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自惚れ

 狼たちとは離れた別方向で左京と誠は一人の男と対峙していた。

「おー、これはこれは。輝崎家の家臣である、お二人さんですか?」

 無精髭を伸ばし頭もボサボサな男は、特殊繊維の服を着ている。

「トゥレイターの者か?」

 左京は鋭い眼差しを向け、男に問う。

「いかにも。俺はフォース。以後お見知りおきを」

 フォースは外見と不釣り合いな礼儀正しい紳士的なお辞儀をしてくる。

「挨拶などいらぬ。貴様とは刃を交叉させねばならないからな。もしや、真紘様がいなくなったことに貴様達が関与しているのか?」

 そう言うなり、左京は素早く漆黒の刃のBRVを構えた。

「ほう。それは初知りだ」

「とぼけるなっ!」

 叫んだのは隣にいる誠だ。誠は訝しんだ目でフォースを睨む。

「とぼけるなと言われてもねぇ、こっちはこっちの事情で動いてるからさ」

 フォースは両手を肩くらいに上げ、首を振った。

「なにを・・・」

 誠がそう呟いた次の瞬間には、誠の姿はフォースの眼前にあった。誠の刀は左京とは逆に白い刀身だ。その刀身が綺麗な線を残像として描きながら、フォースへと振り下ろされる。

 だが、その刃はフォースの身体を切ることはなく、フォースが持つ大型の剣により受け止められていた。

「女武士は血の気が荒いね~」

 フォースは余裕綽々の笑みを浮かべている。

 誠は一旦、フォースから後退し、再び音速のスピードで奔る。今度はフォースの横腹を切り裂くように刃を奔らせる。けれど、フォースは大型の剣を軽々しく片手でスライドさせるように動かし、なんなく刃を受け止める。

 そのフォースの上から、まるで鉛球のような重い刃が降りかからんとしている。

 左京の斬撃だ。

 誠が速度に特化しているのなら、左京は刀とは思えないくらいの重い斬撃。

 普通ならばそれを防ぐことは不可能だ。

 受け止めようものなら、剣ごと押し潰されてしまう。

 だが、フォースは笑う。

 その笑みはどこか卑劣さを纏わせている。

 ぞくり。

 誠の背筋に悪寒が奔る。そして自身の胴に物凄い衝撃と鈍痛が襲う。フォースの蹴りが誠の胴の中に決められていた。

 誠も油断していたわけではない。避けることも、ましてや察知することすら出来ないままに蹴りが誠に襲いかかっていた。フォースの意識は完全に誠から離れていた。そのはずなのに・・・

 誠をそのまま後ろへと蹴り飛ばし、フォースは軽やかな動作で左京の斬撃すら受け止める。

 左京とフォースの刃同士が衝突し、地面に亀裂が奔る。

 フォースを押し潰すための圧力が掛かっている紛れもない証拠だ。

 刀身に流したゲッシュ因子で、何十倍、何百倍にも増幅された重力は強力無比だ。普通ならばとっくに押し潰されてもいい。だが真っ向から左京の剣戟を受けているフォースは、膝を折ることも、肘を下げることもなく受け止めている。

 このまま続けるか?それとも退くか?どちらがいい?

 左京の頭の中で流れる取捨選択。

 だがその答えを出す前にフォースが変化を起こした。

 炎爆剣技 煉蛇

 変化が起こったのはフォースの足元からだ。どす黒いような紫色の炎が、まるで大蛇のようにぐるぐると蜷局を巻くように上へと昇ってくる。

 そして大剣を目標として這っていた炎が、牙を剝くように左京へと飛び掛かる。

 熱風が一気に左京の顔面に飛来する。肌の皮が一瞬にして気泡してしまうような感覚になる。熱い。体内に出た汗さえもすぐに蒸発させてしまうくらい、熱い。

 炎蛇が左京の身体に移り、絞め、炙り殺そうとしてくる。

 直接的に炎に蝕まれる感覚。

「くぅああ」

 鋭角な痛みが全身を覆う。その痛みの為か熱さを感じさせない。

 感覚が麻痺している。

 左京は自信に巻きついている炎を両手で持ち引き剥がそうとするが、きつく緊縛されている。

「左京、動くな」

 後ろに飛ばされたはずの誠が斬撃を放ち、炎蛇を薙ぎ払う。

 斬撃を浴びた炎蛇は、切り刻まれる様に霧散する。そして、霧散した炎が辺りの草木を焦土化させる。

 炎から解放された左京は休むことなく、新たな一手を入れる準備をしていた。

 ゲッシュ因子を刀へと注ぎ込む、鉄が鳴き声を上げようとも、溜める。圧縮させる。

 敵を天から地へと誘うために。

 示現流刀技 奈落

 左京は静かに一閃を奔らせる。そして生まれた斬撃は斬撃とは呼べないほど遅い。まるで愚者を静かに、そして峻烈に地へと払い落とす神の掌のように。

 密度の濃い攻撃は遅い。

 ゲッシュ因子を持つ者なら誰でも知っている常識。

 遅い斬撃は遅い故に威力は高いが、敵に避けられてしまう。だからこそ、こんな技を使う者はいない。

 敵に当たらない攻撃などまったくの無価値だからだ。

 けれど左京はそんな技を躊躇わずに使う。

 何故か?

 答えは簡単だ。

 敵に逃げられることがないからだ。

 遅い斬撃をフォースが逃げられないはずがない。それなのにフォースはまったく避けようとしない。ましてやフォースにこの密度の濃すぎる攻撃を受け止められるというわけでもない。

 フォースは一歩もその場から動けないのだ。

「なるほど、こういう仕組みなのね」

 まるで地面に足元から丈夫な根でも生えてしまったように、動かない。どんなにゲッシュ因子を足の裏に集中させようとも、ぴくりともしない。

 地面に貼り付けになっている理由。それは紛れもなく左京が放った一閃にある。

 奈落の最大の特徴は、周りに及ぼす影響力だ。

 とてつもない重力の塊である奈落は敵の重力加速度を高め、地面に敵を張り付ける。そして貼り付けになったままの敵をそのまま圧死させる。それが奈落だ。

 左京は獲物が圧死されるのを見届けるかのように、停止している。

 いや、左京自体にも攻撃の影響が出ているのかもしれない。目線だけでフォースを射抜いている。

「なんとか抗ってみましょうか」

 呟いてからフォースは慌てることなく、大剣を両手で一閃と向き合う形で構える。

 炎爆剣技 獅子王

 大剣から勢いよく吹き出す炎が百獣の王である獅子となり、炎の鬣を棚引かせ左京の一閃へと飛び掛かる。

 さっきまでの勇猛な姿を歪ませながら炎は、斬撃と混ざり合い剛風を織り成す。その剛風に木々が揺れ、フォースや誠、そして左京に吹き荒れる。

「贋作の獅子王などに、私の攻撃が打ち砕かれることはない!そのまま押し潰せ!」

 左京が叫ぶ。

 それに呼応するように左京の斬撃は、炎の獅子を押し始める。

 だが、それでも獅子を掻き消すことが出来ない。

 何故だ?

 剣を構えてから攻撃を放つ間合いは、ほんの数秒だった。そんな短い時間で放たれた攻撃を何故打ち消すことができない?

 表情には出さないものの、左京は内心で焦りを感じていた。だが左京はフォースが読んでいた通り、奈落が消えない限り次の動きが封じられてしまう。だからこそ、この奈落を出す時は相手を一発で仕留めたい時に使う技なのだ。

 けれど今その奈落で敵を仕留めることができない。次の攻撃も出せない。これは大きな問題だ。左京は小さく舌打ちをする。

「このままでは埒が明かない、私が先手を撃つ」

 痺れをきたしたかのように、誠がフォースへと向かって疾駆する。

 そして

 音速抜刀技 曲鞠

 高速にフォースへと肉薄する誠の残像がまるで、踊っているかのように見える。だが、その残像の中に、本物の誠はいない。

 誠はすでにフォースの後ろを取り、刃をフォースへと屠る。

 刃がフォースの肉を裂き、血飛沫が舞う。

 だが、ただ切り付けるだけが、この攻撃ではない。

 誠の刃から音の振動波がフォースへと奔る。フォースの骨を伝い内部からの攻撃を加える。そして音速の振動波で相手の内部を破壊する。

 だがフォースは、男は笑っていた。

 その笑みはとても狂喜しているようにも見える。

 目の前では、未だに獅子が奈落とぶつかり合っている。何かが好転したわけでもない。

「なぜ・・・笑う?」

 ごく自然と口から漏れ出てしまった。不可解すぎたのだ。

「佐々倉、どうしたっ!?」

 離れた場所にいる左京が叫ぶ。

 その言葉で誠は意識を思考から現実に引き戻される。だが遅かった。

 後ろからジャグリングナイフが誠の背中に向かって投擲される。

 刺さる寸前で誠は身をよじり躱すが、それでも刃が肩を掠める。擦傷からの痛みがじんわり広がる。だがそんなこと気にしていられない。

 次なる新手が来たのだ。



「呆れた・・・」

 フォースと似たような服装からトゥレイターの一人であろう女性が呟いた。

「はい出たナインスお得意の蔑みの目」

 フォースは自分が置かれている立場を忘れているように、茶々を入れている。

 ナインスは深い溜息を吐くと、そのまま誠に向け疾走を始めた。

 低姿勢で向かってくるナインスの手にはファインティングナイフ。そしてそのまま誠の喉元まで突き進むように猛進している。誠もナインスの動きに合わせ素早く後退し、刀を鞘に納める。

 突き進んでくるナインスが目前に迫る。速い。しかしだからといって、誠は自信の懐に敵を入らせる気もない。ナインスが高速でナイフを下から上へと突き出す。

 それを居合で受け止め、受け流す。

 そして二太刀目。

 音速抜刀技 神来舞(しぐるま)

 攻撃を受け流されたナインスの一瞬の隙を、誠は見逃すことなくそこへ刃を振るう。ナインスも空いていた方の手にククリナイフを持ち、誠の伸びのある太刀を寸前で受け止めたが、それでも完全に防げたわけではない。ククリナイフは目には見えない超音波を出す、神来舞により無残に刃を砕かれる。ナインスは切られた横腹を片手で抑えながら後ろに飛ばされる。だがナインスはすぐに身を翻す。そしてそのまま着地。

「ほう・・・」

 誠は目を細めながら、ナインスの動きを見た。

 さっきの太刀を瞬時に見極めるとは大した者だと誠は思った。

 そう思ったのはほんの束の間。誠の身体はもうすでにナインスに向け跳躍していた。

 跳ぶ。相手との距離を詰める。そして真上から振り下ろす。

「あら、残念・・・」

 淡々とした声で短い声を漏らす。

 まるで疾駆してくる誠を気に留めていないようだ。その様子を見て誠は訝しんだ。

 罠でも張っているというのか?

「迷ってはいられない」

 自分を叱咤するように誠は呟き、奔る足を止めない。

 だがその足は後ろから近づく渦に巻き取られる。

「なにっ?」

 苦言を溢す。誠の足を、手を巻き取ったのは、生き物の様に動く水の塊だ。

 動き水の塊は誠の手足を巻き取り、宙に浮かせる。

 この水はどこから?

「不思議そうな顔ね」

 誠の疑問を見透かしたようなナインスの言葉。

「あなたを蝕んでいるその水は、もちろん私の力。この地面の中には地脈が通ってるの。そこから水の補給はいくらでも出来る」

「なるほど」

 納得しながら、誠はなんとかして水の絞りから逃れようとしているが、まったく通用しない。

 水の圧力が手足に掛かり、血液が手足の先に行き届かないのか感覚が鈍る。熱が奪われる。これは早期になんとかしなければいけない。

 だが頼みの綱である左京は技の発動をしている為、動けない。

 この場にいる四人中、三人は膠着状態。この場で唯一動けるのは目の前にいるナインスのみだ。ナインスは微笑を浮かべながら、スペツナズ・ナイフを持ちゆっくりと近づき、誠の頬にナイフの刃を当てる。そのまま滑らせるように喉元に刃先を向けられる。

 目の前にいるナインスはもう微笑すら浮かべていない。無表情のままだ。

「・・・さようなら」

 短く別離の言葉を口にしながら、一度ナイフを後ろに引き、そして一気に誠の喉元に突き刺そうと腕を動かす。

「随分舐められたものだな・・・」

 誠は苦笑を浮かべながら言葉を吐き、自身を束縛する水に変化を起こした。

 縛っている水の表面に波が立つ。揺れている。

 その突然の変化にナインスの動きが止まり

「音波か・・・」

 とナインスが水に変化を起こしている正体を言い当てた。

 凝縮されていた水が波立つことによって、面積を広げ、縛る力を緩める。その隙に誠は地面へと着地した。

「本当の戦いはこれからとしよう」

 少し両手首を回しながら、誠は真正面からナインスを見据えた。



 フォースとの膠着状態を続けていた左京は、その状態を解かれていた。つまり、奈落が破られたのだ。それでも良かった点は、相手の技と相殺したことだ。

 強靭で密度の高い奈落と紫炎の獅子は爆発しながら地面を削り、空気を大きく震わす。その余波により左京とフォースを後ろに後退させる。

「ふぅー、やっと動ける」

 首を回しながらフォースが大袈裟な素振りで、息を吐いた。

 左京はフォースを見ながら刀を構えるが、その場から動くことはない。

 安易に動くことは危険だ。目の前にいる男はそういう相手だ。それを重々承知しているからこそ、左京は動かない。次に起こる変化をしっかりと見定めるまでは、だ。

 横目で誠とナインスの短刀と刀の剣戟を見る。接近戦と超接近戦の戦い。自分も加戦をしたいが、今の自分にそんな余裕はない。そのため左京は自身の戦いに意識を集中させた。

 そんな左京に気づいたのかフォースが肩を上下させ、言葉を紡いだ。

「まぁまぁ、そんな焦ることないって。変化ならお隣さんの戦闘が終わったと同時に起こるからさ。今は傍観者で戦いを見守ろうや」

 こんな呑気な言葉を言ってきたフォースを見て、左京は眉を潜めた。

 フォースが言う変化とは何か?

 何を考えているのかさっぱり読めないが、強者であることに間違いはない。そのフォースが確信して変化が起こると断言するのだ。聞き逃せるはずがない。

 そのため左京は意識をフォースに向けながらも、誠とナインスに目を向けた。



 風を切るような音と共にナイフが飛んでくる。圧縮された水球も飛んでくる。誠はそれを避け、時には切り落とす。

 それを繰り返しながら、ナインスの動作に目を慣らす。

 確かにナインスの動きは速く、無駄な動作がまったくない。だが速さを得意とするのは自分も同じことだ。どんな隙でも見逃すことなく、刃を奔らせる。刃は水球を潜り抜け、相手のナイフを弾かせ、瞬時に切り返し計る。だが、ナインスも接近型というのもあり、対策を講じている。袖口あたりに忍ばせていた籠手で刃を止める。

 その間に誠へ水球を飛ばし、顔面へと強打させる。

 硬球のような水球で顔面を強打された誠は、口の中に血の味が広がり、鼻骨も折れたような音が鼓膜に響く。

 いきなりの衝撃のためか、痛みが後からやってくる。

 頭を強く打たれたせいで脳震盪を起こしている所為か、目の前が歪み朦朧とする。

 けれどその感覚に呑まれてはいけない。いけないのだ。

 戦いに置いてそれは死と同じ。

 もう敵が目の前にいるのだから。

 誠は奥歯を強く噛みしめ、ぼんやりとした意識を戦いに投じさせる。

 そして進む。

 相手へと向かって。

 ナインスは誠が身動でいる隙に横に移動する。

 流水速技 ルサールカの聖歌

「しまった!!」

 一気に大量の水が誠の足元から地面を突き破り、姿を現す。誠は足元から引きずり込まれるように水中へと誘われる。

 水中の中は驚くほど静かだ。まるでさっきまでの戦いが嘘のように。そして何より不可思議なのはまったく苦痛がないということだ。むしろ、心地が良いくらだ。

 だがそれは幻想にすぎない。己から出た血で視界が少し朱色に濁る。それをぼんやりと眺める。その間にも水は人から呼吸を奪っているというのに。

「これでチェックメイトかしら?」

 意識を朦朧とさせている誠を外界から見ながら、ナインスは他人事のように呟く。

 横腹からは血が滴り落ちている。それが地面に落ち、自分が負傷しているという事を思い出させる。痛みがないわけではない。痛みを気にしていないだけだ。

 戦場での傷をいちいち気にしていたら、それこそ精神が尽きる。体力より先に尽きる。

「ロック・オフ」

 ナインスは徐に自分のBRVを復元する。ナインスが手にしたBRVがブルーホワイト色をした刃を持つハンティングナイフだ。

 そのBRVを片手で構え、ナインスは水中にいる誠へと切りつける。

 誠はなす術もなく、ナインスの刃を身体に受ける。無様に切り付けられ衣服も破れ肉が裂ける。そこから血が溢れ出す。酸素が薄いためか、血を出し過ぎたのか、どちらにしろ目の前が明滅する。

 水の向こう側にいるナインスは、誠に留めを指すことはない。あくまで弄り殺す気だ。

 悪趣味にも程がある。

 自分はこんなところで殺されるのか?

 自分はこんな死に方でいいのか?

 否。

 自分はこんな場所で、この者に殺されるわけにはいかない。そんなこと自分が許さない。だったらどうする?

 そんなのはもう決まっている。

 目の前にいる敵を討つ。

 誠の闘志が再び滾る。刀を握る腕に力を籠める。

 そして

 ナインスから突き出されるナイフを受け止め、そのまま力任せにナイフを薙ぎ払う。薙ぎ払われたナイフ型のBRVはナインスの手から後ろに弾き飛ばされる。

 誠からの反撃を予想していなかったように、無表情を保っていたナインスの目が見開かれる。そして、後ろに飛ばされた自身のBRVを見ている。

 そのナインスの動作は時間にすればごく数秒。

 だが速さに特化している誠にとって、その時間は十分すぎた。

 誠はすぐに刀身へゲッシュ因子を流し込み、膨大な超音波の斬撃を放った。

 音速抜刀技 正宗

 超音波の斬撃はナインスの攻撃を討ち破り、水飛沫となって散る。そして吉宗は攻撃を討ち破るだけでなく、誠へと目を向けたナインスの身体をも見事に切り裂いた。

 切り裂かれたナインスは斬撃を受けた衝撃で、まるでボールのように後ろへと飛ばされ、地面に倒れ込む。ナインスの身体は倒れ込んだまま、動かない。

 荒い呼吸をしながら、誠は倒れているナインスの方を見つめる。

 けれど見つめただけで、何の感情も浮かんでこない。頭の中が空っぽだ。

 それだけ体力を消耗しているということもある。

 傷も負った。足取りもおぼつかない。いつ地面に倒れ込んでもおかしくはない。そんな状態なのだ。だがしかし、自分はまだなお、倒れるわけにはいかない。

 他にも敵はいるからだ。

 フォースを見る。

 フォースはたった今、仲間がやられたというのに呑気に口笛を鳴らしている。

 なんて奴だ。

 誠は卑しい者を見る目をフォースに向ける。

「やっぱり、負けちゃったのか~。仕方ないね、おじさんが華麗に敵討ちでもしてあげようか」

「やっぱり?」

 言葉を口にしたのは左京だ。

 だが、誠も同じ事を思っていた。

 フォースの言い方は、まるではなから結果をわかっていたような口ぶりだ。

「うん、だってあきらかに負けるでしょ。実力に差があるし、ナインスも自分に酔っちゃってたし。まぁ、自惚れ負けって奴かな」

 フォースは無精髭を手で撫でながら、ニヤニヤと笑っている。

「では貴様が先ほど言っていた“変化”というものは敵討ちという意味だったのか?」

 左京が険しい目つきで、フォースに問う。

「ピンポーン。大正解」

 そうフォースがふざけた調子で声を発した瞬間、フォースに向けて斬撃が飛ばされた。

 もちろん、それを放ったのは誠だ。

「ふざけるなっ!それが先陣を切って戦った者への言葉か?舐めているにも程がある」

 誠は怒りに身を任せて、フォースへと刃を向けて疾駆した。

「お熱なんだから~。ったく、おじさんそういう熱いのは苦手なのに」

 そう言って、フォースは肩に担いでいた大剣をいかにも億劫そうに構え

「まずは、いっーぱーつ」

 先ほどと変わらない調子でそう言うと、自分に向かってくる誠に大剣を振り落した。

 誠は振り下ろされた大剣を刀で受け止める。・・・だが、それは無意味だった。

 大剣の振りを受け止めたはずの誠は一瞬にして、地面へと叩きつけられた。

 フォースの剣は、今の誠にとって重すぎた。

 それを理解しないまま、誠の意識は暗闇に落ちた。

「はい、仇討完了」

 まるで何かのゲームを終らせた時のような言葉を吐き、フォースが誠を見下ろしている。

「何を呆けたことを抜かしている?」

 左京の声にフォースが身をよじるようにして、後ろを振り返った。

「えー、まだ闘う気なの?おじさん疲れちゃったなー」

「貴様の都合など知ったことか・・・」

 左京は一気にフォースの元まで跳躍した。

 そしてすぐさま攻撃を放つ。

 示現流刀技 村正

 左京の振り下ろした斬撃は一振り。それにも関わらす斬撃は幾重にも重なって膨張していく。その膨張した斬撃の圧力で、地面が凹み砂塵をまき散らす。その速度は奈落とは比べ物にもならない程速い。

 確かに奈落のように相手の動きを止めるようなことはできない。

 だが奈落の速度に慣れてしまった身体には、この村正は不吉なほど速く感じられるだろう。そうまるで吸い寄せられる落ち葉のように。

 村正は周囲の物を切り込みながら、フォースへと進撃している。

 左京もそんな村正の隣を駆けながら、フォースへと追加攻撃を加える。

 フォースは左京から繰り出される斬撃を大剣で弾き飛ばすように躱す。

「こりゃあ、ちょっと踏ん張りますか」

 そう言って眼前へと来た村正と対峙する。

 村正という斬撃とフォースの剣がぶつかる。フォースの身体からは血が吹きだし、村正の切れ味を表現しているようだ。

 無様に散れ。

 左京は血を止めどなく流すフォースを見ながら、刀を鞘に納める。

「俺を舐めるなよ。小娘」

 そう言ったフォースの声が聞えた、次の瞬間。

 村正が破られた。

「なにっ!!」

 左京が驚嘆な声を上げた時には、すでにフォースの剣が左京へと振り下ろされていた。

 炎爆刀技 鬼霧

 黒い炎が霧のように左京の周りに立ち込め、刹那的に左京を炙り切る。それは一瞬の灼熱だった。

「だから、自惚れたら駄目って言っただろ?」

 意識が途切れる寸前、そんなフォースの声と共に草木の揺れる音が聴こえた。

「おっと、来客が来ちゃったよ。俺、まだあいつに見られるわけには行かないんだよね。ってことで、じゃーなー」

 独り言のようにしゃべりながら、フォースはナインスを担ぎ去って行った。

 


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