聞こえる声、音
時間が少し戻り、イレブンスが周と戦っている間、操生も零部隊の女性と死闘を繰り広げていた。
元居た場所の床は戦いに寄って抜け落ちてしまったため、奇しくも操生は地下二階へと足を進めていた。けれど零部隊の女性には、敵を目的地へと進出させてしまったのにも関わらず、特段焦る様子も無い。
むしろ、内心で焦っていたのは操生の方だった。
自分たちと少し離れた場所から大きな爆発音と銃声が聞こえてくる。この音は疑う余地もなくイレブンスが戦っている音だろう。
あんまり、無茶をしてないといいけどね。
脳裏でそんな事を操生が考えていると、目の前の女性から打たれた手裏剣が向かってくる。薙刀でそれを弾いても、手裏剣はまるでビリヤード弾のように操生へと向かってきた。しかもその手裏剣の刃は手裏剣の回転が速くなればなるほど、切り味が増していくから厄介だ。
薙刀技 百花乱舞
操生の薙刀から幾重にもなる斬撃が繰り出される。斬撃が相手へと斬りかかる。女性は自分の手元に戻した手裏剣二つでその斬撃を避けてはいるが、斬撃の余波で女性の身体から血が滲み出る。
女性は頬に垂れた血を、腕で無造作に拭う。
その間に、操生は体内に因子を流す。けれどそれは身体を強化しているわけではない。操生が因子を流している場所は、自分の耳。操生は攻撃の他に、かなり制限があるものの近くにいる相手の心の声を聞くことができる。
はっきり言って、今の状況においてこの能力は適している。相手との距離は一〇〇メートル以内でしかも敵は一人だ。もしここで味方にしろ、敵にしろ、複数人の人がいた場合、この能力は十分に発揮されない。
因子を耳へと流し、女性の声を聞く。
通常の人よりは、聞こえてくる言葉が極端に少ないが、それでも『援護』『耐える』『反撃』などの端的な単語が耳に聞こえてきた。操生はそれを聞きながら、眉を顰めた。一番引っ掛かるといえば、最初に聞こえてきた『援護』という言葉だ。
ここに誰かが来るのだろうか?
もしそうだとしたら、その援護が来ない内にこの女性との決着をつけた方が良い。
そう考えた操生が相手へと向かって肉薄する。薙刀の穂先に因子を流し入れ、刃身の熱を上げる。その薙刀で一気に女性へと刺突を繰り出す。
薙刀技 風花
「おっと」
女性がそんな言葉を漏らしながら、操生の刺突を受け止める。
「甘いね。この刺突は受け止めない方が良いんだ」
笑みを作った操生がそう言った瞬間、零部隊の女性が後方へと吹き飛ぶ。操生は吹き飛んだ女性を追う様に、相手へと駆ける。
「はーい、いらっしゃいっ!」
相手へと駆けていた操生へ、女性が酷薄な笑みを浮かべながら二つの手裏剣を構え、待ち構えていた。
暗鬼手裏剣技 二双車
二つの手裏剣が猛火の炎を吹き出し、操生へと向かってくる。その速さは先ほどの比ではない。避けることもままならないまま二つの手裏剣が操生の身体に切りかかり、傷口を炎で炙る。
「ぐぅ」
傷口を炎で炙られた痛みで苦痛の声が漏れる。しかもその手裏剣の鋭い刃が傷口を深く抉ってきて、血が床へとボタボタと零れ落ちる。
そのため、身体の力が抜け後ろへとよろける。
「少しばかり寝てなさい」
よろけた操生の元に女性がニヤリと笑みを浮かべて肉薄してきた。そしてその女性の拳が操生の顔を打つ。少し後方に飛ばされ、床へと倒れ込む。
操生はその床に口の中に溢れる血を吐き出す。意識が明滅する。けれど操生は自分の身体に因子を流し込みながら、身体を立ち上がらせる。
「ふーん。まだ立ち上がるわけね。ガッツあるじゃん」
女性が立ち上がる操生に対して好意的な笑みを浮かべてきた。
「そりゃあね。私にもそれなりに意地があってね……こんな所でへばってるわけには行かないじゃないか」
「良いじゃない? そういう負けても、負けても立ち向かう感じ、結構好きよ」
「そうなのかい。実は私も嫌いじゃないよ。そういう熱いのは」
「へぇー。敵じゃなかったら飲みにでも誘ってる所だわ」
冗談めかしながら、女性が豪快に笑う。
「その案いいかもしれないね。ただし、私が勝ったらの、話だけどね」
操生も女性に向けて笑みを返す。
そしてその瞬間、操生と女性が一斉に攻撃を放つ。
薙刀技 剣花
暗鬼手裏剣技 金剛焔
一つの手裏剣が先導するように黄金の炎が床を削りながら操生へと向かい、薄桃色の鋭い斬撃がその炎を引き裂き、回転しながらこっちに向かってくる手裏剣を弾く。その光景を操生は一瞥しながらも、足は相手へと向かって疾走していた。
女性へと薙刀を振り下ろす。
手に残していた手裏剣で振り下ろした薙刀を受け止められ、弾かれる。だが操生は弾かれた薙刀を手で素早く回転させてから、今度は斜め下から相手を斬りつける。
頭上で操生の攻撃を受け止めた女性の隙をつき、相手へと攻撃を加える。そんな操生の背後から女性の手裏剣が舞い戻ってくる。反射的に操生が女性から離れ、横へと跳躍しようとするが、それよりも手裏剣が操生の元へとやってくる方が速い。
やっぱり、さっきの怪我の所為で動きが鈍くなってるね……
内心でそう思いながら、操生は薙刀を構える。その瞬間女性が自分の手に持っていた手裏剣を操生へと投げる。二つの手裏剣が操生を挟撃せんと向かってくる。
だがそんな二つの手裏剣が操生に当たることはなかった。
二発の銃弾がその手裏剣の軌道を逸らしたからだ。
「おや、まぁ……だね」
「後ろの不注意は駄目よ」
「ここは俺たちが引き受ける」
操生は自分の窮地に駆け付けたⅪとフィフスへと視線を向けた。
「敵の方が早く着くってどんだけよ」
女性が軌道を逸らされた手裏剣二つを自分の手中に戻しながら、不満を漏らす。
操生は一先ず、自分の後方からやってきた二人の元へと向かう。
「まさか、このタイミングで二人がやってくるとは思ってなかったよ」
「あら、私の売りはタフさでもあるのよ。それにJ―5に介抱されたら起きないわけには行かないじゃない」
「俺自体は、あんまり介抱したつもりはないけどな……それより、E―Ⅴは傷口を治療しながら、こっちのイレブンスの方へと行ってやってくれ。ここより、奥に敵がどんどん集まって来てるみたいだからな。きっと人手不足になる」
「そうよ。もしJのイレブンスちゃんがピンチの時に、駆けつけてあげたらかなりのアピールポイントになるわよ」
フィフスに続いてⅪが片目を瞑りながら、そんな事を言ってきた。操生もそんな二人に頷き返す。
「わかった。私はタイミングを見ながら奥へと進ませてもらうよ……と言いたい所だけど、そう簡単には行かないみたいだよ」
Ⅺたちに答えた操生がそう言って、因子の密度を上げている女性の後ろへと視線を向けた。
「都竹、やっと来たか」
因子の密度を上げていた女性が眉を顰めながら口を開く。女性の後ろからやってきたのは、前下がりのおかっぱ頭をした、やや童顔の女性がやってきた。
「すみません、涼子先輩。色々と事務的な作業を頼まれていたら、来るのが遅くなっちゃったんです」
そう言いながら、都竹と呼ばれた童顔女性が操生たちと戦っていた涼子に頭を下げる。
「まったくそういうのは、後回しにしときな。戦場は常に動いてるんだから」
「はいっ! 了解です」
童顔の顔を引きしめた都竹は手に、黒いグローブを嵌め……操生たちを強気な視線で見る。
「遅れましたが、行かせていただきます」
「接種型だな」
そう言いながらフィフスが操生の横を通り抜けながら、都竹と衝突する。
二人の拳がぶつかった瞬間、火花が走る。そして息つく暇もないまま体術による格闘戦が繰り広げられ始めた。
フィフスが貫手を繰り出すと都竹がそれを避け、足刀をフィフスへと繰り出している。そのやり取りは格闘戦とは思えないほど速い。
「ほへー。私の速度について来る人って中々いないんですけどね」
「それは褒め言葉と捉えても?」
「勿論です」
「光栄だな」
子供っぽい笑みを浮かべる都竹にフィフスが、大人びた笑みを浮かべる。
そんな二人の戦いを余所に、操生とⅪは涼子へと攻撃を開始していた。
操生とⅪが左右に別れ、双方から一斉に攻撃を開始する。
二人がかりの攻撃に涼子が後退しながら、二人の攻撃を避け、弾く。
「このまま一気に詰めよう」
「了解よ(Oui)」
攻撃を防いでいる涼子へと操生とⅪが接近する。
このまま一気に涼子を倒し、先へと進む。そう思惑を巡らせていた操生の前に、スキンヘッド頭をした男が都竹に続いて現れた。
「エースは遅れて登場するもんなんだってな」
男の手には、H&K MP5短機関銃のBRVが持たれている。
「残念ながら、スキンヘッドは私の好みから外れるのよねぇ」
「はは、同意だね」
「薙刀持ってる美人からの言葉は寂しいけど、隣の化け物に好かれなかったのは助かったな」
Ⅺと操生の言葉を聞いていたスキンヘッドの男がニヤリとした笑みを浮かべながら、操生たちへと銃弾を発砲。それに続いて涼子からの手裏剣が飛んでくる。
「Ⅴ、私が失礼極まりないスキンヘッドに痛い目を見せるから、貴方は向こうの女をお願いね」
「乙女心を傷つけるのは重罪だからね」
「まっ、そういうことよ」
ウィンクをしてきたⅪとそんな話をしながら、操生は向かってくる二つの手裏剣を風花で涼子へと吹き返す。
「なんのっ!」
吹き戻された手裏剣を素早くキャッチした涼子が、間髪を容れずに操生へと肉薄し、刃の付いた手裏剣二つで操生へと斬りかかってきた。
「お互い手負いなんだから、あんまり激しい動きはしない方が良いよ」
「だったら、そんな動きをさせないでくれる?」
操生の言葉に涼子がそう返しながら、身体を素早く回転させながら操生へと斬りつけてくる。操生は薙刀でそれを防ぐ。
けれどこの回転を止めなければ、反撃する機会がない。
そのため操生は防御の姿勢を崩し身体を斬りつけられながら、操生は高速で回転する涼子の足を薙刀で横から払う。
足を払われた涼子がそのままバランスを崩し、床へと倒れ込む。
床へと倒れ込んだ涼子に操生が真上から薙刀を振り下ろした。自分へと振り下ろされる薙刀の穂先から涼子は床を転がる様に躱す。
そしてすぐさま、身体を跳ねる様に立ち上がらせた涼子が、
「残念でした」
と言いながら、操生へと手裏剣を構えてきた。




