分水嶺
イレブンスはヴァレンティーネを連れ去った豊を追い、明蘭へと向かっていた。やはり、自分の推測どおり、ヴァレンティーネはキリウスと共に日本へ来ていた。そしてそれに関しては良かった。けれど、あの明蘭の理事長である豊の強さは何だ?
ヴァレンティーネを奪還する機会を伺っている隙に、トゥレイターの調査で判明した零部隊と呼ばれる者たちが戦闘を開始し、宇摩豊がキリウスと交戦し始めたのだ。キリウスの強さを知っているイレブンスからしてみれば、相手が例えどんな相手だろうと、そう易々とやられるはずはない、むしろアストライヤー側の戦況が危うくなるだろうと踏んでいた。
けれどその読みはまったく外れた。宇摩豊という人物の強さはキリウスと同等、いや、豊の方が少し上くらいか。しかし今はそんな事より、ヴァレンティーネが宇摩豊に攫われたという事の方が問題だ。
ヴァレンティーネを攫ったと言う事は、向こうも彼女が持つ力について知っているはずだ。しかしその力を使えば使うほど、ヴァレンティーネの身体に負担が掛かることなどアストライヤー側が把握しているかは怪しい。いや、もし分かっていたとしても、自分たちと敵対している者の事を考慮するかも怪しい。
イレブンスは端末を操作し、東アジア地区の本支部である東京支部にいるセカンドに通信を入れた。
「セカンド、アイツ等の動きは把握できてるか?」
『一応。奴等は真っ直ぐに明蘭に向かってるよ。多分、こっちを誘い込もうとしてる』
「わざと、自分のホームグランドに敵を引きつけて、迎え撃つ魂胆か?」
『さぁ、それはどうだろう?』
通信越しのセカンドは幼い歳の割に、言葉は淡々としていている。そしてイレブンスの答えを曖昧に返した所を見ると、相手の動きを読み切れていない様子だ。
「相手の動きが読めない妨害でも受けてるのか?」
『いや、妨害は受けてない。けど……』
「けど?」
『向こうには、あたしの嫌いな奴がいる。そいつがどんな事をしてくるか分からない』
そう言って、セカンドが通信越しに幼いながらも整った顔を不愉快そうに歪めてきた。一〇歳の少女にこんな顔をさせる奴って、どんな奴だ? と内心でイレブンスは疑問に思ったが、セカンドの横に映ったフォースやシックスを見て、アストライヤー側にも通信モニター越しに映った、碌でもない奴はいるんだろうと考え直した。そう、さきほどイレブンスにふざけた言葉を残してとんずらした宇摩豊の様に。
「まぁ、いい。俺はこのまま現地に行く。もし新しい情報が入ったら教えてくれ」
『わかった』
イレブンスはセカンドとの通信を切り、明蘭前までやってきていた。外見から見た所、通常の警戒システムは作動している様だが、特別な警戒システムが作動しているわけではなさそうだ。
さっき横浜で欧州地区のナンバーズを撃退しといて、この何でもなかったかのような警戒態勢が、引っかかるが、入れるなら入るべきだ。
それにしても……あの横浜で見かけたナンバーズは、キリウスを溺愛、忠誠を誓っているEーⅩ(テンス)、EーⅪ(イレブンス)、を含む欧州のナンバーズがいたのだが、その中に操生を含め、EーⅣ(フォース)やEーⅧ(エイス)など姿が見えないナンバーズもいた。それに、ヴァレンティーネと共にいるに違いないマイアの姿もなかった。
向こうのアストライヤー対策として、向こうに残したという考え方も出来るが、この前のアムステルダムでの暴動で、未だに欧州の方は混乱しているはずだ。だから、各国の軍やアストライヤーたちもその混乱をある程度、収拾しない限りはトゥレイターへの攻撃をしてくるとは思えない。
それを考えれば、まだ時間的に猶予がある。
だから、欧州地区のナンバーズを引き連れて、こっちに来たのか?
だがイレブンスの中で、まだ釈然としていなかった。何故、キリウスたちがわざわざ
海を渡って日本に来たのかという疑問が残っているためだ。
せめてキリウスたちが横浜に到着し、どこへ向かおうとしていたのかさえ分かればな……それを知るためには、横浜で倒れていた欧州地区のナンバーズがキリウスよりも先に起きる事を願うしかない。
今、キリウス及び欧州地区のナンバーズはイレブンスが事前に手助けを頼んでおいた、フィフスやテンス、そして勝手に名乗り上げたセブンスが回収しに行ったのだ。
セブンスはEーⅩなどの女子に媚びを売るのが目的だろう。
「あいつもあいつで、どんな時でも揺るがない奴だな」
溜息を吐きながら、イレブンスが明蘭の敷地内に潜入した。やはり別段、警報が鳴るということもない。よし、この様子なら簡単に中を調べられることが出来る。
イレブンスは気配を殺しながら、明蘭の学内へと忍び込む。学内は非常灯以外の照明は消され、静まり帰っていた。
多分、生徒が使っている教室などを探しても無駄だ。怪しいのは……イレブンスはニヤリと笑みを作り、床を踵で叩いた。
「この下だよな」
イレブンスは一番最初に狼がBRVを持って、グランドの下から出て来たのを思い返していた。あの時、狼はグランドに空いた穴から飛び出して来た。
何故、狼があんな所から出て来たのかは分からないが、あれは地面に空いただけの穴じゃない。イレブンスは直感的にそう感じた。
「さて、怪しい地下への入り口でも探すか」
イレブンスはそう呟きながら、辺りを見回る。
怪しいのは、教官室、BRV保管庫、理事長室……などのことをイレブンスが予想していると、誰かが走ってくる音が聞こえて来た。
誰か来る。
イレブンスは自分へと近づいてくる足音に気づき、身を潜めさせる。
だが……
「はぁい、出流! やっぱり来たね」
「なっ、操生! おまえなんで……?」
イレブンスは目を丸くして驚く。しかも目の前にいる操生は、トゥレイターの戦闘服を来てるわけでもなく、ただのスーツ姿だ。
自分よりも先に潜入していたということだろうか?
「凄い驚きようだね。私に会えてそんなに嬉しかったのかな?」
「おまえって、本当に唐突に現れるっていうか、とにかく、何で操生がここにいるんだ?」
「出流がそう聞きたくなる理由もわかるけどね、とりあえず、ここで立ち話もあれだから移動しよう」
「お、おいっ!」
操生がそう言って、イレブンスの手を掴むと行き先も告げずに歩き出す。そして手を引かれるがまま、着いた場所は、色々な書類が乗った机が置いてある教官室だった。
「さぁ、この中で作戦会議だね」
「……ああ、そうだな」
部屋に自分を入れて来た操生にイレブンスが頷く。自分が何も言わずとも作戦会議と言って来たということは、操生は今の状況を把握しているということだろう。これからイレブンスがやろうとしていることも含め。
「なぁ、操生。最初にまず質問していいか? おまえがここにいるのは、キリウスの命令でか?」
「答えはノー。私は元々、欧州にいた幹部から個人的な命令でここに潜伏してるんだよ。臨時教官としてね」
「別の幹部から? 目的は?」
「そうだね……私の任務は幹部から指名されたターゲットを観察して、その観察内容を向こうの幹部に送る任務だよ。対象者は黒樹君、黒樹君の妹、輝崎君にここの理事長」
「理事長は分かる。けど何で狼に狼の妹とバカ殿なんかを観察してるんだ?」
イレブンスは操生にこの任務を頼んだ幹部の意図が分からず、目を眇めさせた。いや、少し頭を整理させて考えれば、真紘は日本で九卿家と呼ばれる家の当主だから、一応納得できる……そして狼も一応、イザナギという特殊のBRVを持ち、因子面で言えばかなりの原石という事を考えれば、なんとか納得できる。
けれど、何故狼の妹?
イレブンスが小世美を見たのは、海で見たのが初めてだったが、そのときはこれと言って特別な物を感じなかった。
「うーん、私もそこが不思議な所だったんだけどね……」
「だったってことは、今は理由が分かったのか?」
「まぁね。私が三日ほど前に、EーⅪから連絡があったんだよ。こっちに来るっていうね。だから、私も思い切って、私にこの任務を下した幹部に聞いてみたんだ。欧州地区のボスが日本に来る理由を知らないかってね」
「そしたら?」
「そしたら……どうやら、狙いは黒樹君の妹みたいなんだ。彼女は特殊な因子を持っているらしくてね。どうやら、東アジア地区のボスと正反対の能力みたいだよ」
「ティーネと反対ってことは……因子を作り出すってことか?」
驚きながらもイレブンスが操生に訊ねると、操生が首を縦に動かした。
「そうみたいだよ。さすがの私でもそれを聞いたときは嘘だろって思ったけどね」
「ってことは、キリウスの奴は狼の妹を殺しにここに来たってことか?」
「……そうだね」
操生が頷きながら、複雑そうに顔を歪めてきた。きっと操生もキリウスがやろうとしていることを、良しと思っていないのだろう。
だからか?
イレブンスはふと、幹部が操生をこの任務につけたのかと考えた。いくら、戦場には出ない幹部たちとはいえ、個人的にナンバーズに命令を下すということは、そのナンバーズの性格、趣向、能力を見て判断するはずだ。
そしてそれを踏まえて操生を選び、操生の情を湧かせるような環境下に彼女を送り込んだと仮定すると、その幹部は操生に、宇摩豊はともかく、他の三人に危害が及ぶのを阻止させようとしていた可能性は高い。
だが、そのイレブンスが考えた物が正しければ、新たな疑問が浮かぶ。
何故、その幹部はこんな裏から根回しをしてまで、その三人を守ろうとしているのか? そこが疑問だ。けれど、今それを考えた所で今の自分や操生が答えを導きだせるとは思わない。
「とりあえず、その狼の妹は無事なのか?」
「まぁ……こっちのボスにやられる心配はないね」
「ここの理事長がキリウスを仕留めたからか?」
イレブンスがそう訊ねると、今度は操生が目を見開いてきた。
「そうなのかい? いくら情報通の私でもそれは最新すぎて知らなかったよ」
「そうなのか? てっきり、俺がここに来たのも気づいてた素振りしてたから、知ってるのかと思ってたんだけどな」
「それは私の能力のおかげだよ。出流も知ってるだろ?」
操生がイレブンスの頬を片手で優しく撫でながらそう言って来た。そしてそれを操生から言われ、イレブンスは納得した。
「ああ……俺と相性の悪いあれ、な」
「相性が悪いか……そういう言い方されると微妙だね。まるでベッドの中でも相性が悪いみたいだ」
「何で、この流れでそうなるんだよ?」
割と真面目に嘆息を吐きながら、肩を竦めてきた操生にイレブンスは目を細くする。すると操生がおかしそうに小さく笑って来た。
「冗談だよ。さてさて、私が出流の行動を察知した謎解きが分かったところで……話を本題に戻そう」
「そうだな。で? 何で狼の妹は無事なんだ?」
「それは、彼女が今ここに居ないからだよ。どこに行ってるのかは、定かじゃないけど……黒樹君たちも今日学校を休んでるから、何かあったんだろうね。トゥレイターとは関係ないところで」
「なるほどな。まぁ、狼たちの動きはあとで調べるとして……操生、ティーネがどこにいるか分かるか?」
「把握してるわけじゃないけど、怪しい場所は掴んでるよ。ただ、そこに行くには、JーⅡに頑張ってもらうしかないけどね」
「セカンドに?」
「そうだよ。こっちの情報操作士に頼めるわけでもないし、生半可な情報操作士だと突破出来ないシステムで守られている場所だからね」
「わかった。すぐにセカンドに連絡する」
イレブンスが操生の言葉に頷くと、すぐにセカンドへと通信を入れた。




