バカバカしい思惑
操生に連れられてやってきたのは、教員たちが寝泊まりしている教員寮だった。教員寮は、生徒たちの学生寮とは違い、玄関口が別々になっており、アパートメントの様だ。
「ここが私の部屋だから、気にせず入ってくれ。ちゃんとした治療もしとかないといけないしね」
「ああ、わかった」
操生の言葉にイレブンスが頷き、キッチンの奥にある広めのワンルームにあるソファーに腰を下ろした。
そこに操生が薬箱を持ってやってきた。
「それじゃあ、まず上を脱いで」
操生に言われた通りに、イレブンスが上着を脱ぐ。すると先ほどの戦いで掌打を受けた箇所が赤黒くなっている。因子で止血したとはいえ、かなりひどく内部で出血していたということだ。
それを見て、操生が眉を潜めながら、薬箱から塗り薬を取り出し、手で赤黒くなった傷口に塗り始めた。
「まったく、私の出流にとんでもないことしてくれるよ。彼女は三学年にいる九条綾芽君だよ。ここの生徒会長だ。しかも彼女の家柄は公家の一つの九条で、性格は戦闘こそ全てという性格で……出流? どうかしたのかい? 薬が染みたかな?」
操生の言葉を聞きながらイレブンスが怪訝そうな顔をしていたためか、操生が心配そうな表情をしてきた。
「あ、いや……薬が染みたとかじゃない。ただその九条綾芽とか言う奴が戦う前に俺を兄妹みたいな事を言って来たんだよ。しかも双子の」
イレブンスが戦う前に綾芽から言われたことを、操生に言うと、操生が少し考えるよう仕草をしてから、何故か納得したように、手を叩いて来た。
「言われてみれば、そうかもしれないね。初めて彼女に会ったときに、既視感を感じたからね。きっと彼女を見て、出流の面影を感じていたのかもしれないね」
「悠長に言うなよ。もし本当にそれが事実だとしたら、俺があんなのと同じ血が流れてると思うと、寒気がするだろ」
他人事ということで、操生が今まで引っかかっていた疑問がすっきりしたような顔をしているのを見て、イレブンスは頭を下げながら、肩を落とした。
「でも、彼女と双子ってことは、出流も公家の人って事だろ? 私はそっちの方に驚きなんだけどね」
「まぁ、そうだとしても……生みの親より育ての親っていうだろ? だから今更、肉親が分かったからって、俺が何か変わるわけでもないだろ」
「まぁ、そうだけどね……でも多少なりと自分の出生について知れるのは良い事じゃないのかな? 私はそう思うけどね」
操生が静かな声でイレブンスにそう言って来た。そのため、イレブンスはそんな操生に対して、静かに息を吐いた。
「確かにな。けど、俺はあんな変態そうな奴と双子なんて、寒気がするって。何をどうやったらあんな風に歪むんだよ? 自分で言うのもあれだけどな……、俺はあいつよりはまともな人間として育った自信はあるね」
イレブンスがそう断言すると、操生が微かな失笑を浮かべて来た。
「出流の言う通り、確かに彼女は変な風に歪んじゃったけど、公家の全て決められたスケジュールの中で、今が一番自由なんじゃないのかな? これは私の憶測だけど。それにしても、出流? 私的に少し気になったんだけど、出流と彼女では、どっちが上になるのかな?」
そう言いながら、操生が宙に視線を向けながら、少し考え込むような仕草をしてきた。それを見て、イレブンスは目を細めた。
「アホか。あの女は俺を愚弟とか言って来たけど、それは間違いだ。あいつが俺の下で愚妹になるんだよ。むしろ、何であの女が自分を上だと判断したのかが謎だな」
「……それは出流も一緒なんじゃないかな?」
「なんか言ったか?」
「いや、別に」
小声で何かを言ってきた操生にイレブンスが顔をしかめて訊ねると、操生がわざとらしくあさっての方向を見て、誤摩化して来た。
そんな見え見えの誤摩化し顔を浮かべる操生を見ながら、イレブンスは溜息を吐いた。そして溜息を吐いた時には、胸にあったジンジンとした痛みが完全に消えていることに気づいた。
「とりあえず、傷の手当てはこのくらいでいいか」
イレブンスはそう言って、上着を来てから端末にセカンドからの通信が入っていないかを確認したが、まだセカンドからの通信が入っている様子は無い。
「まだ手間取ってるみたいだな」
「まぁ、そうだろうね。きっとここの中枢システムの警備強化もかなりのレベルに引き上げられているはずだからね」
「だろうな……なんだ?」
操生に返事をしている最中にイレブンスの情報端末に一件のメッセージが入った。
そのメッセージの送り主は、フィフスからの物だった。
フィフスたちは支部の方で、豊たちにやられた者たちの回収に当たっていたはずだ。そんなフィフスからのメッセージにイレブンスは首を傾げた。
向こうの収集がついたにしては、少し早すぎる気もするが、とりあえずイレブンスはフィフスからのメッセージを開いた。
『こちらの作業はエイス、テンスと共に未だに継続中。ファースト、フォース、シックスス、セブンスの四名と戦闘員が何かしらの捜索活動を行っており、サード、ナインスが欧州にて新たな動きを見せている』
という他のメンバーの動きを記している内容だった。
「随分、東アジア地区は活発に動いているね。東アジア地区は実質上、行動規制を受けているはずだけど……どこかの幹部からの差し金かな?」
イレブンスと共にフィフスからのメッセージを見ていた操生が不思議そうに首を傾げてきた。そんな操生にイレブンスが首を横に振る。
「いや、別にどこかの幹部から言われたわけじゃない。フィフスたちにこの作業を頼んだのは俺だ。元々、キリウスの手元からティーネを奪還するためのサポートに要因のつもりだったけど、ここの理事長が変な動きをしてくれた所為で、少し事情が変わった。けど……残りの奴等がどうして動き始めたのかはわからない。とりあえず、俺が動く前にフォースのおっさんが、何人かのナンバーズと共に支部を開けるってことは入って来てたけどな。サードたちの動きはさっぱりだ」
「なるほどね……」
「どうした?」
操生がイレブンスの言葉に頷きながら、険しい表情で考え込み始めたのを見て、イレブンスが訊ねる。
「いや、明確なあれじゃないんだけど、今回の欧州地区のナンバーズたちは上手い様に敵中へと放り込まれたと思ってね。勿論、欧州地区のナンバーズでも、指折りの強さを持つⅪやⅩがいたし、ボスだっていたから決して、丸腰ってわけでもないけど……妙に引っ掛かるというか」
「まぁな。むしろ何でアストライヤー側に、こっちの情報が漏れてた?」
「それについては私も少し考えていたんだけど、考えられる線が二つあるよ」
「二つ?」
イレブンスの言葉に操生が黙ったまま頷いてきた。
「一つはここに来ている私のバディであるⅣが怪しいだろうね。彼女ははっきり言って、自分の目的実行のためなら、平気でトゥレイターの情報をアストライヤー側に流すだろうからね。それに彼女も上に言われて何かを指示されている様だったからね。その指示内容がどういう物か私には知らされてないけど、もしかしたら今回の事に関係していたという可能性は大いにあるよ」
確かにその線も大きく考えられる、と確定ではないにしろ操生の言葉を聞きながらイレブンスは思った。
「そして二つ目は……私の情報端末内の内容が全て向こうに筒抜けになっていた可能性だよ」
「本当か?」
「多分ね。実は今より三日前くらいにE―Ⅺから日本に来るって言う連絡が入ったんだよ。到着時間までは内緒にされてたけどね。でも大体の着く日時と場所が分かっていれば、後は幾らでも到着時刻を知る術は持っているだろうからね」
「確かに、それもありえる……けど少し考えてみたら俺みたいに軍部関係者から情報が漏れたっていうパターンもあり得るだろ? 軍事関係者だったら普通にアストライヤー側に寝返ってもおかしくはないわけだしな」
「その線もありえそうだけど……国防軍とアストライヤーの間にはかなり深い確執があるからね。その線もやっぱり決定的ではないね」
「なるほどな。でも、まぁそのどれかから漏れた可能性が高いわけだ。そして、その情報漏洩でキリウス達がやられたと」
操生にそう言いながら、イレブンスは頭の中で思考を巡らせていた。確かにどれもこちら側の情報が漏れやすいルートではある。
けれど、さっき操生が言った、『アストライヤー関係者と国防軍の確執』を考えると、アストライヤー側と敵対している軍がその敵対している相手に有力な情報を漏らすとも思えない。
やはり、それを考えると操生の端末がハッキングされたかⅣが情報を漏らした可能性が高いと言う事か。
それを考えながら、イレブンスはふとしたことを考えた。そしてそれがどんどん脳裏で膨らむにつれ、ある憶測が頭を過る。
「なぁ、操生……キリウスは元々、狼の妹を殺しに来たんだよな?」
「そうだね。それがどうかしたのかな?」
「もしかしたら……キリウスたちはわざと情報を流したかもしれない」
「どういう事かな? それは」
「俺の憶測が正しければ……きっとキリウスはⅣを使って、ここの情報を回させてたんだろうな。それで一番厄介そうな、理事長である宇摩豊を新兵器っていう餌で陽動しようとしたんだろ。そしてノコノコ現れた所を仕留めて、それと同時に狼の妹をフォースたちを使って、殺させようとしてた。けど、実際は相手の力量を読み間違えて、しかも肝心の妹はここにはいなかったと。それで、今フォースたちがその妹の捜索をしてるって考えれば、わりと辻褄が合うと思わないか?」
脳裏で立てた憶測をイレブンスが話すと、操生が納得したように頷いた。
「その線は十分にあり得るね。もしかすると、E―Ⅺも私がここにいる事を知っていたから、敢えて自分たちの情報を私に伝えてきたのかもしれないね」
少しは事の経緯が推測できた所で、イレブンスは大きく溜息を吐いた。
バカバカしい。
内心でイレブンスはそう強く思った。




