。そんな感覚を覚えたのはいつぶりか? 自分でもよく覚えていない。

 その粟立つ感覚を身に感じながら、イレブンスは弓から二丁の銃へと変え、拳銃格闘(ガン=カタ)へと切り替える。床に散らばる瓦礫を踏み、勢いよく綾芽へと肉薄する。

 だがそんなイレブンスに綾芽が不敵に微笑んだ。

 帝血神技 返し矢

 綾芽へと肉薄していたイレブンスに先ほど自分が放った葦矢と同じ物がイレブンスの身体を貫通する。その瞬間、神経を逆立てするような激痛がイレブンスへと襲いかかる。

 イレブンスはその激痛を奥歯を噛みしめ耐える。耐え忍び、綾芽を見る。すると少し先にいる綾芽の手には、因子で出来た弓が手に持たれていた。

 歯には歯をってやつか。やられたな。

 目を細めながら、イレブンスが眉を寄せ綾芽を睨む。

「どうだ? 自分自身の技を受けるというのは? 滑稽であろう?」

「武器は使わない主義じゃなかったのか?」

 体内に因子を流し、傷口からの出血を押さえながらイレブンスが綾芽にそう訊ねると、綾芽が肩を竦めさせてきた。

「何を言っている? 妾は武具など使わぬ。今妾が使ったのは、全て我が因子ぞ? つまり、妾の一部の形を変え……使用したにすぎん」

 自分の意義に反することを言われた所為か、綾芽が少し不愉快そうな顔をしてきた。そして不愉快そうな表情を浮かべながら、イレブンスへの打撃攻撃をせんと疾駆し、打撃攻撃を与えてきた。

 綾芽の拳を銃身で受け止める。

 そして綾芽の拳を受けた銃が、まるでプラスチックのおもちゃが壊れるように粉砕され、バレルが剥き出しになる。

 破砕された片方の銃を見ながら、もう片方の銃へと因子を流し綾芽の腹を強く強打する。強打した際に感じられた感触は、まるで硬い岩盤を打ちつけているようなそんな固さだ。

 それにも関わらず綾芽の身体はしなやかに動き、強打された腹を気にすることなく、後ろへと宙返りするように足を上げ、それを宙返りせずにイレブンスへと足を振り下ろしてきた。

 真上から振り下ろされる綾芽の踵落としから横へと移動し、逃れる。そのため綾芽の踵落としによって、亀裂が入ったのは、イレブンスの骨ではなく床に入った。

 強固な床に入った亀裂を見ながら、イレブンスは横へと抜け、そのまま手足を床へとつけたままの綾芽を銃撃する。

 例え最初の銃弾が跳ね返されようと、着実に銃を通して銃弾へと装填する因子の量を上げ、銃弾の威力が因子の量に比例するように上がって行く。

 どこまでの量の因子を込めれば、強靭な身体となった綾芽にダメージを与えることができるのか? それを考えながら、銃弾数を増やしていく。

 綾芽はもうすでに手は床にはついておらず、イレブンスからの銃弾を受けながらもゆっくりと立ち上がっている。

 まだか。まだ今の銃弾に詰めている因子量では綾芽への攻撃になっていない。なら、もっとだ、もっとたくさんの量の因子を銃弾に込めるしかない。

 イレブンスが放つ銃弾数は、とうに百は超えているだろう。銃弾といっても実弾はもうとっくに切れてしまっている。そのため、イレブンスが銃口から放っているのは、自分の因子だ。

 そのため通常の銃弾を放ったときの発火とは比較にならないほどの発火が発生し、銃がその熱で悲鳴をあげている。

 綾芽からの貫手を飛びかわしながら、イレブンスは銃爪を引き続ける。練り上げられた因子の銃弾が綾芽の身体に浅からぬ傷を増やしていく。

 銃が壊れれば代わりの物を復元すればいい。

 しかし、自分の因子が相手よりも先に底を尽きた時……その時にイレブンスを待っているのは、死しか待っていない。

 けれどそんな事実は考えるだけ無駄だ。考えた所で消費した因子がすぐに回復するわけではない。そして因子が切れずとも、気を抜けば綾芽に殺されることだって十分にありえることなのだから。なら、今死なない為に考えるべきことは、綾芽を自分の因子が底尽きる前に倒すことだけだ。

「なぁ? いい加減……おまえと顔を合わせるのにも飽きてきた。そろそろ……決着つけないか?」

「なかなか、大口を叩くではないか? よかろう……次で決めてやる」

「それは有り難いな」

 綾芽にそう言って、イレブンスが弓へと変える。そして自分の中にある因子を絞り出すだけ絞り出す。体内に通っている血が全て蒸発するのではないか? と錯覚してしまうほどに体内の因子の熱を練り込み、それを弓矢へと変え、それを弦と共に強く引く。

 狙うは綾芽の頭。

 そして綾芽も綾芽で次なる技を出そうと、因子の熱を上げ始めた。相手も言葉通り、次の技でイレブンスを仕留める気なのだろう。

 ……望む所だ。

「世間知らずの獣女に躾をしてやらないといけないからな」


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