再戦
イレブンスはマイアと共に、地下三階へと続く階段に向け走っていた。向かってくる敵は足を止める間もないまま、撃ち倒す。止まっている暇などない。イレブンスは内心でそう唾棄していた。
自分と同じ目的を持っているためか、マイアも別段口を開く事は無い。それに対して、何か物足りなさを感じる余裕も無い。
ただひたすら突き進むそれだけだ。
けれど……それを今まで無言を貫いていたマイアが口を開いて来た。
「貴様に一つ聞きたい」
「なんだ?」
目の前に現れた敵へ銃弾を発砲しながら答える。
「貴様にとってのティーネ様とは何だ?」
銃弾やらが飛び交い、硝煙が辺りに漂っている中で、マイアは淡々とした口調でそんな事を聞いて来た。
「何でそんな事を訊いてくる? キリウスにでも訊いてこいって言われたか?」
イレブンスが目を細めながら、マイアに訊ね返す。はっきり言って、イレブンスはマイアにどんな反応を取るべきなのか逡巡していた。
今のところ、マイアの様子に怪しい点は見られない。欧州の時に見られた敵対心というものも感じられない。何故だ? それに横浜で姿が見当たらなかったマイアが何故ここにいるのかという疑問もある。
そんな事を考えている間にも、敵からの襲撃があり、それを迎撃している。
イレブンスがマイアの問いを答えず、訊ね返したことで話は終わりだと思っていた。だがそうはならなかった。マイアが口を開いたからだ。
「キリウス様は関係ない。私が単に気になったから訊いた。それだけだ。だから教えてほしい。貴様にとってのティーネ様は何だ?」
今まで敵を見ていたマイアの視線がイレブンスへと向けられる。その視線はひどく困惑しているようにも見えた。
だからかもしれない。イレブンスの口が自然と動いた。
「何だ? って言われたら何でもないって答える。俺とアイツは特別な間柄ってわけじゃないからな。けど……俺にとって、アイツは大切な存在なんだ。色んな奴を巻き込んで、無茶するくらいな」
苦笑しながらイレブンスは思った。
こういう言葉を吐いて、自分はようやく自分の気持ちを整理することができたような気がした。マイアには何でもないと答えた。けれどそれは自分にとってヴァレンティーネという存在は、端的に言える何かではないからだ。
自分にとってヴァレンティーネは仲間であり、気になる存在でもあり、大切な女性だ。そんな相手をキリウスやら宇摩豊などに奪われたのだ。だから自分は取り戻さなければいけない。
「……そうか。そしてそれはきっと、ティーネ様も同じなのだろうな」
イレブンスの答えを聞いたマイアが静かな声で言ってきた。もう、周りには敵はいない。だからこそ、その静かな声は、より鮮明に聞こえた。
「悪いな。保管庫で言った言葉が嘘になった」
マイアにそう言ってから、イレブンスはマイアから視線を逸らした。マイアが自分の中にある大切な物を失ってしまったという喪失感を顔に浮かべていたからだ。
そんな顔をするマイアにイレブンスは何の言葉も掛けられない。掛けてやれない。
今ここで彼女が手にする鎖鎌が自分に向かって来るかもしれないと思った。それほどマイアにとってヴァレンティーネという存在は大きく、大切だということを知っているからだ。
けれど彼女の鎌がイレブンスに向かってくることはなかった。
だからこそイレブンスは何も言わず、先へと進むことに決めた。
そしてマイアを苦しめたという罪悪感に浸るよりも先に、イレブンスたちの元に敵が現れた。
「そう簡単にはここを通してはくれないみたいだな」
表情を曇らせながらイレブンスは、逆手で忍者刀を持つ忍者風情の敵を見る。敵は時代劇に出てくる忍者の様な格好をしており、顔は目元までを覆う兜をしている。
「我が名は小椙柾三郎。その首……討ち取らせてもらう」
「ここには多種多様のキャラが揃ってるみたいだな」
イレブンスがそう言って、二丁の銃で柾三郎へと攻撃を開始する。銃弾が柾三郎へと向かう。その銃弾と共にマイアの鎖鎌が電撃という名の火花を撒き散らせながら、相手へと飛んでいく。
柾三郎はそれらの攻撃を見ながら、避けようともせずこちらへ向かって来る。
その動きに一切の迷いはない。
二人の攻撃が柾三郎へと当たろうとした瞬間、柾三郎の足元にあった影が二つの攻撃を飲み込む。攻撃が闇に浸食された。
イレブンスはそれを見ながら眉を顰める。
その瞬間に、柾三郎がイレブンスの前にやってきていた。
「なっ」
思わず声が漏れる。
その瞬間に逆手に握られていた忍者刀が降りかかってくる。イレブンスはその刀を反射的に片方の銃で受け止め、片方の銃で銃弾を撃ち込む。
その銃弾が柾三郎の顔、胸、足などに風穴を開ける。けれど、その瞬間目の前にいた柾三郎が霧のように人の形をしていた物が崩れて行く。
偽物だ。
なら、本物は……
金属音が衝突する音を耳にした。
本物はマイアへと斬りかかっていた。そんな相手をマイアが鋭利な刃物の様な視線で睨む。忍者刀とぶつかっていた鎌から電撃が放出され、柾三郎を襲う。
けれど、その電撃すら柾三郎の影が飲み込んでいく。それを見てマイアが目を細めた瞬間、マイアが後ろへと蹴り飛ばされる。マイアを蹴り飛ばした反動を利用して、宙へと跳んだ柾三郎が印を組む。
それを見ながらイレブンスは銃を弓へと変え、弓を引いた。
暗雲忍術 鬼火
影が黒い炎となってイレブンスに襲い来る。けれどその炎はイレブンスが放った矢と衝突し、爆砕した。攻撃の余波が熱となって、イレブンスと柾三郎へと襲い来る。
しかし、その熱に顔を歪ませるよりも先にイレブンスは宙にいる敵へと弓を放っていた。
空間変奏 ヘル
攻撃と合わせて、普通の無形エネルギーを凝縮して作った矢も放つ。何十発も。体内の因子の熱が上がり、外に溢れだす因子を、矢へと変え……敵へと飛ばす。
視覚では見えない矢を柾三郎が直感的に避ける。けれど完全に避け切られることはなく、見えない矢は柾三郎の首皮を削ぎ切る。そこから血が噴き出した。そして空中で無数の爆発が起きる。全てを飲みこまんとする影と全てを貫かんとする矢が衝突しているのだ。
そこに、マイアが追撃として相手へと跳躍する。
けれどその行く手は、強固な壁が破壊されるほどの衝撃によって阻まれる。
なんだ?
イレブンスとマイアが破壊された壁へと視線を向ける。するとそこには、ニヤリと笑みを浮かべる綾芽の姿があった。
「面倒なのがもう一匹増えたな」
辟易とした表情でイレブンスが綾芽を見る。
だが現れた綾芽はそんなイレブンスのことなど、まるで気にしていない。
「柾三郎、妾は愚弟を相手にする。貴様はそこの異邦人を相手にせえ」
「御意」
爆発に呑まれていたはずの柾三郎が綾芽に返事を返し、爆発の中から伸びる黒い影から柾三郎が現れる。そしてマイアへとクナイを投げ、牽制してきた。
マイアは飛んできたクナイを鎌で弾きながら、柾三郎と距離を取る様に後ろへと跳ぶ。
「妾は嬉しいぞ? 愚弟、貴様たち反逆者が色々動き回ってくれているおかげで、その内ここはもっと大きな戦場になろうぞ。なんと、喜ばしいことか……そんな喜びを妾に与えたのだ。愚弟、貴様に褒美だ。この沸き立つ熱を教えてやろう」
綾芽が妖艶な笑みを浮かべ、イレブンスへと肉薄し貫手を開始した。イレブンスはそれをほぼ本能的に避ける。避けながら、綾芽の動きがどこかで見た事のある物だと感じていた。
どこだ? 高速で繰り出される貫手は剣の刺突、その物だ。
空気を震わせるほどの突きは、イレブンスの頬を、肩を、腕を掠めていき、そこから血が滲み出る。やはりどこかで似た様な技を受けた気がする。
それはどこだ?
綾芽からの連続攻撃を避けながらイレブンスは考える。
帝血神技 神武滅戦
綾芽から吹き出す因子によって、空気が震え、床から地響きが鳴る。イレブンスが放った銃弾が綾芽へと向かう前に空中で弾き消える。
綾芽から手刀が繰り出される。手刀を躱す。躱した瞬間に、綾芽が手刀をまるで刀のように切り返す仕草で、イレブンスに斬撃を放つ。その姿が前にトゥレイター内の演習で見たフィフスの姿に重なる。
まさか……
綾芽の放った斬撃がイレブンスの内部で浸透破壊を起こす。それからなる痛みでイレブンスは声にもならない絶叫を上げる。
「貴様は飛び道具を使うのだったな……ふむ、試してみよう」
綾芽が酷薄の笑みを浮かべ、自分が破砕した壁の大きな瓦礫を強靭な膂力で、イレブンスへと投げる。投げられた瓦礫は高速でイレブンスへと向かってくる。
けれどそれは所詮、無造作に投げられた投石だ。いくら高速で向かってくるとはいえ、怖い物ではない。
イレブンスは身体に奔る痛みを振り払い、弓矢でその投石を粉砕する。
投石を粉砕した矢はそのまま綾芽へと飛んでいく。
飛んできた矢を綾芽が手刀で切る。そんな綾芽にイレブンスが接近して綾芽へと蹴りを入れる。イレブンスの蹴りを綾芽が腕で受け止め、その瞬間火花が散る。接近しながら弓から持ち変えていたデザートイーグルでイレブンスが綾芽の顔面を殴りつける。
イレブンスが殴った瞬間、綾芽からの拳がイレブンスの右頬を打つ。二人から血霧が舞う。それでもお互いに喰らいつくように、攻撃を続ける。
綾芽がイレブンスを殴った左手で首を掴み、イレブンスが首を絞められたまま綾芽の額に銃口を突き付ける。首の骨が軋む音と共に、イレブンスが発砲する。
けれどイレブンスが放った銃弾は、神武滅戦で強靭的肉体強化をしていた綾芽に弾き返され、床や壁などに穴を開けるだけだ。
「外側からじゃ無理か……」
「斯様な武具などに頼っていては、妾には勝てぬぞ、愚弟?」
愉悦に浸っている綾芽がイレブンスの首を絞めている手に力を加え、指が首の肉に食い込む。
「そうみたいだな。だったらおまえに首を圧し折られる前に、反撃しないと、なっ」
イレブンスは体内に因子を流し、それを外へと放出させる。
空間変奏 歪
漏れ出したイレブンスの因子によって、綾芽の腕が捻じ曲げられる様に歪む。捻じ曲げられた腕からは血が噴き出し、イレブンスへと降りかかる。
自分の腕が歪曲され血が出ている姿を綾芽が呆然と見る……そして高笑いを上げ始めた。
「面白い、真に面白い。我が半身と生死を与奪する戦いをするとはこの様に、愉快なことだったとは。そうだ、そうなのだ。『半身』という言の葉を使えば、まるで自分自身を殺そうとしているように思えるからか? だからこそ、何とも表現し難い高揚を感じることができるのか? 良い、良い、良い!」
独白を吐く綾芽の因子の熱がさらに温度を上げる。イレブンスはその熱を感じながら綾芽から距離を取り、再び弓を構えていた。弓を構える以上、近距離戦は難しい。けれど銃の威力では綾芽の身体を貫くことなど出来ないだろう。先ほどの使った歪も相手との距離をかなり詰めなければ使えない技だ。けれど接種型で尚且つ、体術を使う綾芽に接近戦を挑むのは無謀。愚の骨頂とも言えるだろう。
だからこそ、そんな綾芽を討ち取るために次の一矢に込める必要があるのだ。
イレブンスが弦を強く引き絞る。
因子で出来た矢に、因子を凝縮させる。
放つ。
凝縮された矢がイレブンスを見据えながら立ちつくしたままの綾芽へと飛んでいく。そしてその矢が綾芽へと衝突し……建物を大きく揺らす程の爆発を引き起こした。




