因子の雰囲気
小世美は名莉たちから離れ、周りを確認しながら母屋らしき家の中を物色していた。
家の中は主要照明が落とされていて、代わりに部屋の中を照らしているのが畳み廊下の端に置かれている灯籠だけだ。そのため、家屋の中は薄暗くなっている。
「ハトちゃん、どこにいるんだろう?」
家の中を慎重に見ながら、小世美はそう呟いた。平屋造りではあるものの、その面積は広く、かなりの部屋数はあるだろう。今までは離れにいたり、マジマジと家屋の中を見ている余裕がなかったため、それほど意識はしてなかったが、今こうして家の中を歩き回っていると、この家の広さが尋常ではない事がよく分かった。
こんな広い家の中から早く鳩子を見つけ出さなければならない。
外では皆が戦っているのだから。
小世美は腕に着けた狼の情報端末で、一度鳩子に通信を入れる。だがやはり鳩子が通信に出る事はない。
その事が小世美の中に不安を呼ぶ。根津が言っていた仮定では、狼と鳩子が一緒にいて何らかの事に巻き込まれたと言っていた。もしその考えが正しいとして考えるなら、鳩子はこの家のどこかにいるという線が強い。
自分のサポートをしていた鳩子を狼が別の場所に移動させたとしても、狼だって戦っていた。それを考えれば、狼だって遠くに鳩子を運べるほどの余裕はないだろう。
小世美はそう思い、やはり隈無く探すとしたらここだけだ。と判断した。
そうして、小世美が家屋の中を歩いていると、情報端末機のモニターに鳩子からの通信が入った。
「ハトちゃん! 大丈夫?」
慌てて通信を取り、鳩子に声を掛けると……鳩子からの返事はなく代わりに、聞いた事もない男の声がした。
「意外な奴が出たな。コイツの命を失いたくなければ、おまえがいる地点からさらに奥に進み、突き当たりを左に曲がり、そこから三つ目の部屋に一人で来い」
知らない男の声は自分の用件を言い終わると、すぐに通信を切ってしまった。
相手は誰かわからない。もしかしたら、家の中にいた見回りしていた人物に見つかったのかもしれない。
どうしよう?
小世美は一瞬、逡巡した。自分では通信を入れて来た人物には勝てない。けれどこのまま引き返して、鳩子が危険に晒されるのを考えると、引き返せない。第一、向こうは小世美に一人で来いと行って来たのだ。
誰かを呼んで、鳩子の元に駆けつけるということは相手が許さないだろう。しかもそんな小世美に追い打ちを掛けるように、外の方から大きな爆発音が聞こえ、それに続いて発砲音が聞こえて来た。
発砲音が聞こえて来たということは、名莉が戦ってる。根津や季凛が戦っているということだ。
皆が戦ってる……
「よしっ」
小世美は震える体を落ち着かせ、前を向いた。弱気になってはいけない。自分はちゃんと約束した。季凛や根津、名莉と絶対に鳩子を連れて帰ると。
友達とした約束は、絶対に守りたい。
小世美はそっと進み、左右に床が続く突き当たりを左へに曲がる。そこには丁度三つの部屋の襖が並んでいた。この襖の三つ目。
小世美が口をぎゅっと閉じ、三つ目の部屋へと歩いて行く。
「誰だ!?」
大きな声で、小世美とは逆側から来た袴を来た男性が小世美に向かって怒鳴って来た。手には、鋭く尖った刀を持っている。そんな男が小世美へと近づいて来た。
「あ……」
恐怖のあまり、目を見開いた小世美の口から言葉が漏れる。
駄目、ここで怖がったりした駄目……
小世美は内心で自分を叱咤し、真っ直ぐに相手を見据える。
「お願いです。そこを通して貰えませんか?」
「何を言っている? 貴様、屋敷内を騒がしている侵入者だな?」
「いいえ」
小世美は男の質問にきっぱりと答えた。
「見え透いた嘘をつくな」
「嘘ではありません。本当に違います」
小世美が男の威圧的な言葉にも、毅然とした態度で返す。ただ内心ではすごく震えていた。今自分が取っている行動が本当に正しいのかもわからない。けれど退くわけにはいかなかった。
「嘘を重ねると碌なことには、ならないぞ? そうこのようにな……」
そう言って、男が手に持っていた刀を小世美へと構える。その男の目を見て小世美は、これが脅しなどではないということが、わかった。これは本気で今から小世美を斬り捨てるという目だ。
そして、立ち竦む小世美に男の刃が振り下ろされる。小世美は目を逸らす事もできず、自分へと襲いかかる刃を見続けた。
オオちゃん……
小世美は内心でもう会えなくなるかもしれない少年の事を思った。
「何もしてない女の子に斬り掛かるなんて……大人がやったら駄目だと思うぞ?」
その言葉が聞こえた瞬間、自分に刃を向けていた男が、小世美の横に倒れる。そして倒れた男を見たあと、自分の窮地を救ってくれた人物へと顔を向ける。
「正義くん!」
小世美はいつもの彼らしい豪快な笑みを浮かべる正義を見て、心から安堵の表情を浮かべる。
「おう! 黒樹も大変だったな。でももう大丈夫だぞ」
「ありがとう。でも、そこの部屋にハトちゃんが誰かに捕まってるの!!」
「大酉が?」
「うん、そこの部屋に。でも、私一人で来いって言われてて……」
小世美が困り顔を浮かべながら正義にそう言うと、正義が少し首を傾げる様子を見せたが、すぐに小世美へと頷いて来た。
「よし、わかった。じゃあ、俺も近くで待機してるから、黒樹が最初一人で部屋に入ってくれ」
「わかった」
小世美が正義に頷くと、正義が少し離れた所へと待機し……小世美は先ほど通信で指定された部屋の前に立った。
「今助けるからね。ハトちゃん」
小さく呟き、小世美が襖を開ける。
するとそこには、見なれない男性などはおらず、着物を来た女性が横になっている鳩子の前に座っており、その横には棗の姿があった。
「あ、来た来た。遅かったね」
棗がぽかんと口を開ける小世美に向かって、気軽く手を振って来た。
「え、え、え? もしかして、さっきの通信を入れて来たのって……」
「ああ、俺。最初黒樹兄の方を驚かそうと思って、知らない男の声で通信入れたら、アンタが出たから焦った。でもまぁ、いいかと思って……そのまま通信を入れたけど」
「そうだったの?」
小世美は体の力が一気に抜けて、その場で座り込む。
「はは。まんまと棗にやられたな?」
座り込んだ小世美の後ろに愉快そうに笑う正義がやってきた。
「まぁ、たまには珍しい人を騙すのも悪くないね」
「棗も仕方ない奴だな……黒樹は本当に怖がってたぞ?」
「そうなの? なら、ごめん、ごめん」
普段通りの正義と棗を見ながら、小世美は放心状態から立ち直れない。けれどそんな小世美の視界に横たわり、意識の無い鳩子の姿が映った。
「あ、ハトちゃんは、ハトちゃんは大丈夫?」
小世美が慌てて、鳩子の側に近寄ると反対側に座っていた女性が、優しい笑みを浮かべて来た。
「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。貴女の友人が負っていた傷は治したし、すぐに意識が戻ると思うわ」
「本当ですか? ああ、よかった。ありがとうございます。友達を治してくれて」
小世美が涙ぐみながら、女性にお礼を言う。
「どういたしまして。私は大城桜子。貴女は……小世美さんね?」
「私の事知ってるんですか?」
「ええ、少し気分は嫌に思うかもしれないけど、貴女の事は昔、この家の中で噂に鳴っていたから。そう……貴女のご両親が生きていた頃に」
「そう、ですか……でも本当に私の友達を助けてくれてありがとうございました」
小世美が再度、桜子に頭を下げると、桜子が首を横に振って来た。
「私にお礼をするより、ここにいる二人の男性陣にお礼した方がいいわ。私をここまで連れて来たのは、この人たちですもの」
小世美が桜子にそう言われ、棗の方を見ると……棗が少し小世美から視線を外して、口を開いて来た。
「いいよ、お礼なんて。俺たちは真紘に頼まれてここに来ただけだし。真紘もなんだかんだお節介のところあるからさ」
「そうだったんだ。でも、よくハトちゃんの場所とか分かったね」
小世美が棗にそう言うと、小世美の頭を後ろにいた正義が撫でてきた。
「まっ、大酉も凄いけど、俺たちの情報操作士も凄いからな」
「正義、余計な事言わなくていいから。まっ、最初この家の敷地内に面倒くさい通信を盗まれる電波の網みたいなのが張られてたけど、もう敷地内が騒がしくなってるの分かってたから、気がれなく、大酉に通信いれたんだよ。そしたら、大酉の方が出ないから、大酉の因子を探知して見つけた。そこにこの人たちが来たわけ」
「そうだったんだ。でもどうして……」
小世美の最後の言葉は、丁度良く自分たちを助けに来た棗たちの前に姿を表した、桜子に対する言葉だった。すると棗が再び口を開いた。
「本人から聞いたわけじゃないから、わかんないけど……その人の因子の能力は、特殊系でしかも二種類の因子がある。一つは治癒で、もう一つが未来予知かなんか」
「未来予知というと、少し違う気もするけど……九割は貴方の言う通りです。私の能力は治癒と予知夢。だから小世美さんの友人が来た後、この子たちが来るのも夢で知っていたの。でも、本当に凄いですね。いくら情報操作士といっても、簡単に分かるものではないでしょう?」
桜子が優しい笑みを浮かべながら、棗の方を向いた。
「いえ。大体因子の雰囲気とかが分かれば、予測はつきますから……」
真正面から褒められるのが苦手なのか、棗がやはり視線を逸らしたまま、そう答えた。
「夢で見たって事は、この後の事もわかってるんですか?」
桜子にそう訊ねたのは、正義だ。
すると桜子が少し視線を下げ、首を横に振った。
「見ました。けれど……夢で見た未来は不安定で、色々な分岐点の違いで未来は変わってきます。なので、貴方たちが思い描く未来に向かって進むべきですよ」
「ん? あれ?」
桜子の言葉が終わるのと同時に、鳩子が目を細めながらも意識を取り戻して来た。
「ハトちゃん!」
小世美が意識を取り戻して上半身を起こした鳩子に抱きつく。
「何で小世美? この人は? それに何で正義たちまで?」
何が何やらという感じで、鳩子が疑問符を浮かべている。
「大酉って運良いよね。こんな所で意識失ってたのに、敵に見つかんなかったんだから。てか、これで貸し一つだから」
混乱している鳩子に追い打ちを掛けるように、いつもの調子を取り戻した棗がニヤリと笑みを浮かべてそう言った。
「はぁ? 鳩子ちゃん、寝てたから意味わかんないんだけど?」
「はいはい、後で詳しく教えてあげるから、安心しなって。あっ、大酉が気絶しながら白目向いてたって、黒樹兄に報告しとくから」
「この鳩子ちゃんが、そんな白目向くか!! でも、嘘だとしてもそれを狼に言ったら殺すから」
「はいはい、てかその黒樹の元に早く向かわないと行けないんじゃない?」
「そうなの! 今オオちゃんも凄い怪我を負ってて……桜子さん、オオちゃんを治して貰っても良いですか?」
「勿論、そのつもりです」
小世美の問いかけに、桜子が力強く頷いて来た。




