一度あることは二度ある、二度あることは・・・
左京と誠がフォースたちと激闘をしている中、真紘たちはというと・・・
「ヘルツベルト、何か食べられそうな物は見つかったか?」
「向こうに食べられそうな木の実みたいなのがなってたけど、どうかな?」
セツナは木の実があると思われる方向を指差している。今二人は空腹を満たすために食料をさがしていた。
そして真紘は川で川魚などを捕まえるということになり、一方で泳げないセツナは周辺で食べられそうな果物などが生ってないか探すことになった。
「そうか。ならそれも一応食料として、候補に上げとこう」
「わかったわ。マヒロの方はどう捕まえられた?」
「俺の方はなんとか数匹は捕まえた。けど、・・・思ってたより難しいな。生きた魚を取るというのは」
魚を釣るための道具がないため、ゲッシュ因子で動体視力を高め、素手で掴むという荒業で魚を捕まえた。
そのため、まだ息のある魚は川岸で小さく跳ねて、抵抗を見せている。
「でも捕まえられただけすごいじゃない」
苦笑する真紘をセツナが素直に褒める。
そんなセツナの飾り気のない賞賛に、真紘は妙に気恥ずかしくなった。
まさか演習に来て、人生初の生きた魚を取ることになるとは。考えてもみなかった。
だが、別に悪い気はしない。これもいい経験だ。
静かに笑っている真紘を見て、セツナが首を傾げている。
「どうかしたの?」
「いいや。何でもない。気にしないでくれ。それより、ヘルツベルトが見つけた物を、食べられるかどうか確認しに行こう」
真紘は川から上がる。太陽が照った気候の所為か濡れた足が清々しい。
滝壺に落ちて濡れた衣服も歩き回っている内にほぼ乾いてしまった。
そのおかげで風邪を引かなくて済みそうだ。
前を先導して歩くセツナの背を見ながら真紘はそう安堵していた。
「あっ、あれあれ!」
セツナが嬉々とした声を上げながら、木の上の方を指差している。指差された方を見てみるとそこには、青い色をした木の実が生っていた。
真紘は簡単な風を起こして、木を揺さぶり木の実を下へと落とす。それをセツナが下でキャッチした。それを何回か続けて、セツナの腕いっぱいになったところでやめた。
戦闘などで使うような風はBRVを媒介としないと出せないが、少しの風なら出すことも可能だ。元来はゲッシュ因子事態に特徴はない。だが自分と適合したBRVの持つ特性によって、本人のゲッシュ因子に特徴がつく場合がある。そして真紘の場合はイザナミの影響もあって、ゲッシュ因子が風に特化してしまったのだ。
「匂いを嗅いでみたんだけど、なんか果物っぽい匂いがするから、大丈夫だと思う」
腕いっぱいにある実に鼻を近づけて、セツナが匂いを嗅いでいる。
「匂いだけで分かるものなのか?」
真紘の問いにセツナは自信いっぱいに頷く。そしてその反応に妙に納得させられてしまった。
「ヘルツベルト手が塞がって大変だろう?俺が持つから貸してくれ」
そう言って、真紘が手を伸ばすとセツナが首を横に振った。
「駄目よ。マヒロはもう魚を持ってるじゃない。あたしのことは気にしないで。こう見えてけっこう力には自信があるんだから」
セツナはそう言って、片目を瞑った。
「いや、しかし・・・」
セツナの返事に真紘が渋っていると、セツナは苦笑しながら、すでに先に進もうと足を動かしている。
すると後ろから葉の擦れ合うような音が聞こえた。真紘とセツナはすぐさま音が聞えた方に視線を向ける。
何かいるのか?
だんだんと葉の擦れるような音が近づいてくる。
もしかして、ヘリから落ちた者たちか?それとも救援?
近づいてくる音の正体を頭で思い浮かべながら、真紘は草むらを見続ける。
だが、音の正体は真紘の考えていた物ではなかった。
「なぜ、こんなところに・・・・・」
草むらを掻き分けて、真紘たちの前に現れたものを見て、真紘は思わず絶句した。
「本当!なんでこんな所に?それにしても・・・・・・・可愛い」
そう言ってセツナは、草むらから出てきた犬をぎゅうっと抱きしめる。
こんな熱帯の密林の中に何故、犬がいる?
犬の外見は、日本でよく見られる柴犬だ。だからこそ尚更、こんな場所にいるのが不自然すぎる。柴犬は舌を出しながら真紘の方に顔を向けられている。
真紘は一歩後退するようにして、柴犬から距離を取った。
「ヘルツベルト、こんな所に犬がいるのは、おかしくないか?」
柴犬を抱きしめているセツナの背に訊ねると
「んー、確かにおかしいけど、可愛いからあんまり気にならない」
と答えた。その答えは今の真紘にとってあまり良い答えになっていない。
真紘は苦虫を噛んだような顔で柴犬を見つめた。真紘と目が合った柴犬は身体を振るようにして、セツナから離れ、何食わぬ顔で真紘の元へと駆け寄って来る。
自分に駆け寄って来る柴犬を見て、真紘は思わず風を出し、犬をセツナの方へと吹き飛ばす。
最初のうち柴犬は真紘から出される風に四本足を踏ん張っていたが、風の強さに負けコロコロと転がりながら、セツナの方へと戻される。
「もう、どうしてワンちゃんが近寄って来たのに、払い除けるの?可哀想じゃない」
セツナは少し厳しい顔を真紘に向けながら、柴犬の頭を撫でている。
「別に悪気があるとか、その犬に対して含む物があるというわけではないのだが・・・俺は犬が苦手なんだ・・・」
「えっ!マヒロって犬が苦手なの?」
「ああ」
短い嘆息を吐きながら、真紘が白状する。
「何か、意外」
「そうか?誰にだって苦手な物はあるだろ」
「まぁ、確かに。私も水が苦手だし・・・でも、マヒロに苦手な物があるっていうのは、いまいちピンとこない感じ。しかもそれが犬なんて」
セツナはすっかり柴犬を気に入ったのか果物を地面へと置き、犬を抱き上げて真紘の元へとやってきた。
「悪いが、それ以上は・・・」
真紘は言葉を濁して、セツナ(柴犬)を一定の距離の場所で止めた。
「本当に苦手なのね」
くすっとセツナが笑っている。
それを見て、真紘は何とも腑に落ちない気分になった。
「でも、この子を連れて歩けないわよね・・・」
と残念そうな声を上げて、セツナが柴犬を降ろして果物を抱えた。
やっとこれで、天敵である犬と離れられる。
真紘はほっと一息を吐いた。だが次の瞬間・・・・
気を完全に抜いていた真紘へと柴犬が飛びついて来た。
「うっ」
一気に真紘の顔が引きつる。
柴犬に勢いよく飛びつかれた真紘はそのまま後ろに尻持ちをつき、柴犬が自分の身体の上に乗った状態になってしまった。
真紘は犬に乗っかられたまま身動きが取れない。鳥肌が立つ。
だがこんな無邪気に尻尾を振って喜んでいる犬を力付くで振り払うことは出来ないし、そんな気力も出ない。
真紘はセツナに視線を送り、助けを求めたが
「あはははは。マヒロが固まってる~~。あははは」
と笑って真紘の視線に気づいていない。
この状態、いったいどうすればいい?
真紘は困惑しながらセツナと柴犬を交互に見て、ため息を吐く。
犬の気が済むまでじっとしていよう。それが一番、最善だろう。
そう自分に言い聞かせて、無心になろうと努力している真紘にやっと救いの手が出された。
「ほーら、マヒロが困ってるから、退いてあげましょうね」
と言いながら、セツナが犬を抱き上げた。
いつの間にか強張っていた真紘の身体が、一瞬にして解れる。
「すまない。助かった」
「いいえ」
セツナに持ち上げられている柴犬は真紘が恋しいのか、足をバタバタと動かして暴れている。
「すっかり懐かれちゃったみたいよ」
「いや、懐かれるような事をした覚えはないのだが」
真紘はすくっと立ち上がり、犬を見下ろす。
柴犬は甲高い鳴き声を上げて、真紘へと視線を上げている。
皮肉なものだな。
犬が苦手な自分が、こんなにも犬に好かれるとは。
「とりあえず、ここを移動しよう」
「そうね」
返事をしたセツナは少し残念そうに手を振りながら、犬に別れのあいさつをしている。
そして真紘は柴犬が座ったまま動いていない事を確認してから、何度目かの安堵を漏らし、足を進めた。
少し歩いたところで、後ろを歩いていたセツナが足を止める。
はっきり言って止めたくはない足だ。
「ねぇ、やっぱりあのワンちゃんついて来てるみたいよ?」
「そうみたいだな」
やはり、考えが甘かったか。
ならば、覚悟を決めるしかない。それ以外、この場を打破する手立てはないのだから。
真紘は覚悟を決めて、後ろに振り返る。するとやはり後ろには愛嬌を振りまいて追い掛けてくる柴犬の姿があった。
もうこれは厄日として諦めるしかない。
「マヒロ、これはもう犬嫌いを克服するために、受け入れるしかないわよ」
気合いの入った声でセツナが励ましてくれる。
その気持ちは有り難いのだが、真紘の気が重くなったのは気のせいではないだろう。
「ほら、腕を広げて、あの子を受け入れるの。そうすれば」
「こ、こうか?」
セツナが片膝をついて腕を広げたポーズを真紘も真似してみる。
「それで相手が飛び込んできたら、ぐっと!」
広げた腕を胸に収める動作をしている。
そんなセツナを横に真紘も片膝をついて腕を広げたポーズのまま柴犬を受け入れる態勢を整えた。それからすぐに柴犬との距離が間近になり、真紘の鼓動が早くなる。
犬の呼吸が聴こえる。
真紘はきつく目を瞑った。
来る!!
だが、覚悟を決めた真紘の隣を柴犬が颯爽と横切り、通り過ぎていく。
「えっ?」
隣にいるセツナから不思議そうな声が漏れた。
真紘も目を開け、走り過ぎた柴犬の方に視線を向けた。柴犬は何か目標を見つけたように一心不乱に地面を蹴って、走っている。
もしかしたら、自分たちに飽きたのかもしれないな。
動物というものは、実に気まぐれな生き物だ。
真紘はそう思いながら、呆れてなのか、それとも安心してなのか、わかない息を吐いた。
セツナは少し名残惜しそうに柴犬を見つめている。その肩を真紘が軽く叩くと、セツナが真紘の方を向いて、何か訴えたそうな表情をしている。
「ときにはこういう時もあるだろう。ヘルツベルトには申し訳ないが、俺は幾分、安心した」
本音の言葉を口にする。
するとセツナは
「そっか・・・そうようね。私の意見ばっかりマヒロに押し付けられないもんね」
と渋々納得してくれた。
そして、二人が歩き出そうとした時・・・
遠くから遠吠えのような鳴き声が聞えてきた。
その鳴き声を聞いたセツナの目が輝き、真紘の腕を掴む。
「ねぇ、きっとあのワンちゃんが私たちのこと呼んでるのよ!」
「いや、そんな馬鹿な・・・」
「絶対そう!私には分かる!」
さっきの遠吠えで何が分かったんだ?と真紘は疑問に思ったが、真横ではしゃいでいるセツナの気分を落としてしまうのも、どうかと考えたため、口には出さない。
しかもセツナは遠吠えがした方に向かわせる気満々で、真紘の腕を掴んでいる。
これはこれですごく困る。
真紘は内心ですごく動揺していた。
セツナが自分の両腕を絡ませるように掴んでいるため、他の女子より豊かなセツナの胸が自然と真紘の腕に触れている。
それに加え、セツナの格好は夏用の演習着なのだ。普通の制服よりも生地が薄い。しかも自分も夏用の演習着。半袖のため生肌が直に、薄い生地で覆われたセツナの胸に密着しているということだ。
普段、こういった事には無頓着な真紘だが、こんなふうに生々しく女性特有の柔らかさを認識してしまうと、さすがに狼狽えてしまう。
「ヘルツベルト、別に腕を掴まなくても大丈夫だ」
真紘が生々しい感触から逃れようと、セツナに話しかけるが、セツナは柴犬の元へと向かうことで頭がいっぱいなのか、聴こえていない。
そのため腕は未だに掴まれたままだ。
真紘は邪な考えを捨てさるため、別の事を考えようと試みたが、上手いように集中できない。
だが、別のことに意識を持っていかないと頭がパンクしてしまいそうだ。
そうだ、なにか考えなければ。そう、何かを・・・・
「マヒロ、危ないっ!」
不意にセツナからの声が飛んでくるが、真紘は意識を色々な方に飛ばしていたため、そのまま、無造作に地面から盛り上がった木の根に躓き、真紘の腕を掴んでいたセツナも巻き添えにして転倒してしまった。
セツナごと倒れた真紘の頭にとても柔らかい物の感触がする。
これは・・・?
・・・・・・・・・・・もしかして・・・・・・
真紘はすぐさま、頭を起こそうとした瞬間、身体を起こそうと地面に着こうとした手でセツナの胸を鷲掴みにしていた。
混乱が最高潮になり、停止する真紘。そして一拍置くようにして状況を判断したのか口をわなわなと動かし、顔も一気に赤色に染まるセツナ。
そんなセツナの表情を見て、真紘は停止させていた思考を動かし、跳び上がるようにセツナから離れる。
「す、すまない。別に悪気があったわけではなく、その俺も混乱していたというか、俺が未熟だったというか、いや、本当にすまないと思っている。でも本当に邪な考えを持って、こんなことをしたのではなく・・・」
慌てて弁解するが、その言葉が実に言い訳染みていて、自分に対し嫌気が出る。
一方で、胸を鷲掴みにされたセツナは、上半身を起こしたまま、座り込んでいる。
そんなセツナに、どう声を掛ければいいのか考えながら、真紘は視線を宙に泳がせた。自分がしてしまったことなのに、何も声を掛けられないことに真紘は歯痒さを感じられずにはいられなかった。
そして、二人の間にしばしの沈黙。
はっきり言って、気まずい。
だがどうやって、この気まずさを拭い去ればいいのか分からない。
真紘は溜息が出そうになるのを、喉元で堪えた。
そしてそんな二人の沈黙を破るように、真紘にとっての救世主が現れた。
その救世主とは、さっきまで真紘の天敵となっていた柴犬だ。柴犬は口に何か果物のような物を銜えている。
「何を銜えてるの?」
座り込んだままのセツナが首を傾げながら、柴犬に訊いている。
柴犬は口をぱっと口を開き、銜えていた物を地面へと落とした。
「これって、もしかしてランブタン?」
地面に落とされた、棘のような物を生やした赤い果物を手に取り、セツナが真紘に見せるように突き出した。
「確かに形などは似ているな」
とセツナが手にしている果物を見ながら、真紘が頷いた。
「へぇー、こんなのも生えてるのね」
セツナは手に持った、果物を見ながら感嘆の声を上げている。それから褒めるように柴犬の頭を撫でた。
「これ美味しいのよね。まだ生えてるのかな?」
「ここに持ってきたということは、まだ生えていると思うが、・・・行ってみるか?」
真紘が提案すると、セツナは普段通りの明るい表情で頷き、立ち上がった。
「じゃあ、この果物がある場所までの道案内は君に任せたわよ」
セツナは中腰態勢で、まるで人と話すように柴犬に話しかけている。柴犬は理解したのか、していないのかは分からないが、一声吠えた後、とことこと動き出した。
「あの子、頭が良いのかも~」
とセツナが感心しながら、柴犬の後を追い始めた。真紘もその後に続き歩き出す。
そして数十歩、歩いた先に小高い木になっている、さっきみた果物と同じ種類の物がたくさん所狭しと生えていた。
「これはすごいな・・・」
目の前にある光景に真紘も感心してしまう。
「ほんと、すごい!・・・よく見つけてくれたわね~~」
と言いながら、セツナは柴犬の首元を両手でわしゃくしゃと撫でまわしている。すると、柴犬はいきなりのセツナの動きに、喜んだのか尻尾を振って、セツナに跳びつく。そしてセツナの顔を舐め始めた。
「あは、ちょっと、・・・く、くすぐったい」
笑いながらじゃれ合っているセツナたちを見ながら、真紘はほほえみを漏らした。そしてすぐに果物を手で枝からもぎ取った。
少し強く引っ張るだけで取れる果物を取っていると、後ろでビリッという何かが破れるような音がした。だが、その音はセツナが漏らした驚愕の声に掻き消せれ、真紘には届かなかった。
「どうかしたのかっ!」
セツナの声を聞き、真紘が後ろを振り向こうと首を動かした時
「振り向いちゃ駄目!」
セツナは怒鳴り声を上げた。だがその声はすでに遅かった。
真紘は後ろを振り返り、おもわず口をぽかんと開けてしまう。
振り返った真紘の前にあった光景は、柴犬に演習着を破られ、下着姿を露わにしているセツナの姿だった。
セツナの顔は羞恥心のためか、泣きそうになっている。
真紘は黙ったまま首を木の方向に戻し、自分の来ている上着を脱いで、前を向きながらセツナへと渡した。
「すまない。・・・よければこれを着てくれ」
「え、でも・・・いいの?」
「ああ、俺は大丈夫だ。それにこのままだとヘルツベルトも動けないだろ」
「うん、わかった。・・・ありがとう」
真紘が持っていた上着をセツナが受け取り、すぐさまそれを着た。
「もう、大丈夫」
セツナからの声がかかり、真紘が後ろを振りかる。やはり男子の物だけあって、セツナには少し大きいが、下着姿よりは全然ましだ。
セツナの服を破いた張本人は、呑気に欠伸を掻いて座っている。
「なんか、今日は滝壺に落ちたり、遭難したり、災難続きね」
セツナは照れたのか、苦笑を浮かべている。
そして、一度あることは二度ある、二度あることは三度あるというように、災難がまだまだ続く。
真紘とセツナ、そして一匹の柴犬の頭上から驟雨と共に、強いスコールが吹き荒れ始めた。
「本当に今日は厄日だな・・・」
脱力しながら真紘が、そう呟いた。




