サル者追わず
「あの糞ザル、ぜってぇー捕まえてやる!」
そう言いながらイレブンスは、ヴァレンティーネを抱えながら密林の中を走っていた。
ゲッシュ因子で加速しながら追ってはいるものの、今追ってるのはこの密林の中を知り尽くした猿だ。そう簡単に捕まるはずもない。
そもそも、何故イレブンスたちが猿を追っているのかというと、数十分程前。
「なんか食い物を探さないとな」
「そうね、私もお腹が空いたわ。何か木の実でも探してみる?」
お腹を擦りながら、ヴァレンティーネが空腹を訴えている。
「木の実?そんなもんじゃ、腹が満たせないだろうが。俺は肉が食べたい」
「お肉ねぇ。でも、お肉なんてどこにあるの?」
首を傾げながら、ヴァレンティーネが訊いている。それを、見てイレブンスはやれやれというような素振りで、首を横に振った。
「おまえ、わかってないな。自分で動物を捕まえて食べるんだよ。まさにハンターだな。ロック・オフ」
弾んだ声を出しながら、イレブンスは猟銃を取り出した。
「なんだが、楽しそうね」
そんなイレブンスを見て、ヴァレンティーネがくすくすと笑っている。
「当たり前だろ。ぜってぇー、大物を捕まえてやる。よし、行くぞ」
「はいはい、頼もしい狩人さん」
イレブンスとヴァレンティーネは、周囲に注意を払いながら密林の中をゆっくり進む。
そして、少し歩いた所でイレブンスが足を止めた。
「どうしたの?」
「おい、これを見てみろ」
そう言いながらイレブンスは、顎を少し動かすようにして地面を指した。
「あら?」
そんな素っ頓狂な声を、ヴァレンティーネは口元に手を当てながら上げた。
イレブンスとヴァレンティーネの視線の先にあった物は、スーパーなどでよく見られる黄色の物ではなく、青い色をしたバナナの皮だった。
しかも一個どころではない。まるで投げ捨てられたように、辺りに散乱している。
ここはバナナの墓場かよ。
散乱したバナナの皮を見ながら、イレブンスはそんなことを考えた。
別にバナナは生き物というわけではないが、ここまで見事に散乱したバナナの皮を見て、そう思わずにはいられなかった。
「こんなに誰が食べたのかしら?」
「何かの動物だろ」
「やっぱりおサルさんかしら?そうしたら、見てみたいわ」
「さぁな。別にサルなんか見る価値ないだ・・・ろ・・・」
話しているイレブンスの頭に、勢いよくバナナの皮が当てられた。
イレブンスは黙ったまま、頭に引っかかったバナナの皮を手で地面へと投げ捨て、バナナの皮が飛んできた方に振り向いた。
振り向いたイレブンスにまたもや、バナナの皮ではない別の物が飛来してくる。
イレブンスはそれを反射的に躱す。飛来してきた物は近くにある木の幹に付着した。
付着した物は、ぐちゃぐちゃに口の中で噛み潰されたバナナの実だった。
「うわっ、汚ねぇー」
うぇっと気分を害したように口を開いた後、イレブンスは再び飛んできた方を見る。
すると、バナナの皮や汚物バナナの投げた犯人が、木の太い枝に座っていた。
「キキッ」
甲高い声を出しながら、猿は口を意味ありげに動かしている。
「あの糞ザル、もしや口の中に入ってるもんを飛ばす気じゃないだろうな?」
そう呟いたイレブンスの言葉は、次の瞬間、現実となった。
木の幹にいる猿は、まるで銃口のように口を細く尖らして口の中に頬張っていた、バナナの実を発射してきた。
「俺を的にしようなんて、身の程知らずのサルだな。テメェーの攻撃なんてこの俺が当たるわけないだろーが」
イレブンスは次々と猿の口から、発射されるバナナの実を躱していく。
次々と涎まみれのバナナの実が降ってくる。
「バナナ、どんだけ口の中に詰めたんだよ!あのサルッ!」
「きゃあ!」
苦言を漏らしたイレブンスの後ろから、ヴァレンティーネの悲鳴が上がった。
そして悲鳴を上げたヴァレンティーネが自分に向かってくるバナナの実を避けようと、イレブンスを盾にして避け始めた。
「きゃあじゃねぇーよ。おまえ、ふざけんなっ!・・・ぶっ」
案の定、猿の口から出たバナナの実がイレブンスの顔に命中した。猿の口から吐き出された物は妙に生温かく、なんとも言えない匂いがする。
まさに不快その物だ。
しかもイレブンスに当てた物が、最後の一発だったのか、猿が馬鹿にするように口を大きく開けている。
「おまえ、俺になんの恨みがあるんだよ?」
「そんな恨みごとなんてないわよ。こう、自然と身体が動いちゃったっていうか、自己防衛というか」
「おまえの自己防衛の盾になるために、俺はいるわけじゃねぇーよ」
イレブンスの怒りに満ちた殺気に、さすがのヴァレンティーネの焦ったのか
「大丈夫!ほらっ!」
と言って自分の服の端を破り、イレブンスの顔についたバナナの実を拭い始めた。
「はーい、綺麗になった。だから、ねっ、イズル、スマイル!」
「スマイルになんてなれるか!こっちはサルの唾液まみれのバナナを顔面に喰らってんだぞ?」
「そ、そうね。あっ、でも!もしかしたら肌に良いかも・・・よ?」
「かもよ?じゃねーよ。おまえ、やっぱり俺を舐めてるだろ?」
「そんなバナナ・・・」
「おまえなぁ~」
怒気を纏ったイレブンスを止めるように、ヴァレンティーネが大袈裟な素振りで後ろを指で指した。
「あー、おサルさんが逃げようとしてるわよ。追いかけなきゃ」
「話を逸らすなっ」
「本当よ。ほら、見て!」
半ば強制的にヴァレンティーネはイレブンスの顔を、猿の方に向けた。
向かされた方向を見ると、木の枝に座っていた猿が密林の中へと駆け出している。
「逃がすかっ!」
ここからイレブンスたちと猿の追いかけっこが始まった。
「あのサル逃げ足だけは一丁前だな。ったく、ふざけやがって」
苛々とした声で呟きながら、イレブンスは周囲に気を張っていた。
木の葉が擦れる音や、枝の揺れた場所があれば容赦なく、猟銃を発砲する。
「キィーッ」
そしてその度に、猿の甲高い鳴き声が密林に響き渡るが、何かが落ちるような音が聴こえないと言うことは、まだ仕留めてはいないだろう。
「運の良いサルだ」
と言うイレブンスの言葉を聞きながら、腕に抱えられたヴァレンティーネはどうしたものかと考えていた。
だが今の躍起になっているイレブンスに、言葉を掛けられる空気ではない。
そのため、ヴァレンティーネはイレブンスと猿の追いかけっこを見守るしかない。
「そこかっ!」
枝が大きく揺れた所にイレブンスが、銃弾を数発放つ。
すると、猿の甲高い鳴き声と共に、枝の折れる音が聴こえた。
[ざまぁみろ。人間様を舐めやがって]
そんなことを呟きながら、イレブンスは猿が落ちた場所へと近づき、猿の首を持ち上げる。
イレブンスに持ち上げられ、宙に浮いた猿は自分の足をバタつかせ暴れている。
だがしかし、イレブンスががっちりと首を掴んでいるため、逃げることができない。
「暴れたって無駄だっての。覚悟しろよ?糞ザル」
そう言って、イレブンスが猟銃を猿の頭に向ける。
すると
「・・・なんか、可哀想」
「何がだよ?」
「そのおサルさん。見て、あんなに目を潤ませてる」
イレブンスが手に持った猿を目線まで、持ち上げる。猿はヴァレンティーネの言うとおり、急にしおらしい表情をしている。
それに感化されてか、横にいるヴァレンティーネも同じような表情になっている。
うっ、なんだ?この息の合った、無言の訴え。
いや、こいつらの表情に俺まで感化されるわけにはいかない。
そう思い、イレブンスが目を逸らす。
だが、ちらっとヴァレンティーネたちの方に視線を向けると
「うわっ」
さっきと同じ表情で、ヴァレンティーネが顔を近づけていた。
こんな懇願の仕方をされたら、さすがのイレブンスも折れた。
「わかったよ。・・・でもな、こいつはまだ捕まえとく。こいつには食料を見つける役だ。・・・・おまえ、逃げようとしたら容赦しないからな」
と念を押すように、猿を睨みつける。
睨みつけられた猿は、主従関係を理解したようにコクコクと顔を頷かせている。
「よかったわね」
そう言いながらヴァレンティーネが猿に微笑みかけている。
その光景を見ながら、イレブンスは短い溜息を吐き、猿の首から手を離した。自由になった猿は地面に綺麗に着地し、すぐさまヴァレンティーネに跳び付いた。
「あらあら、すっかり懐かれちゃったわね」
「本望だろうが」
「うふふ、そうね」
とヴァレンティーネが笑いながら、猿を抱き上げている。
「ったく、無駄な時間を喰っちまった。さっさと食料探しに行くぞ」
イレブンスは前を向き歩き始める。
だが、後ろからヴァレンティーネの足音が聞こえてこない。その代わりに聞こえてくるのは
「ん、ふふふふふ」
というヴァレンティーネの奇妙な笑い声だ。
「何笑ってんだよ?笑ってないでさっさと歩けよ」
怪訝そうな表情で、イレブンスがヴァレンティーネの方に振り返る。
「おまえら、何やってんだよ!」
思わず振り返ったイレブンスが叫ぶ。
イレブンスの目に映った光景は、猿が丁度ヴァレンティーネの胸の辺りに、自分の顔を擦りつけ、擦りつけられているヴァレンティーネがくすぐったそうに笑っている光景だった。
「あまりにもくすぐったくて、つい・・・」
腕を伸ばし、胸元から猿を遠ざけながら、ヴァレンティーネは目尻の涙を拭っている。
遠ざけられた猿は、まるで人間かのように手で後ろ頭を押さえて、口元をニヤつかせている。
「堂々とセクハラかよ。とんだエロザルだな・・・」
どんな時でもゆったりとマイペースなヴァレンティーネに、動物のくせにセクハラをし始めるエロザル。
こんな二人を見て、イレブンスはこれからの先行きに不安を感じてしまう。
厄介なはずれくじを引いちまった。
自分の悪運さを恨むしかない。
イレブンスは再び視線を前に向け、歩き出した。
こんな悪夢をとっとと終わらせるには、進むしかない。もうこの際、ファーストたちではなく、明蘭学園の生徒に見つかっても構わない、今の状況を抜け出せられれば。
「あ、雨が降って来たわね・・・」
後ろのヴァレンティーネの声と共に、イレブンスの顔に大粒の雨が降ってきた。
空を見上げると、木の隙間からどんよりとした灰色の雲が空を覆い尽くしている。
「ありえないだろ・・・。おい、雨宿りができそうな場所まで走るぞ」
「ええ。わかったわ。おサルさん、なにかいい所知ってる?」
「サルが人間の言葉なんてわかるわけないだろ」
「あら、イズルだって、さっき話しかけてたじゃない」
「あれは、まぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・成り行きだ。気にするな」
「成り行きねぇ・・・」
「だ・か・ら、気にするな!」
思わぬところで上げ足を取られ、イレブンスは強制的に話を終らせた。それを不服に感じたのか、ヴァレンティーネが口元を尖らせている。
すると、猿がヴァレンティーネの手から降り、今度はヴァレンティーネの手を掴み走り出した。
「どこか良い場所、知ってるのかしら?」
と不思議そうな声を出しながら、猿に手を引かれるままヴァレンティーネが走り出す。
「信用できんのかよ?」
猿の行動を怪しみながら、イレブンスも猿とヴァレンティーネの後を追う。
雨粒に身体を濡らしながら、イレブンスとヴァレンティーネは猿の後をついて行く。
すると、密林の中にぽっかりと空いた洞窟の穴が見えてきた。
「・・・よく遭難して、ありがちな王道パターンだな」
ぼそりとイレブンスが呟く。
「なにか、言った?」
暴風に吹かれている長い髪を手で押さえながら、ヴァレンティーネが振り向きながら、大きな声で訊いてきた。
「いや、なんでもねぇーよ」
雨や風の音に負けない様に、イレブンスも大きな声で答える。
そしてそのまま洞窟の中へと入った。
洞窟の中は広く、奥に続いているように先が真っ暗だ。
だが、奥にまで行く気力が湧かなかったため、イレブンスたちは手前の所で立ち止まった。
「びしょ濡れだな」
「本当に。でも、おサルさんのおかげで助かったわ」
「まぁな」
猿に助けられたのが悔しいのか、イレブンスは素っ気なく答えた。そんなイレブンスに拍車をかけるように、ヴァレンティーネがくすくすと笑っている。
「人の顔見て、笑うな」
イレブンスはヴァレンティーネの顔を両手で挟み、笑うのをやめさせる。だが、声は治まっても顔が笑っている。
「笑うなって言ってんだろ!」
「顔に似合わず、照れ屋さんなのね」
「うっせ」
イレブンスはくるっと後ろに振り向き、そしてそのまま腰を地面へと降ろした。
「雨、すごいわね・・・。すぐに止むといいけど」
洞窟の壁側に座っているヴァレンティーネの声を聞きながら、洞窟の外へと視線を向ける。
外では大粒の雨が滝のように降っている。到底すぐに止むとは思えない。
「この雨だと、食料探すのは無理ね」
お腹に手を当てながら、ヴァレンティーネがしょんぼりとしている。
「手のかかる奴だな・・・」
そうイレブンスが呟き、立ち上がる。
「イズル?」
急に立ち上がったイレブンスを見上げながら、ヴァレンティーネが首を傾げている。
「いいか。ここを動くなよ」
イレブンスはヴァレンティーネに言い聞かせるような言葉を発してから、洞窟の外へと駆け出した。
「えっ、ちょっと、イズル!」
ヴァレンティーネが驚嘆な声を出しているが、その声に立ち止まることなく、イレブンスは雨の中を走る。
雨の所為でぬかるんだ道は動きにくい。
さっさと食えるもの探さないとな。
イレブンスは食料を求めて、驟雨の中を疾走した。




