幻像と本物
根津と会話を交わした後、季凛は相手と一定の距離を取りながら、志保への攻撃を続けていた。クロスボウは消音武器だ。その武器を上手く扱うためには、いかに相手から自分の位置を特定されないかが鍵になるだろう。
しかし、志保も戦って分かるように、かなりの手練で、ここの敷地内のことも季凛より詳しい。そんな相手から有利な立ち位置を確保することは、かなり厳しいだろう。
こんな時に、鳩子がいたなら話はまだ変わって来たはずだ。けれどここに鳩子はいない。その事実は覆らないのだ。
季凛は自分へと高速な刺突を繰り出して来た志保の攻撃をすれすれで躱す。そのため、季凛の髪先が宙に舞う。
季凛は軽く舌打ちをし、クロスボウから矢を投擲する。連続的に志保に攻撃する。
風を切るクロスボウの矢が志保へと次々と攻撃を繰り返していく。しかし志保も素早い動きでその攻撃を躱し、季凛へと反撃を返してくる。
この後の事を考えて、因子を温存しておきたい。そんな思いがあるせいか、季凛は自分が得意とする幻像を無闇に作り出すことを躊躇っていた。
しかしそんな季凛の視界に、因子の熱を上げ戦っている根津の姿が見えた。根津は必死な顔で誠司と対峙して少し劣勢だった自分の状況を覆そうとしている。
「変な出し惜しみはするなってことね……」
季凛は小さく呟いて、刀を構えながら自分へと迫ってくる志保へとクロスボウを構え、勝ち気な笑みを作って見せた。突然笑みを浮かべた季凛に志保が怪訝そうに眉を潜めさせる。
「あはっ。間抜けな鬼さん、こちらっ!」
季凛が挑発しながら、志保へと矢の先をギリギリの所で相手を引きつけ、投擲する。真っ向から投擲された矢は刀に勝ち目があるはずもない。すぐに斬られ往なされてしまうだけだ。
けれど季凛は移動しながら、志保を引きつけながら矢を投擲するのを止めはしない。
「何か策があるのかもしれませんが、私はそんな物に屈したりしませんよ?」
「あっそ。でも季凛の性格的に、向こうで戦ってる人みたいな、体当たり的な戦い方って性分じゃないっていうか〜。だったら、色々と小細工を用意して相手を嵌めた方が季凛らしいっていうか」
季凛が志保に諧謔した口調で答えながら、矢を投擲する。だがやはり、その矢もあっさりと志保に斬り往なされる。そしてそんな季凛に志保が、辟易とした溜息を吐いて来た。
「はぁ、学生相手だからと少し手加減をしていましたが、いつまでもこうして居る訳にも行きません。なので、ここからは少しばかり本気を出させて頂きます」
言葉を言い終わる前に、志保から斬撃が季凛へと向かって来た。その斬撃は速く、志保を引きつけるように移動していた季凛に直撃する。
そして直撃した季凛はそのまま、地面へと叩き付けられ転がる。
「さて、貴女がせっかく仕掛けた小細工など意味ないまま、寝ていてもらいますよ」
志保が地面に転がっている季凛へと刀を構え、その刀身を月夜に光らせる。そして迷いない手つきで季凛へと振り下ろした。
刀身が季凛の身体を貫通する。季凛を刀で貫通した志保が目を見開いて後ろへと振り返る。その瞬間、志保の右肩に後ろから投擲された矢が突き刺さる。
「いつの間に?」
「あはっ。だから言ったじゃん。季凛ちゃんは根っからの小細工行使派だって。人の話を聞いとけし」
いつもの調子で笑う季凛を志保が恨めしげに睨む。志保が肩に突き刺さった矢を抜き、そのまま後ろに回っていた季凛へと肉薄する。
季凛へと一瞬で肉薄してきた志保が季凛の身体に、斬り込みをいれてきた。瞬間的に肉薄してきた志保に身体を斬り付けられ、季凛の表情に苦悶の色が滲む。
季凛は歯を噛みしめ、連続斬りをしようとしていた志保の横腹に蹴りをいれ、相手がよろめいた所で、後ろへと跳躍する。
けれどすぐさま体制を立て直した志保が間隙挟まず、季凛を追ってきた。志保の表情からは、まだまだ余力が十分にあることは窺える。
それに加え、志保の動きの速さは季凛にとって脅威だ。近距離戦に持っていかれて、相手の攻撃を上手く回避できるとも思えない。
だからこそ、季凛は因子の質を練り上げ、志保を撹乱させ隙を作り、そこを確実に押さえるしか道はない。
さっきの様などさくさに紛れて、幻像とすり変わることは難しいだろう。
「はーい、ここから取って置きのクイズターイム! この中で本物の季凛ちゃんはどこでしょう?」
そう言って、季凛は一気に練っていた因子で自分の幻像を作り出す。その数は四体。本物の季凛を合わせて、五人だ。
そしてその五人がシャッフルするように、様々に動く。幻像と言っても因子で出来ているため、すぐに本物を見つけるのは難儀なはずだ。
「無理して、本物を探さなくても順に斬って行けば良いだけのことです」
そう言って、志保が一気に幻像の季凛へと斬り込みに入る。だがそんな志保の行動は予想範囲内だ。季凛は志保が幻像を相手にしている間にも新たな幻像を作り出していく。
斬り払っても、数が減らない幻像に志保が多少の苛つきを見せ始めた。
季凛はそれを好機とし、苛立ち始めた志保の後ろから、攻撃を放つ。
連弩投擲 破矢
一矢の矢先に因子の熱を込め、そのまま志保へと向かっていく。志保は身体を捻り刀で季凛が放った破矢を受け止めている。季凛はそれを見ながら続けて矢を放ち、志保の両肩、両足、それに首元へと矢が飛翔していく。
だが志保は先に刃で受け止めた破矢を防ぐと、俊敏な動きで追撃の矢を飛び交わし、刀を揮う。
「本物は貴女ですか」
攻撃を放った季凛を本物だと断定し、志保が迷わず本物の季凛へと斬撃を放ってきた。
「やばっ」
自分へと向かってくる斬撃を見ながら、季凛はぼそりと呟き、すぐさま別の場所へと移動する。だが自分の動きを目で視認している志保は、迷うことなく季凛へと向かってくる。
向かってくる志保の構えは、見るからに刺突の攻撃だろう。
季凛は自分の因子の残量を考えてみても、遠くから志保を打ち破ることは不可能だ。
ありえな。最悪、最低。
向かってくる志保を見ながら、季凛は内心で自分自身に毒づいた。やはり、有利な陣取りが出来ていない上に、因子の残量が残り少なくなっている事実。
これでは、根津より先にバテてしまうのは自分の方だ。しかも相手を倒さず。
「……ありえない。そんな恥ずかしい真似……出来るか」
小さく季凛は舌打ちしてから、季凛は自分へと刺突の刃を突き出す志保を睨み、自分へと突き出された刃を左手に貫通させたまま、掴み、止める。そして季凛の行動を予想していなかった様に、志保の目が見開かれる。
「寝るのはおまえの方だ。ばーか」
季凛が志保にそう言って、クロスボウの先端を相手の腹へと押しつけそのまま矢を投擲する。
連弩投擲 煉獄
「なっ」
短い言葉と共に、志保の身体が炎に包まれる。季凛は自分の手に突き刺さった刀を抜いて、後ろへと下がる。
だがさっきの技を放った時に、因子疲労を起こしたのか身体に力が入らない。目も霞む。まだ完全に相手が倒れたかもわからないのに、それを確認することすらままならない。
「…………普通、今の状況なら倒れててくれない? あはっ……本当に空気読めてない」
虚ろになる視界で見えたのは、血に染まった腹を押さえながらも季凛の元へとやってくる志保だ。
「理想と現実は違います。私もこれくらいで根をあげるわけには参りませんから」
鋭い視線で季凛を見ながら、ゆっくりとした動きで刀の刃を季凛へと向ける。
「私は大城家への忠義の元に貴女を……両断させて頂きます」
岩流刀技 瓦割
志保が真上から真下に振り下ろした刃から生じた白柱の斬撃を見て、季凛は意識を失った。
やっぱり因子の量が凄い。
名莉は亜樹菜の保有する因子の量に内心で驚いていた。元々、大城家が因子の保有量で力を誇示しているのは知っていたが、今はその凄さを身に沁みて感じている。
亜樹菜も雄飛ほどとは行かないものの、かなりの量の因子を保有していることは、すぐにわかった。だからこそ、長期戦は不毛だ。
「さっきより、攻撃の火力が弱まってるみたいよ? もう因子疲労を起こしたの?」
攻撃数の減った名莉に対して、亜樹菜が唇に笑みを浮かべてくる。名莉はそんな亜樹菜の言葉に答えず、亜樹菜からの攻撃を跳び交わしていた。
「逃げてるだけじゃ、あたしには勝てないわよっ!」
結氷刀技 御神渡り
尖った薄氷が名莉へと伸び、跳躍していた名莉を凄い勢いで宙へと吹き飛ばす。吹き飛ばされた名莉の元に、先回りした亜樹菜が待ち構え、勢いよく刀を名莉へと斜めに振り下ろしてきた。
名莉は身を翻し、両手に持った二丁の銃を前で交差させ、刀を受け止める。だが冷気を帯びた刃を受け止めた銃にうっすらと氷が張り着く。
名莉は完全に銃が刃の冷気で凍ってしまう前に、交叉させた銃を引きはがし、そのまま目の前にいる亜樹菜へと銃口を向け銃撃する。
さっきの冷気が名莉の手にまで浸食していたのか、銃爪を引く指から血が出てきている。
至近距離から放った名莉の銃弾が亜樹菜の頬を掠めて行く。そのまま名莉と亜樹菜が一度互いに距離を取りながら地面へと着地した。
「動きはかなり機敏みたいね」
頬から流れる血を手で拭いながら、好戦的な笑みを亜樹菜が名莉へと向けてきた。そしてそのまま着物の裾を棚引かせ、名莉へと邁進してきた。
その姿を見ながら名莉も銃を構える。まずは亜樹菜の動きを止めるため、足元を狙い銃弾を放つ。亜樹菜は銃弾の軌道に気づき跳躍するが、名莉の銃弾は続く。
火炎爆技 桜花千舞
地面に着地した亜樹菜へと猛烈な銃弾が飛翔する。
結氷刀技 凝結
刀身から一気に凍結温度の冷気が溢れだし、一瞬の内に亜樹菜の回りを氷の壁が覆う。そして名莉の銃弾が次々と氷の障壁と衝突し、白い霧を発生させながら、亜樹菜の姿を見えなくさせてしまう。
名莉は一気に相手へと詰め寄らず、逆に距離を取るため後退する。希沙樹と同じく氷を使うのであれば、空気中に漂う水分を瞬時に凍らせ、自分の矛とすることだって出来るはずだ。
なら、相手の姿が見える様になるのを待った方が良い。名莉は冷静にそう判断した。




