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行き違いの悪あがき

  そう思いなら、狼は目の前に見えてきた建物へと目を向けた。庭園にいる狼の視界には、内堀内に建っている。広い瓦屋根の建物だ。

「あれが母屋かな?」

 建物を見ながらの狼がそう呟いていると……

「いたぞっ!」

 威勢のいい声と共に、袴を来た男たちが来て狼の方へと向かって来た。その手には木刀型のBRVを持っている。

 数にして十数人はいるだろう。

「やばい、見つかった!」

 自分へと向かってくる男たちを見た狼は、慌てて地面を強く蹴る。そしてそのまま内堀の中にある建物の屋根へと着地した。しかしそんな狼を袴姿の男たちが、追って来ないはずがない。

 すぐに男たちも狼に続く形で瓦屋根へと跳んでやってきた。しかも狼を包囲しやすいように鶴翼の陣を形成している。

 そして一気に狼へと近づき囲い込む。

 狼の真正面にいた男が狼を凄みのある視線で狼を睨み、威圧してきた。狼はその視線を向けられながら、イザナギを構えながら固唾を飲む。

 自分を囲んでいる男たちの力量がどれほどのものなのか分からない以上、下手な動きは取れない。

 そんな狼の考えを尻目に真正面にいた男が声を張り上げ、狼へと木刀を振り上げてきた。狼は自分へと振り下ろされる木刀をイザナギで弾き返し、そのままその男へと斬り返す。

 切り返しをしたイザナギの刃から男が身を後ろに反らした所で、狼が男へと蹴りを入れて、後ろへと蹴り飛ばした。

 それを皮切りに、狼を囲んでいた男たちが一斉に狼へと襲いかかってくる。狼はそれらの男たちをイザナギの斬撃で吹き飛ばすと、男たちが起き上がる前に狼は屋根から飛び降りた。

 飛び降りた狼はそのまま、開いていた雪見障子から屋敷内へと入り込む。入り込んでその場に人がいないことを確認すると、狼は力を抜いてその場に座り込んだ。

「本当に、次から次へと追手が来たんじゃ……こっちの体力の方が持たないよ」

 息を吐きながら追手の数の多さに狼は気分が参っていた。まさか、こんな時代劇のワンシーンかのような真似をすることになるとは。きっと島の友人に話したら、確実に笑われるだろう。いや、もし狼が聞き手として、今の状況を誰かに話されたら、冗談として笑っていたかもしれない。

「はぁー、そんな状況に僕はいるんだよなぁ……」

 自分が置かれている今の状況に、狼は溜息を吐かずにはいられない。そして力を抜いたまま狼が入り込んだ部屋を眺めた。

 部屋には調度品のような物はなく、あるのは装飾として置かれている高そうな壷や掛け軸などしかない。それを見て狼は目を眇めさせた。

 こんなに使わない部屋を造っても、意味がないと思う。むしろ、こんなただ広いだけで、人の生活感が微塵も感じられない家にいても、寂しくなるだけだ。そんな家に誰も帰りたいとは思わない。人が多くてもそこに、安心できるような暖かさがなければ意味がないのだ。

 そしてそんな家で暮らしていた自分の父親のことを、狼はふと考えた。

 うっすらとしか憶えていない父親の事を、考えるのは難しい。

 けれど、それでも狼はうっすらとだけ、父親である晴人の優しそうな笑みを思い返す事ができた。意識して思い返してみないと、すぐに消えてしまいそうなほどに、その笑顔は本当に朧げだ。

 悪い……人ではなかったんだろうな。

 朧げな笑みを浮かべる晴人と思い返しながら、狼はそう思った。いや、その事を狼はずっと前から薄々と分かってた。けれど、それでも自分の父親を憶えていないと突っぱねていたのは、そうしなければ、自分を育ててくれた高雄に対して悪い気がしていたからだ。きっと高雄なら狼が晴人の事を突っぱねなくても、何も気にしないだろう。

 それでも狼は自分の父親の事を蔑ろにしていた。そうしないと、小世美や高雄との暮らしが嘘のように思えて仕方なかったからだ。

 それを考えてから、狼は真紘とのやり取りを思い返していた。

「普通に喧嘩したり、笑い合ったり、助け合う家族か……」

 狼は真紘と殴り合いながら、家族はそういう物だと言った。そしてそれを狼は間違っていないと思う。けれどその後に、真紘からそれは狼の基準だと言われた。確かにそう思う。

 これは狼が思う家族というものの基準だ。理想だ。そしてその理想の姿を血の通った者と出来なかったからこそ、狼はその理想に固執する。

 小世美や高雄との暮らしは、まさに狼が望んだ理想の家族像だ。だからこそ、狼は心から満足していた。自分の理想の為に本当の家族を蔑ろにしていた。

 僕も僕で身勝手なんだ。

 狼はそう思いながら、手で強く握り拳をつくった。




  狼たちが座敷牢から出た直後に、小世美は霧斗と共に狼たちが掴まっていた座敷牢へと来ていた。

「おかしいな。座敷牢の鍵が開いてる……」

「それって、オオちゃんたちがここには居ないってことですか?」

 首を傾げる霧斗に小世美が訊ねる。

「そうみたいですね。でもここの鍵を持ってるのは、限られた人だけです。そして、その鍵を持っている人物の中で、小世美さんの御友人をここから出す様な人に心当たりはありません」

「じゃあ、オオちゃんたちが自分たちで抜け出したってことですか?」

「いえ、それも考えにくいですね。この座敷牢は特殊な造りをしていますから、因子を使って脱け出す事は難しいと思います。それに因子を使った様子も見られませんから」

「そうですか……」

 小世美が霧斗の言葉に肩を落とすと、霧斗が優しげな笑みを浮かべてきた。

「肩を落とさないでください。きっと御友人の方は大丈夫ですよ。ただ、この状況は、元々私と輝崎の当主で考えていた予定と大きく異なっているのは、確かです。本来なら私は小世美さんの御友人と合流して、貴女を探すという手筈でしたので。それにしても、何故貴女は私の部屋に来られたんですか?」

「えーっと、それは葵さんっていう女の人が、私を霧斗さんの所まで案内してくれたんです」

「葵さんですか……」

「はい」

 小世美が葵のことを告げると、霧斗が少し考え込むような仕草を見せてきた。

「あの、葵さんのこと知ってるんですか?」

「ええ、まぁ……葵さんは確か䰠(じん)(ぐう)家の方ですね。本家は京都にあって、古くから宮廷につかえる能楽師の家系です。今日は、大城家の当主と何か話をするために、来られたそうです」

「そうだったんですか。なんか、凄いお家の方だったんですね」

 霧斗の言葉を聞いて、小世美は思わず目を丸くさせた。一風変わっている印象を受ける葵がまさか、そんな由緒ある家の人だと思ってもいなかったからだ。

「確か䰠宮家の中で、公家に嫁いだ方もいらっしゃいますよ。その方の御息女が確か明蘭に通っているという話を耳にしましたが、いらっしゃいませんか?」

「公家の人……あ、会長さんのことだ!」

 どこかで䰠宮という名前を聞いた事があると思っていたら、そういえばこの前のWVAの時に、綾芽が九条ではなく、䰠宮という名前で試合に出ていた事を思い出した。

「思い当りましたか?」

「はい、思い当りました。ということは、葵さんって会長さんの親戚の人だったんですね」

「そうなりますね。親戚と言っても少し遠いですが……それにしても、何故葵さんが小世美さんの事を私の所に?」

「葵さんは、霧斗さんの事を私の救世主だって言ってました」

「ということはつまり、私がしようとしていた事を知っていたということですね」

「そう、だと思います」

 詳しい事情を知らない小世美は、少し自信なさそうに返事をした。そして、霧斗が少し黙りながら何かを考えている。その様子を小世美が見ていると、霧斗が口を開いてきた。

「もしかすると、小世美さんの御友人をここから出したのも、葵さんかもしれませんね」

「ということは、オオちゃんたちと行き違いをしちゃったってことですね」

「ええ、もしそうなのであれば、きっと小世美さんを探しているはずです……騒ぎになっていないと良いんですが。とりあえず、私たちも一度ここから出ましょう」

 霧斗の言葉に小世美は頷いた。

そして霧斗に続いて階段を昇ろうとした小世美を、前で階段を昇っていた霧斗が足を止めた。

「小世美さん、少し下がっていてください」

 真剣な声の霧斗にそう言われ、小世美は言われた通りに後ろへと下がる。すると霧斗が刀型のBRVを復元し、階段先にある入口を斜め下に斬りつけた。

 入口はただの空間だ。空間を物理的に斬る事はできない。そのため斬りつけた刃は空振りしたまま下に振り下ろされるだけのはずだ。

 しかし、霧斗の刃はそうならなかった。入口を斬りつけた霧斗の刃はまるで硬い物を斬りつけた様に、後ろへと跳ね返っている。

「どういうことですか?」

 信じがたい光景に小世美が霧斗に声を掛けると、霧斗が眉間に眉を寄せてきた。

「ここに見えない結界が張られているようですね。おそらく犯人は、先ほどの葵さんでしょう。これは因子で作った物ではなさそうですから」

 小世美の元へとやってきた霧斗が難しい顔で、そう言って来た。

「でも、葵さんは私を霧斗さんの所まで連れて来てくれたんですよ? なのに、どうしてこんな事するんですか?」

 自分を助けてくれた葵が、自分たちをここに閉じ込めたという事態に小世美は愕然としてしまう。まるで葵の意図が分からない。分からないからこそ、小世美は妙に怖くなった。

「みんなに、何かしようとしてるんでしょうか?」

 怖々とした口調で小世美が訊ねる。そんな小世美の言葉に霧斗が首を横に振ってきた。

「いえ、それはないと思います」

「本当ですか?」

「はい。あの方は、直接的な行動で人に危害を加えることは少ないと聞きましたから。ただ、その代わりに人の行動を観察するのが好きなようで、もしかすると、この状況を利用して楽しんでいる可能性は十分にありえます」

「そんな……」

 思わず小世美は身体から力が抜ける様に、床へと座り込んでしまった。

 せっかく、もう少しで狼や皆と会えると思っていただけに、身体の内側から悔しさが込み上げてきた。それに、今でもきっと狼たちは自分の事を探しているはずだ。

 なんとかして、オオちゃんたちに私がここにいるってことを伝えないと。

 そう思うのだが、小世美はここに連れて来られた際に情報端末を雄飛たちによって取られてしまっているため、狼たちと連絡も取れない。まさに八方塞がりの状態だ。

「すみません。私が気を付けていればこんなことには、なりませんでした」

「そんなことないです。私も霧斗さんにばっかり、任せちゃって……」

 申し訳なさそうに頭を下げてきた霧斗に、小世美が言葉をかける。すると霧斗が顔を上げ小世美の顔を一瞥してから、入口の方へと視線を向けてきた。

「ですが、ここで座って待っているわけにもいきません。なので、悪あがきくらいはさせてもらうつもりです」

 力強い言葉で霧斗がそう言うと、徐に刀を構え因子を練り始めた。


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