厄介者と不信な目
『もう、何かわかったの?』
「まぁな。でも詳しくはEーⅤが説明する」
音声のみで言葉を返して来たセカンドにイレブンスがそう答え、操生に目配せをした。すると、操生もそれに頷いて口を開く。
「やぁ、久しぶりだね。JーⅡ。それで、急で悪いんだけど、アクセスして欲しいシステムがあるんだ。それは、明蘭学園の中枢システムの中に地下武器保管庫への通路アクセス許可というプログラムがあってね、そこにアクセスして欲しい。けど、そこは條逢慶吾という情報操作士がアクセス権を掌握しているんだ」
『やる。絶対に潜入してみせる』
操生の言葉を聞いたセカンドは俄然やる気を示して来た。やる気を啓示してくれることは良いが、セカンドにしては、いささか珍しいことの様に思う。
「本当かい? 助かるよ。やっぱりシステム的な方面だと私たちじゃ手に余るからね」
『了解。前にあたしのアクセス権を奪って来た悪魔に一矢を報いるためにも、絶対にやる』
やや語尾が強調しながら言って来たセカンドの言葉を聞いて、イレブンスは前にセカンドを負かした情報操作士がこの條逢慶吾という情報操作士であることがわかった。
ただセカンドは幼い年齢で某国へのサイバーテロを行うほどの天才だ。その天才を負かす天才がこの明蘭学園にいるということに、イレブンスは驚愕した。
『じゃあ、集中するから通信は切る』
セカンドはその言葉どおりに、イレブンスとの通信を切って来た。
「まぁ、理由はどうあれ……こっちの情報操作士はやる気を出してくれたみたいだな」
「そうだね。私たちからしてみれば、システムに侵入するのがどのくらい大変なのか皆目想像がつかないけど、その條逢慶吾という少年は、世界にいる情報操作士の中でも随一と言っても過言じゃないよ。それはこの前のWVAで証明されてしまった事実らしいからね」
眉を潜める操生の言葉を聞いて、イレブンスも溜息を吐きたくなった。戦いにおいて情報という物は必要不可欠だ。目の前の敵を討つことだけを考えている戦闘員にとって、戦場全体の動きや敵の動きを知ることは、生死の帰趨にも繋がってくるからだ。そんな生死の帰趨でもある情報を牛耳る情報操作士が優れていれば優れているだけ、戦闘員にとってこの上ないことだ。
そして恐らく、ここの中枢システムを管理している情報操作士は、操生の話やセカンドの話を聞く限り、情報操作士としての技量がずば抜けて高いということだろう。
「厄介だな」
肩を竦めながらイレブンスがそう呟いた。対面して戦うというのなら、どんな優れている情報操作士だとしても、敵ではない。けれど情報操作士側としても、自分たちが戦闘向きでないことくらい百も承知だ。だからこそ、情報操作士は基本的に戦場の表舞台には出ず、常に見えない所からサポート及び妨害を行ってくるのだ。
そして情報操作士が得意とする分野に関して、自分たちでは太刀打ちできない。それが分かっているからこそ、待つしかない。
けれど今のイレブンスにとって、それがどうももどかしい。
焦っているのかもしれない。
ナンバーズと呼ばれ、それなりの実力を持った自分たちを軽々と倒してしまう程のキリウスを凌駕する敵の強さを知って。
「確かに厄介だけど、きっとJ―Ⅱだって頑張ってくれるよ。だから、そんな不安そうな顔はなしだよ」
無意識に眉を顰めていたイレブンスに操生が苦笑を零してきた。
「ああ、操生の言う通りだな」
「前向きに考えてた方が、未来は明るいからね」
「……その言葉、ここの生徒にも言ってるのか?」
「いや、まだこの言葉は未使用かな」
「はは、そうか」
自分の茶化しに操生が呑気な声で答えてきたため、イレブンスは短く笑った。
「よし、じゃあセカンドの報告を待ってる間に今後の動きを決めるか。ティーネ奪還のな。きっと奴等もシステム上の防犯だけで警戒してるわけじゃないだろし、むしろ、ここの理事長が掻き集めてた部下が見張っている可能性が高いからな」
「だろうね。これも幹部から聞いた情報だけど、ここの理事長は零部隊という隊を独自で結成させてたみたいなんだよ。しかもその零部隊は、アストライヤーとなるべきだった卒業生、九卿家に奉公している家系、私の様な第一世の者たちから構成されてるみたいなんだ」
「なるほどな。つまり、日本のアストライヤーが表舞台に出て来なかったのも、ここの理事長が全員、自分の手元に置いといた所為ってことか。でも、何でここの理事長はこんな事してるんだ?」
宇摩豊の意図が読めず、イレブンスが首を傾げさせる。
確かに九卿家に奉公している者や、第一世の者たちを因子持ちで構成した部隊に配属させるのは、何となく理解できる。けれど理解できないのは、アストライヤーとなるべき卒業生をアストライヤーにするのではなく、個人的に結成した部隊に入れる目的が分からない。
「さぁ。私も理事長の心理を読んだわけじゃないからね。むしろ彼の心理なんて読んだら、私の方がパンクしそうだよ。何か、あの人嘘の塊のような人物だからね」
「確かに、見た感じあいつは胡散臭そうだった。絶対、アイツここの生徒から信頼されてないだろ?」
「どうだろうね? まぁしてない子はしてないって感じじゃないかな」
「仮にも教育者としてどうなんだよ? それ」
「問題だよねぇ。私も思うんだ。むしろ、前に左京君が『あの方は教育者に向かない』って愚痴をこぼしていたよ」
「左京、言ってそうだな……むしろ、左京と話す事あるんだな」
「勿論あるよ。だって私も彼女もそして誠君も臨時教官だからね。これでも美人教官で男子生徒の間では評判良いんだよ」
「ふーん。そうか」
得意げに胸を張ってきた操生にイレブンスが目を細める。すると、操生が何を思ったのかニヤリと笑みを浮かべてきた。
「もしかして、出流……ヤキモチかな?」
「別に」
「素っ気ない態度が怪しいね」
「怪しくない。とにかくこの話は終わりだ。操生、おまえ地下武器庫に繋がってる場所は知ってるのか?」
本題とは関係ない所に飛躍してしまった話をイレブンスは少し慌てながら軌道修正する。操生がそんなイレブンスを見て楽しそうに笑いながら、首を縦に振ってきた。
「勿論、そこに通じている入口の場所は把握しているよ。入口は二ヶ所。一つ目は理事長室、つまり敵の巣穴で。もう一つが生徒会室にあるよ。どちらも仕掛け扉になってるみたいだけど」
「仕掛け扉……」
イレブンスは操生の言葉を聞いて、狼たちと出くわした保管庫での記憶が否応なしに浮かんできた。あの時は、至るところにある仕掛けにハマって、すごく大変だった。
さすがにここは保管庫のように、普段から無人というわけでもないため、あそこまでの仕掛けはないと思うが、それでもイレブンスの顔は引き攣った。
そして保管庫でイレブンスが苦い体験をしたことなど知らない、操生が顔を引き攣らせるイレブンスを不思議そうに見ている。
「何か仕掛け扉に嫌な思い出でもあるのかい?」
「前に少しな……」
「なるほどね。でも心配御無用だよ。私はそういう仕掛け扉みたいなからくりを暴くのが得意だからね。じゃあ、とりあえず生徒会室に行ってみようか」
「そうだな……頼りにしてる」
苦笑を浮かべながら、イレブンスが操生の肩を軽く叩いた。保管庫での失敗があるため、ここは自称でも得意と言っている操生に仕掛けを解いてもらうしかない。
そう思いながら、イレブンスは鼻歌混じりに教官室を出る操生について行った。
イレブンスと操生は暗い廊下を暗視カメラ搭載のサングラスを掛け進んでいた。学校内には今のところイレブンスと操生以外の人の気配はない。
そのためイレブンスも操生もBRVを復元することなく学校内を進んでいた。
「こうも、誰もいないと単なる肝試しをやってる気分になるね」
「まぁな。けどそれにしても警備が甘すぎるような気がする。外にしても中にしても」
辺りを見回しながらイレブンスがそう言うと、操生が得意げな笑みを作ってきた。
「そういえば、出流には言ってなかったね。実はここには私のバディであるE―Ⅳが来ていてね、彼女に協力してもらって、警備員やここの教官たちにはぐっすり眠って貰ってるんだよ。彼女の毒は毒性が強いからきっと、ちょっとやそっとじゃ起きないだろうから」
「そう言う事だったのか。どおりで無警戒なわけだ」
頷きながらイレブンスは納得した。E―Ⅳは前に二、三度しか顔を合わせたことはないが、顔を合わせた印象だと、どこか脆いような、油断できないような雰囲気が漂っていて、どちらかといえば関わりたくないタイプの少女だったような気がする。
まさか操生がそのE―Ⅳとバディになっていると思わなかったが、今はそのおかげで協力を仰げているのだから、良しとするしかない。
そんな事を考えていると、暗視カメラを付けていたイレブンスの視界に、一階の階段付近に何者かの人影が見えた。
「操生、暗闇とはいえ誰かに見られたぞ」
「まさか。夜間警備員は寝ているはずだけど……」
「俺の見間違いか幽霊じゃなきゃ、追って確かめればいい。ロック・オフ」
手にBRVであるベレッタM92Fを復元し、階段の方へと去って行った人影を追う。人影は自分がイレブンスに追われていることに気づいたのか、身体に因子を流し跳躍しながら、逃走してきた。
「逃がすかっ!」
逃走する人影に向けイレブンスが銃弾を発砲する。そしてイレブンスが放った銃弾が逃走者の左肩を掠めると、一瞬だけ相手の動きが鈍くなった。
イレブンスはすぐさま逃走者へと肉薄し、逃走者の腕を掴む。
「おまえ……」
腕を掴み逃走した相手の顔を確認したイレブンスの口から咄嗟に言葉が漏れた。
「三年の高坂秀作君じゃないか。こんな夜中に何をやってるんだい?」
イレブンスの横にやってきた操生が、涙目になっている秀作を見てぽかんと口を開けている。
「え? え? 何、この声……海で黒樹といた奴にミサっち?」
「はぁい。と言いたいところだけど、まったく、こんな夜中に学校をうろついてるから、不審者かと思って攻撃しちゃったじゃないか」
「はい、すみません」
自分たちを棚に上げて、教官らしく秀作を叱る操生を見ながらイレブンスは少しだけ秀作が不憫に思えてきた。むしろ、秀作はこの学校の生徒で関係者だとしても、イレブンスは完璧な不法侵入者だ。
しかも肩を掠める様に撃っただけとはいえ、加害者が被害者に謝らせるというのはやはり罪悪感を感じる。だが撃ってしまったのが自分という手前、操生を訓戒することもできない。
しかも……
「でも何で、ここに黒樹の知り合いがミサっちと一緒にいるんだ?」
と秀作に聞かれてしまい、イレブンスはどう答えるべきか迷っていると、秀作がイレブンスへと疑いの視線を向けてきた。




