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両親

 狼たちは座敷牢を出て、注意しながら大城家内に捕まっている小世美を探していた。

「どこに小世美はいるんだ?」

 狼が界隈(かいわい)を気にしながら言葉を紡ぐ。また誰かに見つかる前に小世美を見つけ出したいのが正直のところだ。けれど大城家は広い母屋の他に、いくつかの離れが点在しており、探すのにどうしても時間がかかる。

 しかも、亜樹菜の口に寄って狼たちがここに潜入している事が伝達されている可能性もある。そのため、出来るだけ家の者に見つからないようにしなければならない。

 狼たちは、抜き足気味に敷地内を進む。

「歩いてて思ったんだけど、家の中にいる人が少ない気がする」

 狼の後ろを歩く名莉が周りを見ながら、家の中に人が少ない事を指摘してきた。確かに、狼たちも慎重に進んでいるとはいえ、人に出会わない。このくらいの家なら、たくさんの使用人がいても、おかしくはないずだ。

「どうしてだろう? ……まさかまた罠とかないよな?」

「そういう不安になるようなこと言わないでよ。唯でさえ、気を張ってるっていうのに」

 狼が不安げに呟いた言葉に、根津が顔を顰めさせて来た。狼はそんな根津に苦笑を返し、先へと進む。

 すると前から何人かの足音が近づいて来た。

「ヤバい! 狼、どうする?」

「どうするって……とにかく近くの部屋に隠れる!」

 裾を掴んできた鳩子に、狼が反射的に答え空いていそうな部屋に襖を開けて入る。入った所で狼とデンメンバーは、息を殺して足音が過ぎ去るのをじっと待つ。

 複数人の足音は何の悪戯か、狼たちが隠れている部屋の前で足を止めた。

 もしや、見つかったのか?

 内心で狼は、自分たちが隠れている場所の前で止まった足音に内心で焦りを感じる、しかも、何故か襖の一番近くにいる狼の背中に、他の四人がのしかかってくるため、なんというか……重い。出来ればもう少し、周りに散らばって欲しいところだが、みんな食い入るように足音がした外へと意識を集中させているため、狼の方を見ていない。

 狼は内心で溜息を吐いた。この見つかるか見つからないかの瀬戸際の時に物音を立てるわけにもいかない。なら、できるだけ息を殺して廊下にいる人が、自分たちに気づかず去ってくれるのを待つのが一番の得策だろう。

 だがそんな狼の願い空しく、外では会話の話し方からして女中らしき人たちが話し込んでしまっている。

 狙ってるのではないか?

 と錯覚しまうほどの、位置で話し始めた声を聞きながら、狼は嫌な冷や汗を掻いていた。

 ああ、何でこんな所で話し始めてるんだよ?

 聞こえてくる話し声を狼は凄く恨めしく思う。

 最初、狼たちの耳に届いて来たのは一般的な雑談だったのだが、それがだんだん……別の話へと切り替わって来た。

 例えば、子供たちに対する(しつけ)の話や、大人たちの複雑な人間環境。所謂(いわゆる)、愚痴を漏らしている。

「そういえば、さっき聞いた話なんだけど……ここに晴人様のご子息が家に侵入して捕まってるって話よ」

 いきなり雑談や愚痴の話から自分たちの話を持ち上げられ、狼とデンメンバーの表情に緊張が走った。

「私もその話、聞いたわよ。しかもお顔がそっくりなんでしょう? 大丈夫かしら? 時臣様と晴人様って、犬猿の仲だったじゃない? 変な事にならなければ良いけど」

「あー、確かにそうよね。時臣様、勝手に当主になるのを止めて、家から出て行った晴人様の事、相当遺憾に思っていたものね。もう、カンカンだったわよね?」

「そうそう。奴は逃げ出したーって言ってね。怖かったわよね」

「けど時臣様がお怒りになるのも当然だとは思いますけどね、よりによって雪村家の者と一緒になるなんて……大城家としては、あり得ないでしょう」

「仕方ないわよ。あそこの家は……色香を使う事が芸ですもの。きっと晴人様も色香に当

てられただけですよ。それになのに。それに気づかず他界されてしまうなんて……」

 襖越しにそんな話を聞いて、狼は腹の底でじんわりとした怒りを感じていた。自分の両親が変な風に話題にされているからだろうか? いや、でも狼自身だって、今廊下で話している人たちの事を何も言えやしない。父親である晴人の事など、よく覚えていないし。母親である春香については、嫌悪感さえ抱いている。

 それなのに心底、この話が終わってほしいと思う。

「これも噂で聞いたんだけど、大城の親戚筋の小城っていう家があったでしょ? あそこの両親を殺したのも雪村家の仕業だって言うじゃない? しかもそこの娘を引き取るなんて……常識外れにも程があるわよね」

 狼はその言葉に胸の鼓動が速くなるのを感じる。息が詰まるような気分にさえなる。後ろにいる皆は、この話をどんな風に聞いているのか? 分かっていないのか? あるいは話の流れ的に何となく分かってしまったのだろうか?

 狼の頭の中でそんな疑念が渦巻く。まだ誰の事を指しているのか狼の後ろにいる名莉たちは知らない。知らないはずだ。けれど、もし勘付いてしまったら? そしたら皆はどう思うのだろう? 

 内心で狼は大きく動揺していた。

 狼が動揺していると、廊下で話していた女中らしき人達が去って行く足音が聞こえてきた。

 後ろでは緊張が解れるような息を漏らすデンメンバーを背中に感じながら、狼は後ろを振り返れずにいた。

「なんか、ヘビーな話を聞いちゃったもんだよね」

「まぁね。普通、あんな話を廊下でする?」

「あはっ。口調的におばさんだったから仕方ないんじゃない? おばさんって好きじゃん? 井戸端会議」

 後ろで鳩子に根津、季凛の会話が聞こえてきた。

「狼……大丈夫?」

 身動きしていなかった狼に名莉が心配そうに声をかけてきた。

「あ、うん。大丈夫」

「やっぱり、お父さんの事言われたのが嫌だった?」

「……まぁ、そんなところ、かな」

 狼は自分を心配してくれた名莉に対して嘘をついている事に胸が痛む。けれど、本当の事を名莉たちに言う勇気が狼にはない。

 自分の母親が小世美の両親を殺したなんて言えるはずもない。

 これは小世美にも言っていないことだ。

 俯く狼を名莉が心配そうに見ているが、狼はその名莉に対して何かを返すことさえできない。自分の親がやってしまったことに対しての、恐怖がある。

 狼は母親である春香が小世美の両親を殺めた際、いつもは明るく、優しかった自分の母親がまるで自分の知っている人ではない様に感じた。

 どうしてあんな事をやったのか、問いただしたくてもどこにいるのかさえ、わからない。でも、狼は高雄や小世美と暮らしていく中で、そんな事を考えない様になっていた。いや、考えない様にしていただけかもしれない。けれど、その事実は消えることなく狼の中でずっと重くのしかかっていることは、事実だ。

 父親である晴人だって、この大城という家で過ごしてきた人物が、亜樹菜の言っていた通り温厚だったのかさえ、疑いたくなる。

 本当に僕の父さんが黒樹高雄だったら良かったのに。

 ふとした時に狼はそう思ってしまう。

 もしそうだったら、こんな風に悩まずに済んだに違いない。もっと気楽に暮らしていたはずだ。けれどそれは、どんなに願ったとしても叶わない夢だ。

「ねぇ、ここの部屋って……狼のお父さんの部屋じゃない?」

 鳩子の言葉に俯いていた狼が顔を上げる。すると鳩子が低い平机の上に飾られている一つの写真立てを指して、狼の方を見ていた。

 狼が鳩子の隣にやってきて、写真立てを手に取った。

 写真に写っているのは、前に鳩子が見せてきた写真より古く、写真に写っている高雄たちが丁度、今の狼たちくらいに見える。

「うーん、やっぱり狼にそっくりだよね。だからかな?」

「何が?」

「あ、いや……ほら、和むというか、親近感があるというかさ」

「そうかな?」

 隣で妙に照れている鳩子を余所に、狼は自分と同じくらいの晴人の写真を見て、首を傾げさせた。

 晴人は若かりし頃の高雄に肩を組まれて、頼りない笑みを浮かべている。そしてそんな晴人の隣には、人をからかう様な笑みを浮かべている春香の姿があり、後ろには豊と生真面目そうな顔で写る、真紘の父親である忠紘も写っている。

「こうやって見ると、狼のお父さんたちって本当に仲良さそうだよね」

「うん、まぁ……」

 曖昧な返事をしながら、狼はもう一度まじまじと写真を眺めた。鳩子が言う様に本当に写真に写る五人が仲良さそうに写っている。

「ねぇ、狼。少し聞きにくいんだけど、聞いても良い?」

「別に良いけど……聞きたい事って?」

「あたし、ちょっと思ってたんだけど……狼って自分の両親の事、嫌いなの?」

 聞きにくそうな顔をした根津にそう訊ねられ、狼は思わず目を丸くさせて、言葉に詰まった。

「メイもネズミと同じ事を思った。狼、ご両親の話をしてるとき、辛そうな顔をしてる」

 名莉からも畳み掛けられ、狼はさらに逃げ場を失くした気がした。

「あはっ。でもそれって仕方なくない? だって狼君はお父さんのことも良く知らないみたいだし、お母さんだって狼君が小さい時に行方知れずなんでしょ? だったら狼君の反応も分かる気がするけど?」

 逃げ場を失くした狼を擁護したのは、意外にも季凛だった。そして季凛の言葉を聞いた根津と名莉が黙ったまま、眉を顰めさせる。

「でも、それでも狼にとって実の両親なのに……親を嫌いなんて悲しいじゃない」

 次の言葉を紡いできたのは、根津だった。

「でも、それって普通に親から育ててもらえたネズミちゃんの意見でしょ? あたしみたいに親から疎まれてたりしたら、顔も見たくないけど?」

 季凛からあっさりとした声で答えられ、根津の二の句が継げなくなっている。二人の会話が途切れ気まずい空気が流れる。

 鳩子もどう取り持てばいいのか分からず、困り顔を浮かべているだけだ。狼はそんな微妙な空気を感じ、降ろしている手をそのまま、強く握った。

 もうこの話は止めよう。そう喉元まで出かかった言葉を狼は飲み込んだ。この場でそれを言ってしまったら、また自分の逃げ出したい物から逃げるだけになってしまう。それでは、狼は昔のままだ。狼はここに来る前に決めた。

 今よりも変わると。

 小世美のために、皆のために。

 だからこそ、狼は口元が引き攣る様な感覚になりながらも、強引に口を開いた。

「あのさ、僕の事でこんな空気にさせてごめん。でも皆がこんな事で喧嘩しないで欲しいんだ。この写真を見てじゃないけど、僕はやっぱり皆と笑いあってる時が一番良いから。それに、僕もちゃんとこれからは、向き合ってみる。言う程簡単には行かないかもしれないけど」

 狼が情けない表情を浮かべながらも、笑みを浮かべる。

 すると季凛が息を吐いて、肩を竦めさせてきた。

「まっ、狼君の事だから季凛には関係ないから良いけどね」

「うん、ありがとう季凛。ネズミもメイもありがとう。僕の事心配してくれて」

 狼が季凛の次に根津と名莉にもお礼を言うと、胸を撫で下ろすような安堵の表情を浮かべてきた。

 少しの気まずさあるが、さっきほど重苦しい空気もない。とりあえず、狼もそのことに胸を撫で下ろす。

 けれど狼たちが胸を撫で下ろした瞬間、勢いよく狼たちが居る部屋の襖が開かれた。


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