求めているもの
すると身体に蓄積していた因子が一気にイザナギへと溢れ、刀身が蒼く光り、そこから発散される熱は狼にまで伝わってくるほどだ。
よし。これなら……いけるっ!
狼はイザナギを見ながら小さく頷いた。
大神刀技 天下一閃
狼が技を放ったのと同時に、残った手に刀を持ち替えた鎧武者からの攻撃も放たれた。
鬼神刀技 千人斬り
二つの斬撃が勢いよく衝突する。衝突した瞬間、物凄い爆風が辺りに散漫する。狼は爆風に吹かれ、反射的に目を瞑る。そして爆風がやみ、狼が目を開けると……目の前に聳え立っていた鎧武者が、低い雄叫びの様な声を上げ、今にも剥落しようとしていた。
「やった……」
狼がそう呟いた瞬間、鎧武者が最後の足掻きを見せるように、大きな刀を投擲してきた。狼は飛んでくる刀を跳び躱す。跳び躱した刀は母屋の一部を破壊する。
刀が母屋の一部を破壊した際に、狼の耳に肉声の悲鳴が聞こえた。
鳩子!!
狼は勢いよく破壊された母屋の方へと奔る。そして見えた。破壊された母屋の瓦礫の下敷きになって倒れている鳩子を。
「鳩子っ!」
狼が瓦礫を払い除け、鳩子を抱き起こす。
鳩子は意識を失っているが、外傷は幸いにも軽いもので済んでいる。狼はひとまずその事に安堵し、鳩子を抱きかかえながら、雄飛の方へと向き直った。
雄飛の近くにいたはずの鎧武者はもう既に黒い霧のように辺りに霧消している。そして雄飛は自身の刀を手に持ちながら、ゆっくりと狼の方へと近づいてきていた。
狼は辺りを見回し、気絶した鳩子を比較的に安全な所に運び寝かせる。
「ごめん、鳩子。僕がちゃんと注意してれば……」
狼は気絶した鳩子を見て、拳を強く握る。
鳩子の事は心配だが、雄飛がもう自分へと向かって来ている。今は煩悶などしている場合ではない。
狼は雄飛と鳩子を少しでも遠ざけるように、自らイザナギを構え、突貫する。
「はぁあっ!」
真上から真下にという軌道を描いて、雄飛へと斬り込む。雄飛が狼の太刀を顔の前で受け止める。そして黙ったまま狼を払うように刀を揮い、イザナギと自分の刀が離れた一瞬の隙で切り返し、狼の体を斬りつける。
鋭い痛みが狼を襲う。けれど狼はその痛みを無視し、雄飛へと切り込み返す。雄飛の左肩から血が滲み出る。それを見る前に狼はもうすでに別の場所へと斬り込む。
けれど二手目はやはり、雄飛に受け止められた。
「やはり、貴様は生温いな」
「生温くても構わない。でも僕はおまえを絶対に許さない」
「仲間がやられて、頭に血が上ったか。だがそれは愚者だ。血が上ればそれだけ、的確な判断が出来なくなる。それでは、当主の座に似つかわしくない」
「何が当主だ!? 僕は大城の当主なんかどうでもいい」
「貴様にどうでもよくても、俺にはどうでもよくない。なにせ、貴様は大城晴人の息子なんだからな」
雄飛から強い斬撃が放たれる。狼はそれをイザナギで受け止めるがそれでも勢いを殺す事は出来ず、軽く吹き飛ばされた。
狼は吹き飛ばされながら、それでも雄飛へと三つの斬撃を放つ。
「このような技で反撃のつもりか?」
狼の放った斬撃を雄飛に切り刻まれ小さい爆発が起きる。
「足止めには充分だろっ!?」
叫びながら、体制を整えた狼が雄飛へと肉薄する。顔と顔が衝突するほどの至近距離からイザナギで剣戟する。雄飛もそれに反応して刀でイザナギを受け止めてきた。
狼は受け止められた瞬間にイザナギの刀身へ因子を流し、雄飛の刃と反発させ宙へと跳ぶ。そして、そのまま斬撃を放つ。
雄飛が狼の放った斬撃を刃で斬り往なすが、間近で撃たれた斬撃の衝撃を完全に殺すことはできず、雄飛が後ろに後退する。狼は後ろに後退した雄飛に迫り、斬り込む。
だがその瞬間に、狼の腕から血が吹き出した。
雄飛へと斬り込んだ狼よりも先に、雄飛の太刀が狼の左腕を切り刻んだためだ。完全なる速度での敗北に狼は臍を噛む。
それから、すぐさま雄飛による反撃が狼へと襲いかかってくる。血が吹き出し痛みで感覚が鈍くなっている左腕に因子を流しつつ、狼はそれを躱す。
躱すが、やはり相手の方に攻撃のリズムがある。それを崩さなければ狼が反撃を与えられない。どう崩すか? 狼は必死に雄飛の攻撃を躱しながら、雄飛の攻撃リズムを崩す事を考える。考えて、イザナギを構える。雄飛との距離をなかなか開ける事はできていない。むしろ狼へと肉薄している雄飛がそれを許しはしない。
だが避けながらでも、感覚の鈍くなっていた左手の止血は完了した。これで因子を二カ所に分配せずに、攻撃へと集中できる。
大神刀技 大黒天
狼は再びイザナギの穂先に充足させた因子の球体を雄飛へと飛ばす。それを何十発も。そしてそんな狼の攻撃に雄飛が多少、表情を歪める。
そしてそれを物理的に往なすことはせず、狼から距離を取るように攻撃を躱している。
やっぱりか。
この大黒天は因子の量というよりは、質を高め放つ技だ。だからこそ、雄飛が因子の量を増大させた大きな技を放ったとしても、狼が放った大黒天の質の方が高ければ、技を打ち破ることは出来ないのだ。
これで一応、雄飛との距離を取る事ができた。だがしかし、形成逆転とまでは残念ながら至っていない。雄飛も狼の技を見極めた上で、攻撃を物理的に処理するか、退却するかを判断している。
狼は逆転への打点を考えるため、雄飛とは距離を保ったままにする。相手に近づけさせないために技を放ちながら、頭の中で考えていた。
だが考えてもすぐに良い考えが浮かぶはずもない。
狼は顔には出さずに注意しながら、内心で焦っていた。
何か一時的だとしても因子の質を重視させた攻撃が出来ないか? 狼はそれを必死に考えていた。
だがそんな中、雄飛が次なる攻撃を狼へと放って来ていた。
鬼神刀技 鬼霧
黒い霧が狼を包み込み、視界すら霧に覆われてしまう。狼はイザナギで揮い霧を払い除けようと足掻くが、まったく意味をなしていない。
一体、これはなんなんだ?
狼が自分に纏わりつく霧に訝しんでいると、身体中に鋭い痛みが走り、そこから出血している。それに慌てた狼が身動きをすると、それに合わせて霧を払う形で動いた両腕や足に新たな傷がつく。
もしかして、この霧自体が刃になってるのか?
だとしたら、狼が動けば動くほど狼は傷を負うということになる。傷は深いものではないが、問題なのは出血の方だろう。例え自分に着く傷が小さくても、血は出てくる。
本当に厄介な技ばかり仕掛けてくる相手だ。
気持ちを落ち着かせる様に、狼は静かに深呼吸をする。それから黒い霧で姿の見えなくなった雄飛の気配を探す。
幸い近くには雄飛しかいないはずだ。なら、集中すれば相手の気配を感じることはできる。そして狼は意識を集中させ、雄飛の気配が真上にあることを確認すると、イザナギに因子を流した。
大神刀技 黄泉酷女
光が黒い霧の刃を吹き飛ばし、狼へと真上から肉薄していた雄飛を攻撃の余波で宙へと押し返す。宙へと押し返された雄飛は身を捻転させ、瓦屋根へと着地する。だがその顔の頬には、先ほどの攻撃の熱で火傷を負い、そこから血が出ている。
雄飛はその血を腕で拭い、狼を睥睨してきた。狼はそんな雄飛と見合いながら、次なる攻撃を仕掛けようと動くが、めまいと共に立ちくらみする。狼は因子で止血していたとはいえ、それは応急処置程度のものでしかない。そのため、身体が血を流し過ぎて貧血になっているのだ。
身体に因子を流し、何とか地面に足で立ててはいるが、それでも足は覚束無い。
そしてそんな狼に雄飛が情けを掛けてくるはずもなく、雄飛が一気に狼へと肉薄し、狼の右肩へと刀を突き刺してきた。
声が出せないほどの痛みで、狼は苦悶する。そしてそんな狼を見ながら、肉を裂き、骨を貫通して突き刺さっている刀を握ったまま、因子を刃へと流し始める。
すると内側から焼かれるような熱と激痛で、狼が絶叫を上げる。
そして雄飛が狼の肩から刀を抜くと、狼は頭から地面へと倒れ込む。
「存外……貴様には手間を食ったが、これで最後だ……あの世で貴様の父と邂逅しろ」
雄飛の言葉がひどく遠くに聞こえながら、雄飛が微動だにしない狼へと最後の刀を構え……それで風を切りながら振り下ろす。
けれどその刀は狼に止めを刺す前に、甲高い金属音な掻きならしながら何かと衝突した。
「誰だ?」
物体が飛んできた方に向かって雄飛が誰何する。狼もぼやける視界で雄飛が向いた方へと視線を向けた。
「この状況なら貴方が動くよりも早く、銃弾で貴方を撃つことが出来る……早く、狼から離れて」
「……メイ」
狼が小さい声で呟き、内壁の瓦屋根の上に立ちながら雄飛へと銃口を向ける名莉を見た。
「貴様一人が援軍に来たところで、何の意味もない」
「いいえ。名莉一人じゃないわよ」
その声と共に名莉のいる場所から少し離れた壁が破壊され、そこから根津と共に季凛……そして落ち着いた雰囲気を醸し出す男性に……
「オオちゃん!!」
男性の後ろから狼の姿を見た小世美が、今にも泣き出しそうな顔で叫んできた。
「なるほど……身内でこの者たちを手助けしている者がいると、聞いていましたが、まさか父と異母兄弟である霧斗様だとは思っていませんでした」
「雄飛君、身内が人として間違った行動をしているのであれば、それを正すのも身内の務めだと思いませんか?」
そんな霧斗からの問いに、雄飛が苦笑で返す。
「何を勘違いしているのか? 今のこの状況は現当主である我が父が望んでいる事。ならば、当主が望んでいることをしているまでだ。間違ってなどいない。それにこの者たちは元より侵入者だ。斬られても何も言えやしない」
雄飛が目を細めると、霧斗が眉間に眉を寄せた。
「結局は、君もまだ十五という歳の子ですか……」
「何が言いたいんですか?」
「貴方はただ、父である時臣様に認められたいだけでしょう? だからこそ、小世美さんを攫い、晴人兄さんの息子である彼と戦っている」
「いくら貴方でもそれ以上、そのような戯言を言うのであれば、刃を交えることになりますが?」
雄飛が確実な敵意を霧斗へと向ける。すると霧斗も右手に持っていた刀をゆっくりと構えた。
「これも致し方ない。叔父として甥である君がどれほど強くなったのか知りたいですし、良い機会です。相手をしましょう」
霧斗がそう言った瞬間に、雄飛が霧斗に向かって刃を左斜め下に構えながら、肉薄する。
そして二人が衝突した瞬間、衝撃の余波で地面が抉られ砂塵が二人を包み込んだ。




