鎧武者という鬼
狼も倒れた身体を起しながら、自分を赤い目で斜から見下ろす鎧武者と雄飛を見つめる。鎧武者はきっと雄飛の膨大な因子で作られた傀儡だろう。
狼はイザナギを構え直し、鎧武者へと試しに斬撃を放つが、周りに砂埃が舞い上がるだけで、鎧武者にはまったくと言って良いほど、通用していない。
これを考えると、やはり叩くべきは鎧武者を作り出した雄飛だろう。
「鳩子、死角からの攻撃を重点的に知らせて」
『当たり前でしょ。何のための鳩子ちゃんなわけ?』
「うん、じゃあ、後は宜しく」
鳩子にそう返事して、狼は真っ直ぐに雄飛の元へと突貫する。だが雄飛へと辿り着く前に鎧武者が狼に向け、腰に差していた巨大な刀を抜刀し、狼へと襲いかかってきた。
鎧武者の動きは巨大な体躯に比例して大振りではあるが、切れがある。そのため迂闊に向こうの懐へと入れば、危険なのは狼の方だ。
狼は鎧武者の一振りを後ろへと躱す。だがそればかりに気を取られているわけにもいかない。鎧武者の攻撃の他に雄飛からの冥漸が飛んで来ている。
狼はそれをイザナギで斬り往なし技を防ぐが、まったくもって形成を有利に持っていくことが出来ていない。このままだと自分の体力が消耗する一方で、ここを切り抜けることが出来ない。狼は眉を顰めさせながら、手にしているイザナギへと因子を流す。
大神刀技 黄泉酷女
辺りに光が満ち、鎧武者の姿が光りに飲み込まれる。熱より先に眩い光が相手を錯乱させ、熱が後から相手を焦土させる。
けれど、その光が止み現れた鎧武者は、一部が焦土化して砂礫のように崩れているが、打ち破る事は出来なかった。しかも、狼の技を回避していた雄飛によって、早くも修復されてしまっている。
『狼、もしあのデカイ奴を討ち取るんだったら、もう少し因子の質を高めて。さっきの質くらいだと、完全に向こうの技を消すことは出来ない』
「わかった……やってみる」
通信を入れてきた鳩子に、そう言ったものの質を上げるには、因子を練り込む必要がある。今よりも因子の質を高めるまで、雄飛たちへの攻撃を避けた方が無難だろう。
狼は鎧武者からの刃と雄飛からの攻撃を避けながら、因子を練り上げる。
「無駄な足掻きを……」
雄飛がそう言葉を唾棄したのと同時に、鎧武者が今迄とは違う動きを見せてきた。
鬼神刀技 炎鬼
宙に円を描くように刀を動かし、そこから紫炎の球体が幾つも浮かび上がり、狼へと飛来してきた。しかも飛来してくる球体は、一つが狼の体格ほどもある。そんな大きな球体が幾つも狼へと向かって来た。因子を練り上げている最中で技が撃てない狼は、跳躍しながら躱す。
だがそれでも炎の勢いは凄まじく、身体能力だけで避け切れるものではない。そのため、炎の熱が狼に直撃する。
「ぐぅっ」
強烈な熱に肌を焼かれ、狼はその痛みに呻き声をもらす。
『狼! 真上から雄飛からの攻撃が来る! 食い止めて!』
鳩子からの悲鳴にも近い声が、狼の鼓膜を揺らしてきた。狼は歯を食いしばってイザナギから雄飛の放った斬撃を斬撃で打ち消す。
狼は体に因子を流し、自然治癒力を高める。体を因子で強化していたため、肌の表面を火傷しただけで済んでいる。そしてイザナギから放った攻撃で雄飛の斬撃を防いでたため、致命的なダメージは真逃れた。しかし、これで再び因子を練り直さなければならなくなった。
雄飛一人でも大変だというのに、雄飛の思うがままに動く鎧武者までいるのは、かなり厳しい。
『大丈夫、狼?』
「なんとか……」
『今、あたしの方で雄飛のBRVの機能を無効化出来るか試してるんだけど……あのデカい因子の塊の所為で、上手く妨害出来ないんだよね。多分大量の因子があたりに拡散されてて、あたしの因子が妨害されてるんだと思う』
「わかった。じゃあ、今は本体を叩くよりもあっちを鎧武者の方をなんとかした方が良いってことだよな?」
『まぁね。さっきみたいに本体を叩きに行っても、あの鎧武者からの攻撃が厄介って分かった以上、無視してられないからね』
狼は鳩子の言葉に頷き、鎧武者の周りにたゆたう紫炎の球体を見つめ、そのまま足裏で地面を蹴った。
「はぁああああああ」
狼は鳩子と話しながら練っていた因子をさらに練り込み、その熱を雄飛の鎧武者へと一閃として放つ。
大神刀技 天下一閃
狼の放つ蒼い一閃が鎧武者の体に浸透するように斬り込んで行く。鎧武者の雄叫びのような者が衝撃波となって、辺りを破壊している。そしてその衝撃波は狼にも襲いかかって来た。衝撃波が空気を振るわすほどの衝撃に、狼はイザナギを構え耐える。
因子を足先に集中させ、その場で踏ん張る。
もう一撃。あと一撃を与えなければ、きっとあの鎧武者は倒せない。狼は直感的にそう思う。だからこそ、天下一閃と同じくらいの威力の技を鎧武者にぶつけなければいけない。
狼が高く跳躍する。
鎧武者を頭から真二つに切り倒すために。
けれど、それは狼の目の前にやってきた雄飛に阻まれる。刃と刃が衝突した。衝突した際に空気が震えた。
「見誤るな。貴様の敵は鎧武者だけではないぞ?」
「そんなの言われなくても、分かってるに決まってるだろ」
狼は鍔迫り合いをしている刃越しに雄飛と対面する。雄飛の表情に焦りの色は無い。未だ、狼の放った技が鎧武者に食らいついていても、それを気にする様子は無い。
自信があるのだろうか?
自分の技が狼に打ち破られることはないという、自信が。狼はそんな雄飛を見て、怒りが込み上げてくる。悔しさだ。雄飛の技を未だ破る事が出来ていない悔しさが怒りとなって、わき起こる。
狼と雄飛は頭を逆さにして、落下しながら剣戟戦を行う。狼の中に沸き起こった怒りが、自然と因子の熱を上げる。雄飛の刀と狼のイザナギが打つかり、激しい火花が散る。火花が狼と雄飛の髪先を焦がしながら、辺りに撒き散らされる。
そして地面付近で、二人が宙返りをし、地面に着地した。
『狼、横に避けて』
鳩子の言葉で狼が横へと跳ぶ。すると跳んだ瞬間に真上からやって来た巨大な鎧武者の刀が狼の体の横を掠める。
思わず狼の背筋に悪寒が走った。あと一秒、あと一秒でも反応が遅れていたら、鳩子からのアシストがなければ、狼は頭から鎧武者の刃に貫かれていた。
それを考えると狼の身体は、意識とは関係なく強張る。身体を強張らせた狼の元に雄飛が刺突してきた。狼は雄飛からの刺突をイザナギで受け止める。すると、雄飛がすぐに刀を斬り返して狼へと斬りかかってくる。
しかもそんな雄飛の後ろからは、鎧武者が刀を顔の横に構え何か次なる攻撃を放とうとしている。
何をする気なんだ?
怪しい動きを見せる鎧武者を気にしながら、狼は再度、雄飛との衝突していた。狼は疲労の為か、呼吸が荒く、身体が重い。
狼はそれでも自分に因子を流し続け、雄飛へと抗う。抗い続ける。
「貴様、もう息が上がっているな。ならば、もう楽になった方が良い」
「ふざけるな。まだ戦えるのに諦めるわけないだろ? それに……どうしておまえが小世美を連れ去ったのかも聞いてない」
「連れ去った理由は、前に言ったはずだ。あの者には利用価値があると。あの者は元より大城家の為に、用意されたものだからな」
「利用価値? 用意されたもの? いい加減にしろよ! 小世美は何かの道具じゃない!」
狼が声を張り上げ、雄飛の刃を押し返す。
そして雄飛を睨んだまま、狼は一気に因子の熱を跳ね上げた。
こんな奴に、小世美を連れ去られた。その事がひどく憎い。小世美を利用? ふざけるな。小世美にどんな力があったとしても、小世美の意志などを無視している者たちに利用させるわけにはいかない。そんな事、絶対に狼は許さない。
因子疲労でも何でも起これば良い。今はただ、小世美を利用する物として見ている雄飛を打ち破ることが出来のであれば、どうなったっていい。
一気に上げた狼の因子を感じた雄飛が、目を細めながら狼との距離を取り始めた。だが狼はそんな雄飛の行動を無意味にするように、一気に距離を詰める。
そしてイザナギで雄飛の身体に斬線を入れる。そしてそのまま斬り返して雄飛に斬りつけた後、回し蹴りで雄飛を後ろへと蹴り飛ばす。しかし連続的に雄飛に攻撃を加えられたからといって、決定的なダメージを与えたという感覚がない。攻撃を加えてもその入りが浅いという感覚だ。
「下郎の分際で、ふざけた真似を」
その言葉と共に雄飛が狼へと向かってきた。その瞳には今迄になかった怒りが込められている。狼はその視線を受けながら、雄飛が放ってきた斬撃を躱し、鳩子の的確なサポートにより、滅刹の攻撃も避けている。
避けながら狼も反撃に出る。だがその瞬間に雄飛が冷笑を浮かべてきた。
鬼神刀技 千人斬り
雄飛の後ろから黄金に光る巨大な熱線が狼へと放たれる。それはどこに跳んでも回避不能なほどの攻撃範囲を誇る熱線だ。
速度の遅い熱線が近づいて来るにつれ、狼の皮膚がヒリヒリと痛む。水分という水分が全て吸い取られてしまう様な感覚だ。
さっきからとんでもない技ばかり放ってくる。さすが、真紘の家と肩を並べる大城家の次期当主候補に選ばれる事はあると言うべきだ。しかし、例えどんなに強い猛者だとしても、小世美や自分の仲間を傷つけたのは許せないことだ。許せない相手に背中を向けて、逃げることはしたくない。
狼はイザナギに因子を注ぎ、千人斬りを迎え撃つ態勢を取る。因子を練る。その際に鳩子からの通信が入ってきた。
『狼、あの技を受け止めるのは良いけど、ちゃんと雄飛に一泡吹かせる体力は残しておいてよ?』
ここに来て、鳩子が軽い冗談を狼に言って来た。
「……こんな場面で言うのが、そんな言葉かよ」
鳩子の冗談に狼が苦笑を返す。
『当然。鳩子ちゃんに焼きもちをやかせた罰ですー』
「焼かせたつもりないんだけど」
『ほーう、じゃあ、この修羅場は誰のために繰り広げてるのかな?』
「いや、それは……」
『あー、言葉を濁す辺りが憎たらしい』
「はは、ごめん」
鳩子の言葉を上手く返せず、狼は短く謝った。ただ、鳩子と話して、さっきまで息詰まりそうだった気分が、解れた様に感じる。
「鳩子、ありがとう」
鳩子にお礼を言って、狼は自分へと差し迫った千人斬りの熱線へと跳躍し、因子で満たしたイザナギで千人斬りを断ち切りに向かう。
斬った瞬間に、狼を千人斬りの熱が襲いかかってくる。狼はその熱に耐え、鎧武者の攻撃を断ち切る。
断ち切った瞬間、熱線に込められていた熱が飛散し、熱風を巻き起こす。狼はその熱風に吹き飛ばされながらも、態勢を整え地面へと着地した。
『さすが、やるときはやる男だね~』
「それはどうも」
何とか先ほどの巨大な技を打ち破れたことに安堵するが、まだ目の間には雄飛もいて、鎧武者もいる。なら心から喜ぶわけにはいかない。
「あれだけ、頑張っても相手が無傷だと……精神的にきついな」
『いや、無傷ってわけでもなさそうだよ?』
「どういうこと?」
狼の呟きに答えてきた鳩子の言葉の意味が分からず、狼が訊ね返す。
『さっきの攻撃は身を削っての攻撃だったわけよ。あの鎧武者は因子の塊。つまり自分が攻撃をする度に、いくらか自分の身を削って、攻撃に当てるってこと。その証拠に鎧武者の下の方から紫煙が立ってるでしょ?』
鳩子に言われて、狼は鎧武者の下の方を見る。すると、鳩子が言っていたように、鎧武者の下の方から微かに紫煙が立っているのが見えた。
「本当だ」
『つまり、相手の技を打ち破れば打ち破るほど……あの鎧武者を倒しやすくなるってわけ。それに、雄飛の奴も、あいつを消されたら、結構な痛手を踏むと思うしね……狼、雄飛の奴が因子の熱を上げてきた』
鳩子の言葉を聞いて、即座に狼は雄飛へと突撃する。雄飛に近くになるにつれ、雄飛から出る因子の熱が温度を上げているのが分かる。
狼はその熱に負けないように、自身の因子を上げる。鎧武者が刀で狼を妨害しようとしてくるが、狼はそれを躱し……因子をBRVへと練り上げている雄飛に斬り込んだ。




