鼬ごっこの始まり
狼とデンメンバーは座敷牢の中に捕まりながら、頭を抱えていた。
「まさか、こんな事になるとはねぇ」
「まったく、予想外だったわ。あたしたちも少しは他人を疑うってことを、覚えた方がいいかも」
鳩子と根津が座敷牢の中で座り込みながら、唸っている。
「あはっ。確かにみんなは少し人を疑うことを覚えた方が良いよね。前から季凛も思ってた」
「季凛!! あんたは少し前の事を反省しないさいよ」
「そうだ、そうだ。自分だって『あ、こいつ自分と同じ匂いがする』みたいに、怪しい奴を嗅ぎ分ける嗅覚的なものを、身につけといてよ」
鳩子が口を尖らせて、季凛に反論を返す。
「えー、季凛、鳩子ちゃんが言ってる意味わかんなーい」
「季凛、とぼけても無駄だからね。前にあたしたちをハメたことを忘れたとは言わせないよ?」
「鳩子ちゃんって意外と根に持つタイプ? ダメだよ、そういう根に持つタイプは男の子から嫌われるんだって。あはっ」
「なにを~? 腹黒な人には言われなくないんですけど」
「二人とも喧嘩はダメ」
鳩子と季凛の言い合いを、名莉が淡々とした口調で諌める。すると、鳩子と季凛が肩を竦めて口を閉じた。
「でも、ここからどう出る? さっきの話だと因子を使えないんだろ?」
狼が近くに居た根津に首を傾げると、根津が顎先に手を当て頷いてきた。
「みたいよね?」
「かといって、ここに座っててもダメだよな」
「鳩子、鳩子のBRVで抜け出せそうな所を見つける事、出来なわけ?」
根津が鳩子に訊ねると、鳩子が少し唸りながらも頷いた。
「まぁ、出来るは出来るけど……もし、それをやるんだったらまず、この部屋内に誰でも良いから因子を充満させてくれる? そしたらその因子の流れを使って部屋の構造を知るから」
「わかったわ。狼!」
鳩子からの説明を聞いた根津に、それを一緒に聞いていた名莉と季凛も一斉に、狼の方を向いてきた。
「いや、僕がやるのは構わないんだけどさ、少しは話し合う素振りくらいしてくれよ! てか、前から思ってたけど、皆の僕に対する扱いって雑じゃないか?」
狼がそう言うと、デンメンバーがそれぞれ顔を見合って、首を横へと振ってきた。
「まさか、そんなことはないわよ」
「そうそう。皆が狼くんを頼りにしてるってことじゃん」
「狼、頑張って」
「いや、鳩子ちゃんの因子だとこの中広そうだし、バテちゃうじゃん? だから狼、お願い」
四人とも狼の疑念を払うように、煽ててくる。
狼はそんな四人にこれ以上、反論するのを止め……因子を座敷牢の中へと充満させる。
「おー! さすが狼。良い感じに部屋に充満してるよ」
鳩子が狼にそんな掛け声をしながら、自身のBRVを使って調べ始める。それから鳩子からのストップの声が掛かり、狼は因子を流すのをやめた。
「……わかったことが一つ」
「なに? なにがわかったの?」
固唾を飲んで鳩子の言葉を待つデンメンバー。
「わかった事実は、この座敷牢には抜けれられそうな穴がないってこと」
「つまり、収穫なしってこと?」
根津の言葉に鳩子が肩を落としながら頷いてきた。
「そんな……じゃあ、また別の方法を考えないとな」
両手を後ろでつき、狼は溜息を吐いた。すると他のメンバーも肩を落としてしばし、脱力している。
まさか、こんなことになるなんて思いもしなかった。早く小世美を助けないといけないのに。狼は自分の情けなさに、頭を抱えたくなる。
「どうして、亜樹菜さん……僕たちがここに着いたこと、すぐに分かったんだろう?」
狼がぼそりと呟く。あの時亜樹菜は狼たちが大城の家にやってきて困り果てている、絶妙なタイミングで現れ、『中に入る手伝いをしてあげる』と言って来た。
だからこそ狼たちは、真紘の言葉が念頭にあったが為に、手伝う=協力者という先入観が働いてしまったのだろう。そのため、亜樹菜は狼たちの言葉に合わせながら、簡単に真紘が頼んだ協力者のフリを出来たに違いない。ただそれには、狼たちがここにいつ頃着くのかを知る必要がある。
その情報はどこから手に入れたのか?
一番怪しいのは、真紘の協力者だが……真紘が協力者として選んだ人物に、情報を売るような真似をする人がいるだろうか?
うーん、これも真紘という人物への先入観なのかな?
「きっと、あの人が情報操作士の協力者がいたか、自分が情報操作士なんだと思う」
狼の呟きへの答えとして、名莉が考えられる可能性を上げてきた。名莉の言葉で狼もなんとなく、ピンと来た。
例えば、真紘とその本当の協力者が端末でやり取りをしていれば、情報端末にアクセスできる情報操作士ならば、必要な情報を掴むことだって可能だろう。
だがそこで、一つの疑問が浮かび上がってくる。
「でも、そんな上手いタイミングで欲しい情報って入ってくるかしら?」
狼と同じ疑問を口にしたのは、根津だ。
「入ってくると思うよ。だって、この家ってどこぞの組織みたいに、競争させてるんでしょ? だったら、そいつらを蹴落とすために、ありとあらゆる事はするでしょ? 例えば少しでもそいつの弱みを掴むために、常に情報端末にアクセスしとくとか……」
「その、常にアクセスって一遍に多くの人を出来るものなのか」
「まぁ、どのくらいの量の情報端末にアクセスしてるか分からないけど、力量によっては十分に可能かな」
鳩子の言葉を聞き狼は、情報操作士という人達の底知れぬ能力の高さを思い知った気がした。いや、その能力の高さはWVAでの慶吾や鳩子の活躍を見ていて分かっていたことだ。
「あはっ。鳩子ちゃんも似た様なことをしてたりして……」
「なっ、鳩子ちゃんはそういう他人のプライバシーを侵害するような事はしませーん」
細めで笑う季凛の言葉に、鳩子が少し慌てたように首を横に振っている。
「慌てて否定している所が何か怪しいよね?」
「鳩子、あんた誰の端末にアクセスしようとしたわけ?」
季凛に続けて根津がジト目で鳩子を見ている。
「だから、鳩子ちゃんはそんな疾やましいことなんて、してません」
「鳩子、正直に言った方がいいわよ?」
「……少し、本当に少しね。アクセスしちゃおっかな~って誘惑にかられたときはあった」
鳩子が惚けるように、根津や季凛から視線を逸らしている。
「鳩子は、誰の奴にアクセスしようとしてたんだ?」
「え?」
狼が未だに根津たちから視線を逸らしている鳩子に訊ねると、鳩子が少し動揺しながら言葉を漏らしてきた。何故か動揺する鳩子に狼がきょとんとしていると、鳩子に何故か恨めしげな視線で睨まれた。
「僕、何も睨まれる様なことしてないだろ?」
「いや、別に。念を押して言っとくけど、本当に誰かとの会話を盗み聞きしたことはないからね!」
「それは信じてるけど、誘惑にかられたっていうから……誰かのしたくなったのかな? って思っただけで、ただの興味本位っていうか」
狼が頭を掻きながら鳩子にそう答えると、鳩子は黙ったまま肩を竦めさせてきた。
「あはっ。言えないよね。ほ……んん」
季凛が笑顔で何かを言おうとして、鳩子がそんな季凛に飛びかかる様に口を塞いだ。
「きりんちゃ~ん。いくら、人を陥れることが大好きでも、ちょっと口が軽すぎるんじゃない?」
鳩子が威圧的なオーラを出しながら、季凛を必死に口止めしている。そんな二人の姿を見ながら狼は口をポカンとさせていた。
季凛に反撃する鳩子……初めて見たかも。
狼が内心でそんなことを考えていると、誰かがこっちに近づいて来る足音が聞こえてきた。
足音に気づいた狼たちが咄嗟に身構える。
「誰だろう?」
「わからない」
狼が小声で訊ねると名莉も首を横に振って、階段の方を凝視している。
「あら、やだ素敵。こんな所に立派な座敷牢が……」
声は見知らぬ女性の物だった。そして薄明かりの中、狼たちの前に姿を現したのは、着物姿の綺麗な女性だった。
「しかも、閉じ込めれられてる若人わこうどたちがひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ……あらら、五人もお咎めを受ける人がいるのね。大変だわ。それで? 貴方達はここで何をやらかしちゃったのかしら?」
清楚な綺麗さとは裏腹に、独特な雰囲気の口調で女性が狼たちに話しかけてきた。
「やらかしたっていうのも、あれなんですけど……」
「連れ去られた友達を助けに来たんです」
狼が少し戸惑っていると、名莉が狼の代わりにきっぱりとした声で言いきってきた。
「へぇー。お友達を助けに……それは大変ねぇ。それでとカッコいい漫画のヒーローたちみたいに、このお家に入り込んだら捕まっちゃったわけね?」
女性の言葉に名莉がコクンと首を頷かせた。すると女性がにっこりと笑みを浮かべてきた。
「ねぇ、ここから出たい?」
「出してもらえるんですか?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、出してもらっても良いですか?」
名莉が少し驚きながらも女性に訊ねると女性が頷いてから、座敷牢の鍵を訳無く開けてしまった。
きっちりと締められていた鍵が意図もたやすく開けられてしまった事に、狼たちは思わず目を見張る。
「うふふ。私はこう見えて魔法が使えるのよ」
いつもなら、嘘つけ! と言いたくなるところだが、鍵を使ったわけでも、無理に壊して開けたでもないため、俄かに信じてしまいそうになる。
だがそんな狼の横から季凛がヒョコっと出て来て、女性が着ている着物の袂を指さした。
「その袂にあるの、ピッキングするための針金じゃない?」
「あら、やだ……鋭いわね」
「全然、魔法じゃないじゃないか!」
思わず狼がツッこむと、女性が自分の手で頭を小突いてテヘペロポーズをしてきた。
「あはっ。何か腹立つ」
「季凛、少し気持ちはわかるけど……出してもらったんだから」
季凛の言葉を根津が押さえて、狼たちは女性の気が変わってしまう前に座敷牢から脱け出す。
「ありがとうございます。助かりました」
狼がそう言って頭を下げると、女性がニコニコとした笑みを浮かべてきた。
「別にいいのよ。このくらい私にとっては朝飯前だもの。それにしても坊や……大城家の前の次期当主候補で、当主に絶対なるだろうって言われてたのに、家の反対を押し切って女性と半ば駆け落ちした人に顔がそっくりね」
「……色々と言いたい事はあるんですが、まぁ、そうです。僕はその人の息子ですから」
「あら、ビンゴ!」
わざとらしくおどける女性に、狼は呆れ返って返す言葉が見つからない。そのため、狼は何も言葉を返すことなく、肩を下げるだけに留めた。
「さーて、無事に脱け出せたんだから、早くお友達を助けに行きなさい。また別の人が着てここにとんぼ返りしたくないでしょう?」
女性からそう言われ、狼はデンメンバーと顔を見合ってから、女性に頷き返した。
「そうですね。じゃあ僕たちもう行きます」
「はいはい。気をつけて~」
座敷牢の前にある階段を上る狼たちに女性が手を振ってきた。
「頑張って、鬼に見つからない様に鼬いたちごっこを始めてね」
最後の女性の呟きは、階段を昇って行った狼たちの耳には届かず……女性は愉快そうに笑みを浮かべた。




