蛇と弓
奥へと進んだイレブンスは、通路を抜けちょっとしたホールになっている場所へときていた。操生が相手にしている様なレベルの強さを持った敵は、まだ現れてはいないが油断はできない。
セカンドから送ってもらった地図によると、ヴァレンティーネは中央付近の場所にいるという予測が立てられている。まだ確信ではないにしても、この地下内のどこかにヴァレンティーネは連れ去られているのだから、行かないわけにはいかない。
それにしても……
「やたら空気が乾燥してるな」
こう感じたのはこの小ホールのような場所にやってきてからだ。ここに来てからまるで、自分の水分が奪われている様な、乾燥感と喉の渇きがある。
喉元を押さえながらイレブンスが眉を顰め、ホールの奥にある出入り口へと奔る。
だがそこの出入り口から、イレブンスを出迎える様にきちんと制服を着て、いかにも堅実真面目そうな男子生徒が現れた。
「もしや、俺を迎え撃つ気か?」
「だと言ったら、どうします?」
目を細めたイレブンスに、男子生徒が淡々とした表情で答える。
「なら、強行突破させてもらう」
イレブンスは男子生徒に向け、弓を引く。因子の粒子を放出しながらの矢が男子生徒へと飛んで行った。
けれどその矢を男子生徒の目の前に形成された砂塵の盾が阻む。
砂塵の盾はイレブンスが放った矢と衝突して、砂塵爆発を起こしながらも、男子生徒は無傷のまま先ほどと同じ格好で立っている。
「なるほど。砂か……面倒だ」
イレブンスがそう言いながらも連続で弓を引き、無数の矢を放つ。
空間変奏 小糠雨
男子生徒の周りの空間から無数の矢が四方八方から飛び出す。その矢を見ながら男子生徒が表情を歪めた。男子生徒が応急の盾を形成し、色んな空間から飛び出してくる矢に対処している。因子量を豊富に含んだ矢は容易に防ぎきれるものでもない。そのためどんどん応急の盾が脆くなっていく。
「どのくらい、その砂の盾が保つか見せてみな」
男子生徒を挑発しながら、イレブンスが相手へと肉薄する。そんなイレブンスの前に、一気に収束した砂塵がまるで土で出来た氷柱のように、イレブンスの前に現れる。
しかもそれだけではない。
イレブンスの足元が、今までは硬質なツルツルとした床だったのにも関わらず、土の氷柱を中心としてどんどん砂漠化していく。
砂漠化した床では、足が取られ上手く前へ進めない。それに加え、様々な物が砂と化して、その速度は少し足を止めていただけで、イレブンスの膝下くらいが砂に埋もれてしまうほどだ。
これを引き起こしてるのが、あの土柱なら……
土柱に向け、弓を引く。
空間変奏 鳴弦
震動破壊を引き起こす一矢が、土柱へと巨大な風穴を開けホール中に熱を帯びた爆風が吹き荒れる。
だがその瞬間、相手の攻撃がイレブンスへと向かってきていた。
砂陣功守技 流砂
砂陣功守技 砂蛇
高波の様な砂がイレブンスを真上から飲み込む勢いでやってくる。イレブンスはそんな流砂から逃れる様に後ろへと跳躍するが、その高波のような砂から、大蛇の姿をした砂が突き出し、イレブンスの足元に砂の牙を突きたてくる。
鋭利な刃物で突き刺されたような痛みがイレブンスへと襲ってくる。その痛みに歯を食いしばる。
しかもその感覚と共に、体温がぐんぐんと上がっていく。きっと体内の水分量が減り、体温調節ができなくなったためだろう。人は体内の十五パーセントの水分を失うと、生命活動の維持に支障を来たしてしまう。そしてその十五パーセントの水分を持っていかれるまで、そう時間はかからないだろう。
イレブンスは熱と喉の渇きに眉を顰めさせながら、砂蛇に矢を放ち、その牙から逃れる。
「今度はこっちから行かせてもらう」
空間変奏 スキューショット
空間を捻じ曲げながら進んでいく矢は、砂の撃墜攻撃をも捻じ曲げ、そのまま男子生徒の横腹を抉りとりながら、的中する。
相手の顔が痛みで歪む。
イレブンスはその男子生徒に肉薄し、さらに追撃を加えようと動く。次なる手を撃たれるよりも早く。だが相手も黙って、イレブンスの接近を許すはずなどない。
「もうそろそろ……平和交渉を始めようか?」
砂陣功守技 潰手
イレブンスの後ろから巨大の砂の塊が、巨人の手のような形を造り、勢いよくイレブンスの身体を絡め取り、そのまま砂の圧力で握り潰さんとしてくる。
その手に向けて矢を連射し、その手に穴を開けるが瞬時にその穴が埋まってしまうため、何の打開策にもならない。
人の命を取る気満々の技を放っといて、何が平和交渉なのか?
イレブンスは自分を握り潰そうとしてくる砂に抗いながら、そんな事を考えた。抗うイレブンスは男子生徒から一先ず離れ、砂漠化していない床へと着地した。
今迄イレブンスを握り潰そうとしていた砂は、周囲に流れ霧散している。けれど砂事態が無くなったわけではない。つまり、攻撃はいつでも再開できると考えた方が良い。
本当に厄介だな。
弓や弾を使った遠距離攻撃では、周りを漂う砂に邪魔されてしまうだろう。せめて接近戦に持ち運べれば勝てるとは思う。
ただこれまでの動きを見ただけでも、向こうもそう簡単に接近戦には持ち込まないはずだ。
イレブンスは相手の動きを観察しながら、考える。
向こうは絶対に接近戦へと持ち込ませないスタンスを持っているが、イレブンスを逃がそうという考えも持っていない。
それなら……
「自分から近づいてきてもらうしかないよな」
独り言を呟いてからイレブンスは動き出した。真正面にいた相手もイレブンスの動きを見て、周りの砂塵を収束しはじめる。
だがイレブンスの狙いは、相手に向かっていく事ではない。
向かうべき場所は、先ほど土柱が上がっていた小ホールの中央付近。
そこまで疾駆したイレブンスは、真上に跳躍し……砂と化した床へと矢を驟雨のように放つ。すると砂と成り脆くなっていた床がイレブンスの放った矢によって崩落する。
イレブンスは天井を床変わりに蹴り、崩落した穴へと跳ぶ。
「逃がしはしない!」
男子生徒がそう叫びながら、砂の礫でイレブンスへと攻撃してくる。だが、そんな攻撃はイレブンスのエニグマによって、イレブンスの攻撃にされてしまう。
自分の放った礫を交わしながら、相手もイレブンスを追って穴へと突貫してきた。そしてイレブンスを追いながら、宙に漂っていた砂塵で二匹の砂蛇をつくりイレブンスへと攻撃をしかけてくる。
「同じ手を何度も食らうか」
イレブンスは自分へと大口を開けてくる蛇を睨みながら言葉を唾棄し、一匹の蛇の頭を蹴って、相手へと接近する。
「悪いけどな、平和交渉は不成立だ」
男子生徒へと皮肉を返し、そのまま相手の頭に回し蹴りを決め穴の底へと吹き飛ばす。吹き飛ばされた相手は頭を強打したせいか、何の抗いも見せることもないまま……床に叩きつけられ、そのまま意識を失っている。
そんな相手を横目で一瞥しながら、イレブンスは地図で自分の場所を確認する。
確認すると、地下二階の中央付近から少し離れた地点にいることが分かった。
どうせなら、地下三階まで穴が空いてくれれば良かったのだが、元々この地下内の床や壁は強固な造りでできている。上の床はたまたま敵の能力で劣化していたにすぎない。
とりあえず、地道に下へと進むしかないな。
イレブンスが地図を見ながら歩き始めると、そこで雑音混じりながらフィフスからの通信が入った。
「フィフスか?」
『ああ、こっちの作業は大方の収集がついたから、そっちの援助に向かおうと思ってな。そちらの状況は?』
「こっちの状況はE―5が敵一名と交戦中。俺は今からもっと下へと移動するつもりだ。詳しい地図とポイントは今から教える。この施設内にいる敵の数はセカンドの情報によると、八〇〇弱はいるみたいだ。ただこの施設内に入ってから、通信が取りにくくなってる。多分、敵の妨害を受けてだろうな」
ここに入る前にセカンドがそんなことを言っていたのを思い出しながら、イレブンスはそう言った。
『わかった。とりあえず、イレブンスから送られてきた情報を確認次第、そちらに向かう』
「了解」
イレブンスはフィフスとの通信を切り、セカンドからの情報をフィフスに送る。
「さて……こんな事してる間に雑魚たちが群がってきたな」
端末のモニターを消し、イレブンスへと向けられる無数の銃口へと笑みを浮かべる。
イレブンスは弓からデザートイーグル二丁に変え、自分へと一斉射撃をしてきた敵へと突貫する。無数の銃口から何十発もの銃弾が飛び出し、イレブンスへと襲いかかってくる。
自分へと跳んでくる弾雨を避けながら、イレブンスも敵へと二丁の銃から銃弾を放ち、次々に敵を撃ち倒していく。
そして最後の一人へとイレブンスが銃口を向けた瞬間、残りの一人をイレブンスが撃ち取る前に、高圧の電撃が真上から飛来し、残兵を床へと倒れ込ませた。
イレブンスは目を細めながら、上からこちらへと降りてくるマイアの姿を見た。
「イレブンス済まないが……ここからは私も同行させてもらう」
イレブンスが口を開くよりも前にマイアが、はっきりとした口調でそう言ってきた。
「……ああ、わかった」
マイアには色々聞きたい事もあるが、それを聞いている間に敵がここに再び集まって来ても面倒だ。そう考えたイレブンスは、マイアに事情を訊ねるよりも先に頷いた。
はっきり言って、今のマイアの目的はヴァレンティーネの奪還だろう。今はそれさえ分かっていれば、何か訊ねる必要はない。
イレブンスとマイアは中央へと駆ける。
「イレブンス、貴様に一つ質問する。ここで貴様以外に敵と交戦している者はいるのか?」
「いる。E―5だ。アイツが上で敵の一人と戦っているはずだ……ここに来る途中見なかったのか?」
イレブンスが横目でマイアを見ながら訊ねると、マイアが首を縦に動かしてきた。
「見ていない。ここに来るまでに先ほどの様な敵とは戦ったが、ナンバーズが戦っている所は見なかった」
「……どこからここに潜入した?」
「ここの上にある施設内からだ。支部で調べた所、ここに入れるポイントが二ヶ所あった。そしてその二ヶ所の内の一つのロックが解除されていた所から入っただけだ。何故、そんな事を訊く?」
マイアに訊ね返されながら、イレブンスは内心で動揺と共に疑問を感じていた。
ロックされていた扉は、自分と操生が入った箇所に違いない。けれどそれでは、何故マイアは操生を見かけなかったのか? あそこまでの道は、ひたすら真っ直ぐだったはずだ。それなのに何故?
嫌な想像が頭を過る。
イレブンスはその嫌な想像を邪推だと払拭する。そうしなければ、今動かしている足が止まってしまいそうだ。
「こっちの話だ。気にするな。とにかく急ぐぞ」
怪訝そうな表情をしているマイアにイレブンスがそう答え、後ろ髪を引かれる気分のまま前へと足を進めた。




