面影の懐かしさ
真紘は豊のいる理事長室へと来ていた。目の前にはデスク机に腰掛ける豊の姿がある。
「先ほど、如月から聞いた事は以上だ」
「小世美くんをねぇ……彼等は随分と用人深いもんだ。何か策を練ろうにも、肝心の本人が不在だと、策の練りようもないからね」
困り眉を浮かべながら、豊がゆっくりと息を吐いてきた。
「確かにそうだが、しかしこのまま何もせずにいるという選択肢はない。むしろ、もう既に敵の諜報員でもある如月が来ているんだ。悠長なことは言っていられない。そうだろ?」
「それもそうだ。けどね、私とて何も用意をしていなかったわけじゃないんだよ。そのために私も彼らの中に諜報員を紛れ込ませて頂いたわけだからね」
「なんだと?」
豊の言葉に真紘が思わず眉を顰めさせる。すると豊が意味深な微笑を浮かべてきた。
「私が送り込んだ者は、組織内で幹部クラスに付いている者だから、色々と深い事情まで知れて良い手助け人だよ」
「その者はどこまで信用できる? 如月のようにこちらを裏切っている可能性もあるが?」
「ははは。確かにそうだ。けれど、別に私はそれでも構わないよ。こちらが欲しい情報を流してくれさえすればね」
「余裕だな」
「勿論、むしろ彼らが小世美君を殺すよりも、私の方が早く先手を打てるからね」
「先手? いったい何をする気だ?」
余裕の笑みを浮かべる豊に真紘が眉を寄せる。
「そんなに、怖い顔をしなくても大丈夫だ。私は彼らの様に無駄な殺生はする気ないよ。まぁ、それも……あくまで同胞に対してだけどね」
目を細めながら豊が呟くような口調で真紘にそんな事を言って来た。
「向こうが何か企んでいるように、貴様も何か企んでいる様な口ぶりだな」
「君がそう言う風に見えるのなら、そうなんじゃないかな?」
「では、俺がその内容について質問したら答えるのか?」
真紘が豊の顔を見ながら訊ねてみると、豊が少し考える様な素振りを見せてきた。わざとらしく、顎に手をあて視線を宙に漂わせている。
そして一度肩を竦めさせてから、真紘の方へと視線を戻してきた。
「そうだね、君に言っても構わないと思うけど……君はもう少し事が進んでからの方が納得してくれそうだからね。またの機会にするとしよう」
「その言葉だけで、俺が引き下がるとでも思うか? それに俺も一つ気になることがある。何故、世界のアストライヤーが公の場に出ているというのに、自国のアストライヤーは一回も顔を出さない? 俺たちよりも前にアストライヤーになっている者もいるはずだ」
「まぁまぁ、焦らずに……直にわかることだ」
食い下がろうとした真紘を豊があっさりと流し、話を終わらせてしまう。そんな豊に真紘は辟易とした溜息を吐き、豊に背中を向けた。
そして真紘は背中越しの豊に、当主としてではなく真紘自身としての言葉を掛けた。
「俺は貴方を父の盟友だと思っています。ですが、そんな貴方が浅ましい企てを、お持ちなら、俺はそれを全力で阻止したい。きっと、父ならば今の俺と同じ選択をすると思いますから」
「うーん。本当に君は忠紘に似ているよ。これも君に自分の理念を徹底的に教え込んだ忠紘の努力の賜物かな」
背中越しの豊はどことなく、懐かしさを噛みしめているような気がした。真紘の中にある友人の面影を感じてなのかは分からないが、とても親しみのある声だった。真紘は豊の方に一度顔を振り向かせてから、軽く頭を下げ部屋を後にした。
廊下に出た真紘は一度息を吐くと、そのままゆっくり廊下を歩き始めた。
もうすでにトゥレイターの組織は動き始めている。新型兵器を持ちだして、黒樹小世美を殺そうとしている。いや、もっと他の事を企んでいる可能性だって高い。
トゥレイターという組織は、アストライヤーに反逆する者たちのことだ。ならば、考えられる可能性として、アストライヤーを発足させた日本を、世界への見せしめとして、奇襲を仕掛けるという可能性が大いにありえる。しかも、日本はこの前のWVAでアストライヤーになる人材が不足しているわけでも、BRVの開発に遅れが生じているわけでもないことは、照明してしまっている。
ならば、そんな日本のアストライヤーに奇襲を仕掛けそれが成功した場合、世界に与える影響も少なからずあるはずだ。
そしてその奇襲作戦を行う際に何らかの障壁になりえる小世美を排除しようとしている形だろう。
真紘は腕に嵌めている情報端末を開き、真紘は齋彬の当主である勝利に連絡を入れた。そしてしばらく待つと、勝利が真紘からの通信に出た。
『輝崎の当主から連絡とは、珍しいな。何か用か?』
「そうだ。まだ内密にしておきたい事で話がある。重要だ。できればすぐに時間を設けて欲しい」
真紘がそう言うと勝利が真剣な表情で頷いてきた。
『わかった。ならば少しこちらでも日程の調整をしてみる。調整が済み次第こちらから連絡を入れる』
「頼む」
短い勝利との会話を終え、真紘は自分の端末に匿名からのメッセージが入っていることに気がついた。
見知らぬメッセージに真紘が首を少し傾げさせたが、すぐに開いてみた。
するとそこには文字での内容はなく……二枚の画像が添付されていた。まず一枚目を開くとそこには、変装をしている狼たちが座敷牢に掴まっている様子が写っている。
その画像に真紘は思わず目を丸くさせる。
狼たちがあちらに着く予定時刻からまだ数時間しか経っていない。だがもうすでに狼たちが掴まっているという事態に、真紘は顔を顰めさせた。
もう少し、別の方法を取るべきだったか。
自分の考えが甘かったと思いながら、真紘が二枚目を開くとそこには、小世美と真紘が協力を頼んだ霧斗が何かを話している画像だった。
こちらは上手く合流できたようで良かったが、問題は掴まった狼たちだ。しかし、屋敷内にいる狼たちに通信を入れるのは、まずい。霧斗から聞いた話だと、大城家内にある情報端末機に入れられた通信は何者かによって盗聴される可能性があるというのを聞いた。
だからこそ、真紘とのやり取りは全て手紙を左京たちに届けさせ、返事もその場で受けとるという方法を取ったくらいだ。
「まさか、黒樹たちがこんなにも早く見つかってしまうとはな……やはり、大城の家に侵入するのは、きついか」
しかし、こちらでも何かが起きる予兆がある以上、うかうかもしていられない。すぐにでも、何かしらの対処が必要だ。それも豊が先手を打つよりも早く。
豊は何を考えているのかわからない。
色々考えながら、真紘は自然と溜息を吐いていた。
黒樹たちは捕まっているとはいえ、ちゃんと何か策を考えるだろう。
もしかすると……これは黒樹にとっても何かのきっかけになるかもしれないな。以前の俺と同じように。
狼にとって大城の家は向き合うべき事だ。狼は今まで無意識の内に目を逸らしていた。けれど今、どんな形であれ目を背けていたものと目を向けている。
なら自分が下手に手助けをするより、狼たちで困難を乗り越えた方が絶対に良いに決まっている。
今の俺がやるべきことは、これから起きることへの対処を準備することだ。
真紘がそんな事を考えていると、前から慶吾が歩いてやってきた。
「やぁ、そんな所に立って、どうかした?」
「いえ……先輩に一つ聞きたいのですが、先輩は宇摩理事長がこれからしようとしている事について、ご存知ですか?」
慶吾は條逢という姓を名乗っているものの、豊の一人息子であり、世界的に見ても優秀な情報操作士だ。もしかすると、豊がやろうとしていることにも一枚噛んでいる可能性はある。
そんな真紘の考えを察したかのように、慶吾が肩を竦めさせてきた。
「輝崎君の答えにイエスかノーで答えるのなら、イエスだけど……教えられるかについてはノーかな。これは自分の父親を擁護しているわけじゃないよ。だからこそ、さっきの君が齋彬の御当主と交わした内容はオフレコにしておくよ。君がどんな対処を試行するか楽しみだからね」
温和な笑みを浮かべながら慶吾がそう言って来た。
「そうやって人を混乱させる様な言動を言い放つのは、貴方方の性分でしょうか?」
「あはは、そうかもね。でも俺は少しあの人とは違うかな。俺は基本的に誰かのためにとか、何かに熱くなったり出来ないからね。それを考えれば、あの人の方が熱い気持ちを持ってるかもね」
「では、先輩は何のために動くのですか?」
「そうだね……何のためだろう? ただ面白そうなことに手を貸しているだけだから、そこに善悪もないよ」
「もし、それが本当なら確かに厄介ですね」
「どうして?」
「貴方の興味が悪意の手助けにならないか、心配になりますからね」
「なるほどね。でもまぁ、今のところは、そんな心配しなくて大丈夫だよ。一応、どこかに寝返る気はないからね」
「それが聞けて、良かったです」
「安心してもらえて、良かった。何故か俺は人から怪しまれる事が多いからね」
「そうですか。それを分かっているなら、もう少し行動を改めて見ては? そうすれば改善されると思いますよ」
「あはは。それもそうだ。じゃあ輝崎君からの助言として心に止めておくよ。じゃあね」
笑いながら立ち去る慶吾を見た後、真紘は顔を顰めさせた。
敵は外からだけではなさそうだな。
敵は内側にもいる。何を考えているのかがわからない相手が自分の味方だと考えるのはあまりにも浅はかだ。
先ほど豊は言っていた。向こうよりも自分たちの方が先に先手を打てると。
「先に宇摩の方を調べるしかないな」
調べると言っても、時間はない。だからこそ、遠回りはできない。しかし、どこ調べれば一番良いのかが思い浮かばない。
豊という人物を考えれば、滅多な場所に自分の痕跡を残すこともないだろう。
良い考えが思い浮かばず、真紘が顔を顰めさせていると、ふと懐かしさを噛み締めていた豊のことが思い浮かんだ。
そこで、真紘は一人の人物が思い浮かぶ。
もしかすると、あの人物なら豊が何をしようとしているのか分かっているかもしれない。真紘はすぐに廊下を走った。
父である忠紘や豊とも友人の中にあった、黒樹高雄に会うために。




