腐れ縁
根津は名莉や季凛と約五〇〇人の追手に囲まれていた。雄飛と戦おうとしていた所に屋敷内にいた追手たちが一気に集まり、そのまま行き手を阻まれてしまったのだ。
「まったく、この家にはどれだけ人がいるのよ?」
「あはっ、こんなに多いと絶対に顔を憶えられてない奴いるよね」
自分たちを囲む追手を恨めしげに睨む根津に、季凛が皮肉の言葉をかける。ざっと五〇〇人はいる追手を三人で分配すると、一人で一五〇人強は相手にする計算だ。
一人で一五〇人、きついわね。
内心で根津はそう思っていた。武道の心得など皆無な者たちを相手にするなら、そこまで骨折る事でもないだろう。けれどここにいるのは、雄飛や霧斗くらいではないものの武道を心得ている者だ。
それに、この人数に囲まれてしまった為か、肝心な雄飛の姿が見えなくなってしまった。少し離れた所では、霧斗が自分たちを座敷牢から出した葵と呼ばれる女性と戦っている。つまり、雄飛の行動を把握できる人物がいないということだ。
もしかすると、狼や霧斗との戦いで負った傷を回復するために、雄飛が後ろへと退いた可能性がある。そして根津たちが追手を払いのける前に、ある程度の回復を済ませた雄飛に次なる手を打たれるのは困る。
「何がなんでも、ここを切りぬけるわよ。相手にするのは自分の前にいる奴ら」
「了解」
「あはっ。わかった」
名莉と季凛に声を掛け、根津は目の前の敵へと青龍偃月刀を構えながら疾駆する。そして青龍偃月刀から、斬撃を放つ。
その斬撃が相手へと衝突し砂塵が辺りに舞う。しかし、それを抜け…根津へと無数の斬撃が向かって来た。青龍偃月刀を自分へと飛んでくる斬撃を往なすが、自分へと向かってくる数が多い。そのため避けきれない斬撃が根津の身体に襲いかかり、痛みが走る。
根津はその痛みを堪え、青龍偃月刀を揮う。
月刀技 十六夜
刀を構えながら自分へと向かってくる追手に、根津が高速の刺突を繰り出す。そして五~六人を前方へと吹き飛ばしながら、まだまだ押し寄せてくる相手へと連続で技を放つ。
因子の面では、小世美のおかげで何ともない。それを考えながら根津は苦笑を浮かべた。脳裏に悔しそうに俯いていた小世美の顔が浮かんだからだ。
小世美は言っていた。自分は何もできないと。だがそれは小世美が自分を過小評価していると根津は思う。今こうして、自分や季凛たちが戦いを続けられているのは、紛れもない小世美のおかげだ。むしろ小世美に因子を回復してもらわなければ、季凛だって危なかったし、根津自身、因子疲労を起こして、戦えていなかった。
小世美は自分が凄い事してるっていう自覚がなさすぎなのよね。
根津は青龍偃月刀に因子を流し込み、自分の士気を上げる。
月刀技 神無月
向かってくる相手へと至近距離から見えない斬劇を繰り出す。そのため、自分へと突貫して来ていた相手の身体が血を出しながら地面へと倒れる。根津は地面に倒れる相手に目もくれず、次なる相手へと攻撃を開始していた。
そして一人の相手が根津に肉薄してきて、真上から刀を振り下ろしてきた、根津はそれを青龍偃月刀の柄の部分で受け止める。
受け止めたが、やはり示現流の流派だけあって振り下ろされた時の太刀が重い。根津は足を地面に少し減り込ませながら、力づくで刀を振り下ろそうとしてくる相手に抗う。
「はぁあああ」
根津が一人の追手の攻撃を防いでいる間に、別の追手数名が根津に向かってやってきている。根津は因子を身体の方に流し入れ、刀を振り下ろしている相手の腹を散打する。
相手も刀の方に意識を集中させていたためか、根津の散打が上手く決まり、後ろへとよろめく。根津はすぐまさ真上へと跳躍し、向かって来ていた追手の刃から逃れた。
「本当に数が多すぎなのよ……」
真上から見ても、まだかなりの半数以上の人数がいる。
根津はそれを見て辟易した。そして真下に向かって、根津が斬撃を放つ。攻撃事態は向こうに塞がれたり、躱されたりしてダメージを与えることはできなかったが、敵を少しだけバラ消させることは出来た。
根津は追手がいない地点で着地すると、一番近くにいた追手たちへと攻めに入る。
一度根津が攻撃をしかければ、すぐに拡散していた追手たちが再び根津を囲むように陣取ってくる。
そしてあっという間に、根津は全方位を追手に囲まれてしまう。しかもそれは根津だけではない。自分と同じ様に別の追手たちと戦っている名莉や季凛もだ。
やはり、相手にする数が多すぎた。
「数に押されるって、まさにこのことね」
根津は自分を円形に囲っている追手を見ながらそう呟いた。そして、そう呟いている間に全方位から一斉に根津へと刀を向け、接近してきた。
根津は青龍偃月刀から斬撃を放ちながら、片足を軸に時計回りに周り前列にいた追手たちを斬り崩すが、それでも後方から次なる敵が来ているため、だんだん向こうとの距離を縮まっている。根津はそのことに内心で焦りを感じていた。
しかも、円形の後方にいた追手が跳躍し、真上から根津へと迫り来ているのが分かった。それを見ながら、根津の額から冷や汗が落ちる。
全力でこっちを潰しに来てるってことね。
根津は自身のBRVを強く握り、自分へと迫り来ている殺気に身構える。その瞬間、追手がどよめく声が聞こえ、そして……複数人の追手が宙に吹き飛ばされた。
根津がその光景に目を見開く。何が起きているのか分からない。ただ自分の援護をしてくれる名莉や季凛、霧斗は別の者と戦っている。
では誰が?
「ぼさっとしてないで、すぐにそこから退け!」
驚きと疑問で唖然としていた根津に、追手を両手に持つトンファーで吹き飛ばす陽向が声を張り上げてきた。
そんな陽向の言葉を聞いた根津が、囲まれていた地点から離れる。その間にも、陽向が自分へと刀を振り下ろす相手を、片手のトンファーで受け止め、すぐさまもう一つのトンファーで相手に打撃を加える。陽向はその一定の流れを崩さず、堅調に追手の数を減らしていく。
そしてそんな根津の背中越しに冷気が漂って来た。
根津はその冷気の方へと視線を移すと、やはりそこには突撃槍を持ち、根津と同じ様に身動きが取れなくなっていた、名莉たちを援護する希沙樹の姿があった。
「無粋な輩には、ちゃんと頭を冷やしてもらわないといけないようね……」
鋭い視線を追手たちに向けた希沙樹がそう呟き、突撃槍を追手へと振り上げる。その瞬間目の前にいた追手たちが、希沙樹の繰り出す冷気によって、一瞬の内に凍りついた。
二人の援助により、押されていた戦況が変わるのを感じ、根津は改めて陽向や希沙樹の強さを感じた。
でも、あの二人にばっかり任せるわけにもいかないわよね。
根津は苦笑を一瞬だけ浮かべ、今もなお追手を倒している陽向の元へと奔る。
そして陽向の後ろから襲いかかろうとしていた相手を、青龍偃月刀で吹き飛ばした。
「もうすぐで、黒樹妹が大酉を連れて、棗たちとこっちにくる。だからそれまでにこの場にいる雑魚たちを一気に片付ける……背中は頼んだぞ」
「わかったわ。あたしもあんたに預ける」
笑みを浮かべながら根津が陽向にそう返事をし、二人で一気に近くに居た追手への攻撃を開始する。突如現れた陽向や希沙樹のおかげで、追手の中にも少しの動揺が走っているように見える。そしてその動揺を見逃さず、一気に畳み掛ける。
月刀技 三日月鋏
鋏のように交叉する斬撃が前方にいた追手を薙ぎ倒し、後ろでは陽向が安定感のある動きで、相手の攻撃を見極め、的確に攻撃を与えている。
追手の動きを見ながら、陽向と息を合わせる。そして陽向と息を合わせて戦いながら、根津は意外にも自分が、安心して背中を任せられることに驚いていた。
これも腐れ縁での信頼って奴かしらね。
根津は背後にいる陽向を横目で見ながら、口元に微かな笑みを浮かべた。
希沙樹が入ったことにより、季凛や名莉たちの戦況も変わっていた。
「あはっ、たまには希沙樹ちゃんも使えるんだね」
「あら、たまにも使えない貴女には言われたくないわね」
季凛はクロスボウで追手の太ももなどに矢を投擲し命中させながら、近くに居る希沙樹といつもの調子の言葉をかけた。
そんな言葉を掛けながらも、視線は季凛も希沙樹も追手から外さない。季凛の手に持つクロスボウからは矢が投擲され、希沙樹の突撃槍からは強力な刺突が追手へと繰り出されている。そしてその他の追手には、名莉の二丁銃による銃弾が浴びせられていた。
連弩投擲 魑
火炎爆技 ベテルギウス
季凛が放った無数の矢と共に、名莉の放ったベテルギウスが追手に向かって走って行く。そしてその二つの攻撃を避け躱した追手に、希沙樹の攻撃である寒緋桜が跳んでいく。
その連携のおかげで、季凛たちの周りに居た追手たちが全て地面に倒れ込む。
「これで一通り、私たちに敵意を向けてる輩はいないわね。陽向たちも片がついたみたいだし」
希沙樹が辺りを見回して、そう言った。
そんな希沙樹の隣に立って、季凛は口を開いた。
「今回は貸しを作ったけど、絶対に後で返すから」
「そう。今度とお化けは出たことがないって言うくらいだから、期待しないでおくわ」
「あはっ。大丈夫、希沙樹ちゃんは結構敵を作るタイプに見えるから、すぐそういう場面になると思う」
「貴女も安心して。きっとその内、私への貸しが増えると思うわ。貴女も敵を多く作るタイプに見えるもの」
希沙樹と季凛がそう言い合っている間に、隣に居た名莉が再び銃を構え直した。
「来る」
名莉の一言で、季凛と希沙樹も名莉が視線を向けている方に、視線を向ける。
するとそこから、強烈な因子量を含む斬撃が飛翔してきた。
あはっ。これってつまりラスボスの御帰還って感じ?
跳んでくる斬撃に季凛は目を細める。
季凛は目を細めながら名莉と共に斬撃を霧消しよと攻撃を放つ。だが二人が攻撃を放つ前に、季凛たちへと向かって来た斬撃が、別の斬撃によって掻き消された。
「あはっ。ギリギリで起きれたみたいじゃん」
季凛がそう呟きながら、手にイザナギを復元して立つ狼へと視線を向けた。




